花 火




「景時ー! いいぞ!」
九郎の掛け声がかかって、景時は軽く「御意〜!」と返すと愛用の銃を天空高くへ向けた。高く挙げた腕と空いた手で耳を塞ぐと引き金を引く。乾いた音と共に高く高く光が天へと舞い上がり、夜空に大きな花を咲かせた。
「たーまやー!」
そう掛け声をかけるのは将臣。意味もわからず、それを真似て喜んでいる白龍。
「何度見ても、こればっかりは見事なもんだな。でも、やっぱり春の京より夏の熊野の海にこそ合う気がするね」
目を細めてそういうヒノエに弁慶が笑って
「熊野で打ち上げたいなら、どうやってやるのか、景時に習ってみてはどうですか」
などと本気ともつかない事を言ってみせる。
「川辺とはいえ、町中からも見えるでしょう。皆、驚いているんじゃないですか」
譲が相変わらず心配性な性格を発揮し、それに応えて朔が
「なんでも、源氏の神子が京と鎌倉の安泰を願って龍神に炎の花を捧げるって上皇様に先に話を通してあるそうよ。
 本当に、良くまあいかにももっともな嘘を簡単に吐けるものだと感心してしまうわ」
と言う。呆れたような言葉ではあるが、その表情は明るく楽しげだ。敦盛とリズヴァーンも黙って見惚れるように空を見上げている。
「景時さん!」
一人離れた場所で花火を打ち上げる景時の元へ望美が駆け寄ってくる。
「望美ちゃん、危ないよ、うるさいよ」
そう言う景時の身体に飛びつくように抱きついて、望美は空を見上げた。
「真下から見上げるのって、特等席!」

 勝浦の浜辺で初めて景時が花火を打ち上げたときも、こうやって真下から見上げた。花火の美しさと共に、景時をそれまでになく近く感じることができたのが、とても嬉しいひと時だった。
そして、八葉の仲間たちとも一緒で、戦の合間ののんびりとした穏やかな時間でもあり、花火は、仲間たちと一緒に過ごした楽しい思い出を象徴するものでもあった。
それは望美のみならず、八葉や白龍、朔にとっても同じもので、だからこそ、今日のこの日に花火を上げようと景時も言い出し、それに九郎や弁慶も賛成したのだった。


 源氏の勝利で戦は終わった。内々のことではあったが源氏を二分するかもしれないと思われた、頼朝と九郎の間の対立も一応は解けた。そして京に戻った彼らは、自分たちの道へ戻ることになったのだ。
譲は星の一族の元へ身を寄せると言い、元の世界へ戻るかどうかもうしばらく考えると言ったが、将臣はこの世界に残って平家の生き残った人々と共に南下すると決めた。敦盛は人目を避けどこかに居を移すといい、熊野へ戻るヒノエが一緒に来てはどうかと誘っていた。リズヴァーンは元居た鞍馬の山へ向かうという。
今日はその別れの前日、最後の夜なのだ。寂しさを隠すように望美は最初からはしゃいだ様子で、夜空を見上げ八葉たちと語り合っていた。
「将臣くん、たまには京に遊びに来てよ」
ずっと一緒だった幼馴染が遠くへ行ってしまう寂しさに、望美がそんな風にねだると、将臣はからかうように笑いながら言った。
「お前が子どもでも産んだら祝いがてら見に来てやってもいいぜ」
「なっ! 何言ってるのよ、そ、それはちょっと気が早いっていうか、何年先になるかわかんないっていうかっ!!」
「案外、来年あたりもう早速かもしれませんよ」
「ちょっ! ちょっと、弁慶さんまでっ!」
 望美自身は、京に留まることをとうの昔に決めていた。それを皆が知ったのは最近のことではあったけれど、予感はあったことだろう。
それは、今夜空に向かって大輪の花を咲かせている景時のせいだった。彼と生きる時間を共にしたい、彼と幸せになりたいと望美が願ったから。それを知る将臣や弁慶は、普段強気な望美が照れるのが面白くてからかう種にしているのだ。
「もう、将臣くんこそ、南の島でいい女の子見つけて、今度京に来るときはお嫁さん連れてたりするんじゃないの?
 そのとき、覚えてなさいよ! あることないこと吹き込んじゃうんだから!」
「俺だけかよ!」
いーっ、と怒った顔を向ける望美に将臣がそう返しながらも、優しい瞳で見つめ返す。
将臣だって望美や譲と別れることは大きな決断だったのだ。だが、捨てることができないものが彼にはもうこの世界にあった。
それは望美だって同じことで、だから、ある意味、お互いの気持ちは一番良くわかっていて、やはり幼馴染だな、などと感じたりするのだ。
「姫君、景時に飽きたら熊野へ来るといいよ」
「ヒノエくんまで! 飽きたりしません、失礼な」
「じゃ、景時に愛想が尽きたら、って言い直そうか」
「! それもありません! もう、皆、景時さんのことどう思ってるの? 
 言っておきますけど、景時さんは優しくて懐深くて、他の誰にもできないことが出来ちゃう人なんだから!」
「まあ、他の誰にどう思われていても、望美にそう思われているとしたら、景時も冥利に尽きるだろう」
ヒノエと望美の会話を聞いていた九郎が感心したようにそう呟く。九郎の呟きは、望美をからかうでもなく心からのもので、かえって望美は恥ずかしそうに顔を赤く染めてしまった。
「もーう、いい、景時さんのとこに行ってくるもんね!」
そう言って駆け出して、景時の元へと向かったのだ。


 景時の腕に縋って、望美は天空を見上げる。鮮やかな大輪の花火が弾けて夜空に消えていく。儚く美しく艶やかなその姿はあまりに鮮やかで切なくなってくる。
それは、今のこの楽しい時間がいずれ終わるものであるのと同じで、この後訪れる別れを予感させるものだからかもしれなかった。
そのことを感じ取っているのか、やがて皆の口数も減ってくる。最後の花火が打ち上げられた後も、皆黙ってしばらく夜空を見上げていた。
 全てのものに、何時かは終わりがやってくる。けれど楽しいと思う時間ほど早く過ぎてしまうのは何故だろう。過ぎて欲しくないと思う時間ほど早く過ぎ去ってしまうのは、何故なのだろう。



 その夜、梶原邸に戻った望美はさっきまで花火が打ち上げられていた空を縁から見上げていた。もうその名残はどこにも残っていなくて、いつもの静かな星空が見えるばかりだ。
「望美ちゃん?」
景時がその姿を認めて声をかけてくる。望美はそれを振り返って微笑んだ。しかし、その笑顔はどこか寂しげに見えて、景時は彼女に近づくとそっと隣に立ちその肩を抱いた。覗き込むように顔を見つめて問いかける。
「どうしたの?」
「うん……楽しかったなあって思って。ね、景時さん、また皆で花火しましょうね」
静かにそう言った望美だったが、その願いが次にいつ叶えられるのかは自分でもわかっていなかった。もしかしたらもう二度と叶わない願いのようにも思えて、言った後から寂しさがこみ上げる。
勝浦の夜の花火、そして思い出すのは元の世界での夏祭り。楽しくて、楽しくて、なのに寂しい。
一緒に花火を見た人達とも会えなくなっていく。会えない人が増えていくことの寂しさに、望美は傍らの景時にそっと寄り添い頭を胸に預けた。
「花火大会ってね、私たちのいた世界ではお祭りで、友だちと一緒に見に行って大はしゃぎして、
 屋台で食べ物買ったり、夏の絶対はずせない行事で、すごく楽しかった。
 こっちの世界に来てからも同じ、花火の想い出って楽しいものばかりなのに……」
なんで寂しい気持ちになっちゃうのかな、という言葉までは口に出せずに望美は口ごもった。
それ以上何か言うと言葉が震えてしまいそうだった。向こうの世界に置いてきてしまったものや人や、こちらの世界で出会った人……例え敵としてではあっても……の死や別れや、自分の手の届かないところへ様々のものが去っていってしまうことの悲しさや寂しさが、突然に望美にやってきたようだった。
視界がぼやけて、どうやら自分は泣いているらしいと思ったときには強く景時の胸に抱きしめられていて、望美は彼の着物をぎゅっと掴みつつ、その胸を濡らした。


 ずっと黙ったまま、望美を抱きしめ彼女が落ち着くのを待っていたかのような景時だったが、望美の肩の震えがおさまってきたときに静かに言った。
「ね、望美ちゃん、半年……ううん、三月……いや、二月待ってもらえるかな。
 オレの今の仕事、片付けてさ、九郎の補佐っていう仕事も、政子様の弟の北条の方にでも代わっていただいて
 きっとその方が鎌倉と京の間で結びつきも上手く行くと思うし、それから、うん、朔には黒龍がいるから問題はないと思うし、
 母上にはオレは戦で死んだものと思ってくださいってお願いして、親不孝な息子でほんと、どうしようもないけど。
 ええと、それから、そう、白龍に一番に相談しなくちゃいけないかな、オレも望美ちゃんの世界に行けるの? って。
 あと、やっぱり頼朝様にも挨拶しないといけないかなあ、ちょっと怖いけど仕方ないかなあ」
突然の景時の話に望美は驚いて顔を上げた。冗談かと思いきや、至極真剣な表情で景時は考え込んでいる。
「か、景時さん……?」
望美がそう呼びかけると、景時は望美の目尻に残った涙の後を指でそっと拭ってから額に唇を落とした。
「望美ちゃんが元の世界に戻りたいなら、オレがついてくよ。寂しい思いをさせたくないもの」
そうじゃない、帰りたいと思ったわけじゃない、と望美はその誤解に首を振る。それよりも驚いたのは……
「ううん、違うの、帰りたいわけじゃないの……っていうか……景時さん、そんな大変なこと
 どうしてそんな簡単に決めてしまえるの……?」
「? 大変なことって?」
「……私の世界に行くなんて」
それは景時が産まれてこの方ずっと過ごしてきた世界を捨てるということで、ここで築いてきたものの全てを無くすということ。友人も親も妹も全ての人ともう会えなくなるということなのに、どうしてそれを容易く思い切れるのか。
「何故? 望美ちゃんだって同じことを決意してくれたじゃない?」
なのに、景時は優しく笑いながら望美に向かって何でもないことのようにそう言ったのだ。
「オレのところに留まってくれるって言ってくれたでしょ?
 オレのために元の世界を捨てるって言ってくれた。
 それだって大変な決意の筈なのに、望美ちゃんは直ぐにオレの願いに頷いてくれたじゃない」
「それは……」
それは、この世界にも大切なものがもう出来ていたから。景時と離れることが考えられなかったから。
「同じだよ。オレは望美ちゃんと一緒にいたい。望美ちゃんを幸せにしたい。
 望美ちゃんを寂しがらせたくない。
 望美ちゃんが向こうの世界を忘れがたくて寂しくて不幸せなのだとしたら
 オレは迷わず君の世界に行くことを選ぶよ」
そして、望美は思い出すのだ、景時は一度、同じように望美のために全てを捨てようとしたことを。全てを捨てて逃げようと言ったときのことを。
あのときは後ろ向きな考えの末の言葉だったけれど、今の景時の言葉は前向きな未来を見つめてのもので、その自分へ向けられる深い愛情に心が震えた。
「……うん……同じ。あのね、景時さんと一緒に居られるのなら、私にとってどちらの世界で生きるのも同じなの。
 向こうの世界には、確かに懐かしい友だちや、お父さんやお母さんや……いっぱいいろいろな想い出があるけど
 でも、それはこちらの世界でも同じ……なの。向こうの世界に戻っても、きっとこちらを思い出して寂しくなると思う。
 だからね、いいの。私、こっちの世界も大好き。それに、景時さんは、ここに必要な人だもの。
 九郎さんを助けたり、京を住み良くしたり、西国を治めたり、鎌倉と上手く連携したり、景時さんの力が必要だよ?」
にっこりと景時の好きな強さを秘めた笑顔で望美は笑いかけると、言葉を続ける。
「それにね、向こうに帰りたくて寂しくなったんじゃないの。
 今まで一緒に頑張ってきた八葉の皆とも別れ別れになっちゃうんだっていうことが、ちょっと寂しくて……
 でも、それってきっとね、卒業式と同じ寂しさっていうか、前向きなものなんだって思うから……」
卒業式って何だろう、と景時は疑問に感じはしたものの、望美の言葉を遮りたくなくて黙って聞いていた。
彼女と自分の間にはまだまだお互いに知らないことが多くて、それを無理に埋める必要もないとは思うけれどゆっくりと知り合う楽しみはある。
「ごめんなさい、景時さんや朔や白龍が一緒にいてくれるのに、
 九郎さんや弁慶さんや、譲くんだってまだ京にいるんだし
 リズ先生だって会おうと思えば会える距離なのに、なんだか、寂しくなるって可笑しいよね」
「どうして? おかしくなんかないよ。誰が傍にいてくれたって親しい人との別れは寂しいよ。
 オレだってね、賑やかなのが大好きだから、ヒノエくんや将臣くんや敦盛くんと、離れちゃうのはちょっと寂しいよ?」
自分を思いやってそんな風に言ってくれるのかと景時を見上げれば、照れ臭そうな顔があってどうやらまるきり嘘というわけでもないらしく見えた。
だから望美も安心して頷いて、より近く景時に身体を寄せる。
「ね、望美ちゃん、オレも賑やかなの大好きだからさ、皆が遊びに来る家にしようよ。
 ヒノエくんや敦盛くんや、将臣くんが年に一度くらいはるばる遊びに来てくれたり
 独り者の九郎や弁慶は、偶にはウチで望美ちゃんの有難くも勿体ない手料理をご馳走してやったり
 そうそう、譲くんの絶品手料理は外せないしね、リズ先生も時々は山から降りてきてもらったりして
 そういうさ、楽しい家にしようよ」
「皆が揃ったら、また景時さんが花火をあげてくれる?」
「もちろん! 望美ちゃんの願いなら、いくらだって」
そう言って景時は望美の額に自分の額をつけて、涙に潤んだその瞳をじっと見つめた。
「オレだけじゃない、きっと皆同じ気持ちだよ。望美ちゃんの願いなら、きっと皆、どんなことだって。
 終わりじゃないよ、きっと、これが始まりなんだ。だから、大丈夫」
いつも、無理をして『大丈夫』と言ってきたけれど、今回ばかりは本当に大丈夫なのだとそう景時自身も信じることができた。これが、始まり。別れじゃなくてきっとこれからも続いていくのだ、絆は。


「そうだ、いつも同じだと面白くないからね、オレも、もっといろいろな色や形のを打ち上げられるように考えるよ。
 大きいのもいいし、庭なんかでもできるくらいに小さなかわいらしいものもあるといいかもね」
楽しげにそう言った景時が、真っ直ぐに望美を見つめて笑いながら言う。
「望美ちゃんがいてくれると、なんだか新しい発明とか、次々思いついちゃうんだ。それも楽しいものばかりね」
望美が一緒なら、きっと願う未来をこの手で作り上げることができると思える。
 景時の瞳を見つめて、望美が鮮やかに微笑んだ。潤んだ瞳はそのままだが、その笑顔にはもう寂しさはなかった。
思い出は優しく、帰ってこない時間はだからこそ綺麗で、でもきっと、これから訪れる未来はそれよりも眩しいもののはずで……眩しいものにするのは自分たちだから、だから、きっと大丈夫だと思える。


 そう、きっと、大丈夫だと。


END




遙か3より、景時×望美です。
景時ルートだと、なんだか八葉の皆と別れる前とか
花火大会をやりそうな気がしませんか。なんだか、あの勝浦の夜の花火は
望美や景時だけじゃなくて、皆の心に残ってるイベントなんじゃないかと
そんなふうに思ってしまうんですよね。


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