「おかしら、いってえ、そのアマっこは誰なんでさあ」 久々に戻って来た頭領が連れて来た小娘が、 むさ苦しい男どもにはまったくもって似つかわしくないたおやかなタイプだったので、 手下どもときたら、開いた口がふさがらない様子だった。 「あ、みなさん、はじめまして。 あの、私、アルエットっていいます。よろしくお願いしますね」 荒くれどもの中でも全く動じる様子もなく、娘はにこやかに挨拶をする。 「お、おう。いいか、お前ら、アルエットに変な手をだしてみろ、 俺がただじゃおかねえからな。 コイツは、俺が面倒見るんだからよ、大事にしてやってくれよ」 どちらかというと、頭領の方が照れているようだ。 なんだ、どうしたんだ、とざわつく手下どもに、グリフィンは 照れ隠しもあって、怒鳴りつける。 「うるせえぞ、てめえら! 俺の言う事がわかったのか、どうなんだ! 文句あるやつぁ、いねえだろうな!」 とたんに、ざわつきがぴたっとおさまる。 それに向かって、アルエットと名乗った娘が言う。 「グリフィン・・・・、そんな言い方しなくても・・・。 突然、私のような者が現れて、みなさんが驚かれるのは無理もないことでしょう。 みなさん、私、いろいろと至らない所もあると思うのですが、 どうか、許してくださいね」 この、頭領を呼び捨てにする娘は一体誰なのか。 それも手下どもには疑問だが、何より、この娘の笑顔にはみな毒気を抜かれてしまった。 にっこり、と笑顔で語りかけられると、ほにゃほにゃほにゃ〜と 手下どもの顔が緩む。 グリフィンは、その様子を少しおもしろくなさそうに眺めていた。 その夜は、戻って来た頭領と、娘のための宴会になった。 娘は、誰とでもにこやかに笑い、ひかえめに食べ、飲んだ。 「なあ、ねえちゃん、どこから来たんだい? お頭とはどこで知り合ったんだ?」 手下の一人が話しかける。 「ええ、グリフィンとは、モンスター退治のときに知り合って・・・」 「こら、お前、今、アルエットに向かって『ねえちゃん』なんていいやがったな、 コイツに失礼な口をきくんじゃねえって、言っただろう! 今度、そんな口をコイツに向かってきいてみろ、ただじゃおかねえぞ」 「グリフィン、そんな、私はいいんですよ、 みなさんには、いろいろと教えていただくことが多いんですから」 「そうそう、おかしら、べっぴんさんを独り占めはよくねえっすよ。」 「なっ、なにを!」 いつのまにか、グリフィンのことなぞそっちのけである。 「あの、みなさんのことは、なんてお呼びすればいいのでしょう。 教えてくださいませんか?」 「オレはエルウッドっていうのさ。カギ開けが専門だな」 「俺は、ジェイク。美人局なんかもするぜ」 「つつもたせ? それは何ですか?」 「そうだな、アルエットちゃんとだったら、かなり儲けられるぜ、 どう、俺と組まないかい?」 「あの、私で役に立てるんですか?」 「いやもう、役に立つのなんのって、すげえぜ、ぜったい」 「馬鹿野郎! アルエットに何させるつもりだ、てめえ!」 とたんに、グリフィンの拳が飛ぶ。 「あて〜! お頭、冗談じゃないっすか〜、ひでえっすよ」 ジェイクと名乗った男が泣き声を出す。 アルエットは、かばうように、グリフィンとジェイクの間に入ると言う。 「グリフィン、私で役にたてることがあるなら、させてください。 その、つつもたせって、私にもできることなんでしょう?」 「・・・・・・・」 グリフィンは頭を抱える。 こんなことで大丈夫なのだろうか。 もう金輪際、コイツらとアルエットを会わせたりしない。 グリフィンは固く固く、決意をした。 「いいか、アルエット、コイツらの言うことなんぞ聞くんじゃねえ。 お前らも、アルエットに仕事のことなんぞ教えるな!」 なかなかに前途は多難なようである。 グリフィンとアルエットは街外れの一軒家に住むようになった。 アルエットは家にいたが、グリフィンは手下どもと夜には出掛けることもあった。 ある日の朝、アルエットが食事の支度をしていると客人が家を訪れた。 「あら、おはようございます。えーと・・・エルウッドさん」 「おっす・・・じゃなくて、おはようございます、アルエットさん」 どうやら、手下にはアルエットには丁寧な口をきくようにという グリフィンからの言い付けが徹底されたらしい。 「グリフィンに何か、御用ですか? まだ、寝てるんです。」 夜が仕事時間のグリフィンなので、朝はめっぽう弱い。寝坊することはざらだ。 「あっ、お頭・・・じゃねえ、じゃない、えっと、グリフィンさんに御用なんでさ、 いや、御用なんですが、あの、仕事の話なんで、直接話さねえと・・・」 「まあ、そうなんですか、私でわかることなら良かったのですが・・・。 じゃあ、グリフィンを起こしてきますね。 そうだ、エルウッドさん、朝ごはんはもう、お済みですか?」 「いや、まだなんすよ、もうハラペコで・・・じゃねえ、まだなのです。 かなり空腹ですね」 「じゃあ、どうぞ、食べていってください。今、用意しますね」 にっこり笑ってアルエットは、エルウッドに暖かなスープと 焼きたてのパンケーキを出す。 「うひょー、ありがてえ! いや、あの、ありがたいっす!」 「今、グリフィンを呼んできますので、待っていてくださいね」 寝起きの悪いグリフィンは、自分が起きて来てみると、 アルエットの作った食事を手下がほお張っているのを見て大変機嫌が悪くなった。 「てめえ、朝っぱらから、何しにきやがったんだ、ええっ。 第一、何、アルエットの作ったメシ食ってやがる!」 「お頭、仕事の話っすよ、仕事!」 とたんに、グリフィンの顔がまじめになる。 「バカ! アルエットのいる所で仕事の話すんなって言ってるだろ! ちょっと、こっちこい!」 「あの・・・グリフィン?」 「なんでもねえぜ、アルエット。こいつもすぐに帰るからよ」 グリフィンは慌てて、アルエットに言う。 「あの、ですね、グリフィン、ひとつ、お願いがあるんです」 「な、なんだ、アルエット、言ってみろ」 「あのですね、私、一人で家にいる間に、街などにも出かけてですね、 いろいろな方と知り合ったのです。 実は、働き者の方なのですが、体を崩されて、 畑でつくったものを売りにいけないという方がいて・・・ グリフィンの仲間の方々でしたら、ほら、力もありそうでしょう? お礼もくださるって言うんです。お願いできないでしょうか」 「・・・・え〜と・・・」 「・・・・ダメ・・・ですか?」 ちょっと俯いてしまうアルエットに、グリフィンより先にエルウッドが言う。 「そんなこたないっすよ。昼間なんてみんなヒマしてんだから、大丈夫っす!」 「・・・って、てめえが言うな!」 グリフィンの拳が飛ぶ。 「・・・グリフィン、だめですか?」 ちっと舌打ちをして、グリフィンは言った。 「仕方ねえなあ、ま、礼も出るってならいいだろ」 「そうですか、よかった!」 にっこりと嬉しそうに笑うアルエットに、すっかり気をよくしたグリフィンとエルウッドだが、 その後、この手の昼間の仕事が増えて、 いつの間にか健全な仕事と夜の仕事のバランスが逆転する日がこようとは、 まだ思いもよらなかった。 もっとも、そうと気づいた時には、 それがアルエットの思惑だったのかどうかは、確かめる術もなかったのではあるが。 とりあえず、それでも頭領も手下も、幸せだったのには違いない。 天使のほほ笑みに勝てる人間なぞ、この世にはいないのである。 |