SWEET HOME

「ティエラ、ここが俺の家だ」
レイヴは自分も何年かぶりに戻った家の扉を開けながら、 傍らの元・天使にそう言った。
ずっと、城に寝泊まりしていたし、両親の死後、家はずっと空き家のままだった。
さして傷んだところは見えないが、二人でこれから住むとなると、 やはり手入れが必要なようだ。
「地上に降りた天使に、家を手入れさせるとは・・・・
 すまんな、ティエラ」
「いいんですよ、レイヴ。
 あなたが幼い頃に住んでいた家なんですね。
 きれいになったら、とてもすてきな家になるでしょう。
 あなたの思い出が、残っている家なのですから」
優しい瞳でティエラは家を見つめる。
「これからは、お前と俺の思い出も刻むことになる」
そうレイヴは言うと、家の中へとさっさと入っていく。
通り過ぎる間際に、彼の少し赤く染まった頬が見えて、ティエラはほほ笑んだ。
彼の勇者としての資質を見いだし、旅を進めるうちに、 責任感が強いだけではなく、不器用な優しさと、 心に傷を隠している彼に魅かれていった。
彼が行方不明になったときは、勇者としての彼を惜しむのでもなく、 天使としての責任からでもなく、 ただ、彼を救いたいと切実に思った。
そんな思いが何を意味するのか、答えを教えてくれたのはレイヴ自身だったが。
彼が、ティエラを天使としてではなく、 一人の女性として求めてくれたとき、ティエラも自分の気持ちに気が付いたのだ。
「レイヴ、さあ、私たちの家をきれいにしましょう」
ティエラは、レイヴに続いて家に入るとそう、嬉しげに言った。
レイヴは、そんなティエラをまぶしそうに見つめていた。

「レイヴ、レイヴ!」
二階の部屋の窓枠を直すレイヴに、窓の下からティエラが呼びかける。
「? どうした、ティエラ」
「畑があるんですね、レイヴ! 何か、植えてもいいですか?」
ティエラはレイヴに手を振りながら、そう叫ぶ。
「やれやれ、おかしなことに興味を持つのだな」
レイヴは苦笑した。
「わかった。ここが終わったら、俺が耕してやろう。
 そのままでは、土も固いだろうからな」
「はい、レイヴ。ありがとうございます」
ティエラはもう一度、窓の下からレイヴに手を振ると、家の中に戻っていった。
どうやら、家の中を整理していて、裏へ荷物を置きにいったときに、 小さな畑を見つけたらしい。
階下でティエラの小さな足音がする。ぱたぱたと軽やかな音だ。
まるで、今も彼女の背には翼があるかのような、軽やかな音。
その足音が階段を上ってだんだん近づいてくる。
「レイヴ、下はだいぶん片付きましたよ。
 そろそろいったん、お昼にしませんか?」
彼のいる部屋に顔をのぞかせてそう言うティエラは、 彼女の奮闘ぶりを表すように顔のあちこちに煤をつけていた。
「・・・・いったい、どんな掃除をしていたんだ?」
「え? どうかしましたか?」
レイヴはめったに誰にも見せないような優しい笑顔になると、 窓枠の修理の最後の仕上げを終え、ティエラに近づく。
「きれいな顔がだいなしだな」
そう言って、彼女の頬についた煤をそっと手でぬぐった。
「え? あ、あ、ありがとうございます、レイヴ。」
ティエラは赤くなると、慌てて自分の袖で顔をごしごしとこする。
彼がときに、あまりに優しく彼女に触れると、 ティエラは自分でもどうしていいかわからないほどに どきどきしてしまうのだった。
「変なやつだな、そんな礼を言うようなことじゃないだろう」

「レイヴ、私、がんばって料理も覚えますね。」
とりあえず、レイヴが作った簡素な料理を食べながら、ティエラはそう言った。
「何か、好きなものがあったら教えてくださいね。
 きっと、おいしく作れるようになりますから」
「あまり張り切りすぎて、無理するな。
 お前はずっと俺を支えてくれた。これからは俺がお前を支える番なのだから」
「いいえ、私は楽しいのですよ。
 人として、当たり前の事ができるようになるということが。
 ですから、レイヴ、いろいろ教えてくださいね」
屈託なく笑うティエラに、レイヴは苦笑した。
「だが、料理は・・・・俺以外の人間に教わったほうがいいぞ。
 俺の料理は、どうしたってこの程度なんだからな」
「ふふ、そうなんですか? 私は、この料理もとてもおいしいと思いますけど。」
それから、思い出したように、ティエラは言った。
「そう、レイヴ。さっきの裏の小さな畑、何か食べられるものを植えませんか?
 あなたの好きなものを植えましょう。」
「それはかまわないが・・・世話は大変だぞ。」
「そうですね、でも、私にもし得意なことがあるとしたら、
 きっと、草木を育てることだと思うのです。
 大地の声を聞き、草花の声を聞く。それなら私にもできますから」
「なるほどな・・・。
 それでは、今度、市に苗を買いにいくか」
「ええ。楽しみですね。ところで、レイヴの好きなもので・・・
 何を植えましょうか?」
ティエラの問いに、レイヴは少しの間黙っていたが、やがて照れ臭そうに答えた。
「そうだな、トマトにでもするか。
 いろいろ料理にもつかえるし・・・・俺も好きだからな」
「はい、頑張って育てますね」
変わらぬ笑顔でティエラが答える。
「俺も手伝うさ、ティエラ。
 君のそばで、君を支えて生きていきたい。
 だから・・・・・」
レイヴの手がそっとティエラを抱き寄せる。
小さな、けれども二人が始まる家。
大切に、二人で作って行きたい。
ティエラは、レイヴに引き寄せられるまま、そっと彼の肩に頭を預けるとささやいた。
「はい、頼りにしていますね、レイヴ。
 二人で、すてきな家にしましょうね。あなたと私の、家を」






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