-春の隣-


BY. みなき  1999.Feb.





「カイン様、今日の出来はどうでしたか?」
土曜日の魔晄の塔。
特別授業を終えたアシャンは上機嫌でカインに話しかけた。
にこにこと顔をほころばせ、ちょっと自信ありげな目をしている。
そんなアシャンの様子にカインは僅かに頬を緩めて答えた。
「まあまあだな」
途端にアシャンが不満そうな顔になる。
「えーっ、”まあまあ”ですか?・・・・・・今日は上手くいったと思ったのに・・・」
ぷうっと頬を膨らませたアシャンと並んで出口へと向かいながら、カインは至極当然のように言い放つ。
「俺に比べればまだまだだろう」
「カイン様と比べられたら誰だってそうですっ。・・・・・・あ、雪・・・」
出口までやって来たところで文句を言っていたアシャンが急に上を見上げた。
ひらひらと雪が舞い落ちてきている。
「そうだ!」
 突然アシャンがカインの方を振り向いた。
「カイン様、明日一緒にお出かけしましょう」
「・・・この調子では、明日は積もるぞ」
「だから楽しいんじゃないですか。ね、行きましょう?」
アシャンはすっかり乗り気だが、カインの方はまだ渋い顔をしている。
「自習はしなくて良いのか?」
その言葉にアシャンが待ってましたとばかりに笑う。
「私ね、今週とっても調子が良くて、予定よりもずっと勉強がはかどったんです。
だから、明日はまた来週に備えて息抜きです!」
「そうか。・・・仕方ない、つきあってやろう」
本当はカインの方もアシャンと出かけるのを楽しみにしていたりするのだ。
渋々といった風情を装いつつも、あっさり承諾する。
「ありがとうございます!」
案の定、アシャンの顔がパッと輝いた。
「明日は用事があるので・・・そうだな、3時に道具屋でどうだ?」
「はい。わかりました!」
緋色の髪を揺らして勢いよく頷く。
そんなアシャンの様子に思わず目を細めてしまってから、慌ててカインは雪の中へと踏み出した。
「いつまでも外にいると風邪をひく。帰るぞ」
少し照れを含んだようなカインの言葉にクスリと微笑んで、アシャンもカインのあとに続いた。


翌日、街はすっかり雪化粧をしていた。
ほとんど人気のない街外れをアシャンは歩いていた。
約束の3時までにはまだ随分あるのだが、カインとデートだと思うとついつい足が速くなる。
道具屋はもうすぐだ。
早いところ店に入って暖まっていようと、アシャンは勢いよく細い路地に踏み込んだ。
(・・・?)
無意識のうちにアシャンは足を止めていた。
何だろう・・・?
頭のどこかに何かがひっかかる。
――ここにいちゃいけない――
本能的にひらめいた予感にアシャンが踵を返そうとした時。
ガチャリ、と剣を構える音が背後で響いた。
振り向いたアシャンの目に映ったのは、武装した男たち。
気がつくと前方にも同じ格好の男たちが回り込んでいる。
(この服、ギアールの・・・!)
以前、聖女宮の前で刺客に襲われたときのことがアシャンの脳裏によみがえった。
「アシャンティ・リィスだな・・・」
あの時と同じように押し殺した声で男が呟く。
――殺される
  誰か・・・
しかしここは街の外れで、しかも今日は大雪である。
叫んだところで人の通りかかる望みは薄い。
たった一人っきりのアシャンに対し、敵は総勢4人。
(どうしよう・・・)
もちろん武器など持っていないし、囲まれていては呪文の詠唱もままならない。
為すすべもなく立ちつくすアシャンに、男が冷酷な宣告を突きつけた。
「死ねぇ!」
アシャンに向かって剣を振りかぶる。
(・・・いや!死にたくない!)
ほんの一瞬の間に頭の中を様々な思いが駆けめぐる。
そんな中・・・ 
――カイン様!
一際強く、その名前がアシャンの中にひらめいた。
瞬間。
アシャンの回りで強大な力が実体化した。
「何っ!?」
斬りかかる男たちの剣からアシャンを守るかのように、分厚い氷の壁が現れる。
(守れ!)
自分を守護しようとする強い思念がそこから自分へと向かってくるのをアシャンは感じた。
壁の向こうでは氷による攻撃を受けた男たちが倒れるところだった。
一瞬おいて、壁はその姿を消す。
呆然としつつもアシャンが周囲を見回すと、自分の方へと走ってくる人影が目に入った。
「アシャン!大丈夫か!?」
立ちつくしているアシャンにカインが駆け寄る。
彼にしては滅多にないほどに感情を露わにした顔で。
「おい!」
肩を掴まれて、ようやくアシャンに実感が戻った。
へなへなと崩れ落ちながらカインの腕に縋り付く。
「恐かった・・・」
カインもしゃがみ込んでアシャンを抱きとめた。
細い肩がガタガタと震えている。
「すまなかった・・・」
このような場所を待ち合わせ場所に指定した自分の迂闊さをカインは悔やんでいた。
一度あのような騒ぎがあったのだ。
もっと気を付けるべきだった。
こんな街外れを一人で歩かせるようなことをしてはいけなかった。
・・・・・・彼女は、聖乙女候補生なのだから。
自分に言い聞かせるようにカインは心の中でそう繰り返した。


「こんにちは、カイン様」
騎卿宮のカインの部屋。
ドアの陰から顔をのぞかせたのは。
「アシャン・・・」
「お邪魔しますね」
「・・・ああ」
少々驚いているカインを横目にアシャンはすいすいと部屋の中へ進んでいく。
慣れたようにソファに腰掛けたアシャンの向かいにカインも座った。
「もう外出していいのか?」
あの事件から2週間、候補生の3人は授業以外での外出を禁じられていた。
授業の行き帰りにも近衛騎士達が警護に付くという警戒ぶり・・・。
それは、いかに聖乙女候補生というものが重要な立場であるかということを
アシャンにも、そしてカインにも改めて感じさせた。
カインの問いに、アシャンは首を竦めて舌を出す。
「本当は控えろって言われてるんですけど・・・」
「それなら・・・」
部屋で大人しくしていろ、とカインが言おうとするのを遮ってアシャンが続ける。
「でも、カイン様にお会いしたくて」
にっこり微笑むアシャンにカインは何も言えず赤くなる。
「・・・この前は、本当にありがとうございました。
カイン様が来てくださらなかったら、どうなっていたか・・・」
「あんな所に呼び出した俺が悪い。礼など言われる筋合いのものではないだろう」
「そんなことないです!」
ぼそりと呟いたカインに対し、アシャンは向きになって反論する。
「私は、カイン様が来てくださって嬉しかったんですから!いいんです!」
「・・・それならまあいいが・・・」
気圧されたようにカインが答える。
じっと真剣な目でカインを見上げていたアシャンが、ややあって表情を和らげた。
「ねえ、カイン様、前に”水の心”のこと、教えて下さいましたよね?」
急に話が飛んだように思えて、カインは怪訝な目をアシャンに向けた。
「あの時、カイン様が来てくださった時、私にも聞こえたんです。水の心が」
「・・・?」
どういうことか、とカインが不思議そうな顔をする。
「あの氷の壁から、”守れ”って声が聞こえたんです」
それは・・・と言いかけて、カインは口をつぐむ。
(本当はあれは水の心ではなく・・・)
カイン自身の心。
そしてあの壁自体が、魔法によって作られたものではなく、
彼女を守ろうとする己の心が生み出したものなのだ、実は。
(お前は気が付いていないようだがな)
いくらカインと言えども、一度に2つの魔法を唱えられるわけはない。
刺客たちを攻撃した氷の刃はカインの唱えた魔法によるものだが、壁の方は・・・。
(俺自身にも不思議なことだが・・・)
それだけ自分自身の抱える想いが強いということか。
カインのそんな思いなど欠片も知らぬように喜んでいるアシャンに、カインは微笑んだ。
「言っただろう?お前には素質があると」
真実は自分の胸の内だけに隠し、カインはアシャンの頭に手を伸ばす。
ぽんぽん、と軽くなでる。
嬉しそうに、そして少し照れたように微笑み返すアシャンを見つめ、
こんな嘘ならいいものだな、とカインは心の中で呟いた。
――それでも。
いつか告げられるだろうか?本当のことを。
そして、胸の奥に秘められたこの想いを・・・。


春の足音が2人の耳に届くのは、いつだろう・・・?


Copyright(c)1999 みなき All rights reserved
28. Feb. 1999 /UPDATE 3. March. 1999





Treasure Boxのみなきさんより、キリ番踏んだプレゼントにいただきました。
アシャンの危機に駆け付けるカインがかっこいいですよね♪
春の一歩手前って感じの二人がとってもいい雰囲気です。
みなきさん、ほんとにありがとうございます!(^_^)




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