「朔、ここ、これで良いのかな」
望美は自分よりも大きいかもしれない布の塊を持ち上げて隣でこちらは小さな子供の着物を縫っている朔に問いかけた。顔を上げた朔は、望美の手元を覗き込んでうなずく。
「ええ、大丈夫よ、間違ってないわ。だいぶ上手になったわね」
褒められて望美はうれしげに笑った。
「あ〜良かった。でも薄物にしておいて良かったなあ。今出来上がっても夏だもの」
「悪いわね、望美。兄上ったら肝心のところで意気地なしなんですもの。
望美の方からきっかけを作ってあげないとだめだなんて」
ため息をついて朔が言う。すっかり夏の様相を見せる庭は青葉がまぶしい。望美がこの世界に留まると景時に告げたときは花がほころんでいた梅の木も今は葉が伸び、実を結んでいる。風が肌をなでていくと涼しさに望美は、ほう、と息をついた。戦に明け暮れていた昨年は、こんな風に季節の移り変わりを肌で感じる間もなかったような気がする。気がつけば夏になっていて、秋になっていて、冬になっていて。それぞれの季節を実感する出来事の傍らには、そして必ず景時がいた。夏の思い出は熊野の花火。初めて景時のことを意識した出来事。
それもあって、今縫っている薄物は濃い紺色の生地だった。熊野の夏の夜の色。この着物を贈ったら、景時もそのことを連想してくれると良いなと望美は思っていた。景時を好きかもしれない、と初めて意識した夜。あれからいろんなことがあって、今はもう望美は景時を好きだと自分の思いを確かめる必要もないほども実感している。が、気づいたのだがそれを言葉にしたこともなければ、景時からそうと告げられたこともない。当たり前のことすぎて今更口にするまでもないことのような気がしていたのだ。
「それはね、望美がこの邸に留まってくれたのだもの、いくら鈍い兄上だとしたって望美の気持ちはわかっていると思うけれど。でも、だからってそのことに胡坐をかいて、自分の気持ちをはっきりと望美に告げないなんて、武士の風上にもおけないったら」
「や、朔ってば……武士の風上ってそれはちょっと言いすぎだよ〜。それに私だって、その、ちゃんと景時さんに好きって言ったことないんだし…」
「そういうことは、殿方の方から言うものですっ」
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「馬鹿か、お前は」
「尋ねるまでもないでしょう、九郎。馬鹿なんですよ」
「そうだな、馬鹿だ。尋ねるまでもなかったな、すまん、弁慶」
「ええ、本当に、ここまでとは思ってもいませんでしたが情けないことこの上ない馬鹿ですね」
代わる代わる九郎と弁慶が辛辣な言葉を吐き散らすが、そんなこと何でもないくらいに景時は落ち込んでいた。
「なぜ、そこで引っ込むんだ。ちゃんと望美の答えを確かめればよいではないか」
憤慨したように九郎が言う。いい加減進展のない景時に苛々しているようでもある。実際、いい加減なるようになってもらって景時にはしゃっきりしてもらわないと、九郎としてもさまざまのことに滞りが出ては困るのだ。
「仕方ありません、景時ときたら望美さんのことに関しては両極端なんですからね。
変に強気になったかと思えば、途端に意気地なしになったり、まあ忙しいことですよ」
弁慶が笑顔で毒舌を吐くのはいつものことで。それでも友を鼓舞する気持ちが多少は含まれていると九郎や景時にはわかるものではあったが。しかし、今日の景時ときたら、そんな二人の言葉にも一切反応がなかった。いつにも増してぼうっとした状態で出仕してきた景時は、一言「だめだった……」と言っただけでその場に沈没してしまったのである。なんとか事の経緯を聞きだしたものの、ほとんど使い物にならない状態だった。
「…………もう、ダメだぁ」