この空のむこう




夏の間はあんなに人がたくさん居て、明るくて輝いていた噴水広場も、今の季節はとても寂しげな場所に見えるよ。木々もなんだかちょっと寒そうで、芝生の色も色褪せてて。ただ、冷たい水を噴き上げている噴水だけが、あのころと同じ、きらきらしてる。でも、もう一ヶ月もしたら、桜の季節になって。人がまたこの場所に戻ってくるね。
バリー、あなたは元気にしてる? バリーがいなくなって、もう半年過ぎちゃったよ。一緒に過ごした夏から、秋と冬が過ぎて、もうすぐ春になるよ。
この広場のベンチでバリーと二人、並んで腰掛けて話をしたりしたね。今は、私、ひとり。

バリーがいなくなってから暫くは、この町を歩くのがすごく辛かった。この町のどの場所にもバリーとの想い出がいっぱいで。バリーのことを思い出して、バリーが居ないことを思い知らされて、寂しくて哀しくて。でもね、今はその逆。この町のどの場所にも、バリーとの想い出がいっぱいで嬉しい。何処に行っても、バリーのことを思い出せるもの。今、一人で座っているこのベンチもそうだよ。
ね、私が持ってたクスクスを、バリーが食べちゃったの、覚えてる? 私のだったのに! って言ったら、バリーってば澄ました顔で言ったよね。
『冷めて味が落ちてしまう前に、私が美味しい状態で処理をしたのだ』
なんて。本当に、食いしん坊さんなんだから。そのくせ、美味しい顔をするのは苦手だったよね。水族館でたこ焼き食べたときのこと、思い出しちゃう。楽しかったね、バリーが『ふざけて』みせてくれたっけ。おかしくておかしくて、涙出そうだった。……こんな風にね、いっぱい、いっぱい、次々にバリーのこと、思い出せるから。

皆も、バリーのことちゃんと覚えているよ。時々、ケモノミチにジョリーたちの餌を買いに行くと店長さんが言うの。「あのでっかいヤツがいないと、あんたじゃなんだか頼りないな」って。なんかね、注文するのもジョリーたちの世話も、私がやるんじゃ危なっかしいって。失礼しちゃうけど、当たってるかな。休みの日は、叔父さんや叔母さんのお手伝いに来てるんだけどね、今ひとつ役立ってるって気がしないかも。叔父さんも叔母さんも、突然出ていってしまったバリーのこと、怒ってなんかいないし、反対に心配してるよ。戻ってきてくれたらいいのにな、って今も叔父さん、よく言ってる。さくら保育園の子供たちにもね、会うと「あの面白いお兄さんは?」って時々尋ねられるよ。バリーのサムライモードって実は人気あったんじゃない? 健君も、バリーがいないとなんだか寂しいねって。ね、皆、バリーが帰ってくるの、楽しみにしてるよ。
もちろん、一番楽しみにしているのは、私だよ。

バリーが帰ってきたときに、ちょっとでも自慢できること増やしておかなくちゃって、毎日元気に頑張ってるけれど(お料理も、ペット探偵としても、まだバリーに良い点つけてもらったことないものね)、この町に来るとバリーの想い出を幾つも辿ることができるけれど、それでも、すごくすごく、寂しくなることがある。目を閉じたら、いつもあの夜の森で触れあった優しいバリーの顔を思い出すけれど、耳の奥にはバリーの声が残っているけれど、それでもすごく寂しくて哀しくなるときがある。でも、そんなときは、もっと先のことを想像することにしてるよ。そう、バリーが帰ってきたときのことを想像するの。いつもみたいに、叔父さんたちのお手伝いに来た私が、探偵事務所の扉を開けると、バリーが、まるで何処かへ行っていたことが嘘みたいに、普通にいて、それで『やあ、裕香、おかえり』って言うの。それで、私はびっくりして『おかえりって言うのは、私の方じゃないの、バリー』って言って、それでバリーに抱きついて、飛びついて。『おかえりなさい、私の大好きなノッポさんのバリー!』って言うの。
それか、そう、依頼で迷子の猫を探している私が、やっと見つけて追い掛けて逃げられてそれでも頑張って追い掛けて、へとへとになって、もうダメって言うときに『諦めるな、頑張るんだ!』なーんて言いながらバリーが突然現れたりするの。それで私は驚くけど嬉しいけど、何より元気が出てもっと頑張ることができて、無事に猫を保護できるの。一緒に飼い主さんのところへ猫を届けにいって、それから二人で探偵事務所に戻っていくの。突然現れるのがバリーっぽいでしょ。…………一生懸命頑張っていたら、バリーが見ててくれるんじゃないかな、とか、この街角を曲がったらもしかしたら戻ってきたバリーとばったり出逢ったりするかな、とか。ねえ、私ってこの半年ですごく夢見がちになっちゃったかも。
バリーは? バリーは私のこと覚えていてくれている? 私のこと、思い出してくれている? ポンコツはもうお父さんに直してもらえた? あの森でね、バリーが今のままだったら12月で消えるって聞いたから。本当は去年の12月、ずっとずっと怖かった。無事だったら、どうして何も言ってきてくれないの? って。どうして私は、バリーと一緒に、バリーのお父さんのところまで着いて行かなかったのかって後悔もした。そしたら、バリーがどうしているか、どうなっているか、きっとわかっただろうにって。でも、きっと、私が着いて行こうとしたらバリーはそれを嫌がったよね。私にはきっと、見せたくなかったんだよね? バリーが治してもらっているところなんて、見せたくなかったんだよね? バリーが『ロボット』として修理されているところなんて、私に見せたくなかったんだよね? だから、今は一緒に行かなくて良かったんだって思うようにしてる。そして、『そうしなかったこと』を後悔するのはやめて、バリーとの『これから』を考えるようにしたの。そう、バリーと『一緒にしたいこと』を。

バリーがいつ帰ってくるかわからないから、一緒にしたいことの準備もいろいろしてあるんだよ。12月に帰ってくるかな、って思って、クリスマスのプレゼントだってちゃんと用意したんだよ。バリーには熱さも寒さも関係ないとはわかっているんだけど、マフラーなんか編んでみたりして。……もちろん、初めてだから編み目はガタガタだし。バリーの方がよっぽど上手に編めるだろうけど。(バリー、編み物の貴公子モードなんてカプセルあったりする?)でも、私が、バリーのために、作りたかったんだもの。お料理だって、ちょっとは上手になってると思うよ。今度バリーに会ったときに、前よりは美味しくなったって言ってもらえるようにね。でも、バリーにはまだまだ敵わないだろうなあ。バリーがいつも作ってくれたカフェオレも、その通りに作ってるつもりなのに、味が違う。飲むたびに、バリーが作ってくれたのが飲みたくなるから、最近じゃカフェに行ってもカフェオレは頼まないの。クリスマスの次はお正月が来て。お正月は一緒に初詣に行きたかったなって思ったから、バリーの分のお守りも買ったよ。私のとお揃い。おみくじだって引いた。そうそう、バリー、手相もちゃんと治してもらった? 今度は私と同じくらい生命線長くしてもらってね。おみくじは「待ち人、遅けれど来る」って。だから、バリー、ちゃんと戻ってくるよね。遅けれどってどれくらいかな。どれくらい遅いの? でもおみくじって今年1年のことだよね? だったら今年中には戻ってきてくれるってことかな? お正月の次はね、バレンタインの準備もちゃんとしたんだよ! バレンタインまでに帰ってきてくれたらよかったのに。チョコレート、ちゃんと用意したよ。可愛くラッピングしてリボンもかけてもらって。バリー、もう20歳になったって言ってたから、洋酒入り。帰ってきたらちゃんと食べてよね? 溶けててもちゃんと食べてよね? 嘘、食べてくれなくてもいいよ、受け取ってくれたらいいの。だから、早く戻ってきてよ。でないと、バリーに渡したいものがどんどん増えちゃう。

『必ず帰るよ、愛しい君のところに』

バリーの声がする。いつも呼びかけると、私の中でバリーがそう答える。うん、バリー、待ってるよ。私の大好きなノッポさん。だから、なるべく早く帰ってきてね。

目を閉じて顔を上げる。風が頬を撫でていく。それがまるでバリーの優しい手で触れられているみたいな気がして、瞼の裏にバリーの顔が浮かんできて。じわっと目の奥が熱くなってくるから。私は慌てて目を開ける。うっすらと雲の端がオレンジ色に染まりかけた空を見上げる。どんなに遠く離れていたとしても、この空はバリーのいるところと繋がっているんだよね。バリーも、同じこの空の下にいるんだよね。そう思うと少しだけ元気が出るの。
この空の向こう、きっとバリーも同じ空を見上げてる。きっとバリーも私のことを思ってる。だから、大丈夫。だから、明日もまた、元気に。ね、バリー。逢えない一日が終わるのは、逢えるその日に一日近づいたってことだもの。
大きく息をついて。空を見上げて。もう一度、心の中でバリーに話しかける。
『そう、だから裕香、顔を上げて。張り切って行こう』
心の中のバリーが答えてくれる。それで私は頷いて、元気に立ち上がって歩き出す。顔を上げて、空を見上げて、バリーが好きになってくれた私のままで、元気に張り切って行こう!

寂しくなったら、また会いに来るね。この街に残っているバリーの面影に。私の中のバリーに会いに。



ペット探偵Y'sより、バリー×裕香です。
バリーシナリオは、なかなか切なくて、特にBAD EDを先に見てしまったものですから
なんだかもうバリーがいない日々を送る裕香が健気でたまらなくて
バリーもどんな気持ちだったんだろうとか思うと本当に、TRUE EDの幸せな2人が心に沁みます。
しかし、裕香が出会った紫の瞳の少年というのは、
ルイじゃなくて、既に生まれ変わったバリーだったのかな?
紫の瞳ってことはやっぱりバリーだったのだろうな。


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