昨晩は、もう少しで実験がうまくいきそうだったので、 つい、いつもの時間よりも遅くまで 起きていてしまった。 正しくいえば、徹夜したということになるが。 ただ、マズイと思ったのは、今日はアシャンと約束をしていたということだ。 ふだんは、苦手なのであまり飲まないのだが、 出掛けに濃いコーヒーなどを飲んでみたものの、 果たして、効果があるのかどうか。 アシャンは、確かにカインが実験に対してどれほど熱意を傾けているか、 よく理解していてくれるし、手伝ってもくれる。 だが、やはり、そのせいで疲れた顔で会うというのは、 思慮がたりないように思える。 宮廷広場では、アシャンが待っていた。 一人でいるときも、空を見上げたり、 地面の小石をけっとばしてみたり、 少しもじっとしていない。 しばらくその姿を眺めていると、アシャンの方でカインに気付いた。 「カインさま! 見ていらしたんですか? おもしろがっていたんでしょう。 声をかけてくださったらいいのに」 ぷうっと頬をふくらませてアシャンが言う。 「すまない、つい、声をかけそびれてな」 「やだ、そんなホントにすまなそうな顔しないてください。」 アシャンが、慌ててそう言う。そして、陽の光がこぼれたような 笑顔でカインに笑いかける。 「今日は、お天気もいいですし、森林公園に行きませんか?」 そう言うが早いか、カインの腕をとって歩き出す。 カイン自身は、あまり森林公園に来ることは少ない。 が、木陰の芝生に腰を降ろしてのんびりするというのも、 今日に限っては悪くないような気がする。 「ね、カインさま、お天気もいいし、空も高いし、 気持ちいいでしょう? いつもお部屋にいらっしゃるから、 たまには、こんなふうにお日さまにあたらなくっちゃ・・・」 隣で話すアシャンの声が、心地よく響いて だんだん、遠くなっていく。 うん、確かに、今日はいい気分だ。 何か、あたたかいものに包まれているような気がする・・・・ くしゅんっ 小さなくしゃみの音に、カインは眠りから目覚めた。 一瞬、自分がどこにいるか見失う。 夕景に木々が染まりかけた森林公園。 「あっ、目が醒めちゃいました? ごめんなさい、カインさま」 がばっとカインは身を起こす。どうやら、アシャンにもたれかかって 熟睡していたらしい。アシャンは、そんなカインの身体を 抱きかかえて、ずっとここに座っていたのだ。 夕方になって、少し肌寒くなったので、ついくしゃみが出たのだろう。 「な、なぜ起こさなかったんだ。」 「だって・・・とっても気持ち良さそうに眠っていらっしゃったんですもの。 きっと、昨日も実験で遅かったのかな、って。」 にっこりとアシャンが笑う。 「お前が、つまらなかっただろう?」 少し怒ったようにカインが言う。その怒りは、アシャンにというより、 自分自身に対するものであったが。 しかし、アシャンは、そんなカインに少しもかまわず、 ますます嬉しそうに笑いながら言った。 「いいえ、ぜんぜん。だって、ずっとカイン様の寝顔を見てましたから。 カイン様って、まつげも長いんですね。思わず数えちゃいましたよ」 夕日に照らされていて良かったと、カインはつくづく思った。 今、自分はずいぶんと赤い顔をしていることだろう。 「もし、カインさま、私がこんなふうに眠っちゃったりしたら、 つまらないって怒りますか?」 アシャンが、カインの顔を覗き込んで尋ねる。 「・・・・・たいくつ、しないだろうな」 その答えを聞いて、アシャンはちょっと照れくさそうに笑った。 「だが、今日は本当にすまなかった。次は、この埋め合わせをしよう。 もう、すっかり夕方だな。聖女宮まで送ろう」 カインはそう言って立ち上がった。 だが、アシャンは、座り込んだままだ。 「ごめんなさい、もうちょっといいですか? 足がしびれちゃって・・・・」 申し訳無さそうにアシャンが言う。 「カインさま、重くないですか? あの、私もう、歩けます」 背中でアシャンが言う。 「もういい。どうせ、聖女宮はすぐそこだ」 夕暮れ、人通りも少なくなった街を カインはアシャンを背負って歩いていた。 本当は、背中のこの温もりを降ろしたくなかったのかもしれない。 それは、今日一日感じていた、あたたかな心地よさと同じものだった。 |