TOMORROW

船はゆっくりと進んでいた。
目指す先には、光が届かぬ世界が待って居る。
あと、少し。
シーヴァスは天井を見上げて息をもらした。
やっと、ここまで来た。
そのとき、小さな羽ばたきの音が聞こえた。
「シーヴァス・・・」
可憐な姿をした、今ではシーヴァスが深く愛する天使が彼を訪れてきたのだ。
「君か・・・相変わらず、時間にはあまり頓着しないとみえるな」
夜の訪問に言葉は厳しかったが、シーヴァスは彼女にほほ笑みかけていた。
「あ・・ごめんなさい。
 ただ、明日にはおそらくガープの元へとたどり着くことになると思います。
 だから・・・」
シーヴァスはテーブルの上のブランデー瓶を手に取りながら、笑って言った。
「気にするな、冗談だ。君ならいつでも歓迎するさ」
「シーヴァス・・・」
天使が心配そうにそう語りかけるのに、彼は笑って答える。
「君の方が緊張した顔をしてどうする。ガープと闘うのは私なんだぞ」
部屋の隅のベットに腰を降ろし、グラスの中の琥珀色の液体をゆっくりと手の中で温めながら
シーヴァスは自分の手が小さく震えていることに気づいて口元で笑う。
『・・・緊張しているのか・・・我ながら情けない話だな』
「そうですね、私の方もなんだかどきどきしてしまって・・・。
 でも、思ったよりもシーヴァスが元気そうで安心しました。
 私はそれでは一旦戻りますね。
 闘いには同行しますから・・・今日はもうゆっくり眠ってください」
天使はそう言うと、翼をゆっくりと広げ、来たときと同じように ふわりと宙に舞い上がる。その腕を、シーヴァスがつかんだ。
「! シーヴァス?」
「・・・そばにいてくれないか」
シーヴァスはいつもの自信に満ちた顔とは違う表情を浮かべていた。
天使の腕をつかむその手が、少し汗ばんでいた。
「情けないことだが・・・・君が心配したとおり、私は緊張しているらしい」
「・・シーヴァス・・」
天使は、一度広げた翼をたたむと、シーヴァスの傍らに寄り添い、腰掛けた。
「ふがいない勇者ですまないな」
「いいえ、シーヴァス。いいのです。
 私も、同じです。私も、不安なのです」
「私では頼りないからか?」
シーヴァスが苦笑しながらそう言う。
「ちっ、違います、そうではなくて・・・。
 明日、本当にすべてが終わるのかと・・・・
 あなたが、無事であるようにと・・」
それから・・・と天使は声には出さずに思う。
すべてが終わってから、なおあなたと共にインフォスにあることができるのか、と。
天使は傍らの勇者の顔を見つめた。
大人びた表情も、傷ついた少年のような表情も、幸せな笑顔も、見てきた。
最初は皮肉っぽい顔しか見せてくれなかった彼の、さまざまな表情を見るようになったのはいつのころだったろう。
シーヴァスも、またそんな天使の顔をじっと見つめかえす。
こんなにも真摯な彼の視線をこんなにも間近から受け止めるのは初めてだった。
彼から告白を受けたとき、彼の瞳には真摯さと同時に、恐れの色があった。
だが、今は、彼の瞳に見つめられてふと恐れにかられるのは天使の方だった。
彼の視線があまりに熱くて。
目をそらしたくて、そらすことができなくて。
「・・・私の顔に何かついているかね? 
 それとも、見とれていてくれるのか?」
「ち、違います、ただ・・」
目をそらすことができなくて・・・
「シ、シーヴァスこそ、私の顔に、何かついてます?」
「私は、君に、見とれているんだよ」
臆面もなく言うシーヴァスに天使は頬を染める。
彼を見ていたいと、思ったのはいつのころからだろう。
彼に自分はどう見えているのだろうと、気になりだしたのはいつのころだったろう。
「君に、私はどう見えているんだろうな。
 申し分のない勇者か、愛しい恋人なのか、それとも、所詮は身分の違う人間なのか」
「シーヴァス・・・」
ゆっくりとシーヴァスの顔が近づいてくるのを、天使は見ていた。
不思議に、逃げようという気はしなかった。
ただ、近づいてくる彼の顔を見ながら、彼の睫が長いことに今更気づいたりした。
ゆっくりと優しく、シーヴァスの唇が天使の唇に触れた。
逃げない天使に、シーヴァスは唇を離すと間近から彼女にささやいた。
「天使に口づけをした、不遜にして不敬な勇者など、私くらいなものだろうな」
「・・・勇者に恋をした天使も私くらいなものでしょうね」
シーヴァスはそういう天使の顔をもう一度じっと見つめた。
「・・・側に、いてくれ。
 すべてが終わったその後も。
 君がいてくれさえすれば、私はガープをも恐れはしないだろう」
「・・側にいます。シーヴァス。
 私の心も、あなたと同じなのですから」
シーヴァスは天使に向かって微笑むと、彼女の柔らかな唇に指で触れた。
「すべてを終わらせて、はやく君のすべてに触れたいものだな」
彼の言葉に、その瞳に、触れる指に、天使は心を震わせる。
終わりと始まりの日が、すぐそこまで来ている。
それを、恋人たちは不安と期待と歓びの間で揺れる心でじっと待っていた。
そっと、優しく寄り添いあいながら。
すべては、明日・・・。






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