茜草〜春の約束〜





花にたとえるならば、まだ堅い蕾のような。
神子を見たときに感じたのは、そんなことだった。幼げな姫君。恋を囁く相手にはまだ早いね、と冗談めかして言うと、馬鹿なことを、と鷹通に怒られそうだが。
藤姫の館で、目を覚ました神子は異界より連れこられ、見慣れぬものばかりであろうに、気丈な様子だった。取り乱すことなく、自分の置かれた状況を理解しようと努めていた。
枝に一輪だけ咲いた梅の花のように、気高く。
あるいは、草むらに健気に咲く野の花のように。
きっと、いずれは美しい花に育つだろうとそう思わせるものがあった。だから。
どんな花に育つのか、見てみたいと、そう思った。


四方の札を探し出すこと。それが神子に与えられた最初の試練だった。神子にしかできないこと。天地の八葉を統べ、奪われた四神を取り戻すために。そのような大役を背負ったとは思えぬほどに、幼げな姫君。そのどこに、龍神の力を秘めているのであろうかと、興味を覚えた。
初めて八葉として神子に呼ばれたのは、神子が京に現れた三日後のこと。今は、頼久と、神子とともに京へやってきた地の青龍、天真とともに、東の札を探していると聞く。したがって、このように神子からの声がかからなければ、今のところは、日々に以前とさして変わりがあるわけではない。頼久といえば、堅物で主に忠実な武士だが彼のことだから、さぞや真面目に札探しに取り組んでいることだろう。
神子とともに現れた天真という少年については、まだよくわからないが、八葉というものについて説明をした折りに感じたことといえば、彼もまた若く、燃えやすい人間だということだ。よくもまあ、これほどに暑苦しい男ばかり集まったと苦笑を禁じ得ない。それだけに、なぜ自分が八葉なのかと疑問も浮かぶが、面白ければそれでいい。少なくとも、龍神の神子などという珍しい姫君には、八葉ででもなければ会うこともなかったであろうから。
「友雅さん、鷹通さん、今日はよろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げた姫君はまさに、どこにでもいそうなほどに普通の少女でしかなくて。
「まだ、慣れないことも多いだろうからね、あまり無理をするもんじゃないよ、神子殿。」
そう言うと、素直にはい、と微笑んだ。
「この世界のこととか、八葉のみなさんのこととかあまりよく知らないので・・・
 いろいろ、教えてくださいね」
健気な心がけだが、その前向きな心映えはいったいどこから来るものなのだろう。元の世界へ帰りたいという一心なのか、それとも、自らの使命を感じてのものなのか。望む、望まざるにかかわらず、鬼との戦いの場に引きずり出されたのは、神子だけならず、八葉も同じである。ただ、自分以外の八葉はそれでもこの町を守るということに、鬼と戦うということに使命と意義を感じているであろう。だが、自分にはそんな気持ちはわき上がってこない。この世界に生きる自分がそうであるのに、なぜ、この世界と関わりなく呼び寄せられた神子がかくも前向きに立ち上がろうとするのだろうか。
自らが望んだわけでもなく、与えられた力によって引き込まれた世界。そこで逃げることも叶わず、否応なしに巻き込まれた鬼との戦いを、心静かに受け入れ立ち向かおうとする、その心の強さはどこから来るものなのか。それを知りたいと、そう思った。


一条戻り橋での怨霊との戦い。それは、神子にとっても自分にとっても初めての経験だった。
「怨霊を倒していかなくちゃいけないって言われたんですけど、上手くできるかどうか・・・」
「戦うのは、私と鷹通なのだから、神子殿は気楽にしていなさい、どうしてもダメなら逃げればいいから」
「友雅殿、最初からそんな及び腰では困ります!」
鷹通もまた、融通のきかない一本気な男だ。真面目で考えていることが手に取るようにわかりやすい。自分の正義を一本気に信じることができるその素直な心根が、かえってうらやましく感じられるくらいだ。
「ははは、いきなりそんなに思い詰めていては、上手く行くものも上手くいかなくなる、そういうことだよ」
これが上手くいかなかったからといって、どうとなるわけでもなく。ただ、八葉になるまではその姿を見たり感じたりしたこともない怨霊というものを、感じてそれと戦うということに興味はあった。
「友雅さん・・・!」
神子の声とともに、力が流れ込んでくるのが感じられた。これが、龍神の力というものなのだろうか。目の当たりにした怨霊は、黒い靄のような固まりでそこからは、悪意のように寒々としたものが感じられた。しかし、背後から流れ込んでくる神子の気は、それを跳ね返すのごとく温かなもので、印を結んで気を集中すると、その力が怨霊へむけて放たれるのがわかった。不思議とその行為に違和感はなく、なるほど、自分は地の白虎として、そのことを知っているのだ、と思った。鷹通もそれは同様らしく、怨霊退治とやらは、かなり楽に終わった。
「ありがとうございました、上手くいったみたいですね」
ほっとした様子でそう語る神子の手が堅く握りしめられ小さく震えていた。よほど、緊張していたのだろう。
「ああ、よくがんばったね、神子殿と一緒だったら、どんな相手でも大丈夫に思えるよ」
そう言ったのは、彼女の緊張をほぐしてやるためだけではなく。彼女の力を実際に感じたからのことで。
「そ、そうですか? 自分ではよくわからないです・・・でも、初めて怨霊とかって見たから、ちょっとびっくりしました」
その様子がいかにも、ほっとしたようであったので改めて神子と選ばれたこの姫君がいまだ自分の立場にとまどっていることを知らされる。
鬼と戦うでもなく、京を守るでもなく、ただ、このいまだ花開く前の姫君を守るのは悪くないかもしれないとそう思った。なぜ、そんなことをふいに思ったのかはわからないが、ただ、いまだ握りしめられたままの手をとり、そっと指を開かせてやったとき、その手のひらの小ささに微かに胸が痛んだのである。
この小さき手の中に、京の未来を握らされた姫君。
あまりに頼りなげで、あまりに儚げで、そうでありながら、どこかに強さを感じさせる。
「・・・あかねぐさ・・・」
ふと、口からついてでた歌に神子が「はい?」と振り向いた。
「呼びましたか? 友雅さん」
「いや。神子殿は、その名の通り茜草のような姫君なのだね」
「茜草? どんな草なんですか?」
花の名も知らず、その姿も知らず、だが、知らぬゆえになお花に近く。
「秋の花なのだよ、もしも機会があれば見せてさしあげたいけれど。」
その時が来るとは思えない、という続きの言葉を飲み込む。四神の解放にそれほど時間をかけることはできないからだ。秋にはすべてが終わっているか、京は鬼のものとなっているかどちらかだろう。だが、神子は無邪気に、楽しみにしていますね、と微笑んだ。まだ遠い秋の日の訪れが確実であると信じているかのようで、今しも緊迫した戦いに身をおいているようにはとても思えず、届くはずがない秋の日に咲く花を彼女に見せてやりたいとそう思った。


END





というわけで、ゲーム初期の少将のミニネタです。(^_^;)
この調子でゲーム展開にそったお話を書く・・・というのと、
  今回同時アップのもう一つのお話のように、ゲーム中と違う時期のお話と
両方書けるといいなあ、と思ってます。(^_^;)
いろいろ勉強不足で間違いとかあるかもですが、御容赦くださいね(^_^;)




メニュー メニュー メニュー