君のとなりが僕の居場所−1−




「うー、眠い……」
そろそろ出勤の時間(普通の人にとっては退社の時間だろうが)だが、今日は少し寝足りない。とはいうものの、気分は上々で、眠いといいながらついつい頬は緩んでしまう。それはそうだ、まだ部屋の其処此処に明里ちゃんの気配が残っているような気さえする。本当を言えば、この部屋に、自分以外の誰かを入れる日がくるなんて思ったこともなかった。誰かをまた本気で好きになるなんて思ったこともなかった。手痛い別れを経験するのは、二度と御免だと思っていたから、恋愛に本気になることは避けたし、だからこそホストは自分に向いていると思っていたのだけれど。それは結局逃げていただけだとわかったのは、彼女がオレに体当たりでぶつかってきたからだ。
「だってさあ、可愛いんだもんなあ」
最初に見たときは、なんだってこんな子がこんな店に来てるんだろう、と思った。何を言っても恥ずかしそうに俯きがちで、全く免疫がなさそうなのがありありとわかって、そのくせ、生真面目にこっちの話にはいちいち返事をしたり、感心したり。初々しい反応は新鮮で、何でも一生懸命なものだから、ついついこっちも彼女を愉しませてあげたいと思ったけれど、考えてみれば、むしろ彼女と話して癒されていたのはオレの方だったのかもしれない。オレはホストだから、まあ、言ってみればお客を誉めて良い気持ちになってもらうのが仕事みたいなもんだけど、「可愛い」なんて言葉一つにも真っ赤になって、「ありがとうございます」なんて口ごもりながらもお礼を言ったりする彼女に、そういうところが可愛い、なんて本当に感じるようになるのはそんなに時間もかからなかったんじゃないかな。 それでもオレの中では「客」と「ホスト」だって前提があって、自分の方がその枠をとっくに超えてるなんてことに全く気づいてなかった。一緒に海に行ったり、スーツを買ってもらったり、指輪を買ってあげたり、別に普通の、これまでにだってあった客とのやりとりだって思いこんでた。今までとはてんで違うくらい浮かれていたってのに!


服を着替えながら、ほんの数時間前に別れたばかりだというのに、もう明里ちゃんに会いたいと思っていることに我ながら苦笑する。声とか、恥ずかしそうに俯いたときの項のラインとか、抱きしめたときにまだ緊張して震えそうになるのを我慢している肩とか。ひとつひとつがたまらなく愛しくて、すぐにも今にももう一度確かめたくなってしまう。ああ、オレって結構、もういい大人だと思っていたのに、これじゃ恋愛一年生なガキと同じじゃないか? 恋を売るホストだなんてとても思えない。
でも仕方ない。オレが明里ちゃんに対してホストとして徹することができなくなったのは今に始まったことじゃない。まあ、オレはホストを続けている中で、清廉潔白だったなんてとてもいえない。お客様となら割り切った付き合いだってしてきた。アフターでお泊りなんて別になんてことないと思ってた。お客が求めるならそれを提供するのだって仕事のうちだ。本気になられちゃ困るけど、割り切ってのことならどうってことない。そう思っていた、あの日までは。
自分から誘ったくせに、声も身体も震えていた明里ちゃんは、それでも絶対逃げようなんてしなかった。遊びでそんなことが出来るタイプじゃないなんて、ずっと見ていたら分かる。本当だったら絶対に手を出しちゃいけないタイプだってオレだってわかってた。遊びで割り切れるお客ならいいけど、そうじゃなけりゃ後々トラブルになるなんて目に見えてる。だから、本当だったらオレは上手く誤魔化して明里ちゃんを帰していたはず、なんだ。ホストのオレなら。けど、オレは、そうしなかった。彼女が初めてだってことも、遊びだと割り切れるタイプじゃないってことも、わかっていて、でも、オレは彼女を抱きたかった。そうだとも! ああ、男ってやつはしよーがないさ、オレは明里ちゃんを抱きたかったんだ。それに気付いたけど、それでもまだオレは迷ってた。彼女だって、これが擬似恋愛で、オレが本気にはなれないなんてわかってるはずだ。そうやって自分を誤魔化して、逃げていた。
けれど、明里ちゃんがオレの試合を見に来てくれて、彼女の前で無様に負けて。オレは過去の自分から変わりたい、だから勝ちたい、そう思っているはずなのに、肝心のことから逃げてることに気付いた。そんなオレが試合に勝とうなんて出来るはずがない。オレは自分の気持ちからも、明里ちゃんからも「ホスト」だから、って逃げてた。そのくせ、「ホスト」じゃないオレを彼女に見届けて欲しいなんて思ってもいた。恋にはいつか終わりがあって、別れは苦くて胸が痛い。だから本気にはなりたくない。そんな風に逃げていたオレだけど、明里ちゃんになら、ふられたっていいかなって思ったんだ。振られて辛い思いをしたっていいから、思いを伝えたい、ってね。
好きだとか、可愛いとか、アイシテルとか、商売でならどんなにだって軽く言えるけど、本気だったらあんなに勇気がいるなんて思わなかったよ。そして、それを受け入れて貰えることが、こんなに嬉しくて幸せで、それこそ世界が変わるってくらいウキウキすることだとも思ってなかった!
開店前から、つい鼻歌が出てしまうオレに、チヒロが訝しげな視線を送ってくる。
「……万里……いいこと、あった?」
おお、あったとも! オレが明里ちゃんとどんな時間を過ごしたかとか、彼女がどんなに可愛かったかとか、そりゃあもう、いいことずくめだったけれども、もったいないからいくらチヒロでもそれは教えてやらない。
「いやあ、オレもまだまだ青春小僧ってとこだよ!」
チヒロの肩を叩いてやると、力が入りすぎたかチヒロは眉を顰めた。
「……万里……変……」
「な〜にが変なのかなあ、チヒロく〜ん、さあて、今日もお仕事がんばりましょー!」
なんとでもいえ! 変なのは自分でもわかってるさ。地面に足がついてない気がするからな。でもだって仕方がない、恋ってそういうもんだろ? オレは恋しちゃってるんだから。放っておいても緩む頬を押さえて、オレは店に出た。
ああ、明里ちゃん、さすがに今日は店にこないよなあ。会いたいねえ。本当にオレときたら、どうだい、これは。長く待たなくたって、2、3日もすれば彼女は店に来るだろうけど。でもダメだ、それまで待てない。隙を見て席を立ち、営業電話をかける振りをして裏に廻る。
コールの間も待ちきれない。
『はい? 万里さん?』
「明里ちゃん? 今、時間大丈夫?」
『はい、万里さんは…あの…今、お仕事中じゃ…』
「大丈夫、営業電話のふりしてかけてるんだよ」
ねえ、君ときたらいつだってオレの心配ばかり。
「明日の朝、会えないかな。仕事帰りに寄りたいんだ」
『え、あの…万里さんのお仕事帰りって…朝、ですよね』
「うん、明里ちゃんもバイトあるよね……ダメかな。少しだけでもいいんだけど」
我侭だなあ、オレ。本当に抑えの効かないガキみたい。でも会いたいんだ、本当に。心を縛っていたものが外れるとこんなにも先走ってしまうようになるものだったかなあ。ちょっと考える間があって、明里ちゃんが応える。
『わかりました、それじゃあ、近くまで来たら連絡ください、降りていきますから』
「ごめんね、無理言って」
なんだかオレの勝手を押し付けるみたいで困らせたんじゃないかって思ったけれど。
『き、気にしないでください。その……私も、バイトの前に、万里さんに会えるの、嬉しいから……』
ああ、本当に君ときたら、何処までオレを喜ばせてくれるんだか!
でも、オレは君を喜ばせてあげたかったりもするわけで、それからささやかなお願いもあったりするわけで。あとは明日の朝のお楽しみ。
さらに上機嫌になって席に戻ったオレに、チヒロが何か言いたそうにしていたけれどオレはそしらぬ振りをした。


明里ちゃんを驚かせるのは、オレのマンションの鍵。その代わりにお願いしたいのは、店の外では本名で呼んで欲しいってこと。オレは明里ちゃんの前ではホストの「万里」ではなく、「家常祥行」でいたいんだ。特にベッドの中じゃお願いしたい。昨夜実感したからね?
オレは本当に嬉しくて浮かれてて、何もかもが手に入るような、何もかも上手くいくような気持ちになっていた。




「ラストエスコート」です。
けっこう人気のゲームでしたがプレイしてなかったですねー。 CERO18(18歳以上推奨)ゲームだけあって、ちょっとストーリーの展開も大人向け。
でも万里ルートのEDはごくごく普通のカップルって感じで可愛かったですv



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