「とにかく、兄上、これから気をつけてくださいませ。しばらく望美はうちに滞在することになるんですから」
「わかったよ、気をつけるから……って、ええっ?」
景時は再び大きな声を挙げて、また朔に睨まれ慌てて口を閉じる。
「すみません、景時さん…」
「あっ、いや、そうじゃなくて、ちょっとびっくりしただけだから…」
すまなそうに言う望美に、慌ててそう言う。
「望美のお家のお風呂が壊れてしまったんですって。直すのに10日ほどかかるらしくて、毎日お風呂を借りにくるにしても大変でしょう? いっそのこと、十日間ならうちに泊まればどうかしらと思って」
「さすがにお風呂では将臣くんたちの家では借りづらくて…」
ブンブンとそれには景時も首を縦に振る。さっきの自分と同様のアクシデントが有川兄弟に起こったらと思うと、それはとんでもないという気持ちになったのだろう。それを見た朔はにっこり笑って、手にした扇をパチンと閉じた。
「では兄上も、望美がこの家に滞在するのに賛成ということですわね。良かったわ、望美。少し遠くなるけど、家から学校へ通ってね」
はっと景時が気付いたときには既に遅く、望美もほっとした表情で朔に頷き返していた。
「ありがとうございます、景時さん」

****************

そういえば、と景時は思い出す。京に居た頃も遅くまで堀川の九郎の邸で軍議を詰めていて遅く邸に帰って。疲れきっていたのに、「おかえりなさい」と望美が起きて待っていてくれて、その言葉を聞いただけで、すうっと癒された。こちらの世界には便利なものがいろいろあって、家は離れてしまったけれども、毎日望美は『お帰りなさい、お疲れ様!』とメールをくれた。それでもやっぱり、その笑顔と声が迎えてくれるのは格別で、そして、ここ数日はその幸せを景時は享受しているのだった。
いつだって自然に相手のことを考えてくれて、自分に出来る限りのことをしようとがんばってくれる。昨日の朝だってそうだった。料理が苦手だというのに、それでも頑張って朝早く起きてまで景時や朔のために朝食を作ろうとしてくれた。思い出すと、つい頬が緩む。『見ないでくださいねっ』と景時に背中を向けながら、望美が一生懸命料理していたことが目に浮かぶ。
(ああ〜、オレ、こんな楽しい毎日を味わっちゃって……望美ちゃんが家に帰っちゃうの、耐えられるかなあ)
溜息混じりにそんなことまで考えてしまう。夢のような毎日で、もういっそずっと家にいなよ、と口から出てしまいそうになる。さすがにそんなことは言えないけれど、でも、いつかは…と夢見てしまうのも本当だ。

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