何度でも君に恋をしよう


操縦訓練を終えてRBのコックピットから降りた舞踏子は、時間を見て(そろそろかな)と考えた。ずっとコックピットに座り続けていて窮屈だった身体を伸ばし、息をつく。ぎしぎしと偶にきしむような気もするけれど、義体は概ね好調なようだ。もちろん、そうだろう、舞踏子はいくら義体といえども無茶な使い方はしない。これからその様子を見に行こうとしている男のようには。
格納庫から階段を上がっていくと、途中でタキガワとすれ違う。
「今度は絶対追い抜かす!」
すれ違いざまに振り向いて、タキガワがそう言った。舞踏子は手をひらひらと振ってそれをやりすごす。舞踏子にライバル心を燃やす彼は撃墜数を争っているつもりだが、現在のところ舞踏子がかなり優勢だ。もちろん、いがみ合っているわけではなくて、舞踏子にしてみればカワイイ弟がじゃれついてきているようなモノであったが、タキガワにしてみれば、そういう舞踏子の態度もまた納得できないものらしい。
タキガワは歳からして舞踏子から見れば弟のように感じもするが、実際この「夜明けの船」に乗船している男たちときたら、と舞踏子は首を振る。一人前の大人のくせにどうしてこうも、手がかかるのだろう?
艦橋に通じるハッチを開いて中に入った舞踏子は目当ての人物の姿を目にとらえる。ほら、不機嫌そうに見えるのはもう十分体調が悪いからで、そのくせまだ訓練を続けようと椅子にへばりついている。
「ヤガミ!」
俺に構うな、と言わんばかりのオーラを発揮していたヤガミの背中に舞踏子は構わず声をかける。振り向いたヤガミの表情はもちろん、不機嫌そのものだ。けれど、微妙に目元が赤いのを舞踏子は見逃さなかった。(ほら、もうダメダメじゃない)
呼びかけに応えもせずに文句を言いたげな目つきで自分を見つめるヤガミに、舞踏子は躊躇いもせずに近づくとその腕を取った。
「医務室へ行った方がいいよ」
「……大丈夫だ」
「誰が見たって大丈夫じゃない。だいたい、また艦橋で倒れて迷惑かけたいわけ?
 いい加減、自分の体調管理くらいちゃんと出来るようになったら? 世話が焼けるんだから」
不機嫌なヤガミに負けないほどたたみかけるように言いつのる舞踏子に同じく艦橋にいたポイポイダーが体を揺らしている。どうやら笑っているようだ。言われなくても自分の体が限界であることは自覚しているであろうヤガミは、不機嫌そうにではあったが立ち上がった。
「……わかった、医務室へ行こう」
そう言いながらその体がすでにふらついている。ほら、とその腕を取って舞踏子はもう一度言った。
「ほんとに、手がかかるんだから」
もちろん、それはヤガミにだけ聞こえるような声でだったが。



医務室には誰も居らず、がらんとした部屋を見回して舞踏子は肩をすくめた。
「サーラは何処へ行ったのかしらね」
「別に薬をもらうほどでもない、寝ていれば治る」
ヤガミはそう言うと舞踏子を見向きもせずにベッドに向かって倒れ込むように寝転がった。相当調子が悪いに違いない、部屋の灯りがまぶしいのか腕を目にあてて目を閉じる。無事にヤガミを送り届けた舞踏子はそのまま帰るかと思いきや、ヤガミのベッドの端に腰掛けてそんなヤガミを見下ろした。
「倒れる前に医務室につれてきてもらって、何か言うことってない?」
腕の下から不機嫌そうにヤガミは舞踏子を見上げる。頼んだワケではない。そう言いたいところだが、それはそれで大人げない気がしないでもない。それでもやはり、そう言いたくなる。
「……俺の面倒を見てくれとは言った覚えがないが。
 お前はハリーの面倒でも見ていればいいだろう」
言った後でかなり後悔した。これではまるで自分がハリーに嫉妬しているようではないか。十分嫉妬しているのかもしれないが。
「なんだ、ハリーのこと、気にしてるの?」
ところが返事がこれだ。ハリーの部屋から舞踏子が出てくるのを目撃したのはいつだったか忘れたが、そのときの自分の受けた衝撃がこれまた衝撃だったのは否めない。
「ヤガミが義体の純潔に重きを置くタイプだったとは意外だな」
「ばっ……なっ……何を!!」
思わず声が大きくなってしまって、自分の声に頭痛がひどくなる。ところが舞踏子ときたら、そんなヤガミを眺めて何処か可笑しそうな風情だ。ああ、この女は本当に本当のところ、疫病神なんじゃないだろうか。そんな想いがヤガミの脳裏をかすめた。
「ウソウソ、そんな、義体バンザイって言いたくなるようなことは、してないわよ。
 ま、マッサージくらいはしあったかな」
「……別に、そんなことはどうでもいい」
本当にどうでもいいと思っているかどうかは別として、とりあえず自身のプライドのためにヤガミはそう言った。舞踏子の様子からしたら、とっくにわかっているようではあったが。それまでヤガミを見下ろしていた舞踏子がちょっと小さく息を吐くと視線を床に移してつぶやく。
「どうせ、ふれあったところでハリーにとっての私は現実じゃないんだから、いいじゃない」
こんなところでしおらしい振りをしたって無駄だ、と言いたくなったがその一言が言えない。わかっているのに、その一言にちょっと胸が痛んでしまう自分にヤガミは相当苛立った。
ハリーはちょっとばかり疲れているから逃げ場所を作ってあげただけ、本当の場所はちゃんと他にあるんだから、ちょっとくらい私に役得があったっていいじゃないの、と舞踏子が嘯く。本当にそれだけドライに思い切っているのかどうかは、ヤガミから見える表情ではわからない。だから、少しばかり胸が痛むのだって間違いではないのかもしれない、とヤガミはなんとか自分の気持ちに折り合いをつけた。
「……どうでも、俺には関係ないことだ」
ただし、舞踏子にはそうとだけ言う。そうだ、本当に関係のない話だ、なんだって自分がハリーと舞踏子の関係について聞かされなくてはならないのか? なんだって胸を痛めてやらなくてはならないのか。ところが、舞踏子はそんなヤガミの言葉を聞くと、再びヤガミを振り返って見下ろした。そして、徐に顔を近づけてくると、ヤガミの腕をどかせてその眼鏡をそっと取り外し、更に顔を近づける。
「眠るときに眼鏡って邪魔じゃない?」
「……そんなに顔を近づけなくてもお前の顔くらい見える」
そうは言ったものの、この次に何をされるのか内心はちょっと期待半分怖れ半分のヤガミだった。舞踏子はくすり、と笑うとそのまま更に顔を近づけてくる。これではまるで俺が襲われているようではないか、と思いながらもそれも否定できない、と思わずヤガミが目を閉じたところで……思ったような柔らかい衝撃はやってこなかった。代わりに、重たい衝撃が胸の上に。舞踏子がその頭をヤガミの胸に乗せたのである。半ば期待しそうだった自分が馬鹿馬鹿しい。
「ヤガミは倒れたりしたらダメなんだって。いつも憎たらしく元気でいてくれなくちゃ」
笑いを含んだ声で舞踏子が言う。
「ハリーは甘えさせてあげたい人だけど、甘えたい人じゃない。
 ヤガミは死んでも私に甘えさせてあげないけど、
 私のことを甘えさせてくれなかったら許さないんだからね」
理不尽だ、とヤガミは思った。わかっていたけれども、どこまでもいつまでもなんて理不尽な女なんだ、こいつは、と。けれど、どうであっても、何度も何度も思い知らされているのに、そう、身勝手で我が儘でやりたい放題な女だと思い知らされているのに、同じだけの回数惹かれていく自分を自覚している。踊らされていないか、と自問自答する。一体誰に? 目の前の舞踏子に? それとも案外、自分自身に? 一体、何度この女に腹を立てて、そして何度恋をした? ああ、恋だって、認めることがなんて忌々しいことか……!
しかし、どうにもいい加減疲れもピークでヤガミは考えることを放棄した。
「いいじゃん、私だってちょっと寄り道しているだけなんだから。
 私の本当の場所は何処かなんてちゃんとわかってるから、もうちょっと待っててよ」
そう言う舞踏子の声が耳に届いたところで、言い返すのも億劫にヤガミはそのまま眠るために意識を手放した。



意識が戻ってくると、息苦しさに急激に目が覚めた。
何事かと思えば、舞踏子である。ヤガミの胸に頭を置いたまま、自分まで寝ている。体を休ませるためについてきたのか、疲れさせるためなのかと内心毒づきながらも、ヤガミは舞踏子を起こさないようにそっと体をずらしながら半身を起こした。舞踏子の頭はヤガミの足を枕に、いまだ目覚める様子もない。
(……自分こそ疲れていたな?)
人のことを言えた義理でもない様子に、舞踏子が目覚めたらどんな嫌味を言ってやろうかと頭を巡らせる。まじまじと眠る顔を良く見れば、目蓋が半開きだ。薄い隙間から白目が覗いている。
「可愛くはないな」
むしろ、間が抜けている。それはギリギリ愛嬌があると言い換えてもいいかもしれないが。ヤガミはそんなことを考えて少しだけ笑った。本人は眠るときにこうなることを知っているのか知らないのか、わからないけれど、教えてやらないことにする。たぶん、知らないことだろう。ハリーにだって見せたりしていないだろうとも。それでヤガミは今のところは満足することにした。
甘えさせてくれなければ許さない、と。それはつまりは、甘えたいのはヤガミだけ、ということではないか。そうとなれば、寄り道を許してくれというのだって、甘えている証拠ということなのだろう。しかし、だ。そうそう思うように甘やかしてなどやるものか、とヤガミは誓う。もちろん、何度となくこれまでだって誓ってきたけれど、やり通したことがないのではあるが、今度こそは自分自身に誓うとも。そうだ、もう寄り道なんて許してやらない、自分の場所がわかっているというのなら、すぐにだって“ここ”へ来させてみせるとも。作戦を立てるのはこちとら得意なのだ。
「……手のかかる女だな、本当に面倒くさい」
そう言う自分の声が、十分甘いことにヤガミは気づいていなかった。




そんなわけで『絢爛舞踏祭』よりヤガミ+舞踏子ネタです。
ヤガミ×舞踏子……ではないですよねえ(^^;)
絢爛舞踏祭は、キャラと恋愛もできるんですけど、どの道甘くはないなーと思ったり。
で、ハリーとヤガミなのは好みの問題だったり?



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