冷たい月







天から音もなく降りしきる雪を見て、こんなことが確か前にもあったなと思いを馳せる。
大地に力尽きて横たわる。
こんな時であってもそう言うとりとめのない事を一番最後まで考えてしまうのが人間なんだろう。


世界は果して救われたのだろうか。

本当はそれを一番先に気にしなくてはならないのだろう。
しかし、そんな事よりも雪から連想する記憶ばかりがその時のシーヴァスの一番の関心事だった。

「何を見ているのですか」
「何だ、お前か。毎度ご苦労な事だな。」
勇者としての仕事を頼まれての遠征の途中だった。
突然誰もいなかった筈の宙から飛び出して来る天使の存在にも慣れつつあった。
はっきり言って、この天使。まともなのは外見だけらしく、麗しい外見とは裏腹にあまりにも的外れな発言が多い。
最初はあまりの暴言の数々に立腹する事もあったシーヴァスだったが、この天使とつきあうようになってから怒りは諦めに変わった。
所詮、人間と天使では感性というものが違うのだろう。
「稽古中なのですか?」
「ああ、騎士としての心得だからな。
?、……なんだそんな珍しそうな顔をして。俺が努力する姿が意外だって顔だな。」
「それはありますね。何でも涼しい顔をしてこなす感じを持っていました。」
自分の考え違いでしたと素直に詫びると、彼女は翼をたたんでシーヴァスの横に降りてきた。
完全に翼を消すと非常に美しい以外はそこら辺の人間と変わりなく見える。
「ここら辺は春なのですね。」
「おかしなことを言う。普通4月は春だ。」
暖かい陽気に薄く汗ばんだ自分の額をハンカチでぬぐって、自分より低い天使を見下ろす。
「さっきまで、まだ冬の世界にいました。山の上にはまだ雪が残っていたもので すから。」
うっすらと笑んで天使は落ちかかる花びらに手を伸ばした。
「これはまるで雪のようですね。なんて言う花なのでしょうか」
さっきまで存在すら気にも止めていなかったあたりの様子をシーヴァスは天使の言葉で急に意識をする。
萌え始めた若葉はまるで天然のエメラルドの様な色だ。そこには夏のむせ返る緑のにおいはまだ無い。
天使が気にしている花はあたりのそこかしこに枝を広げる樹の高みに鈴なりに薄く白い花びらを広げている。
「そうだな……。これは林檎かな。野生の林檎だからあまり大きな実は生らないと思うがな。」
同じように花びらを掌に受けシーヴァスはしばらく検分するとそういった。
「林檎の花……ですか。林檎の匂いはしませんけれど。」
「また、莫迦な事を。」
困ったように眉を寄せてシーヴァスが言うのと
「貴方が言うならそうかもしれませんね」と一点の曇りも無く天使が微笑んだのは同時だった。
お互いに顔を見合わせて。
シーヴァスが天使の物言いに小さく驚くのと叱られた子供の様に天使がしゅんとなるのもまた同時だった。

あの時、思ったのだ。
天使という物を好きになるものではないと。
相手は人間ではないのだから、人間界の常識はは通用しないのだ。
人間相手なら想いのぶつけようもあるだろうが、天使相手では勝手が判らない。
相手の反応が判らなくておたおたとしてしまう姿はシーヴァス自身も滑稽だった。

贈り物もしてみた。
シャトーワイン、シルクの手袋、ばらの花束、シルクのローブ……。
女でも子供でもとりあえず喜んでもらえそうな物を選んで送ってはみた。
微笑んで受け取ってはくれるものの、何か違うという感じが心の奥底では拭えなかった。

林檎の花であれだけ喜んだ天使なのに。

自分だけを見て欲しいと望んだ罰が当たったのかもな。
大地の冷たさが気持ちよかった。
天から降る雪があの時の花びらだったら良かったのに。
あの時にたとえ戻っても、同じことを繰り返してしまうだけかもしれなかったけれど。
世界を救うという名目で『最後の敵を倒しに行って欲しい』という依頼を引き受けたのは、
彼女に対する罪ほろぼしの気持ちからだった。
あんなに必死にこの世界インフォスのことを想って行動している彼女に対してよこしまな想いを抱いてしまう自分。
そんな自分の気持ちを持て余しての事だった。
こうやって横たわっているのは天からの罰なのだと素直に思えた。

願わくば、最後に君の顔が見たかったな。

そう言う悪あがきが伝わったのだろうか?
神出鬼没の天使は、次の瞬間シーヴァスの横にいた。
「あんなにしぶといのに、どうしてこんな時だけ諦めがいいんですか、貴方という人はっ。」
口調は怒っていたが、彼女は綺麗な顔をゆがめてぽろぽろと泣いていた。
彼女の周りに広がる光のオーラ。自分の翼を全て力に変えて、シーヴァスへ与える。
彼女から発せられる癒しの波動にシーヴァスはしばし目を閉じて考える。
これも死ぬ時に見るという都合のいい夢なんだろうか?
が次に目を開けてみても事態は全然変わっていなかった。
「痛いところとか無いですか。」
「泣き顔でも美人だな。」
間の抜けた感想を述べつつシーヴァスはゆっくりと起き上がってみた。
さっきまで生命力が枯渇していた筈の身体だったが、
今は戦いに出かける前より調子が良くなっている。
「何で君がここにいるのだ。」
多少責めるような口調になってしまったのは仕方ないかもしれない。
命を助けてもらってこの言い草は無いかもしれないが、この気持ちを道連れにするつもりだったのに、これでは諦めきれないではないか。
「貴方が自分の命を危険にさらすような事をするからです。」
「私は確かそう言う『世界をも滅ぼせるような敵』を倒せといわれて勝ち目の少ない戦いに出かけて行った筈なんだったがな。」
自分でも皮肉を言っている自覚はあったのだが、この後に及んでの天使のあまりな言葉に脱力する。
「それでも、です。この世界が残っても貴方がいないのならば意味がないではないですか。」
「まるで告白のように聞こえるな。」
自分の耳の都合の良さに苦笑して、シーヴァスは天使の金髪をくしゃりと撫ぜ回した。
そういえばこのふわふわと広がる金の髪もいつか思う存分さわってみたかったのだ。
天使という存在の恐れ多さに実行に移したことがなかっただけだ。
思った通りの柔らかな絹糸の感触にうっとりとする。
「私に翼が無いと駄目ですか?」
「何の事だ?」
天使の言葉に疑問を覚え訝しげに彼女の様子を伺う。
「貴方が見ているのは私の天使という翼だけなのではないのですか?
翼が無ければ私には何の力も無いのです。
それでも貴方は私を見ていてくれるのですか?」
「それを言うなら、私なんて生まれた時から何の特技も無い単なる人間なんだが……。」
今さら何を言っているのか。やはり天使の考えていることは判らない。
「……、それはこの前のこの戦いが終わっても一緒にいて欲しいと私が言った事の答えなのかな。」
「私は自分に自信がありません。シーヴァス、貴方にいつか嫌われてしまわないかと心配なんです。」
相変らずの要点の掴めない会話が続くのにしばらくシーヴァスは耐えた。
が、これが限界だった。

「結局、何が言いたいのか、私にも判るように教えてくれないか。」

これからする苦労を思うと眩暈がする。
「退屈だけはしないですむな」
シーヴァスに抱き締められたままうっとりと彼の胸に顔を埋めた天使が彼の呟きに顔を上げる。
「……?何か言いましたか?」
「いや……。」
しかし、それもまた面白かろうとシーヴァスは強がりではなくそう思った。




5500HITのお祝ということで、きゃのさんからいただきました。
わ〜い、シーヴァス×天使です! 雪の舞い落ちる中横たわるシーヴァスと
そこに舞い降りる天使って考えただけでも、すごく絵的に美しくてうっとりしてしまいます。
ああ、きゃのさん、ありがとうございます〜。お礼しなくちゃ!





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