HEAVENLY

「若様、よくぞご無事でお帰りを!」
久方ぶりに屋敷に戻ったシーヴァスを出迎えたのは執事だった。
「ロマーリオか。この私がへまをする訳がないだろう。」
「しかし、このところの若様は、モンスター退治と称して
 あちこちへ出掛けられてばかりで、私共がどれほどご心配申し上げたか」
「ああ、わかったわかった。
 いつまでも私も子供なわけではない、いいかげんに心配はよせ」
「しか・・・」
なおも言葉を続けようとした執事は、シーヴァスが自分が降り立った後に、 馬車から女性を抱き下ろしたのを見て、口を開けたまま黙り込んでしまった。
「大丈夫だったか、ルーチェ。慣れない馬車で疲れただろう。」
「いえ、シーヴァス、気にしないでください。私は大丈夫ですから」
大事な主人を呼び捨てにされて、執事は我にかえる。
「わ、若様! そのお方は、いったい・・・・」
女性を抱いたまま、屋敷へ意気揚々と歩きだしていたシーヴァスは、 そう呼びかけられて、立ち止まると、振り向いて笑いながら答えた。
「私の花嫁だ。」
「は、は、はなよめー!?」
ひっくりかえった執事の声を背後に聞きながら、 シーヴァスは愉快そうに笑い声をあげて屋敷に入っていった。
気を取り直した執事が、シーヴァスとその花嫁をおいかける。

執事が屋敷に入り、シーヴァスの元へ急いだとき、 シーヴァスはその花嫁をソファに座らせ、靴を脱がし足をほぐしていた。
「君の足には靴も余計な装飾だな。」
「シ、シーヴァス、そんな、いいんですよ。そんなに疲れてません、私。
 あなたこそ、ずっと疲れているんじゃないんですか?」
「私は疲れてなどいないと言っただろう。
 そうだ、そういえば食事もまだだったな、
 君と一緒に食事を取るのは初めてじゃないかな。すぐに用意させよう」
「食事の用意なら、できております、若様。若様の分だけでしたら」
こほんと咳払いをして、執事が割り込む。
「なんだ、いたのかロマーリオ。無粋な奴だな。
 食事は、私とルーチェの二人分を用意してくれ。
 それから、そうだな、ルーチェには服も用意しなくては。
 靴ももっと、軽くて君の足に合うものを作らせよう。」
これまでも自分の主人が数多くの女性に声をかけていたのは知っていた。
が、花嫁と称して屋敷に連れて来たのは初めてのことだ。
しかも、女性と一緒でこれほどまでにはしゃいでいる主人を見るのも。
おそらく、旅の途中で知り合ったのだろうが、 多くの貴婦人とのゲームを楽しんで来た主人が、これほどまでに夢中になるとは、 いったい、どのような女性なのか、それが執事には疑問だった。
「若様、その、そのお方は、どちらの姫君でいらっしゃるのですか?」
「まだいたのか、ロマーリオ。
 彼女か、彼女はそうだな、空から降りて来たのさ。
 神から私が賜った姫君だ」
もはや手をつける術もなし、とため息をつくと
執事は主人とその花嫁を置いて部屋を出た。

夕食の準備が整うと、シーヴァスはルーチェと二人食卓につく。
執事は、彼の主人が食事の際は機嫌が良いことを知ってはいたが、 今日はまた特別に楽しそうなのにも気づいていた。
これも、おそらくはともにいる女性のせいなのであろう。
もし、主人の気がかわらなければ、今ここにいる女性をいずれは 若奥様と呼ぶことになる。
当初は、どこの誰とも知れない女性を、このフォルクガング家にいれるようなことが、 あってはならないとも思った。
しかし、主人の横で控えめに優しくほほ笑む女性は、 たおやかでどこの姫君にも負けないほどの美しさと気品があった。
つまり、執事は、この女性を主人の花嫁としてたいへん気に入ったのである。
「若様、こちらの姫君をどのようにお呼びしたらよろしいでしょう。
 メイドたちにも知らせねばなりませんから」
「彼女の名は、ルーチェだ。
 いろいろと慣れないことも多いから、いたわってやってくれ。
 私の花嫁だというのは、ウソではないからな。私に対するのと同じように
 敬意と誠実をもって仕えるように」
「かしこまりてございます、若様」
「突然のことで、すみません。
 その、あまり気を使わないでくださいね」
すまなそうにそう語りかける将来の女主人に、執事は敬意をもって礼をした。
「どうぞ、なんなりとお申し付けくださいませ、ルーチェさま」

夕食後、シーヴァスはルーチェのために新しく用意した部屋に彼女を案内した。
「シーヴァス、屋敷の方はきっと心配しているのではないでしょうか。
 私は、どうしたら良いのでしょう。彼らに安心してもらうには・・・」
「心配するな、ルーチェ、君は君らしくいてくれればいい。
 きっと、みな、君を気にいるようになる。
 第一、一番うるさいロマーリオがもう君のことを認めているじゃないか」
「その・・・私はよくわからないのですが、人の世界にはいろいろとしきたりが
 あるのでしょう? 私で大丈夫でしょうか」
「私には君が必要なんだよ、ルーチェ。君が、必要なんだ。」
そっと額をルーチェの額にコツンとあてる。
「・・・・私も、あなたと一緒にいたいです、シーヴァス。
 あなたが、私を必要としてくれることが、とても嬉しい」
伏し目がちにルーチェは視線を落として頬を染める。
シーヴァスは、そんな彼女をほほ笑みながら見つめていた。
彼女のその無垢な魂を愛していた。
腕に抱き締めて、大切に、誰にも触れさせずに自分のものにしたかった。
たとえ、天空からこの地へ彼女の身を落としても。
「明日は、生地屋を呼んで、君のドレスを作らせよう。
 好きな色を選ぶといい。君には柔らかな色が似合うだろうな」
「シーヴァス・・・」
「わかっている、君の言いたいことはわかっている。
 だが、私が君のためにしたいと思うことをどうか許してくれ」
「・・・・はい、わかりました。シーヴァス。
 あなたが、私のためにしてくれることが、あなたのためでもあるなら。」
ルーチェは、シーヴァスの瞳を見つめてほほ笑んだ。
彼女にだけ、彼はときとして少年のように一途な瞳を見せる。
ほっとしたように、シーヴァスはルーチェに応えて表情を緩ませると
彼女の肩に腕を回し、そっと抱き締めた。
「ルーチェ、君を大切にする。これからは、ずっと一緒だ」
「ええ、シーヴァス・・・」
ルーチェはそっと目を閉じる。
自分の存在が、彼の幸福であればいいとそう祈りながら。






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