怒涛の女 −There She Goes−


BY. あんな  1999.Feb.





それまでは、元気のいい女の子と思っていただけだった。
一応射程距離内には置いていたものの、特別な感情は持っていなかった。
もう二、三年もしたら磨きようによってはとびきりいい女にな るかもしれないが。

その程度の気持ちだった。
まさかあれほどの俺様な性格とは、一体誰が思っただろうか。

「何だって、アシャン?もう一度言ってくれないか」

ロテールは目の前に座っている緋色の髪の少女を半ば唖然として見つめた。
アシャンはさっきと同じように、あっけらかんと繰り返す。

「だからですね、私、カイン様のこと、好きになっちゃったんですよ」

滅多なことでは動じない金の髪の青年も、この時ばかりは思考回路がショートした。
が、瞬時にして回路をつなぎ直すと、開いたままの口を閉じ、改めて言葉を出した。

「アシャン。俺はお説教は嫌いなんだけどね。お前は聖乙女候補生なんだ。
 あまり軽はずみな言動はするものじゃない」
「分かってますよ。だから、こうしてロテール様に相談に来てるんじゃないんですか」

まるで悪びれる様子も無く、いや、それどころかいくぶん胸を張って言うアシャン。

「相談っていっても・・・俺にどうしろって言うんだ?
  聖乙女を選ぶべきかカインを選ぶべきか、決めてほしいとでも言うのかい?」

困惑するロテールに、アシャンは鈴のような笑い声を立てた。

「やだあ、違いますよ。それについてはもう結論は出してるんです。
 相談というのはですね、カイン様の陥とし方についてアドバイスを頂きたいんです」
「は?」

紫の瞳が小さな点になる。
アシャンは言葉を続けた。

「カイン様って、ああいう方だから、
 正攻法じゃなかなかなびいてくれないみたいなんですよね。
 だから、ここはプロのアドバイスを頂けたらと思って」
「プロって、あのね・・・」
あくまでも明るいアシャン。ロテールは頭を抱える。

「カインの陥とし方なんて、俺に分かるはずがないだろ?
  男を 口説いたことなんてないんだから」
「でもああいうタイプの女性なら口説いたことはあるんじゃないですか?」

アシャンは諦めない。

「・・・・・・。アシャン。
 俺はね、寄ってくる女性たちを相手にするだけで手いっぱいなんだ。
 わざわざ自分から口説いたことはないんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ」

少女はがっくりと肩を落とす。

「・・・何だ。ロテール様なら頼りになると思ったのに。
 期待外れだったんですね・・・」

溜息まじりに呟かれたその言葉は、
セクハラ大王の名を欲しいままにしてきた燐光聖騎士団団長のプライドを
目一杯逆なでした。
部屋を出て行こうとするアシャンを鋭い声で呼び止める。

「待て、アシャン。そこまで言われて黙っておくわけにはいかない。
 ヴォルト家の名誉にかけて、俺がカインをものにさせてやる」
「本当ですか?」
「当たり前だ。大船に乗ったつもりでいろ」

後に、ロテールはこの言葉を深く後悔することになる。

「ロテール様のおっしゃるとおり、色々お話をして、データを 集めてきました」
「そうか。どれどれ・・・好きな生き物はトカゲ?
 やっぱり変な奴だな、あいつは。
 苦手な女性のタイプはおとなしめの女性、か。
 アシャンなら絶対大丈夫だな・・・」

ロテールはアシャンの広げたメモを見ながらひとしきり頷いたり笑ったりした後、
アシャンに向き直った。

「アシャン。このメモから判断すると、だな。
 カインの好みのタイプはお前みたいなタイプだな」
「え? でも好きなタイプって教えてくれなかったんですよ?」

「タイプの子に面と向かっては言えなかったんだよ。
 そこでぬけぬけと言えるか言えないかでもてる男ともてない男の差 が・・・と、
 それはともかく。デートには誘ってみたか?」
「はい。浜辺に行ったんですけど」

ロテールは首を振った。

「今の時期、浜辺はだめだ。カインは人込みが嫌いなんだよ。根暗だから。
 あいつはたしか岬と道具屋が好きだったと思うぞ」
「あ、そう言えばよくお見かけします」
「そうだろう? それからあいつは雨の日も好きだから、
 雨の日に誘うとポイント高いかもな。
 ・・・まったく、ナメクジみたいな奴だ」

アシャンの表情が険しくなる。

「ロテール様! ご協力頂くのはありがたいですけど、
 カイン様 のこと変とか根暗とかナメクジとかってけなすの、
 やめてください!」
「ああ、すまなかったな。カタツムリの方が良かったか」
「ロテールさまっ!」

咎められて、ロテールは内心、舌打ちをした。
あの時は勢いで引き受けてしまったが、
よくよく考えたら他人の恋の橋渡しなど、ばかばかしいことこの上ない。
楽しくもないのに、カインの執務室に行っては
それとなく好みを聞き出したりもする。
はっきり言って、女に対してもこれほどまめに動いたことはな い。

なのに、アシャンはさして感謝している風もなく、
ロテールのところに来ては、あれを調べろだのこれを調べろだの注文を出したり、
この間の情報は役に立たなかったと文句を言ったり、
カインとどこそこへ行ってこんな話をしただのとノロケたり。
ロテールがうんざりしてふてくされるのも、無理のないことであった。

「・・・そう言えば、アシャン。お前、聖乙女試験はどうするつもりなんだ?」

これ以上カインの話などしたくもなかったので、思いついた話 題を振ってみる。
アシャンはキョン、と目をしばたたいた。

「どうするって・・・このまま続けていきますよ。
 ロテール様 のこと信用してない訳じゃないですけど、
 万が一カイン様にふられちゃったら、聖乙女になるつもりだし」
「・・・」

紫の瞳が焦点を失う。
目眩がした。
自分もたいがい破天荒な人間だと思っていたが、目の前の少女に比べるとかわいいものだ。

「・・・アシャン。すべりどめで聖乙女になれるほど、人生甘くはないぞ」
「分かってますよ、そんなこと。
 でもふられたから自殺するって言うのよりはマシでしょう?」

アシャンが自殺。

天地がひっくり返ってもそれはない。<

ロテールは思った。

アシャンの行動は次第にエスカレートしていった。
始めのうちはロテールの執務室に来るだけだったのだが、
いいかげん嫌気がさしたロテールが執務室を空けることが増えたせいもあって、
だんだんと時と場所を選ばなくなっていた。

「ロテール様、相談が」

酒場に居ようと、木陰で愛を語らっていようと、
アシャンはど こからともなく現れては、容赦なく用件を切り出した。

「アシャン、俺は今この人とだね・・・」
「ヴォルト家の名誉にかけてって私に誓ってくださいましたよね、ロテール様」

この言葉で、その場に居た女性は皆一様に去っていく。
ただし、去る前の反応は様々で、ロテールに氷のような視線を投げかけたり、
些細な暴力に走ったり。
取り残されたロテールは、溜息をついてアシャンを恨めし気に 見つめるのだ。

「アシャン・・・頼むからデートの邪魔はしないでくれよ」
「ロテール様、この間の話なんですけどね・・・」

ロテールの嘆きなどまるで聞いちゃいないアシャンである。

いいかげんにしてくれ。

ロテールは心の中で何度も叫んだ。
だが、口に出して言おうにも、
骨の髄まで染み込んだフェミニスト精神と育ちのよさが邪魔をする。
既に射程距離からはるか彼方の存在となっているアシャンでも、
女性であることにかわりはない。

アシャンにここまで惚れ込まれてしまったカインを気の毒に思ったりもしたが、
当のカインはまんざらでもない様子だった。
トカゲと実験を愛するカインの好みは人知を超越するものだったのだ。

とはいえ、それはロテールにとっては好都合なことであった。
問題は、とっととくっついてしまえばいいものなのに、
ロテールの尽力にもかかわらず、二人の仲がなかなか進展しないことだった。

そうして打つ手もないままロテール陣の被害が広がっていく中、
ついにロテールの理性が音を立ててぶちきれる事件が起きたのである。

「ロテール、妙な噂を耳にしたのだけれど」
「何だい、子猫ちゃん」

穏やかな陽の光の元、ロテールは内心いつ邪魔が入るかとひや
ひやしつつ、流れるような黒髪に指を絡めた。
女性は少しためらいながら、慎重に言葉を紡いだ。

「あなたが最近、蒼流聖騎士団団長にご執心だ、って聞いたの」
「何?」

髪をもてあそんでいた手が止まる。
女性の茶色の瞳が戸惑ったように揺れた。

「あなたがカイン様のところに通いづめだという話、なんだけど・・・ロテール?」

既に金の髪の聖騎士団長の姿は消えていた。

カインの執務室の扉が壊れんばかりの勢いで開く。
燐光聖騎士団団長が緋色の髪の聖乙女候補生を連れてズカズカと入ってきた。

何だ、と部屋の主が言うよりも早く、ロテールが怒鳴った。

「お前、男なら好きな女ぐらいさっさとものにしろ!
 いつまでもそうやってうだうだやるつもりなら、
 俺がアシャンを貰っちまうからな!!」

腕を掴まれて無理矢理引っ張ってこられた格好のアシャンは、
訳が分からないといった風に目を丸くしてロテールとカインを交互に見つめている。
カインも事の成行きについていけない。

「何? ロテール、貴様一体何を・・・」

面倒、とばかりにロテールはアシャンの腰を引き寄せると、その唇を奪った。
数秒の空白の後、ロテールの頬にビンタが飛び、続いてカインの拳が直撃した。

「ひどいっ、ロテール様、カイン様の目の前で・・・!
  私がカイン様のこと好きなの知ってるくせに・・・!」
「貴様、俺のアシャンに・・・!!」

口々に叫んでロテールに詰め寄ろうとした二人は、
互いに相手が口走った言葉に気付き、ぴたりと動きを止めた。
淡青色の瞳と碧の瞳の視線が重なる。

「・・・アシャン・・・?」
「カイン様・・・?」

二人の頬が次第に赤く染まっていった。

既に青年と少女の視界には入っていないらしいロテールは、
不愉快そうにその光景を眺め、頬をさすりながら執務室を後にした。

ロテールの頬の腫れも引き、女性たちとの優雅な生活を取り戻した頃、
緋色の髪の元聖乙女候補生と蒼流聖騎士団団長が、ロテールの執務室を訪れた。

「私たち、婚約したんです」

その言葉に、ロテールは緊張を解いて、安堵の息をついた。

「そうか。そいつはめでたい。おめでとう」
「ありがとうございます」

幸せそうに笑う。その隣りでカインは黙って照れくさそうに頬を染めて立っていた。

こうしてみると、アシャンも普通の女の子だな。

微笑ましく思い、ふ、と口元をゆるめる。
散々迷惑をかけられたが、後になってみればいい思い出だ。
二度と経験したくはないが。

「それでロテール様には色々とお世話になったので・・・」

感慨にひたるロテールの前に、アシャンが言いながら、すっと 進み出た。

「?」

何をするつもりかといぶかる間もなく、アシャンの両手が頬に置かれ、
軽く柔らかな感触が唇をかすめる。
目の端でカインの驚いた顔が見えた。

キスとは呼べないほどの、ごく軽いキス。
お礼のつもりなのは分かった。
しかし。

いやいやとはいえ男色の疑いをかけられるほどカインのことを
調べたロテールは、彼の行動パターンと性格を熟知していた。
次の展開を予知し、慌てて叫ぶ。

「落ち着け、カインっ・・・!」

その叫びはカインの呪文に虚しくかき消されてしまったのであった。


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24. Feb. 1999 /UPDATE 28. Feb. 1999





あんなさんよりのコメント

ごめん、ロテール(笑)
ここまで可哀相な目にあわせるつもりはなかったんだけど。



あんなさん、どうもありがとうございました!
ほんとに嬉しかったです!幸せ〜!
ロテールくんはかわいそうですが、彼にはこういう役も似合いますね(^_^)




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