おかえし




「そういえば、唐棣(はねず)の梅が盛りだそうだよ。
 後はもう散るばかりという風情らしいから、2人で観てきてはどうかな?
 邸の梅はもう終わってしまったし、今年の見納めに良いんじゃない?」
昨晩、久しぶりに早く帰ってきた景時が夕餉のときに突然そんなことを言い出した。
「景時さんは?」
そう望美が問い返したのも当然のことで、梅を見に行くなら梅の花が好きな景時と一緒に、と思ってしまう。しかし、景時はちょっとばかり残念そうな顔になって肩をすくめた。
「いや〜、オレも行きたいんだけどさあ、当分やっぱり忙しそうで。
 望美ちゃんを何処にも連れていってあげられそうもないし」
景時が仕事で忙しいというのに、自分がそんな遊び歩いているなんて、と望美は「それなら私も出掛けなくても……」と言おうとしたのだが、珍しいことに朔が口を挟んだのだ。
「あら、兄上にしては随分と気が利いていらっしゃいますこと。
 嬉しいわ、望美、唐棣の梅はそれはきれいな紅梅なのだそうよ。
 小野小町の結んだ庵もあるそうよ」
随分と嬉しそうにそう言うものだから、望美も親友がそんな楽しみにしていることを断るわけにもいかず、頷いたのだった。確かに、景時はずっと仕事が忙しく、京邸にも夜遅くにしか戻ってこないし、休みも半日だけといった細切ればかりでゆっくり何処かへ出掛けるということもなかった。本人も折に触れて、望美を何処かへ連れ出すこともできずにすまないと口にしていた。それでいて、望美が景時を伴わずに出掛けることにはとても心配をしていた。…ので、朔が一緒とはいえあっさりとそう言ったことが望美にはどこか訝しく思えたのだった。とはいえ、景時たちのおかげもあって京の町も落ち着きを取り戻してきたし、戦が終わった直後のような荒れた様はもう見られない。そういう意味で治安が安定したからこその言葉かもしれない。そう思って、望美は景時の言葉の通り、出掛けることにしたのだった。
景時は今朝も早くから仕事に出掛けてしまっていた。それを見送ってからお弁当をつめて、望美は朔と供の者を連れて出かけた。昼間はすっかり暖かく春の日差しとなり、空気もどこか花の色に色づいているかのような気がする。麗らかな日差しに心も浮き立とうというものだが、どこか釈然としない想いがどうしてもぬぐえず、今ひとつ楽しい気持ちになりきれない望美だった。
(……朔と一緒なのはいつもと同じで。お出かけも楽しいはずなのになあ。
 やっぱり、景時さんがいないせいかな)
ここに彼がいてくれたら、きっともっとずっと楽しいだろうに。梅の花は景時こそがとても好きな花なのだ。
「望美? どうしたの、なんだか元気がないみたい」
朔が、どこかぼんやりした様子の望美に話し掛けて来る。
「あ、ううん、何でもないの。梅の花、景時さんも好きだったから、来たかっただろうなあ、って」
その言葉を聞いた朔は「もう…」と小さく言って笑う。
「本当に、兄上にはあなたはもったいないわねえ。
 こんなに望美に思われているというのに、もっと頑張ってもらわなくちゃ」
「朔ったら! 景時さんは今でも頑張りすぎだよ。毎日遅くまでお仕事してて……
 むしろ、もっと頑張らないで家にいてくれていいのにーって私が言っちゃ駄目だけど」
朔が景時に厳しいのはいつものことだが、むしろ望美としては張りつめた景時よりも自分の傍で弛んでいる景時の方が観ていてほっとするし、嬉しかったりするので(それが朔には理解できないらしいが)そんな言葉も出てくる。朔はそんな望美を、軽くたしなめながらも何処か嬉しげに笑っていた。

梅を観るのにただ庭園に入れればと思っていただけなのに、供の者が門の前で望美たちを置いて「しばらくお待ちを」と言うなり何処かへ行ってしまった。朔と顔を見合わせていると、しばらくして門の奥から人が出てくる。
「梶原殿ご内室のお越しとは、さ、奥へどうぞお出でなされませ」
これには望美は驚いてしまった。しかし、朔の方はといえば割と慣れた様子でそれにも望美は驚いてしまう。
庭に面した座敷に席を設けられ、春の装いを始めた庭園と風にのって薫ってくる梅の香りを楽しみながらも、望美は改めて景時について考えていた。
「梶原殿ご内室、かあ〜」
今を時めく源氏の重鎮である景時の名は京でも九郎と並んで威力あるものなのだろう。ずっと京邸にいてそうと実感したことはなかったが、そうなのだ。そしてきっと、戦の最中であったときから景時も九郎も特別の人たちだったのだ、そうと望美たちに感じさせなかっただけで。
「景時さんって、ほんとスゴイ人なんだなあ〜」
「何を言ってるの、望美だって白龍の神子ではないの。
 京の人や鎌倉の人にとっては、望美も十分手の届かない人なのよ」
なのになんだって、兄上なんかと……とでも言いそうな朔の言葉に望美は苦笑する。少なくとも、自分が白龍の神子となったのは白龍が選んでくれたからだ。本当の自分は、普通の、ただの、女子高生で、向こうの世界に戻ったら何の力も持ってはいない。たとえ家名は父祖から受け継いだものにしても、頼朝や九郎に重用されている景時には、それだけの理由――才があるのだと思う。そんな望美の思いに気づいたのかどうなのか、朔が
首を振りながらため息混じりに言う。
「……本当に、なんだって鎌倉殿も九郎殿も、兄上を重用してくださるんだか。
 ちゃんとお役に立っているのか心配ったらないのよ」
「もう……朔ってば。私の方こそ不思議だよ。
 どうして景時さんも、朔も、景時さんが駄目だって思いこんでるんだろうって。
 まあ、朔の気持ちはわからなくもないけど。景時さんが優しすぎるから、心配なんでしょ?」
そう笑ってのぞき込むように言うと、朔が肩をすくめてそっぽを向いた。
「心配なんて…! 兄上には心配かけられっぱなしで、もうしあきたわ」
優しくて、困っている人がいたら、つい声をかけずにはいられなくて。自分に出来るかどうかもわからないのに引き受けてしまって。後から慌てて悩んで困って。それを傍で見ていた朔としては、いつもハラハラしっぱなしだったに違いない。けれど、望美は知っている。それでも景時は、なんとかやり遂げてしまうのだということを。だから頼朝や九郎に重用されているのは、間違いでもなんでもなくて、景時自身の実力なのだ。本人はただ、その実力を発揮し続けていると疲れてしまうようで、才があることと、向き不向きは別なのだと思わずにはいられないのだが。
そんなとりとめもないことを話しながら庭を眺めていると、寺の者が静かに茶と唐菓子を盆にのせて運んできた。
「ええっ、そんな、お気遣いなく……」
慌てて望美がそう言うと
「いえ、梶原殿より、申しつかっておりますゆえ……
 こちらの唐菓子も奥方様と妹君に、とお預かりしたものでございます」
と静かに言われる。
「えっ、そうなんですか! 何時の間に……」
あんまり驚いた様子でそう望美が言うので、年を経たその僧は緩やかに微笑んだ。
「源氏の軍奉行とは、いかほどに恐ろしげで勇ましげな方かと思うておりましたが
 物腰柔らかく、細やかにしてお優しい方で」
なんだか、そんな風に褒められるのが嬉しくて(ついでに珍しくて)望美は思い切り頷いてしまう。
「そうなんです! 本当に優しくて、何でも良く気がついて!
 こんなことまでしてくれるなんて、ホントに私にこそもったいないっていうか!」
誰も、朔でさえも、頷いてくれないことだけれど、本当に望美にしてみれば自分にとってこそ景時はもったいない人なんではないかとさえ思うのだ、景時を知れば知るほど。そんな率直な望美の言葉に、しかし、その僧はやはり緩やかに微笑んで答えた。
「いえいえ、されば、その細やかな優しさと気配りも、奥方様ゆえでございましょう」


「ねえ、望美、やっぱり邪魔になるのではなくって?」
景時の心遣いに嬉しくなった望美は特別にと頼み込んで梅の花を一枝貰ったのだった。そして、それを早速に景時に届けたくて、予定よりもずっと早くその寺を後にした。景時ときたら、忙しい仕事の合間を縫って寺を訪れ、花の様子を尋ねた後に事情を話して唐菓子を預けたら、そのままトンボ帰りで戻っていったと言うのだ。せめて景時にも一目見事な梅花を見せてあげたい、と望美が思っても無理はない。ただし、それを少しでも早く見せたいから仕事場まで届けに行こう、というのが望美の望美たる所以なのである。朔は、先ほどからそれは辞めた方が、と言っているのだが望美はすっかりその気になってしまってどんどん先へ進んでいく。
(だって、夜まで待ってたら、暗くて花が見えないかもしれないじゃない)
そんなことを内心言い訳しつつ、顔が緩むのは否めない。景時の心遣いが嬉しくて、あの場に景時が居て欲しかった。すぐにぎゅーっと抱きついて、その場ですぐに、ありがとう、と言って、あの庭の景色も美味しい唐菓子も花の香りも共有したかった。
「望美、待って、待ってちょうだい…」
息切れする朔を振り向いて、望美は言った。
「朔は後からゆっくり来て! 私は一人でもう大丈夫だから!」
供の者と朔が止めようとするのもものともせず、軽やかな足取りで駆け出す。その後姿に朔が溜息をついた。
「あぁ……もう駄目だわ」

「え? 景時さん、いないんですか?」
勢いこんで景時に面会を求めた望美は出てきた九郎にあっさりと景時の不在を告げられて意気消沈した。それは確かに景時の仕事ときたら、書類仕事も多いけれど何処か出掛けることだって大いにありうるわけで。せっかく持ってきた梅の花をどうするべきかと望美は玄関先で考え込んだ。
「いないもなにも。だいたい、なんでお前がここに居るんだ」
九郎はどこか苛ついた様子でそう望美に言うが、望美としてはその九郎の態度が不満だ。とはいえ、九郎が片手に筆を持ったままの姿なのを見れば、彼も忙しいところを出てきたのが察せられて、邪魔をしに来たようで文句が言えない。
「えーと……忙しいのに、邪魔してごめんなさい」
少しばかり唇を尖らせてそう言ってみるが、九郎の険しい顔はそのままだ。
「お前は今日、景時と一緒だったのではないのか。
 無理にというから、今日は景時に休みをやったんだぞ」
おかげで今日は朝から苦手な書類整理がどれだけ大変だったか、と九郎が言い募るのを、望美は聞いていなかった。景時がいない。しかも休みを取っていた。そしてその日に限って望美と朔を遠くへ出掛けさせた。
「……どうしよう…!」
景時に何かあったら。また、鎌倉から書状が届いたのでは。意に染まぬ任務があったのでは。ぐるぐると悪い考えが頭の中を駆け巡る。
「どうしよう、はこっちだ。いいか、明日はいつもより早く出仕してくれと景時に伝えてくれ!」
「どうしよう! 早く帰らなくちゃ!」
九郎の声も聞こえぬげに望美は一気に駆け出した。
「おいっ! 望美っ!」
九郎は振り向きもせずに駆け出していった望美の背を見送って、溜息をついた。いったいどうして、あの夫婦はお騒がせにもほどがある。盛大にもう一度溜息をついて奥へ戻ろうと踵を返した九郎は何時の間にか背後に立っていた弁慶とぶつかりそうになって慌てる。
「わっ、なんだ、弁慶!」
「……いえ。九郎、明日は景時からの恨み言を聞くつもりでいたほうが良いですよ」
やれやれ、と言いたげな表情で弁慶が言う。九郎はといえば、不機嫌そうに眉根を寄せた。
「なんで俺が景時から恨み言を言われねばならないんだ。
 むしろ、俺が景時に言いたいくらいだぞ! まったく…」
そのまま、再び九郎は部屋へ戻っていった。
「ま、景時も一言こちらへ言っておいてくれれば良いものを、黙っているからこうなるんですね」
九郎の嘆きも他人事に弁慶がそう呟いた。梶原家を覗きに行けば楽しいことがあるかもしれない、などと考えつつも、お騒がせな二人の行き着くところはもう十分にわかっているので、弁慶も首を横に振って九郎の後を追ったのだった。

駆け出した望美は京邸への道を急ぎ走った。やっぱり、景時が珍しく望美に外出を促すなんて何か理由があったのだ。戦のとき、景時はずっと鎌倉からの理不尽ともいえる命令を家族の命を護るために受けていた。戦は終わったとはいえ、景時が鎌倉の御家人であることは変わらず……あの鎌倉殿ならいつ何時、景時に無理難題を再び投げかけるかわかったものではない。
(……景時さんの嘘は見抜いてみせる、って。景時さんに二度と辛いお仕事はさせないって。
 そう思っていたのに……!)
「のっ、望美っ……!」
一心不乱に走っていた望美は突然に腕をつかまれてびっくりする。先ほど後に置いてきた朔だった。
「どっ、どうしたの、そんなに急いで……」
朔もかなり急いできたようで、息が荒い。
「朔っ! ……大変なのっ、景時さんがいないの。どうしようっ、何かまた大変なことがあって
 また一人で全部背負って何とかしようとしてたり……どうしようっ!」
自分の想像が怖くて縋りつきたくて、朔に思わずそう言ってしまう。声が何処か震えてしまって、けれど、声に出したら余計になんだか悪い想像が本当な気がして望美は頭を降った。
「兄上が、いなかったのね……大丈夫よ、望美。そんな悪いことなんてないわ、大丈夫」
「で、でもっ……」
「大丈夫なのよ。確かに兄上は自分がその器ではないって自分でわかっているくせに
 何でも一人で背負って、嘘ばっかりついて廻りに心配ばっかりかけるどうしようもない人だったけれど。
 でも、あなたに出会って少しは変わったと思うのよ。それは私には、わかるの」
朔にそう言われて、少しだけ望美の気持ちも落ち着いてくる。
「…うん」
「鎌倉から、何か無理難題を言われてきたとしても、今の兄上なら一人で何とかしようとはしないと思うの。
 きっと、信頼できる仲間に、何より望美、あなたに相談するはずよ」
そう宥められて、望美もやっと悪い考えを振り払う。しかし、それでも、解せない。
「……じゃあ、なんで? 景時さん……」
答えが知りたくて。望美はやっぱりそわそわとした様子を見せていたが再び駆け出した。
「ごめん、朔! やっぱり気になるから、先に帰るね、景時さん、探さないと!」
「望美っ! だから、大丈夫なのよっ!!」
ああもう、と朔は望美の後姿を追って自分も駆け出しながら小さくそう呟いた。
京邸に駆け込んだ望美はそのまま下履きを脱ぐのももどかしく邸に上がって景時の部屋へ走った。
「景時さんっ!」
戸を勢いよく開けてみたものの、そこに景時の姿はない。いつものように、きちんと整理された部屋は景時が何処へ行ったのか知らせるようなものはなくて。隅の文机の上に置いてある文箱を開けてみてもそれらしいものはない。景時のことだから、そんな証拠を部屋に残したりすることはないだろう。がたがたと部屋を騒がせていたものの、何も得るものがなくて望美は諦めて外へ出た。その耳に、馬の嘶きが聞こえる。
(あれ…? 磨墨…?)
京邸には何頭か馬がいるが、景時の愛馬である磨墨には望美も最も良く親しんでいる。なんとなく他の馬と違って声まで聞き分けられるような気がするくらいである。その望美の耳に、届いた嘶き声が磨墨のものであるように聞こえた。磨墨が居るということは、景時が邸にいるということでもある。しかし、では、何処に。望美は縁を駆け出した。そして渡殿へ向かう角で思い切り誰かとぶつかる。
「きゃっ!!」
思わず後ろに尻餅をついてしまうが、それは相手も同じことだったらしく、派手な音を立てて相手も倒れた音がした。
「あいたたっ!」
その声に驚いて顔を上げると、相手もびっくりして望美を見ていた。
「か、景時さんっ!」
「ええ〜〜! の、望美ちゃんっ?! なんでいるのー!!」
そこへ、遅れて邸に戻ってきた朔の声が重なる。
「望美っ、大丈夫?!」
望美に追いつこうとよほど急いで帰ってきたのだろう、肩で息をしている朔へ向かって景時が情けなさそうな顔をして問いかける。
「朔〜、どうして望美ちゃんがもう戻ってきてるの〜」
両の拳を握りしめ、大きく息をついた朔が絞り出すような声で怒りを抑えたように答える。
「……それは、兄上の詰めが甘すぎるからですわ……!!」

どういうことかと尋ねる望美をなんとかなだめて景時は部屋で待っていて、と押し込める。慌てているようではあったものの、どこか楽しげで嬉しげな表情の景時に望美の不安はとりあえずは消えていた。朔は随分と気の毒にかなり疲れて居た様子であった。
随分と急いだせいで、半分ほど散ってしまった梅の枝は、それでもほのかに香りを漂わせていたので望美はそれを部屋の花瓶に挿した。
「ああ、良い匂いだね」
しばらくして、景時がやってきてすぐにそう言った。梅の枝を貰ってきたんです、そう言おうとして望美は景時の出で立ちにそう言いかけた言葉を飲み込んだ。
「か、景時さん、そんな、夕餉の支度なら私がしますから……」
景時はまだ少し時間には早い夕餉を膳に抱えてやってきたのだ。常と良く似た膳ではあったけれど、譲が得意としていたはちみつプリンが加わっていて、望美はさらに驚く。
「え、っと……」
望美の表情に景時は満足げで楽しげな顔になる。そうして、望美に再び座るようにと促すとその前に、膳を置いた。
「あの、これ……」
「いや〜、望美ちゃんが思ったより早く帰ってきたからびっくりしちゃったけど、何とか間に合ったよ〜。
 今日は、オレが望美ちゃんのために夕餉を作ってみたよ。
 って言っても、オレ一人じゃなくて白龍や譲くんにもちょっと手伝ってもらっちゃったけどね〜」
よくよく見れば、景時の指先や手に残る小さな傷跡。望美にも覚えがある。慣れない厨でよく失敗を繰り返したから。それでも、だ。
「あの、でも、何故……」
「だって、今日は、なんだっけ……ばれた……でえ? のお返しをする日、なんでしょ?」
にこにこ笑って景時がそう言い、ばれたって何が、と考えた望美は「あっ」と小さな声をあげた。
「なんで……どうして景時さんが知ってるんですか、ホワイトデーのこと」
バレンタインを京でもやりたくて、チョコレートは無理だけれどなんとかお菓子を作って景時に渡した。私の世界では好きな人に女の子が愛を伝える行事なんです、と言って。けれど、そのお返しをする日があるなんてことは、伝えたりしていなかった。景時がすごく喜んで嬉しそうな顔をしてくれるだけで満足だったから。どうして、と驚いた顔の望美に、景時は嬉しそうに言った。
「将臣くんと譲くんからね、聞いたんだ」
ああ、そうだ、有川兄弟という存在があった。バレンタインにはホワイトデーがつきものと彼らなら景時に教えたことだろう。きっと景時自身も、お返しをしなくちゃ、なんてことを彼らに相談したのかもしれない。
「でも……どうして、こんな、内緒で…?」
「いやあ、お返しは、貰ったのと同じようなお菓子を返すものだって言われて。
 望美ちゃん、頑張って手作りでしてくれたでしょ、だったらオレも頑張っちゃおうかなーなんてね」
……そこはどうやら有川兄のいい加減な情報らしい、と少しだけ望美は頭を抱える。
「それにねえ、いつも望美ちゃんにはびっくりさせられてるから……
 や、それが悪いんじゃなくて、いつも……驚いた分、喜びも倍増っていうかさ……
 だから、今日はオレの方が望美ちゃんをびっくりさせて喜んでもらおうと思ったんだけどねえ」
半分くらいは成功したかな、と照れくさそうに景時は笑った。
「……びっくりしましたよぅ……でも、いつもの景時さんの気持ちもちょっとだけわかったかも」
驚いて喜んで、ちょっとハラハラさせられて、でも最後にはとてもとても嬉しいことが待っていて。そんな気持ちでいてくれたらいいなあ、と望美は思った。
でも、もう一つ、わかったことも、ある。
「びっくりして後から嬉しいのもいいけれど……でも、最初から2人ずっと一緒、の方がもっと嬉しいかもしれませんね」
だから、来年からはいろんな記念日も、もう、内緒はなしで、2人、一緒に。
そう言うと、景時もそうだね、と笑って頷いたのだった。




ホワイトデーな景時×望美でした。
いつも景時がオロオロしてる話ばかりだったので
今回は逆パターンで。京でも望美のためなら譲に習って
お料理頑張ってしまいそうな気がしますね
白龍と有川兄弟が名前しか出せなかった……残念。


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