黄家の朝ご飯


静かな西岐の朝。
しかし、その静寂を破る大音声が響きわたる。
「おら〜! 起きろ! がきんちょども〜!!」
声の主は、武成王・黄飛虎。かつて、朝歌において軍務の全てを預かっていた男である。今は、故あってここ、西岐の姫氏の元に身を寄せている。
「な、なにさ〜、親父、今朝は偉く張り切ってるさ〜」
父の声に眠い目を擦りつつ出てきたのは、黄天化。飛虎の次男である。彼は、崑崙で修行中の道士でもあるが、父の危機に仙界を降り、行動を共にしていた。元々が、仙界で修行を目指したのも、父の役に立ちたい、父に認められ、父を越えたい、という思いからであったのだから、これは至極自然の成り行きではあったが。
朝の一服、とばかりに、トレードマークのタバコに火をつけ、フヒ〜っと煙を吐き出す。天気の良い今朝、何故か屋外にしつらえた机にはもう、朝食が並んでいた。
「あ〜! うわ〜い、杏仁豆腐があるよ、天化兄さま!」
朝から元気のよい、黄家の末っ子天祥が、机の上に並んだものを見て嬉しそうにそう言った。その言葉を聞いて、天化は、にやり、と笑って父親の顔を見た。
「なにさ、親父、朝から杏仁豆腐作ってたさ?
 料理に目覚めたさ〜?」
その言葉に、少しばかり照れくさそうな顔を一瞬した黄飛虎だったが、すぐに顔を引き締めると、天化の頭をくしゃり、と撫でた。
「バカ野郎、いいから、座って飯を食え!」
武成王の杏仁豆腐といえば、先日、南将軍との料理対決で太公望に絶賛(?)されたデザートである。父にそんな料理の才があったとは意外に思った天化であったが、内心は、さすが親父、と自慢の父をさらに自慢に思っていたりする。その後、審査委員長だった姫昌が具合を悪くしたため、天化たちは父のデザートを口にする機会を失したのだが、それが今、ここにあるわけである。
もちろん、天化も天祥も、天爵も天禄も、嬉しいに違いはない。
「「「「いっただきま〜す!」」」」
躾の厳しい(?)黄家のこと、元気に礼儀正しく感謝してからご飯は始まるのであった。
道士である天化だけは野菜オンリーながら、他の息子たちは朝からもりもり食べている。元気いっぱい、食欲旺盛の息子たち四人のことである。瞬く間に朝食の盛られた皿はからっぽになっていった。
まだまだ子供の天祥が一番にデザートに口をつける。食べはじめる前から楽しみで、どうやら主菜もそこそこに突入したようである。
一口食べたその顔が、満面の笑顔に変わる。
「おいしい〜!!」
そんな天祥を微笑ましく眺めながら、天化も父の作ったデザートに口をつけた。激甘と言われていたが、その甘さはしつこいものではなく、天化にとっても大変美味なものであった。そして、どこか懐かしい味がした。
・・・?
訝しく思い、じっと杏仁豆腐の入った鉢を見つめていた天化は、天祥の言葉にその懐かしさの意味を悟った。
「お母さんのと同じ味がするよ、お父さん!!」
その言葉に、息子たちの様子を見ていた飛虎の顔が笑顔に変わる。
「そうか! 良かった。賈氏の味を真似てみたんだが、上手くいったみたいだな!」
天化がまだ仙界へ登る前に、母が作ってくれた味だったのだ。それが、懐かしさと共に蘇ってくる。思わず、食べることも忘れてじっと杏仁豆腐を凝視している天化の頭に、飛虎がぽん、と軽く手を乗せた。
「おめぇに食わせてやりたかったんだぜ、賈氏の味をな」
結局、母と生きている間に会いまみえることはできなかった。天化の中の母の記憶は、仙界へ登る以前の、最後の夜の母である。子を手放すといえ、涙一つ見せることなく、自分の選んだ道なのだから弱音を吐かずに心を決めていってらっしゃい、と言われた。本当は、道士として術を修め、父と共に戦う姿を見てほしかった。しかし、そんな天化に対する父の心遣いが身に沁みて、けれど照れくさくてそんなことも言えず、天化は飛虎を見上げて言った。
「俺っち、もう、母親の味が恋しいなんて年じゃねえさ、親父!」
「いいから、食っとけよ、もう二度と作ってやんねえぞ!」
「わかったさ、親父!」
そうして、天化が自分の鉢に目を戻したとき。
「!?!」
「いや〜、武成王、そういういわれのある杏仁豆腐であったのだな。
 道理でなかなかに美味であると思うたよ」
「ス、スース!!」
何時の間にやら現れた太公望が、天化の鉢の杏仁豆腐を食べていた。
「あーた、なんでここに!!」
「ダアホ、お前らだけ朝から一品たくさん、食べているなど許せるか!
 しかも、それが甘味じゃというなら余計じゃ!」
自分の鉢の杏仁豆腐を食べられた天化の拳がわなわな・・・と震える。
「スース・・・・いくらあーたでも、こればっかりは許せねえさ!」
「お? なんじゃ、天化、やる気かぁ?」
がたん! と椅子の倒れる音と共に両者がにらみ合う。
「おいおい、天化、まだ残ってるから・・・」
飛虎がそう言うのを、天化がさえぎる。
「そういう問題じゃねえのさ、親父!!」
「にょほほほ〜、来るがいい、天化!」
やれやれ、というように飛虎は肩を竦める。
「宝貝は使うなよ、周りに被害が出る」
「なにぃ〜、武成王、宝貝なしでは、わしが天化に勝てぬであろうが!」
「俺っちはいいぜ、スース、いっちょ剣で話をつけるさ」
「だ〜! スープー! スープー!!」
走って逃げる太公望を追う天化。その二人の背に向かって、飛虎が声をかけた。
「二人とも、適当に済ませて戻ってこいよ、ちゃんと二人分、残しておいてやるから!」




そんなわけで『封神演義』なネタです。
以前は、PS版の『封神演義』とジャ○プ版の『封神演義』で同じネタで
違うSSを書いたりしていたのでした。ゲーム版はキャラも違って
同じネタでも全く違う展開になってそれはそれで面白かったんですけど。
藤崎版(ジャ○プ版)『封神演義』は本当に黄家一家が好きでした。
飛虎と天化が死んだときはショックでコミックスも読み返せなかったです。



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