欲しいもの


「おや、景時、どうしたんですか」
弁慶にそう言われて、言われた景時の方が目を丸くした。どうしたもこうしたも、仕事をしにきたに決まっているのに、という話である。
「え、どうしたって、仕事をしに来たに決まってるじゃない。
 なんでよ、オレ、ちゃんと毎日仕事に来てるでしょうが。珍しがられること?」
至らないまでもサボってることはないはずなのに、と、悲しげに眉を下げてみせると弁慶が苦笑した。
「何を拗ねてるんですかね。君が熱心ではないまでも仕事をしているのは僕もちゃんとわかっていますよ」
些か言葉に刺がなくもない気がするがそこはとりあえず景時も目をつぶることにして、弁慶の次の言葉を待った。
「今日は九郎が所用で居ないんですよ。景時、君にも久しぶりに休みを、と言っていましたよ」
「えー? そうなの? 聞いてないよ〜」
「でしょうね。僕も君が来たらそう伝えるように、と言われましたから」
「……弁慶……」
じとー、っとした目でついつい弁慶を恨みがましく見つめるが、もちろん弁慶は涼しげな顔をしたままである。来たら伝える、の前に邸に連絡でもよこしてくれればいいのにさあ、と景時はため息をついたものの、降って湧いた休みは正直、ありがたい。今から邸に帰れば昼餉にも間に合うし、望美とゆっくり過ごすこともできるだろう。そう考え直すとうきうきした気分になって景時は弁慶にくるりと背を向けた。
「ま、いっか、じゃあ帰るとするよ。九郎にもよろしくね〜」
にっこり笑った弁慶は景時の背中に向かって
「今日の休暇は僕が九郎に提案してあげたんですからね、お忘れ無く」
と言った。その言葉の意味を余り深く考えずに景時は「はいは〜い、ありがとね、弁慶!」と言って手をひらひらさせてご機嫌で京邸へと帰ったのだった。

しかしながら邸に戻った景時はといえば出迎えてくれたのが望美ではなくて朔だったことに、妻の不在を感じ取って途端にがっかりした気分になったのだった。
「……望美でなくて、すみませんわね」
朔があからさまにがっかりした様子の景時に拗ねたようにそう言う。兄上のお守りは望美に任せたわ、などと普段嘯いていても、ずっと兄にとっての一番が自分だったのだからそんな顔をされてはちょっとばかり嫌味のひとつも言いたくなる。
「そ、そんなことないよ〜、朔。ただいま〜、出迎えありがとね。
 ………………えっと、それでー……望美ちゃんは?」
少し遠慮がちに、それでも望美の所在を尋ねれば仕方ないわねえ、とばかりに溜息をついた朔が答える。
「望美は外に出ておりましてよ。このところ毎日そうですもの」
「え? 毎日?!」
「ええ」
「オレ、知らないよ!」
「当然でしょう、兄上はこの時間は毎日、六波羅へ行っておられますもの」
そういうことじゃなくて、と景時は朔の冷静さがもどかしい。もちろん、朔は兄が望美のことで自分の知らないヒミツがあったことに慌てていることに気付いていて、少しばかり意地悪な気持ちになっているに間違いがないのだ。
「ご安心なさいませ、ちゃんと供の者を連れて行っておりましてよ」
「う、うん……」
一人で出掛けているというよりは確かに安心ではあるものの、どうしてもなんだか納得できない。このところ毎日というのはいったいどういうことなのだろうか。邸に上がって自室に腰を落ち着けてもどうにも気持ちが落ち着かない。朔にもう少し詳しく話を聞くべきかと立ち上がったり座ったり。そわそわしているところに部屋の戸が開いて、朔が昼餉を運んできた。
「……何をなさっておいでですの」
兄の奇行に眉をひそめてそういう。景時はあわてて円座に腰を下ろした。
「望美ちゃんは昼餉は?」
「お弁当を持って行きましたわ」
これまたがっかりな答えが返ってきて軽くうなだれる。何処へ行ったのだか尋ねようとして顔を上げると、しかし、景時が口を開くより先に、朔が言った。
「兄上は、望美が何をしに毎日出かけているか、さっぱり心当たりがおありになりませんのね?」
その口調はどう考えてもトゲがある。何だろう、その口ぶりでは望美が出かけているのはどうやら景時のためであるようだが、いったい何なのか見当もつかない。
「……朔は知ってるの?」
「もちろんですわ」
きっぱりと言い切られ、しかし、どうやら教えてくれるつもりはないらしい。せいぜい自分で考えなさい、ということらしく、景時は朔に望美の行方を聞くことはあきらめた。
「……兄上、本当に見当がつかないんですの?
 兄上が望美の話をちゃんと心から聴いていらっしゃったら、すぐにおわかりだと思いますわ。
 どうしてもわからないとおっしゃるのでしたら、少しは反省なさるのね」
ため息ひとつついて、部屋を出ていった朔を景時はそれこそ途方にくれたように見送った。昼餉の膳も手につかない。よくよく望美の話を聴いていたらわかるはず、と。
(なんだろう、ええ? オレ、何か望美ちゃんにそんなすごいこと話をしたかな)
仕事の忙しい毎日で、休みという休みもさほどなく、家に帰ってからのささやかな時間をそれはそれは自分も大切にしてきたつもりだ。他愛のない会話を交わしながらも半ばは睦言を繰り返すような内容で。
(…………)
つい赤面混じりになってしまったりしつつも、景時はうーん、と目を閉じ顔を顰めて日々の望美との会話を思い出した。しかしながら、どうにもなにも心当たりが思いつかない。
(…………うーん? わからないなあ)
思わずそのままぐらりと身体が傾いて仰向けに倒れ込み、板の間にごつん、と後頭部をぶつけてしまう。
「あたっ!」
後頭部を撫でながら目を開けると天井が見えた。そのまま大の字に寝っ転がって考え続けるものの、どうしたものか。
「兄上、入りましてよ」
朔の声がして戸がからりと開けられた。
「わ、なに、朔。望美ちゃん、帰ってきた?」
あわてて起き上がろうとしたものの、だらしない格好を目撃されて朔の顔がまたまたしかめっ面になってしまったのを見て、景時はごまかすようにあはは、と笑ってみせた。
「……まだです。いつももう少し後にしか戻って参りませんもの。
 違います。敦盛殿と将臣殿からお届け物ですわ」
「へ? 敦盛くんと将臣くんから? なんで?」
「…………ご自分で考えなさいませ」
やっぱり不機嫌な顔になって朔は景時に包みを押しつけると戻っていってしまった。手にした包みはどう考えても書状だけとは思えず、景時は頭の中の疑問を大いにふくらませながら包みをひもといた。今は遠く南へ下った二人から届いたものは。
「あ、わわ、筆だー。これはいいなあ、そういえば最近新しい良い筆が欲しかったんだよね」
そういえば、如月のころ、こちらに来ていた将臣に、良い筆が欲しいんだよねえ、などと言ったような気がする。
「覚えていてくれたんだ、嬉しいねえ」
礼状を書かないとな〜、とのんきに考えながら、一緒についていた書状を見やる。
『よっ、めでたいよな! ま、間に合うかどうかわかんねーけど、一応、祝いってことで。じゃあな!』
将臣らしい書状ではあるが、書いてある内容が意味がわからない。
(……なんだ? 祝い? 何か祝いごとってあったっけ?)
褒賞をもらう予定もないし、禄が上がるはずもなし。首をかしげて考えてみるものの、さっぱり思い当たる節がない。
「兄上!」
そこへ再び朔である。
「わっ! はいっ」
思わず反射的に背を伸ばしてきちんと返事をしてしまう。先ほどとは違って今度は一応まともに座っていたものの、朔はといえば景時がやっぱり何もわかっていなさげなのを見て取って、あきれたようにため息をついた。
「……リズ先生からお届けものですわ」
「あー、うん、ありがとー」
そっと受け取る。朔が部屋を出ていってから、今度はリズヴァーンから届いた包みをしげしげを眺めて景時はやっぱり首をひねった。鞍馬の山に戻ったリズヴァーンも、たまに京邸を訪れる。時には山で取れたものを届けてくれたりもするのだが、どうやら今日の届け物はそうした食材ではないらしい。首をひねりつつも景時は包みを開けた。
「……筆だー」
これまた良くできた筆である。
(……うーん?)
そういえば、以前リズヴァーンが来たときに『何か困ったことはないか』と尋ねられ、最近は仕事で書状ばかり山ほど書かされて筆が長持ちしなくって、とか言ったような気がしないでもない。覚えていてくれたのだ、とはいえ。何故に今日に限って敦盛や将臣からも。同封されていたリズヴァーンからの書には一言。『壮健に暮らせ』……さらに深く景時は首を捻った。
どうやら自分の知らない何かがあるようだ、とは景時も気づいたが、それが何かがわからない。望美との会話を思い出したら良くわかる、のだろうか? なんだろう、なんだろう? あれでもないだろうし、これでもないだろうし、と景時が頭を悩ませていると、三度朔の足音がした。
「……兄上」
「うん、なあに」
「……ヒノエ殿と譲殿からのお届けものです」
二つの包みを朔は景時に手渡す。なんとなくその包みを見て景時は
「えっと、また筆、だったりして?」
と乾いた笑いを浮かべて言う。朔はといえば
「知りません。兄上が悪いんでしょう、皆さんに同じことをお伝えするからですわ」
と冷たい返事。
しかし、である。景時にしてみれば訳がわからない。なぜ皆が今日に限って贈り物を届けてくるのか。
ヒノエの包みと譲の包みの両方をあけてみれば、案の定、筆だったりして。そして、確かに二人ともに、良い筆を捜しているんだよね、なんて世間話をした覚えがある。
(いや、でも、皆に同じコトを言うってもさあ……くれるなんて思ってないしさあ
 なんていうの、ただの世間話っていうか、近況の話っていうか)
そんななかでヒノエには『最近何か欲しいってものないかい? あんただったら融通してやるよ』とか言われて、望美のものを言ったら『姫君のものは別だよ、あんた自身はないのかよ』と呆れられて、そういう話になったり。譲には『まだ毎朝の書の練習、続けてらっしゃるんですか』なんて話になって……。
(……ううん?)
どうも良く考えるに、自分はこれまで皆に誘導尋問されていたのかもしれないぞ、とやっと景時にも見えてきた。しかし、それは何故だ。ヒノエからの書状には『ま、男を祝うのもめんどくせーけどあんたには世話になったしな。おめでとさん』ときた。譲はといえば『景時さん、おめでとうございます。気に入っていただければ良いのですが』……とにかく、何かがめでたいらしい。今の自分にとって、おめでたいことといえば。
(……!!!)
突然に景時は閃いた。そうだ、それなら望美がいないこともなんとなくわかる。きっと景時のことを驚かそうと思って黙っていて、皆はそれを知っていて、だおめでたいと言っているのではないだろうか。たまたま今日、その祝いが重なって届いたに違いない。
そうに違いない、と思うととたんに頭に血が上ってきてかあ、と熱くなってくる。嬉しくて嬉しくて仕方がない。
「兄上……」
四度、朔がやってきて戸を開けた途端、景時は勢いよく立ち上がって、朔の両肩をがしっとつかんだ。
「朔! ね、ね、もしかして、この祝いだとか、望美ちゃんがいないことだとか、それってさ!
 …………産まれる、ことと、その、関係、ある?」
なにやら照れくさくて赤い顔になってしまう。朔は景時の勢いに驚いた顔になりながらも小さく頷く。
途端に景時は「やったー!! 本当に? うわー! どうしよう!! やったー!!」と部屋の中を飛び跳ねる勢いだ。
「でも、兄上が思っていらっしゃることとは違うと思いますわ……!」
朔が声を張り上げるが聴いてなどいない。
「兄上!!」
朔がたしなめるように声を大きく張り上げてやっと景時は興奮を鎮めるように何度か深呼吸をして自身を落ち着けた。そうして朔を振り向く。
「ご、ごめんね。何か用事だったよね」
「……望美が帰ってきましたわ。それと九郎殿と弁慶殿が……」
「ほんと!? 望美ちゃんが!? 望美ちゃんっ!!!」
最後まで朔が言うより先に景時が部屋から飛び出す。
「兄上っ! ですから、兄上が思っていらっしゃることとは違うって……」
その背中に朔の声がむなしく響いたのであった。

「望美ちゃんっ!!」
玄関先で邸に上がったばかりの望美を景時はそれはすごい勢いで抱きしめた。九郎と弁慶が一緒にそこで立ち話をしていたことなど何の支障にもなっていない。九郎はあからさまに嫌そうな顔をしたが、弁慶は相変わらず涼しげな表情だ。望美は驚いた顔をしたものの、景時を緩やかに抱き返して嬉しそうな顔をした。
「ごめんなさい、景時さん。今日、九郎さんと弁慶さんが景時さんのことお休みにしてくれたなんて知らなくて」
「そーんなこと、いいんだよ! それより、出歩いて大丈夫なの? 身体は?」
「?? 身体? 大丈夫ですよ?」
景時の言葉に怪訝な表情を望美がする。二人の会話を聞いていた弁慶が小さく噴出した。
「何、何が可笑しいのさ、弁慶」
むっとした表情の景時がそれを見咎める。一方、やっぱり良くわかっていない表情の望美は弁慶が何を察したのかを知りたそうに弁慶を見遣る。
「兄上。ですから、兄上が思っていらっしゃるようなことではありませんと申してますでしょ」
奥から景時を追ってきた朔がそう言い、それを振り向いて景時が今度はまた訳がわからない、という顔になった。
「……違うの? だって……産まれることと関係あるって言ったじゃない、朔」
「……君ですよ」
たまりかねたように笑いを堪えながら弁慶がそう言った。
「オレ?」
素っ頓狂な声を挙げて驚いたのは景時だ。
「今日はお前の誕生日だな! 景時、これが俺からの祝いだ。いつも良くやってくれて礼を言う!」
九郎がそう言って景時に包みを差し出した。
「……え? 何、オレの誕生日?! そうだっけ、そうなの?!」
「……本当に、兄上ったら……」
はあ、と朔が仕様がないとしか言いようのないため息をついた。
「やっぱり、景時さん、すっかり忘れてたんだー」
「う……ご、ごめんね」
「なんで謝るんですかー。自分の誕生日忘れてたからって謝ることないですよ」
可笑しそうに望美が笑う。
「君ときたら……先月は僕の誕生日に望美さんと二人で珍しい薬草について記した書をくれたというのに。
 どうやら、あれは望美さんが手配してくださったもののようですね」
弁慶がそう言って、やっと景時は全てが飲み込めたのだった。それからはっと気付いて九郎から受け取った包みをしばし眺める。
「……九郎、えーと、これってもしかして……」
「筆、と思ったが弁慶がヒノエも筆を用意したようだと言っていたのでな。
 文鎮を探してきた」
ちょっとだけほっとして景時は九郎と弁慶に礼を言った。
「あ! だから、弁慶……」
そうしてやっと景時は、朝の弁慶の言葉を思い出す。
「僕からの君の誕生日祝いは休暇ですよ。九郎に掛け合ってあげたのですからね。
 君のことですから、今日の休暇をどうせ無駄に過ごしたのでしょう。
 明日も休みを貰ってあげましたから明日こそ望美さんとゆっくり過ごすと良いですよ」
すっかり見透かしたような弁慶の言葉に景時は苦笑する。
「わ、本当ですか、九郎さん、弁慶さん! ありがとうございます!」
嬉しそうに望美が景時の腕の中から二人に礼を言った。その望美の表情に景時も素直に二人に感謝する。なんだかんだといいながらも、景時のことも望美のことも大切に思ってくれているのがわかるからだ。用を済ませたからと、帰ろうかとする二人を呼び止めて景時は言った。
「うん、ありがとね、九郎も弁慶も。そうだ、一緒に夕餉でもどう?」
「お邪魔じゃありませんか?」
「何言ってるんですか、弁慶さんったらもう。お誕生日は皆で賑やかにお祝いするものですから!」

賑やかな夕餉が終わった後。望美と二人、部屋で今日のことを語り合い、届いた品物を望美に見せていた景時は、決まり悪そうに頭をかいた。
「やー、皆がまさか、オレの誕生日のことを思っていろいろ聞いてくれてたなんて思ってもいなくってさー。
 誰にも彼にも、ちょっと良い筆が欲しくてねー、なんて言ってたら、皆が筆をくれてさあ」
実際、そう言っておけば良い品を見つけたときに教えてもらえると思っていたのだ。まさか贈ってもらえるとは。
「でもねえ、本当に誰がくれたものも良い品なんだよ、なんだか勿体無くて。どれも使わず残しておこうかなあ」
そんな景時に望美は笑う。景時としては半分以上本気だ。自分のために、きっと皆それぞれに手を尽くしさまざまに捜し歩いてくれたことだろう。勿体無くて使えない。飾って大切にして残しておきたい。そんなことを言うときっと贈ってくれた仲間達みな、呆れたように笑ってくれるだろうけれど。そうして景時は多分今日のためにいろいろ考えてくれていたに違いない望美に向かって言う。
「……ほんと、忘れちゃっててごめんね。
 朔にさー、望美ちゃんの話をちゃんと聞いてたら忘れるはずない、って言われてさ。
 ほんと、そうだよねえ」
望美が、みなの誕生日を祝おうとしだしたのは昨年の景時の誕生日が始まりだったというのに。でも、望美はそんな景時にぎゅっとしがみついて愛しげに微笑む。
「景時さんらしいです。みなのことはちゃんと覚えているのに、自分のことは後回しで忘れてばっかり。
 そういうところも、大好きですよ」
そんな風に言われて景時の顔が赤くなる。
「それに、祝ってもらう本人はそんなこと覚えてなくたっていいんです。
 その方が驚かせて楽しいですもん」
「やあ〜、いや、でももう忘れないよ。今日はおかげで随分悩んじゃったからね」
来年もし同じようなことがあったらすぐに思い出すに違いない。それからはた、と景時は思い出す。そういえば望美は。望美は何故何日も邸の外へ出向いていたのだろう。今日に関係あることだというのはわかったが、それが何かがわからなかった。景時が考えていたこととは違うらしいというなら、いったい何だったのか。
「ね、望美ちゃん。望美ちゃんは、今日のために何処へ行っててくれたの?
 その……オレは、すごく勘違いしちゃってて。
 ややが出来たのかと思って、その、一人ではしゃいじゃったりして……ごめんねー、バカだよねえ」
望美が安産祈願に行っていたのだと思ったのだ。しかしどうやら違うらしい。その言葉を聞いて望美は景時から身体を離した。
「……ごめんなさい。本当はそうしたかったんだけど」
「??」
「その……景時さん、赤ちゃんが欲しいって言ってたから、本当はそうしてあげたかったんだけど……。
 だから、毎日、子宝祈願に行ってたの」
「え、ええぇぇー!」
そんな望美が思いつめていたとは景時はびっくりである。確かに、子どもが欲しいと言ったことは折に触れてあるけれども、それはなんというか望美に負担をかけるためではなく。
「ややや、ごめん、オレ、そんなつもりじゃなくて……」
「違いますよう、私も景時さんの赤ちゃんが欲しくて。それでお誕生日に報告できたりしたら、きっと景時さんも喜んでくれるな〜なんて思って。変に意気込んじゃったから、つい」
照れくさそうに望美が笑って。景時はなんだかどう言っていいのか、赤くなったり、自分の浅はかさに青くなったりしていた。ただいえるのは、こんな自分をこれほどに愛してくれる人がいて、こんな自分の子を産みたいといってくれる人がいて、そしてそれが自分が何より誰より愛している人ということが何より幸せに思えた。
再びまた景時にもたれ寄り添って甘えてくる望美を愛しく抱きとめて、景時はそっと囁いた。
「……じゃあ、明日は二人一緒にお願いに行こうか、元気な赤ちゃんを授けてください、って」

そして遠からず、そんな二人の願いは聞き届けられることになるのだった。



ということで、景時お誕生日お祝いSSです。
誕生日を祝う習慣がないと、うっかり誕生日なんて忘れてそうですよね。


遙かなる時空の中で ◆ 銀月館へ ◆ TOPへ