彼の腕の中で目覚めるのは、初めてのことだ。 一瞬、驚いて、そして安心する。 アシャンは彼を起こさないように気をつけながら ベッドに身を起こす。 まだ、深い眠りにおちているカインは目覚める様子はない。 そんな彼の寝顔を見つめて、 なんだか、泣きたいほどに幸せなことに気付く。 彼がアシャンに残していった躯の痛みさえも 甘い陶酔として、彼女には感じられる。 しばらく、そうして彼の傍らにいたかったが 同時に彼が目覚めた時に、こんなふうに素肌を触れあわせたままで 視線を交わすのがなんだか気恥ずかしい気がして、 アシャンはそっとベッドを出ると、服を身につけた。 そして、ついでのことに、と朝食をつくることにした。 カインは、王都の少し郊外に家を用意してくれた。 騎卿宮へ通うのに少し遠いのではないかとアシャンは言ったのだが、 その方が静かでいい、とカインが言ったのだった。 家具や食器も、そろえるのが楽しかった。 カインはまったくそんなことにはこだわらない人間で、 それはとうに知っていたことではあったけれど。 市に連れていくにも苦労したものだ。 でも、こうやって、二人の家がここにある。 今日はカインも職務が休みだから、二人でゆっくり過ごせるだろう。 カインが好きな木いちごのジャムは、アシャンが持ってきた。 ちゃんと、自分で作ったものだ。 パンケーキと、ミルク。サラダとハム。 どんな顔をして、起きてくるかしら。 どんな顔をして、食べてくれるかしら。 何をしていても、心は羽が生えたように、カインの元へ飛んでいってしまう。 テーブルが整った頃、アシャンは、カインがもう起きたかと、 寝室の扉を開けた。 カインは、目をさましていたが、アシャンの姿を見てほっとしたような顔をした。 「・・・アシャン・・・」 アシャンは、彼が側に来てほしがっているように感じて、 部屋に入り、ベッドに起き上がっている彼の傍らにそっと腰掛ける。 「カイン様?」 「・・・お前がいなかったので・・・夢かと思った。 昨日のことも、すべて、夢だったのかと・・・」 「どうして、夢だなんて・・・」 「ずっと夢見ていたからだ。お前の事を。だから、また、夢だったのかと思った」 そうだ。彼がときどき見せる、瞳の寂しさをアシャンは癒したいと願っていた。 彼が求めるものならば、自分のすべてを与えて惜しまないと思っていた。 それほどに、彼はアシャンを思い、待ちわびて、孤独だったのだから。 アシャンは、彼の手をとり、自らの頬にあてる。 まるで、アシャンの温もりを、彼に伝えるかのように。 「ね、カイン様。これから、ずっと一緒にいてください・・・ずっと。」 泣きたいほどに幸せすぎて、突然にこわくなる。 もし、これが夢だったら、どうしようかと。 けれど、アシャンにはもうわかっている。 これが夢であったなら、現実でももう一度、叶えるだけだ。 「カイン様。もし、これが夢だったとしても。 また、私をカイン様のものにしてください。 カイン様の心を、私にください」 そう言って微笑む。 カインは、そんなアシャンに少し、驚いたような顔をして、そして苦笑する。 「お前は、強いな。アシャン。俺は、そんなお前だから、救われる」 そして、そっと口付ける。 「ね、カイン様、朝ごはん、つくったんです。さあ、起きて、食べてくださいね。」 それは、これから何百回、何千回となくくり返される朝の、最初のひとときだった。 平凡な朝、けれどかけがいのない。 「アシャン・・・俺は、これまでずっとお前を見つめてきた。 けれど、これからは、お前と一緒に同じものを見つめていくんだな」 カインは、そう言うともう一度、アシャンに口づける。 そして、アシャンにしか見せない笑顔でこう続けた。 「さあ、では、お前の作ってくれた朝食を食べることにしようか。 俺も、楽しみにしていたんだからな」 |