by エルス
どこまでも抜けていくような青い青い空のもと、短い茶色の髪の青年はゆっくりとラルースの街を歩いていた。 何かの料理のいい香りや、無邪気な子供たちの嬌声。それらを見ている彼の目は、優しく細められていた。 (なんかやっぱり、嘘みたいだよなぁ。一週間前まで時間が止まっていただなんて) 青年の名は、リュドラル・アルグレーン。竜に育てられたという稀有な存在である。天使に選ばれ、ついこの間まで勇者として堕天使と戦っていた。最後の決着がついたのが、つい一週間前のことだ。長い戦いの間に友情を感じるようになった天使は、最高の笑顔を残して帰っていってしまった。 友人を一人失ってしまったことは少し寂しかったが、リュドラルにはまだ仕事が残されていた。堕天使に操られ、暴れまわった竜族たちが破壊した場所を見て回り、復興に力を貸すことである。そして願わくば、竜がすべてこのような行為を好むわけではないとわかって欲しい。それは自分でなければできないことだと思ったから、彼は天使が帰った日からずっと旅を続けているのだ。 「ん?」 路地の一角から、柔らかく優しい歌声が流れてきて、リュドラルは足を止めた。どこかで聞いたことのある声だったのだ。 歌声の源は、すぐに見つかった。街の住人たち、あるいは彼と同じような通りすがりの旅人たちが向かう方向についていけばよかったのだから。 人垣を掻き分け、最前列に出たリュドラルは、竪琴を爪弾きながら楽しげに歌うのが見知った顔であったことに驚いた。 「フェリミ!」 思わず歌い手の名を呼んでしまったことを、彼はすぐに後悔した。それによって優しい歌が中断されてしまい、聞きほれていた人々が白い目でいっせいに彼をにらんできたのである。 一方、色素の薄い茶の長い髪を、ゆるく後ろで束ねている吟遊詩人も、驚愕して立ち上がっていた。 「リュドラル……ですか?」 助かった、とばかりにこくこくうなずいているリュドラルを見て、フェリミ・マクディルはふんわり微笑んだ。 彼もまた、リュドラルと同じ天使の勇者だった青年である。 「邪魔して悪かったな、フェリミ」 先ほどの路地からかなり離れた場所にある、宿屋兼食堂のテーブルで、二人は改めて向かい合っていた。 頭をかきながら謝るリュドラルに、フェリミは笑って首を振る。 「いいんです。気にしないでください」 「そう言ってもらえると、助かるよ。元気そうだな」 「ええ。君も」 「はい、おまちどおさま」 幼い顔立ちの娘が料理を運んできてそれぞれの前に並べている間、会話が中断する。娘が行って少ししてから、リュドラルのほうから口を開いた。 「最後の戦い、君が行ったんだって?」 「え?」 「ラビエルから聞いたんだ。すごいな」 「……すごくなんかありません。彼女のおかげで勝てたようなものです」 「でも、すごいよやっぱり」 リュドラルはコップの水を一口飲んで口を湿らせてから、再び言葉を続ける。 「ありがとう、フェリミ」 なにに対して礼を言われたのかわからず、フェリミはきょとんとした顔で瞬きした。 「俺さ、マキュラを操った堕天使を倒したあと、『ああ、これですべて終わったんだ』って思った。その後ろにもっと強いやつがいることを、あの瞬間忘れてしまっていたんだ。だけど、妖精のローザからガープのところに向かっている勇者がいるって言われて、自分のことをすごく恥ずかしくて、情けないと思った。勇者失格だってさ。君がいなければ、今ごろすべてはなかった。だから、ありがとう」 「そんなことはありません、リュドラル。僕も同じなんです。僕も、堕天使ラスエルを倒したあと君と同じことを考えました。だから彼女が僕のところにきてガープとの戦いに行ってくれないかと依頼してきたとき、迷いました。でも、必死な彼女の顔を見ていて、気がついたんです。彼女の戦いは、まだ終わっていない。僕でなければ、彼女の戦いを終わらせられないと。そう思った瞬間、僕ははっきりとうなずいていました」 「フェリミ……」 早口でまくしたてるように話すフェリミに、リュドラルは面食らっていた。彼と話したことは数えるほどしかなかったが、そのときの印象ではこんなに熱っぽく話す感じではなかったような気がする。 「僕は彼女にとても救われました。彼女のためにできることをしたかった。そのためにガープとの戦いに赴いたんです。それだけの理由で戦った僕なんて、なにもすごくないですよ」 そう話を締めくくって笑顔を見せたフェリミは、リュドラルの知る彼であった。 リュドラルはもう一度水を飲み、控えめに料理を口に運ぶ吟遊詩人をしばらく見つめていた。 かなり時間をかけて二人が食事を終え、勘定をすませて店を出るところで、リュドラルは思い切って言ってみた。 「あのさ、フェリミ」 「はい?」 フェリミはドアに手をかけたまま振り向いた。 「ラビエルは、君にとても感謝していると思うよ」 「え?」 どうもこの邪気のない顔には弱いなと思いながら、リュドラルは右頬を指でかいた。 「理由なんて、何でもいいと思う。君のおかげでこの世界は救われて、ラビエルの戦いも終わったのは事実なんだから」 「リュドラル……」 「自信持てよ。フェリミ」 「その通りですよ」 いきなり横合いから声をかけられ、二人の青年は飛び上がった。が、会話に割り込んできた人物を認めると、さらに驚いて声も出なくなる。 「ラビエル!?」 「セレナ!?」 同時に違う名前を口にしてから、リュドラルは訝しげにフェリミを見やった。しかしフェリミのほうは、もはやリュドラルの存在を綺麗に忘れていた。 「いつからいたんですか? それにどうして声をかけてくれなかったんです?」 「声をかけようとは思いましたけれど、フェリミがなにやら一生懸命に話しているから、かけそびれてしまったんです。それに、いつからって言いますけど、私が店に入っても気づきもしなかったのはあなたですよフェリミ」 リュドラルの記憶とまったく変わっていないおっとりした声音で一方的に言い、フェリミをすっかり黙らせてから、金の髪の乙女はリュドラルに視線を移してにっこり微笑んだ。 「お久しぶりですね、リュドラル。少し背が伸びましたか?」 「え? 背? いや、そんなことはないと思うけど……。それよりラビエル、どうしてここに君がいるんだい?」 「ええ……。実は私、人としてインフォスに残ることにしたんです」 「えええ!?」 すっかり混乱状態のリュドラルである。そんな彼をおいて、乙女はフェリミの腕をつかむ。 「フェリミ、急がないと船が出てしまいますよ。荷物はまとめましたか?」 「あ、はい」 「なら急ぎましょう。さあ」 そしてさっさと外に出て、フェリミを引っ張って走り出してしまう。リュドラルはふらふらと出口をくぐり、二人の背中を半ば呆然として見ていた。 「リュドラル!」 ふと乙女が足を止め、彼に向かって呼びかけた。 「私たち、世界中を旅しているんです。だから、またお会いできるかもしれませんね。そのときは私のことを『ラビエル』ではなく『セレナ』と呼んでくださいね!」 最後にしなやかな腕をいっぱいに伸ばして手を振ると、彼女は再び駆けていった。 ゆるい癖のある長い金髪が、残光となってリュドラルの目に残った。 二人がすっかり見えなくなるころ、ようやくリュドラルにもすべてが理解できた。 「そっか。最初に言ってくれればいいのにな、フェリミも」 翼を捨てた天使。新しい名前。彼らは、ともに生きる道を選んだということだ。 「旅の楽しみが増えたな」 青い青い雲一つない空を、彼はとてもすがすがしいと感じていた。 あとがき どうもすみません。また性懲りもなく書いてしまいました。しかも今度はこういう人たちのお話です。癖があるんだかないんだか……微妙な方々。フェリミとリュドラルには、プレイ中にかなり救われてます(^^)。当時まだ仲が悪かったシーヴァスに意地悪なこと言われてしゅーんとなっているときに、「いっしょに釣りでもしないか?」ってなことを言われて感激し、あと一歩のところで標的が消滅して平和度が激減して落ち込んでいるときに、「これをどうぞ」とハーモニカをくれたことに感動しておりました。ありがとう、フェリミ! ありがとう、リュドラル! という感謝の念から、いつかこの二人の話を書いてみたいと思っていました。フェリミの天使は、金髪碧眼で物腰は柔らかいけど結構したたかな美人です。そうじゃないとなんか旅できないかなーと思って(^^)。フェリミって年齢の割にはしっかりしてて大人だけど、性格がすごーく繊細だから、いっしょにいる女性はこういうタイプがお似合いかなーとか勝手に思ってます。 ちなみに、ここではリュドラルは天使に恋をしていません。三角関係のどろどろは、今回はあえてパスさせていただきました。 |