SHE SAW SEA







寮の対面室の隣、受付横にある公衆電話。
あたりを見回して、誰もいないことを確認してから彼女の家のダイヤルを押す。
携帯電話を使えばいいのだが、あいにく、現在電池切れ。第一、携帯だからと安心して連絡できるものでもないのが常だったりする。
呼び出し音を待つのももどかしく。早く彼女が出てくれないかと周囲の気配に神経をとがらせる。早く、早くと思ううちに、受話器のあがった音がした。
『はい、もしもし?』
ちょっとひさしぶりに聞く、彼女の声。応えるのに少し間があいてしまったのは、その声の余韻をつい楽しんでしまったためで。
「もしもし、冬湖さん?」
そう言うと、今度は受話器の向こうでしばらく沈黙があった。
『え? え、高城くん?』
「そうだよ、このところ、連絡できなくてゴメン」
『ううん、いいの。電話してきてくれて、嬉しいよ』
「夏休みなんだけど、その・・・何か、予定あるかな」
本当はもう少しゆっくりと話していたいが、本題を切り出す。ゆっくり彼女と話をするのは実際に会ってから、にしよう。今は、誰かに見つかる方がやばい。
『え? ううん、特にこれっていうことはないけど・・・お盆におばあちゃんのところへ行くくらいかな』
それくらいは当初から考えに入っている。計画に支障はない。第一段階クリアだな、と胸をなでおろす。
「よかった、じゃあ、その・・・あいてる日にでも、一緒に出かけないか?」
『え、いいの? 高城くん、忙しくない?』
バンドだなんだとやることが増えて、それはそれで充実もしているし楽しくもあり、やりがいもあるが。変に他校生にも人気が出てしまって、彼女と二人で会うことがこのところ難しくなっていたりもしていた。いいかげん、高城としてもそのあたりについてはウンザリすることも多くて、夏休みに入ったのをいいことに、彼女と二人でひさびさゆっくり過ごしたいと計画を立てたのだ。
「大丈夫だよ、休みなんだから時間はたっぷりあるし。
 せっかくなんだし、海にいかないか?」
プールなら日帰りになりがちだが、海となれば上手くすれば小旅行になるかもしれないし、彼女の水着姿も見てみたいし。
『海か、いいね♪ うん、行く!』
彼女の声も弾んでいる。
「良かった、あんまり君のことを放っておくから、もう嫌われてしまったかなと思ってたよ」
ほっとしたこともあって、冗談混じりにそんな本音を少し漏らしてしまう。
『・・・そんなこと、あるわけないじゃない。信用してくんなきゃ、やだよ。
 私の方こそ、もう、嫌われちゃったかなって思ってたんだから・・』
「・・ゴメン、勝手な事、言ったね。
 じゃあ、行く日、いつにする?」
久々の彼女との会話につい、受話器の向こうの相手にのめり込んでしまう。さっきまで、あれほど周囲に気を配っていたというのに、今はもう彼女のことで頭がいっぱいだ。それを後悔する羽目になるのは、すぐ後のことなのだが。
「・・・それじゃあ、その電車で。ああ、一番後ろの車両にいるから・・・。
 すごく、楽しみにしてるよ。ああ、・・・俺もだ、うん・・・それじゃ・・・また電話するよ」
受話器を置いた高城が、ちょっと余韻に浸りながら振り向いたそのとき。
そこにいたのは、加藤だった。
誰もいないと思っていたのに、人がいて、しかもそれができれば絶対にいてほしくなかった知り合いの一人だったりして、高城の顔が驚きと後悔にゆがむ。
「か、加藤・・どうしたんだ、電話か?」
なるべく平静を保ってそう問いかけるが、加藤の目はキラキラと興味津々に輝いていた。
「高城、なんだ、水くさいな、海にいくんだったら誘ってくれよ、どうせみんな暇してるんだからさ」
うわ、最悪な展開だ、と高城は内心頭を抱える。
これが、新井や志村だったら、わかってて嫌がらせを言うな、と冷たくあしらうだろう。誰が一緒に出かけるか、と。中本だったら、最初から一緒に連れて行けなどと言わないだろうからとりあえずは問題がなかっただろう。だがしかし。加藤は、悪気がないのだ。ないだけになお始末に悪い。
そうして、ものの10分もたたないうちに、海へ行くという計画は皆の知るところになってしまうのだ。
『冬湖さん・・・ゴメン』
失意のうちに、内心で彼女に謝る高城だった。


約束の電車に乗った高城の機嫌は朝からもちろん、最悪だった。
二人っきりのはずが、なぜ、オマケが4人もついてきてしまっているのか。そんな高城にお構いなく、オマケの4人は機嫌がいい。
「天気が良くってホントに良かったよね〜! 楽しみだなあ♪」
無邪気(を装っているのか?)に言う志村に加藤も頷く。
「今日はもう、ガンガン泳ぐぜ!」
苦々しそうな高城を面白そうに見ているのは新井。コイツは絶対、嫌がらせに違いない、と高城は思っている。中本だけはなんとなく気の毒そうな顔をしているような気がするが、それなら他の3人を止めてくれればいいものを、と高城は思う。不機嫌な高城を乗せたまま、電車は目的地へ向かい、彼女が乗ってくる駅に着いて扉が開く。
キョロキョロと高城の姿を探す彼女を、高城の方が先に見つける。膝上丈のラベンダー色のワンピースが似合っているな、と思う。高城を見つけた彼女がまるで向日葵の花のように鮮やかな笑顔になる。その笑顔に応える高城の顔が少しすまなそうなのに気づいた彼女がちょっと訝しげな表情になり、そして高城の周りの連中に気づいて一瞬驚いた顔になる。だが、彼女はすぐにその表情を消すとやっぱり、笑顔で近づいてきた。
「お待たせ! みんな久しぶりだね」
いつもと変わらない明るい彼女。ほっとしたような、本当のところはどう思っただろうと気になるような高城に、彼女はにっこり笑いかける。
「海なんて何年ぶりかだから、すごく楽しみにしてたの、嬉しいな。
 水着まで新調しちゃったんだよ?」
いつもと本当に変わりがないから、不機嫌だった高城も周りに誰がいたって彼女が目の前にいてくれるだけで、十分な気持ちになってくる。
「俺も、すごく楽しみだったよ。海ももちろんだけど、冬湖さんに会えるのがね」
「やだな〜、高城くんってば、ほんっと気障なんだから〜」
せっかくのところに志村の声。高城は倒れそうになるのを押さえて憮然とした表情で志村を振り向く。しかし、志村はそんな高城を無視して冬湖に向かって笑いかけた。
「やっほ〜、冬湖さん、元気だった? 今日はいっぱい遊ぼうね〜」
「よお〜! 元気そうだな、何年かぶりの海って泳ぐの大丈夫か?」
「ダッセエ浮き輪なんか持ってきてんじゃねえだろうな」
加藤や新井も声をかける。
「ほんと、みんな久しぶり! 今日はよろしくね!」
彼女もそんな奴らににこやかに応えている。すっかり高城以外の4人が彼女を取り囲んでしまっていて、高城の入る隙がまるでないといった感じである。握りしめた拳についつい力が入ってしまうのも仕方のないことといえよう。
「ね、高城くん!」
そんな高城に、みなと会話を交わしていた彼女が振り向くと相づちを求めて呼びかける。もちろん、話など聞いていなかった高城が曖昧に返事を返すのに、さりげなく彼女の手が高城の手をとった。
「だからね・・・」
彼女が高城に説明する言葉を聞きながら、そっと繋がれたままの手に高城の苛立ちが引いていく。あまりにも自然に彼女が高城の手を取ったものだから、他の4人も気が付かないようで。そのまま目的地の駅まで、ずっと手を繋いでいた二人だった。


夏休みの海は、やっぱりというか当然というか人が多く、砂地にシートを広げる場所をなんとか確保できたのは幸いだった。それでも海の家、白い砂浜、碧い海、青い空、照りつける日差し、いかにも夏! という情景にはわくわくする。
「どうかな、似合うかな?」
新調したという水着を着て、少し照れくさそうに彼女が高城の前に立つ。Aラインのワンピースの水着は、ビキニほど刺激的というわけではないが、彼女の柔らかな雰囲気に似合っていた。水色の生地に白いトロピカルフラワーの柄も涼しげだ。つい、見とれてしまいそうになるが彼女のためにもちゃんと言うことは言っておかねば。
「すごく、似合ってるよ。月並みな言葉しか出てこなくて申し訳ないけど、可愛いよ」
そう応えると、彼女は本当に嬉しそうに笑った。
「やだなあ、高城くんってば鼻の下のばしちゃってさ」
さっきからいいところで必ず茶々を入れてくる志村に、高城がついつい声を大にする。
「志村!!」
「わ〜い、高城くんが怒った〜! だってホントの事じゃない〜」
逃げ出す志村を高城が追いかける。
「お〜い、冬湖ちゃん、ビーチバレーしようぜ!」
加藤がビニールボールを膨らませて彼女に声をかける。どうあっても、二人でロマンチック・・・にはほど遠い海だった。
ひとしきり、ビーチバレーに興じ、泳ぎ、駆け回ってさすがに少し疲れてきたかな、と休憩に入ったとき。
「なあんか足りねえと思わないか?」
新井がそう言い出した。何かって? と加藤が首をひねるが
「そうそう! 夏の海っていったら、アレだよね!」
と志村が声をあげる。なんだろう? と冬湖も訝しげな顔をしているのに、中本が
「そういえば、あちらの海の家に売っていましたよ、スイカが」
と言った。そこで初めて彼女が、ああ、と笑い出す。
「スイカ割り!」
「そう。やっぱ、スイカだろ、夏の海といえばな」
新井はそう言うと
「なあ、高城、買ってこいよ」
と高城に向かって言う。なんで俺が、と言いたげな高城だったが
「あ、じゃあ、私も行く!」
と彼女が言うのに、そういうことか、と腰をあげる。さすがに済まないと思って気を利かせたつもりなんだな、というところである。
「大きくて、美味しそうなの選んできてよ〜!」
という志村の声を聞きながら、二人で砂浜を歩き出した。
4人の残るシートから少し離れると高城は彼女に向かって謝った。
「・・今日は、ゴメンよ、二人っきりのつもりだったのに、アイツらにばれちゃって・・・」
とたんに彼女はくすくす、と笑い出す。
「高城くんってば、ほんっとにすまなそうな顔してたから・・・そうかなって思ってた。
 みんな一緒だったら、せっかくなんだし、みんな一緒っていうのを楽しまないとね!
 まだまだ夏休みは長いし、高城くんと二人っていうのは、次の楽しみにしておくね」
彼女のこういうところに、やっぱり敵わないな、と思う。そうして、彼女のこういうところが、愛しいとそう思うのだ。
「でもまあ、最後の最後にこうやってちょっとは気を利かせてくれたみたいだ」
笑ってそう言うと、彼女も「あ、そうだったんだ」と笑う。
「だから、少しくらい寄り道して帰ってもいいんじゃないかな」
「スイカ来るの遅いって待ちくたびれたりしないかな?」
「少しくらい待たせたって構わないよ。俺だって今日は君と二人になるの、今まで随分待たされたんだから」
ちょっとペースを落として、ゆっくり話しながら歩く。会えなかった間の出来事とか、今度どこへ行くか、とか。その声を聞いているだけで、気分が穏やかになって、なんだか幸せな気持ちになってくる。無邪気に笑うその表情と、頬にかかる髪を耳にかける仕草に、会えなかった時間が長かった分、彼女に触れたいという思いが急に募る。これはちょっとヤバい、と高城が思ったとき、彼女が高城の手をとって駆け出す。
「スイカ! あそこに売ってるよ!」
手を取られるままに共に駆け出した高城だが、まるで初めて女の子と付き合う少年のように、妙にどきどきした気分になっている自分が可笑しかった。ほんとうに、彼女には敵いそうもない。
「おじさん、スイカ、大きくて美味しいの一つください」
元気に彼女がそう言う。大きな麦藁帽子をかぶり、タオルを首に巻いた店番は、帽子のひさしのせいで顔は見えなかったが、おじさん、というには若そうに思えた。並んだスイカを指でコツコツ、と叩いて反響を調べ、
「これがお勧めだな、2000円だよ」
と言われる。じゃあ、これ、と彼女が千円札を二枚手渡し、スイカを高城が受け取る。
「重くない? 高城くん」
彼女がそう高城に言うと
「なに? 高城だと?」
店の奥からそう声がかかった。どこか聞き覚えがある、できれば聞きたくもないその声は。イヤな予感がしつつ、高城が店の奥に目をやる。彼女もそれに気づいたらしく、振り向く。店番の男も、何かに気づいたように顔をあげる。
「! お兄ちゃん!」
「おお! 高城ではないか!」
「冬湖?!」
「く、草薙さん・・・!」
4人の声が重なる。スイカを売っていた店番の男は冬湖の兄だった。(気付けよ)
店番を任せて店の奥で寝込んでいたのが草薙会長。高城の姿をみた草薙は、例のごとく大げさな感動のポーズで立ち上がる。
「おお! 高城! このような場所でまで出会うとは、運命というものを感じないか!」
「何が運命だ、どうせ、つけてきたか何かだろう」
それを聞いた彼女が兄に向かって声を荒げる。
「お兄ちゃん! 私の手帳、見たわね!」
「すまん、冬湖、お兄ちゃんは会長には逆らえないんだ」
そういう間も両手を広げて高城に向かって駆け寄ってくる草薙に、高城は冬湖の手をとり駆け出す。もちろん、スイカももう片方の手に抱えたまま。
「冬湖さん、逃げるんだ!」
「待て、高城! なぜ逃げるのだ!」
なぜもなにもあるか! と高城は内心毒づきつつ、彼女の手を引いて走る。草薙のこと、そんなに早く走れるわけもなかろうが、彼女と一緒では高城も全力疾走というわけにはいかない。
「大丈夫かい?」
声をかけながら走り続ける。こくこく、と頷きながら彼女も一生懸命に高城についてくる。砂に足をとられて思うように走れないが、草薙の声がまだ耳に届くようでは油断ができない。
やっとシートに座って帰りを待つ4人の姿が見えたが、彼らには高城たちが何故走っているのかわからないらしい。
「どうしたんだ? 高城」
加藤が問いかける。高城は抱えていたスイカを投げ渡す。
「っ!! おい、落ちたらどうすんだよ〜」
慌ててキャッチする加藤に高城は応えず、新井に向かって、背後を顔で指し示しながら言った。
「後は頼む!」
言われてその方向を見た4人が声を揃えて
「く、草薙さん?!」
と叫ぶ。
「ちょっと待て、高城、なんて人を連れて来るんだ! 自分で責任とれ!」
「うるさい、ちょっとは罪滅ぼしにそれくらいフォローしろ!」
立ち止まる様子も見せず、高城は彼女を連れたまま走り続けた。後ろで4人と草薙と杉田兄の声が聞こえる。
「おお! 新井ではないか! お前もいたのか!!」
「か、会長〜、お待ちください〜」
「草薙さん、いつものお礼にスイカをあげますよ!!」
「どぅわっっ!! す、スイカを投げつけるとは!!」
その声もやがて遠くなり、聞こえなくなってやっと高城は走るのを止めた。倒れ込むように二人して砂浜に座り込む。
「・・・・参った、ほんとに・・」
ほとほと疲れたように高城が言うのに、彼女も大きく息を吸い込んで応える。
「・・・ほんと、びっくりしたぁ・・」
それから、顔を見合わせて思わず笑い出す。
「でも・・・でも、おっかしかった〜!
 だって、スイカ売りのおじさんって思ってたのに、お兄ちゃんなんだもん」
「俺も、まさかあんなところに草薙さんがいるとは・・・・」
言ってから、ちょっと不安になって後ろを振り返る。今のところ、追いかけてくる様子はないが安心はできないと、砂浜から水の中に入ることにする。照りつける太陽に熱くなった肌に、水が心地よい。
「大丈夫かい、冬湖さん、足、つくかい?」
「うん、大丈夫。これくらい岸から離れていたら、見つからないかな?」
「そう祈るよ」
しばらくこの辺りで様子を見ることにして、二人で波に揺られている。
「・・・でも、そうだな、草薙さんに少しだけ感謝するかな」
「? どうして?」
突然の高城の言葉に彼女が訝しげに顔をのぞき込む。その瞳を見つめ返しながら高城が応える。
「だって、冬湖さんとこうして二人でいる時間が延びたからさ」
そう言いながら、そっと体を引き寄せる。素肌が触れあう熱さも水に冷まされ気にならない。少し驚いたような彼女だったけれど、素直に高城に寄り添ってくれて、少しほっとする。
そうして、そのままそっと顔を近づけていくと、彼女は静かにその瞳を閉じた。


やっと4人が待っているはずの元の場所に戻った二人が見たものは、「お先に失礼〜」「あとは上手くやれよ」「金は自腹だぞ」という置き手紙と、民宿の案内書だったりするのだが。
それはまた、別のお話。





ぐは〜(大汗)もう、言い訳無用なほどに久しぶりの卒業Mです。
実は、このネタは昨年の夏に思いついたものの、時期を逸して一年が過ぎたもの(汗)
今年の夏もこのネタ書かないままに終わってしまうかと思った(爆)
あんまり久しぶりなので、ちゃんと「卒業M」になってるか不安ですが(^_^;;)
書いてる間はけっこう楽しく書けました(笑)




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