ざわざわざわ。 昼休みともなるとどこの学校でもそれなりに騒がしいものだが、今日の真神学園は普段よりさらに5割増で騒がしくなっていた。 「失礼致します」 いきなり校門に高級外車が乗り込んできたかと思えば、スーツ姿の美女がわき目も振らず学校内を闊歩してきたからだ。 「―――芙蓉さん…?」 学食にいきなり現れた芙蓉の姿に小蒔が間の抜けた声をあげた。 「お食事中に申し訳ございません。晴明様からこれを託ってまいりましたので」 やっぱりアイツか……と木刀やら番長やら器やらは心の中で脱力した。そうとわかると芙蓉から手渡された細長い箱を開けるのがなんだか恐ろしい。 「夜麻…なんだそれは?」 小さな箱の中には木の枝が1本。葉っぱさえもついていないし、他にはなにも入っていない。 「?」 「あら、よく見て。ここに手紙が結んであるわ」 葵が枝を持ち上げて夜麻に指し示すと、確かに薄いピンク色の紙が結び付けてある。 「て、手紙…?枝に!?」 思わずがたん!と音をさせて夜麻は後ろに跳びずさった。 「まあ…文(ふみ)だなんて御門くんったら風雅ね…」 感心したように葵はそう言うが、夜麻としてはいやーな予感がしてだらだらと汗が流れた。 「どうしたんだよ、早くなにが書いてあるのか読んでみろって」 「そ、そうよね…花の枝じゃないもの、うん。考えスギ考えスギ………」 自分で自分にいいわけがましいことを言いながら、結びを解いてみる。とはいえ、心当たりのある連想をしてしまっているだけに心ならずとも妙にドキドキしてしまう。 「え――っと…」 薄い和紙には数行の達筆が。夜麻は文字を追ってゆっくり読み上げた。 「"この手紙を開いたら、危険ですので15秒以内に3m以上体から離してください。"」 … … それを聞いた全員の脳裏に『スパイ大作戦』のテーマが流れだした。 『君が危険な目に逢い、たとえ命を落としても当方は一切責任を持たないのでそのつもりで』というアレだ。 「みんな、伏せて――――!」 夜麻が手紙を投げ捨てたと同時に、パ―――――ン!!という甲高い音が学食内に鳴り響く。 がしゃんがしゃんと食器が衝撃で床の上に落ちて転がった。 「え…?」 次の瞬間、一瞬の静寂の後にどよめきがおこった。四散して飛び散った紙片は天井まで舞い上がり…… はらはらと小さな花弁となって降ってきた。 現実離れした手品(?)に他の学生は一様に騒ぎだしたが、相手の事情を知るメンバー5人はぽかーんとそれを見上げることしかできなかった。 「桜吹雪だ……」 この間見たものとは、やはり似ていてちょっと違う。 『うわあ、キレーイ…』 葵と小蒔は季節はずれの桜にうっとりと目を細めた。 『キ、キザだな、おい…』 夢見がちな女性陣とは違い、京一はげんなりと眉を寄せた。 『どうでもいいが、この後片付けはどうするんだ?』 さらに醍醐くらいともなると後を見越しての心配なんかもでてきてしまう。 ただ、受取人の夜麻だけがどう思ってるんだかわからない顔で放心しているようだった。 「夜麻様、こちらを」 静かに芙蓉が夜麻に歩み寄ると、そっと両手を添えて携帯電話を差し出した。 「晴明様です」 「ああん?」 相手の名前を聞いた途端、ぴくりと額あたりの筋肉が緊張した。そのまま無言で電話を受け取る。 『…いかがでした?これが本物の"桜"なんですが』 「―――ねえ…言いたいことはそれだけ?」 こんなこと私が言うのもなんだけど…はっきり言ってアナタめちゃくちゃすぎます。 「衝撃でね、机のパイプが2本ほど折れたのよ。これって、生身で受けてたらどうなってたのかなあ?」 『どうなんでしょうねえ。まあ、別に誰かがくらったわけでもないのでしょう?』 「お昼ごはんがね、床に落ちてパーになっちゃったんだけど…?」 『そうなんですか。それは運が悪かったですね』 御門相手に淡々と話す夜麻を見て、京一たちは顔を見合わせた。普段起伏の激しい性格をしているだけに、こんなふうに静かに対応しているのがなんだかかえって薄気味悪い。 「今どこにいるの…?家?」 うんうんとしばらく小さな声で話していた後、 「今からそっちに行くからね!!も、ほんっっっと話したいことがあるわよ!今日は!!?」 いきなりうが―――っ!と大声張り上げて電話に怒鳴った。やっぱり彼女は怒っていたらしい。(そりゃね) 『ああ、別に構いませんよ。今日はもう用事もありませんし』 だったら学校行ったらどうですか、晴明様。そう言って笑う御門の態度をいまいましく思いながら携帯の通信をぶちりと強引に夜麻は切った。 「…車で来てるの?芙蓉さん…」 「はい、あちらに待たせております」 芙蓉に先導されてふらふらと食堂を出ていこうとする夜麻に京一はあわてて声をかけた。 「っておい、どーすんだよ!午後の授業は!?」 「……とてつもなく体調が悪くなったから早退した、って言っといて」 その理由は半分くらいは間違っていない。食堂のドアを抜け、芙蓉と共に歩きながら夜麻はは――っと大きなため息をついた。その様子に先導していた芙蓉が振り返る。 「困った人ね、アナタのご主人様は」 2人の服や髪に降り積もった桜の花弁が動きと共にひらひらと再び床に落ちる。 困ったように首を傾げながらも、夜麻のその顔は確かに笑っていた。 「夜麻様…」 驚いたように自分を見る芙蓉の視線に気付き、夜麻はようやく自分がどんな顔をしているのか気がついた。 バツが悪そうに頬を一回を軽く叩くと、そのまま指を1本自分の口元にあてた。 「このことは、御門くんにはナイショね」 でも夜麻だって本当は「あること」を知らない。 自分がいっつも「たまたま都合良く用事もありません」という時に限って御門邸に召喚(?)されているという事実に気付いていない。 以前そのことに気がついた芙蓉が御門に尋ねてみたところ、背を向けたままこう言われたものだ。 「芙蓉。そのことは、夜麻さんには内緒ですよ」 と。 |