Photogenic


都内某スタジオ
南極出版の伊達杏子は企画コーナー用の写真撮影の立ち会いに訪れていた。
「香西さん、お久しぶりね! オングストロームの取材、またよろしくね!」
夏の2ヶ月間、この香西ひとみを読者レポーターとしてレーシングチーム、オングストロームの読者レポートを企画した。その記事が評判が良く、またオングストロームのメンバーの人気も高かったため、しばらく置いた後、企画続行となったのである。そして今日はその新連載に合わせて、オングストロームメンバーの写真撮影を行う予定なのだ。
「今回は、レース中の写真じゃなくてね、ファッショナブルな雰囲気で女性読者のハートを掴もうってことで
 ほんと、メンバーの皆さんにはお休みのところ申し訳ないんだけど」
にこにこ笑いながらも伊達は容赦しない押しっぷりで今回の撮影をオングストロームのメンバーに承諾させたのだった。チームの誰も彼女には頭があがらない。
「おはようございます! 私、こんなちゃんとしたスタジオでのモデル撮影の立会いなんて勿論初めてで……
 なんだかちょっとどきどきしますね」
撮影用のライトやカメラ、機器の並んだスタジオを見回してひとみは言った。自分が撮影されるわけでもないのに、緊張しているようだ。
「大丈夫よ、すぐに慣れるわよ。そういえば、オングストロームの皆は?」
「あ、もうすぐ来ると思います、皆さん、自宅から来られるそうなんで」
「あら、岩戸さんと一緒に来たんじゃなかったの」
意味深な笑いを伊達は浮かべながら言った。「い、いえっ、そんな」と慌ててひとみは首を横に振る。そう、先だっての取材が縁となって、ひとみはチームのメカニック、岩戸和浩と交際を始めていたのだ。おかげで取材が終わった後もサーキットに足を運んでおり、続きの企画が連載として通ったときにもう一度、と話がスムーズに決まったのだった。顔を赤くして俯くひとみに向かって
「何を照れてるのよ〜、今更じゃないの、仲睦まじいって聞いてるわよ」
と伊達が言いながら肩を叩く。そこへ、オングストロームの面々が現れた。
「おはようございます、伊達さん。今日はよろしくお願いします」
颯爽と現れたのは、私服そのままでもモデル撮影できそうな加賀見だ。
「加賀見くん、こちらこそ、よろしくね。レース中の写真じゃなくて不本意かもしれないけど、
 読者に身近に感じてもらう一つの手だと考えてみて欲しいの」
伊達はそう言ってにっこりと笑った。そもそも、スポンサー探しのためには話題性も必要で、早くからオングストロームを紹介してくれていた南極出版と伊達には加賀見だって弱いのだ。
「中沢くんも、モデルのバイトをしていたことがあるって聞いているわ、皆にアドバイスしてあげてね」
「……はい」
言葉少ない航河だが、半ば諦めに似た表情をしているようにも見えた。一方、元気いっぱいなのは、疾斗だ。
「うっしゃー! これで俺にもカワイコちゃんなファンがバッチリ付いてくれるぜ!
 もう、アルに人気独り占めなんてさせねー!」
「……アホ」
冷静に航河に返されても全くめげる様子がない。そんな二人を見て和浩が笑いながら言う。
「疾斗、張り切ってるな。いい写真撮れるように、頑張れよ。
 加賀見さんと航河もよろしく」
そんな和浩を見て、伊達が声をかける。
「あら、岩戸くん、何言ってるの、あなたも写真撮影あるわよ」
その言葉を聞いた和浩の表情が焦りの表情に変化する。
「ええっ! ちょっ……伊達さん、ええっ? 嘘でしょ、なんで僕まで……」
「何を言ってるの、あなただってオングストロームのメンバーじゃないの。当然よ……って
 香西さんが書いた、あなたの単独インタビューが好評でね、読者からもメカニックさんとかの
 裏方さんへの興味が高くなってきているのよ」
今回の撮影はドライバーがメインで自分は付き添いとばかり思っていた和浩は寝耳に水だったらしく、まだ言い訳を続けていた。
「いや、でも僕はこういう……ファッショナブルな感じは苦手というか、似合わないというか……だ、伊達さんー」
泣きを入れる和浩を伊達は一切相手にせず、航河はそんな和浩の肩に手を置くと静かに言った。
「……諦めろ、カズ」
仲間ももちろん、当てにならないとわかった和浩は最後の頼みの綱とばかりにひとみに目を向ける。
「ひとみさん……」
しかし、ひとみはそんな和浩をすまなそうに見つめて言った。
「……私も、カズさんのモデル姿、ちょっと見てみたいなーって」
「と、いうことだ、行くぞ、カズ」
まだ抵抗を続ける和浩を引きずって、加賀見たちは服を着替えに出ていった。

スタジオでは、撮影の準備が進められていた。バックパネルに反射したライトの熱でスタジオ内の温度も上がりつつある。それは、ピットの熱気とはまた違うものではあったけれど何かを作り上げ成し遂げようとする空気は似ている、とひとみは感じていた。そこへ撮影用の服に着替えたオングストロームの面々が帰ってくる。
素肌の上にラフにシャツを着た4人は傍についたスタイリストに細かに襟元や袖、ボタンのかけ方までチェックされている。
「鷹島さんは、4人の中で一番若いんですよね、じゃあその思い切りを活かしてこの際、シャツは羽織った感じで
 ボタン留めずにいってみません? 健康的かつセクシーな雰囲気になるんじゃないかしら」
「やるやる! 格好良く撮ってくれるんなら何だってやっちゃうぜ」
相変わらずノリノリなのは疾斗だった。
「岩戸さん、シャツのボタン、もうちょっと下まで開けてください、アクセサリーが見えませんって」
「ああっ、はいっ、すみません、どうも」
一方、ひたすら堅い表情なのは和浩で未だにどうにも慣れない様子だ。
「あらあら、岩戸さん、苦労してるみたいねえ。香西さん、どう?」
伊達が笑いながらそうひとみに語りかけてきたが、その声もひとみの耳を素通りしていく。
「……カズさん、かっこいい……」
すっかり他が目に入らなくなっているひとみだった。そんなひとみと目が合った和浩は、肩を竦めて手を振る。それに応えてひとみも嬉しげに手を振った。
その後の撮影は、ほぼ順調に進んで行った。元々落ち着いている加賀見や慣れたものである航河、ノリノリの疾斗などは苦もなくポーズを決めていく。和浩はいささか慣れない様子で堅い表情のままだったが、それはそれでいい、とカメラマンは判断したらしい。
「ちょっと憂いを含んだ雰囲気でいいんじゃないかな、他のメンバーとは違った魅力がありますよ」
フォローされて苦笑いをするしかない和浩だったが、ひとみの方はその言葉に大きく頷いているようだった。
「ね、ね、伊達さんも思いません? カズさんって、周りにいるのが加賀見さんや中沢さんなんていう
 端正な方たちだから目立たなく見えますけど、素材はホントにいいですよね?」
「そうね、恋人の贔屓目ってうだけじゃなくて、確かに岩戸くんには岩戸くんの魅力があるわね」
伊達は笑いながらそう言い、ひとみはといえば自分の言葉にちょっとばかり赤面してしまった。変に力説しなければ良かった、というところだ。しかし、普段とは違う和浩の姿にやはり胸がどきどきしてばかりなのも確かで、なんというか、そう、自分の恋人を「素敵でしょ?」と自慢したくて堪らないような気分になっていたのだ。
(加賀見さんや中沢さんや鷹島さんも、もちろん、素敵でかっこいいけど、でも、カズさんだって素敵なのよって
 なんだか、こう、声を大にして言いたくなっちゃったりするんだもん……)
子どもっぽいなあ、と自分で感じつつもうきうきしてしまうのは仕方がない。以前の単独インタビュー記事が掲載された後、読者からドライバーさんだけじゃなくてメカニックさんのことも気にしてレース観るようになりました、ドライバーさんとメカニックさん、両者の力が合わさってこそ良レース、良結果が生まれるんですね、などという手紙が何通か来て、自分のことのように嬉しくなったことなども思い出したのだ。
「……でも、いいの? 岩戸くん、サーキットで女の子に囲まれちゃうかもよ?
 彼、優しいから女の子のこと上手くあしらえないんじゃないかしら」
ぽーっと考え事をしているひとみに向かって、ちょっとからかうように伊達がそう声をかける。途端にひとみは心配そうな顔になってしまった。有り得なくもない、と考えてしまったからだ。
「はい、それじゃ、次、衣装変えて4人で撮りますね〜」
カメラマンのアシスタントの声がかかり、撮影されていた4人が再び控え室の方へ衣装替えに向かう。その途中で和浩がひとみに向かって小さく手を振って見せた。それに応えながらもさっきまでのうきうきした気分とは別の、もやもやした気持ちがひとみの中に湧きあがってくる。
(カズさんが一生懸命取り組んでいるメカニックっていう仕事や、カズさんのこと、もっと皆に判って欲しいし
 応援して欲しいけど……でも、なんだかちょっと複雑かも……)
レースの前の中沢や加賀見へのファンの熱狂ぶりを思い出すと、和浩があんな風になってしまったら自分は焼き餅を焼かない、とは言いきれない気がするのだ。一方、伊達の方はといえば軽い冗談のつもりがすっかりひとみが本気にしているので、苦笑しつつも、「冗談よ」とは訂正しない。多少のことでは壊れたりしないカップルだと思っているので、些細なからかいの種を楽しんでいるのだ。
しばらくの後に戻ってきた4人は、今度はカラーシャツに黒のソフトジャケットスーツという揃いの格好をしていた。
「はい、じゃあ、立ち位置確認しますね」
一番手前に加賀見、その後ろに疾斗と航河、和浩が立つような構図だ。軽くシャッターを切ったカメラマンが
「ちょっとそのままでお願いしますね」
と言い、伊達とひとみの所へポラを持って来る。
「こんな構図でどうでしょうね」
「そうね、もう少し遠近感を出してメリハリつけたいわね」
伊達がポラを観ながら腕を組んで考えているのに、ひとみもその写真を覗き込んだ。
(……やっぱり、かっこいいなあ、皆、芸能人みたいに見えるってすごい)
そう思った途端に、先ほどの伊達の言葉がやはり気になってくる。
「ねー、どうすりゃいいの、このままでいいの?」
じっとしているのが苦手な疾斗が声を挙げて、隣の航河に頭をこづかれる。
「ちょっと前後にばらけて遠近感つけたいの。加賀見さんは少し前に。
 あと3人で、そうね……誰にもうちょっと後ろに下がってもらおうかしらね……」
「カズさん!」
思わずひとみが声を挙げる。
「カズさん、もうちょっと下がって、後ろに……」
伊達が言うより早くにひとみがそう言い、和浩の方もほっとした表情で後ろに下がる。どうやら未だに撮影されるのに慣れないらしく、ひとみの言葉は救いだったようだ。伊達は笑いながら「あらまあ」と呟きつつも、その後カメラマンと共に立ち位置を調整し、オングストロームメンバーの撮影は無事に終了したのだった。

「いやもう、本当に疲れたというか、緊張したというか……参ったよ」
長時間の撮影が終わってへろへろになった和浩がひとみに向かってこぼす。それはそれは疲れたらしく、体力を使う点では普段の車の調整の方が余程だろうと思われるのに、疲労感は今日の方が色濃く感じられた。
「ひとみちゃんに、いいとこ見せれたからいいんじゃないのか? カズ」
加賀見がそんな和浩の背中を叩いてからかう。
「勘弁してくださいよ、加賀見さん」
既に今日何度目かの泣きを入れる和浩だったが、ひとみはといえば加賀見の言葉に大きく頷いている。
「カズさん、かっこよかったよ。私、本当にすごくどきどきしちゃった。
 いつものカズさんも素敵だけど、何着ても似合うんだなーって感心しちゃったもの」
「……ひとみさんまで、もう」
困った顔の和浩に、疾斗は
「カズさん、熱いっすよね〜。いいなー羨ましいぜ」
と追い打ちをかけ、航河に首根っこを掴まれて引きずられて行く。それを笑いながら見送ったひとみは、
「じゃあ、僕も着替えてくるよ」
と、照れた顔のまま航河たちの後に続く和浩に手を振った。その後、スタジオの片づけを手伝いながら、メンバーが戻ってくるのを待つひとみに向かって、伊達が
「ねえ、香西さん、岩戸さんの立ち位置、後ろにした理由は彼には言わないの?」
と少し意地悪く尋ねる。
「そ、そんな、ただ、レイアウト上、カズさんがもうちょっと後ろに下がった方がいいかなって……」
「嘘でしょ。岩戸さんが大きく扱われて、人気出過ぎちゃったらどうしようって思ったんじゃないの?」
ひとみのしどろもどろな言い訳など、勿論伊達には通用しない。しょんぼりとすまなそうにひとみは伊達に頭を下げた。
「……すみません。カズさんの仕事とか、レースはドライバーさんだけじゃなくってメカニックさんの力もあってこそ、とか
 読者の皆にも判って欲しいって思いつつ、カズさんが「皆のカズさん」になっちゃったらどうしようって思っちゃって……
 カズさんは「私の」カズさんで居てほしいなーなんて……仕事に私情挟んじゃってすみません」
しかし、そのひとみの言葉に応えたのは、伊達ではなかった。
「……ほんと、ひとみさんってば……心配しすぎだよ、そんなこと有り得ないって」
びっくりしたひとみが振り返ると、私服に戻った和浩が立っていた。
「カズさん、やだ、聞いてたの」
慌てて和浩に背を向けて逃げようとするひとみだが、もちろん逃げられるわけがない。しっかり和浩の腕に押さえ込まれてしまってその腕から逃れようともがくも逃れられない。和浩が来ていることに気付いていて、さきほどの質問をしたのであろう伊達は、
「じゃあ、岩戸くん、香西さんに厳重注意とお仕置きお願いね、仕事に私情挟んだそうだから」
にっこり笑って冗談交じりに和浩に向かって言う。
「だ、伊達さん〜!」
ひとみが手を伸ばすが伊達はそれをさらりと交わして
「ごめんなさいね〜、ポラをすぐにアタリに入れないといけないから、これで失礼するわ
 香西さん、今日はありがとね、いい写真が撮れたわ!」
とひらひらと手を振って行ってしまった。残ったひとみをまだ腕の中におさめたままで和浩は
「伊達さんにもああ言われたし。ひとみさんには厳重注意しないとね。
 僕のこと、信じられない?」
「ち、違うの、カズさんを信じられないんじゃなくて、自分が信じられないの。……焼きもち焼いちゃいそうなんだもの」
「ひとみさんになら、焼きもち焼かれてみたいかも」
「……そんな可愛いものじゃないかもしれないよ? すごく自分勝手になっちゃうかも。今日もちょっとそうだったけど」
しょんぼりとしてひとみが言うと、腕を緩めて和浩はひとみと向き合った。
「どんなになっても、僕はひとみさんが一番だから。焼きもちやくひとみさんだって好きだよ。
 駄目なことは、駄目って言うけど、ひとみさんを好きだっていうことはまた別なんだから」
「…………うん、ありがと、カズさん」
そうだな、とひとみも思う。小さなことで、和浩のことをわからずや、と思ったりすることもあるけれど、それでもやはり和浩を好きな気持ちは減らない、変わらない。そういうことなのだ。
「さて、じゃあ厳重注意はこれでおしまい。あとはお仕置き?」
いつもの爽やかな笑顔でさらりと言ってのける和浩に、ひとみは「ええっ!」と声を挙げて逃げ腰になる。それを見て和浩は可笑しそうに笑った。
「嘘うそ、そんな顔しないで。
 加賀見さんたちが、一緒に食事でもって。伊達さんは残念ながら仕事だったみたいだけど、ひとみさん、どう?」
「もう、カズさんってば……
 お食事は、嬉しいです。是非一緒させてください」
お互い顔を見合わせて笑いあって、それから加賀見たちが待っているであろうスタジオの出口へ向かった。


「それにしても、本当に今日は疲れたよ。あー、でも雑誌が出たらホント、恥ずかしくて見れないかもなあ。
 家族にもちょっと言えないなあ」
「私は本屋さんに並んでる分、買い占めたいくらいだけどな! それで、見る用、保存用、切り抜き用、予備分残して
 後は、『これが私の大好きなカズさんですっ』って皆に配りたい気分」
「……ひとみさん、それしたら今度こそお仕置きだよ」





カズさんが主人公のことを「ひとみさん」とさんづけで呼ぶのがかなり萌えです。
さて、今回のこのネタは、オフィシャルのポスターとかでオングストロームの皆が
モデルばりの格好したイラスト使われていたりするじゃないですか。
ときどき、「カズさん、無理してないっ??」と心配になったりして。
いや、カッコイイというか、素材はカズさんだって良いと思うのですけどね


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