インターバル4   夜はお静かに編
「あのね、依織くん」
あたしはちょっと困惑気味に、テーブルに差し向かって座っている彼に言う。
「ん? どうしたの。何かわからないところでも?」
テーブルの上に広げられているのは、あたしの夏休みの宿題。依織くんはそれを教えてくれているわけなんだけど。 「ううん、宿題はいいんだけど。あのね……あたし、いつまでここに居ればいい?」
「夏休みが終るまで居ればいい」
こともなげに、そう言う。そう、ここは依織くんのマンションなのだ。沖縄から帰ってきたとき、結局やっぱりまた空港で何枚か写真を撮られた、ような、気がしたわけで。
『君の自宅までつけられたりしたらいけないからね、今日は僕のマンションへおいで』
まあ、休み中だったし、登校日があるわけでもなかったからいいかと思ったんだけど。そのまま一週間以上、過ぎていた。依織くんが仕事に出掛けるときは、着いて行ったり、そのまま家で宿題やったり。お休みの日は一緒に出掛けたり、こんな風に家の中で過ごしたり。
「……でもね、ほら、もう周りもレポーターさんとか、いなさそうじゃない?」
「そうだね」
にっこり笑ってそういう依織くんは、言葉を続ける。
「僕が、君にここに居て欲しいのだけれど。嫌かな?」
「…………。」
艶めかしい表情で、そんな風に言われると、あたしは何もいえなくなってしまう。
「……でも、ほら、えっと。たまには家に帰って、掃除とか。風を通すとか。しなくちゃ」
それでもなんとかそういうと、依織くんは少し考えるふりをして、それから、そうだね、と頷いた。
「そうだね、それじゃあ、明日あたり、帰るかい? 送ってあげるよ」
あら、なんだか、結構、あっさり言うな、って思ったあたしなんだけど。
「君の家に僕が泊まってもいいわけなんだからね?」
そう言われて、降参した。もう、もう、どうして依織くんてば、あたしの前だとこうなんだろう。こんな人だなんて思ってもいなかった。優しくて大人なお兄さんだと思っていた頃が懐かしい。優しくて甘くて負けず嫌いで、そのくせどこか子どもっぽいんだなんて。
「……依織くん」
うちの家、客用の布団ってないよ、とか言ったら自分で買ってきそうな勢い。というより、多分、あたしのベッドで十分とか言いそう。そんな風に思って言葉が続けられないままでいると。依織くんは、そんな顔したってダメだよ、と囁いた。
「むぎが居てくれないと、僕はもう夜も眠れないんだからね」
君の優しい胸の音が僕の子守歌なんだから。人が真っ赤に恥ずかしがるのを楽しむかのように、そう言う依織くんに、それでもあたしは一言、言い返したくなったとしても仕方ないと思う。
「依織くんと居ると、あたしが眠らせてもらえないんだもん」




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