湯の町エレジー

♪おいしゃさまでも〜くさつのゆでも〜
 恋のやまいは〜なおせやしねえ〜♪

「いい唄ですねえ。異国の唄ですか?」
「ああ、海を越えた遥か遠くの国の唄だ。ま、アルバレア広しといえども、
この唄をこの美声で歌えるのは、俺くらいなものだろうな」

湯煙の中、のんびりと湯舟につかっているのは、燐光聖騎士団長と深緑聖騎士団長の二人であった。

「これで、酒でもありゃあ、言うことないんだがなあ。」
「あら、お酌なら私がしてさしあげますよ。」
「・・・でっかい図体して、風呂の中でしなをつくるなっ!コワイだろうがっ」
「おや、そんなことを言われるとは心外ですねえ。
ま、ロテールなら、やはり女性の方が御希望なんでしょうけど。」
「俺じゃなくても普通はそうだろうがっ。
だいたいが、混浴露天風呂というのに、
かわいい子猫ちゃんが一人もいないというのは納得がいかんな。」

もとより、燐光様のお目当ては温泉よりもかわいい子猫ちゃんにあることは間違いがない。
いくら色気があったって、でっかい図体の男と風呂に入って楽しいことがあろうか。

「むっ! 今、湯のはねる音がしなかったか?」
「おや、そうですか? 私にはなんとも・・・」
「いや、した! 間違いない。こっちだ。マハト、来てみろ!」
あんまり気乗りしないんですけど・・と遠慮がちに深緑様が続く。
もはや、これは病気ですねえ、と思ったかどうか。
しかし、確かに湯煙の向こうに、ほのかに後ろ姿が見えた。
「見ろ、マハト。あのうなじ、あの白い肌! かなりの美人と思わないか?」
「はあ、私はなんとも言えませんねえ」
「これは、声をかけるべきだろう!」
「いやあ、私はやめたほうがいいと思いますよ。」
「なんの、ここで引き下がっては、俺の名が廃ろうってもんだろうが」

すいすいす〜い、と音もなく近付くのはさすが、というべきか。
長い髪をアップにし、後れ毛の残るうなじがまたなかなかいい雰囲気なんである。

「初めてここに来たが・・・なかなかいい湯だな。
 子猫ちゃんは、よくここに来るのかい?」

すすす・・・と白い肩に手を伸ばす。・・・・うん?なんだか骨っぽいな。
などと思っていると、美人の子猫ちゃんがゆっくりと振り向いた。
その、アイスブルーの瞳には見覚えがあった。
不機嫌な時の視線で人も殺せるというウワサのある、そう、ヤツだ。
「ロテール・・・」
あまりにも静かなその口調がかえって恐い。
「ロテール・・・俺はな・・・青い空も嫌いなら白い雲も嫌いだ。
緑の森も大っ嫌いなら、真っ赤な夕日も大嫌いだ」
「待て、カイン、お前なにか錯乱してるぞっ」
「だがなっ! 何が嫌いといって! 風呂場で男に口説かれることほど
嫌いなことなどこの世にないっ!!!!」
「お前、なに呪文唱えてるんだっ! ちょっと待て!
マハトだってここに居るんだぞ!」
はっ、と振り向いてみたが、マハトの姿などどこにもない。
あいつ、気付いてたな! と思ったがもう遅い。
「うるさいっ! テスタメントっ!!!」
「ばかやろう〜凍傷になったらどうすんだ〜〜!!」
と叫ぶ語尾が小さくこだまする。
「その方がよっぽど世のため、人のためだっ」
そのままロテールを置いて風呂からあがった蒼竜聖騎士団長であったが、身だしなみを整えた時点で、ちょっと心配になってくるあたりが、甘いといわれる所以である。

いやいや、というか、しぶしぶというか、それでもとりあえず 露天風呂へ服のまま戻る。もう少し奥だったな、 と思っていると
「あっ、カイン様! どうかなさったんですか?」
アシャンである。タオルを巻いた姿はこれから風呂に入るということか。
その刺激的な姿も何だが、服のままこんなところまで来ている自分は、 これではまるでデバガメか????
「い、いや、ロテールがあんまり戻ってこないものだからな・・」
などと言い訳がましく言ってみる。
「まあ、そうなんですか。もしかして湯当たりされてるのかも。
カイン様、服が濡れてしまいますよ、私が見てきましょうか?」
いや、それも困る。ロテールがアシャンに会ったら、それこそ何を言うかわかったものではない。それよりなにより、こんな姿のアシャンをロテールに会わせてたまるか。
もう歩きだしているアシャンをあわてて追い掛け引き止める。
「いやっ、いい、アシャン、もしかして行き違いかもしれん・・!!」

ところで、風呂場で走ってはいけない、というのは万国共通の教えであろうか。
そう、そこで蒼竜聖騎士団長様は思いっきりすべってしまわれたのでした。
そして、それを受け止めたのは、蒼竜様の声をきいて振り向いたアシャン。
「だ、大丈夫ですか? カイン様」
「あ、アシャン、たおる////」
「あ、大丈夫ですよ〜、下、水着きてます♪」
いや、そうではない。そうではなくって。
カインの頭の中はそうではなかった。
なにか。とても。やわらかいものが。クッションのように。
「カイン様?」
下斜め40度から見上げられる。
これは、かなり、やばい。

ものも言わずにカインはアシャンに背を向けると、一目散に走りだした。
「カ、カインさま? どうしたんですか〜」
アシャンの声が追い掛けてくるが、そんなこと言えるか!

そのころ。露天風呂の更衣室へ向かって
「いやあ、俺、露天風呂ってのは初めてなんだが、なかなかいいらしいな!」
「へえ、レオンが初めてなんて意外だなあ。僕は大好きなんだけど」
とこれまた風呂場で親交を深めようという赤炎聖騎士団長と嵐雷聖騎士団長が歩いていたのだが。
その露天風呂方面から、ものすごい勢いで走ってくる蒼竜聖騎士団長とすれ違った。
「・・・今の、誰だ?」
「僕、カインがあんなに全力疾走してるの、初めて見た・・・」
「何かあったのか?」
思わずいきり立つレオンであったが、そこへはかったように通りかかった影がある。
「ああ、今日を命日にしたくなかったら、何があったか聞かないほうがいいと思いますよ。」
「あ、マハト。なになに、マハトは知ってるの?」
「全部・・・というわけではないでしょうけどね。
 でも、私も命が惜しいので何もいいません」
にっこり笑っていっているが、そうやってコイツは意外と他人の弱味を握ってるぞ。
レオンは思ったが、口には出さない。やっぱり命は惜しい。誰が一番危険な奴か、見抜けなくては騎士とは言えまい。
ジャンも、内偵部隊の長らしい観察眼で、カインの残した手がかりを見つけて、自分なりの推測を心の中で組み立て納得していた。
(な〜んだ、カインってば。混浴って知らなかったのかな。ホント、免疫ないんだから)
ジャンが見つけたもの・・・それは、点々と残された血痕であった。

さて。残されたアシャンは、といえば。
「あら、アシャン、何してるの?」
「あっ、ミュイール、ファナ。お風呂に入りに来たんだけど・・」
「あっ、ダメダメ。なんだか知らないけどね、急にお湯の温度が冷えちゃって。」
「えっ、そうなの? せっかく楽しみにしてたのに〜」
「でも、あっちに、屋内だけどパノラマ展望風呂があるらしいわよ」
「ホント? それいいわね! 一緒に行きましょうよ」
結構、楽しくやっていた。

んでもって。ロテール様ですが。
転んでもただでは起きない彼のこと。
たぶん、キレイな子猫ちゃんに介抱してもらってるんじゃないでしょうか。

ということで。誰が一番、かわいそうだったんでしょう。
答えは、出番のなかったレオンとジャン、でした。






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