彷 徨

小さい頃から、聖乙女になることが夢だった。
国を守り、誰からも愛され、尊敬される存在。
世界でただひとり、唯一の存在。
私は、その夢を手にするために、努力してきたけれど
何に引き換えてもいいほど、誰かを好きになったことがなかったあの頃の私は
まだ、幼い少女だったのかもしれない。

時々、夜中に目覚めると、カイン様がじっと思いにふけっていることがある。
私は、カイン様の心の痛みを思って、泣きたくなる。
神様、どうか私に声をください。
私は、こんなにもあなたを愛している、と
私は、こんなにも幸せなのだと伝えるために。

柔らかなベッドもなく、草を褥とし、大地を床とする旅の夜
お前の寝顔を見ていると、俺は思う。
この思いは過ちだったのではないのか。
俺の許されざる思いのために、お前は声を失ってしまったのではないのか。
この旅は、贖罪の旅なのだろうか、と。

私が声を失ったことが、カイン様の罪だというのなら
私もまた共犯者なのだと思う。
あの日、『俺の大事なアシャン』と言われたとき
私の胸は震えた。
聖乙女試験が終われば、誰が聖乙女になったとしても
カイン様との時間は終わってしまう。
ずっと二人きりの時間が続けばいい、と思った私が
きっと、カイン様の魔力を狂わせたのだ。
でも、私は思う。
こんなにも幸せな旅が、罪の証であるはずがない。

辛くないか、と俺が聞くたびに
アシャンは首を横にふる。そして、笑って俺をたしなめる。
そんなことを言ってはいけない、と俺の唇に指をあてて。
大きな瞳は、いつも光を宿して、
くるくるとよく動く表情は、きっと俺の紡ぐ言葉よりも雄弁だろう。
そして、俺は思い知らされる。
何も、お前から、奪うことなどできない。
声を失ってさえ、お前はこんなにも雄弁だ。
自分が選びとった道なのだ、とお前は言う。
たとえ、それが他から不幸に見えようと
何にもかえがたい幸せが、そこにあるのだと。

カイン様の泣きそうな顔を旅の間、何度も見た。
私よりも、きっと辛かったのは、カイン様だったのだろうと思う。
だから、私の声が出たときに、カイン様が涙を見せたとき
私は、カイン様を幸せにしてあげたいと思った。
この長い旅の間、ずっと私は幸せだった。
カイン様がいてくださったから、幸せだった。
だから、今度は二人で幸せになりましょう、そう私は声をだして言った。

お前に声が戻ったとき、俺の思いは赦されたのだと思った。
お前を愛することも、お前に愛されることも
許されたのだと。
お前の指が頬をなで、俺の頭を抱いたとき、はじめて
俺は自分が泣いているとわかった。
そして、自分は幸せだと、これから二人でもっと幸せになるのだと
告げるお前の声が涙に震えているのに気付いたとき
俺は、お前にずっと守られていたのだとわかった。
お前の温かな思いに。

「カイン様、わたしたちはもっと幸せになれます。きっと。」
「ああ、アシャン。きっと。」






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