『きっとまた、今生でも来世でもめぐり合うのですから』 夢のような一夜に、ただ夢中でささやいた言葉だったけれど、今は自分のその言葉が真実であること を信じている。また、めぐり合う、それだけの絆が、二人の間にはきっとあると。

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「はあ……また、違った…」
上背があって京訛りがあって口が上手くて割と強い。そんな男がいるらしいと噂を聞いてはるばるた どり着いてみれば、伊勢とは似ても似つかない男だった。
「……だいたい、あれのどこが京訛りなんだ」
自分を探している女が居ると聞いてのこのこ現れた男は、桜子の姿を見ると途端に馴れ馴れしく肩に 手を回してきた。
「……いくら伊勢でもあそこまで図々しくはなかったぞ」
もちろん、すぐにその手を捻り上げてやったけれども。継信に見送られ、意気揚々と走り出してから もう幾月過ぎただろう。女の姿に戻った自分は追っ手の心配はしなくても良くなったが、一人の旅は 時折、挫けそうになるほど寂しかった。仲間とも離れ、本当にただ一人。思えば兄を失い男として生 きると決めて以来、それでもずっと桜子の傍らには誰かが居てくれた。喜三太であり、そして継信や 忠信であり、弁慶であり、そして、伊勢だった。
「だいたい、うっとうしがって帰れ帰れと言っているときは、しつこく追いかけてきた癖に
 こっちがその気になって傍に居て欲しいと思った途端に『俺、実は裏切り者なんです』って
 本当に、酷い男だ」
次の行き先に宛てはなかったが、近くの町まで出てまた噂を聞くしかない。考えればまた落ち込みそ うになるのを、何か話し続けることでなんとか押しとどめていた。
山道にさしかかり、顔を上げると上り坂の先に明るい髪色が日の光に反射した気がした。途端に心臓 が跳ね上がる。
「い、伊勢っ?!」
坂道にも関わらず、走り出す。足元に転がる大きな石にも構わず駆け上がる。すぐに息が上がってき て、息苦しくなったけれど、それでも構わなかった。前を行く姿は桜子を振り向くことなく歩いてい く。明るい髪が歩調に合わせて揺れる。しかし――
(ああ……伊勢じゃない…)
伊勢の髪はもっと明るい琥珀色で、日にあたると鳳凰の羽のように綺麗に見えるときがあって、そん なこと本人に言うと図に乗るし悔しいから一度だって言ったことはないけれど……
「あっ…」
追っていた相手が伊勢ではないと気付いた途端、足が上がらなくなり、岩に躓いてしまう。なんとか 転ぶのはこらえたものの、もう、足は前へ進まなかった。
「……ほんっとにもう! 見つけたら覚えておくといい、伊勢めっ」
こんなに私を走らせて。見つけたら、もう二度と離れてなんかやらない。どこへも行かせない。じわ り、と目が滲むのを堪えて、桜子はまた歩き出した。
『俺は最初から裏切り者だったんです。命令を受けて、あんたに近づいた』
『でも、嘘だらけの薄汚い俺が、あんたの傍にいることが苦しくなったんです』
「殊勝な物言いをして見せたって、私の気持ちなど一つも知りもしないで伊勢は本当に勝手だ」
伊勢がいなくなった日から、いつも、どこでも、何度も、その姿を、声を、探していた。仲間と一緒 に居てさえ、居なくなったとわかっているのに、隊列に、野営の場に、伊勢の姿を探していた。一人 になって伊勢を探す旅に出てからは、いろんなときの伊勢を思い出す。たとえ内偵のためであったと はいえ、伊勢は義経のために尽くしてくれたことに間違いはなかった。伊勢の策に勝利を得たことも 違いはなかった。裏切られたという失望がなかったとは言えなかったが、伊勢の話を聞くにつけそん な思いは消えた。だから『そんなことはもうどうでもいいから、これからもよろしく頼む、伊勢』と 、そう言いたかった。けれど、伊勢は『義経』と恩人とどちらも裏切ることができないから、どちら からも離れて一人で生きていくと言ったのだ。伊勢が辛いなら、伊勢が自分から望んで出ていくのな ら、そうさせてやるのが伊勢のためだと思った。それは桜子が『義経』だったからだ。
伊勢がいなくなってから、旅路は随分と静かなものになった。どれだけにぎやかな男だったのかと呆 れ返るとともに、どれほど伊勢の笑顔に助けられていたかとも感じた。どんなに苦しい旅路でも、先 の見えない旅路であっても、伊勢ときたらどれほどもへこたれた様子を見せたことがなかった。
『笑っておらねば、身の内に巣食う絶望に押しつぶされてしまいそうだったのでしょう』
継信は伊勢をそう評したが、それでも、そのような中でさえも笑える人間は強いのだ。なぜなら桜子 は伊勢がいなくなったときから、笑うことすら出来なくなったのだから。無理をして笑おうとしても 、上手く笑えた験しがなかった。
「お前は、知らなかっただろうが――私自身だってわかっていなかったが、
 どうやら私は、お前が居たから『義経』で居られたらしい」
女であることを隠して、源氏の御曹司として過ごす中でも、時には女としての自分を思い出しいじら しく思うこともあった。『静』は、長く隠していた女としての桜子そのものだった。ただの気晴らし のはずが、『静』として伊勢と出会ったときから、何かが変わってしまった。
「本当は逃げ出したくて、怖くて、それでも義経として頑張っていられたのは
 お前が最期まで一緒に居ると言ってくれていたからだったのに」
なのに、さっさと離れて行ってしまって薄情者め、と桜子はまた小さく毒づいた。そうやって、傍に いない伊勢に語りかけていたら、そのうち本当に伊勢が『ちょっとちょっとそりゃあんまりじゃない ですか』などといつもの軽口を叩きながら現れてくれそうな気がした。
山道を登りきると、一度足を止めて空を見上げる。木々の緑の間から漏れる日の光が明るい。別れた のは冬枯れの森だった。今はもう若葉が萌え、山桜の蕾も膨らみ、春の訪れを告げている。一人の旅 を始めてもうどれくらいになるのだろう。伊勢もこんな風に一人の旅を続けているのだろうか。
「……絶対、負けないからな」
そう呟いて桜子はまた歩き出した。何に負けないと言ったのか、誰に負けないというつもりだったの か。多分、伊勢にも、自分にも、運命にも、寂しさにも、辛さにも、負けないと。そんな全てをこめ たつもりだっただろう。
離れて、一人になって、自分の気持ちに正直に伊勢を追いかける旅に出て、伊勢との思い出を手繰り 寄せるようになり。今までよりもずっと不思議と伊勢を近く感じるようになった。どこかでつながっ ているような気がするようになった。寂しい気持ちさえも、伊勢が抱えていた悲しみと通じるような 気がしていた。
「お前は自分が嘘ばかりだと言っていたけれど、私だってお前に嘘をついていた」
『俺は知っていましたよ、義経様が静さんだってこと』
そう伊勢が言うような気がした。けれど桜子は続ける。
「私は本当の名前をまだ、お前に言ってない。本当の私でお前の前に立っていない」
だから、今度は自分が本当のことを伊勢に話す番だ。
「絶対、見つける。絶対、追いつく」
誓ったから。それは夢のような一夜にただ夢中で囁いた言葉ではあったけれど。

『きっとまた、今生でも来世でもめぐり合うのですから』

来世まで待てない、今生で必ずもう一度。
山を下りて、道の果てに村が見えた。川縁に桜の木々が咲いていてその奥には森が広がっている。
その上に広がる空の果て、伊勢の相棒・四郎が翼を広げて飛んでいるような気がした。目を眇めて見 るが、大きな鷹の姿は幻だったのか見えなくなった。それでも確かに居たような気がして、桜子はま た新たな力を得て歩き出す。
二人を繋ぐ絆が、いつかきっと自分を伊勢の元へと導いてくれる。そう、信じて。

END




ついつい、やってしまいましたー。
死ぬまで青春EDのちょっと前あたり。伊勢×桜子。ED後はすっかりバカップルだと良いと思うよ。
しかし、どのルートでも他の仲間たちはどうなったのか気になるっちゃー気になります。


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