約束




京へやってきてから何かと慌ただしい日を送っている望美だったが、熊野行きは少人数での旅であり、戦いを避けるべく計画されていたので、旅程はきつくとも日々の暮らしは割とのんびりしたものだった。特に、川の増水で宿に足止めされている現在、何もすることがなくて暇というのが実際のところである。急に降って湧いたようなのんびりした日々に、あれこれと考えるべきこともあるにはあったが、望美が考えていたのは全く違うことだった。
「あ〜。今年は誕生日お祝いしそびれちゃったなあ」
縁に座って庭を眺めるともなく眺めながら、何かを指折り数えていた望美がそんなことを呟いたのを部屋の中でこれまた何か考えていた景時は聞き漏らさずにいて、尋ね返した。
「誕生日って? 何かお祝い事あったの? 今からでも遅くないならやろうか」
どうせ、今んとこ何もやれることないしね、と言葉を続ける。そんな景時を振り向いて望美は少し首を傾げながら言う。
「うーん、でもなんかもう誕生日過ぎちゃったというか、私もどう数えていいかわからないんですよね」
「数えるって?」
望美は、指で床に文字を書くような真似をしながら話し始めた。
「えっと、私が向こうの世界からいなくなった日と、こっちの世界に来た日が一緒じゃなかったら  単純にこちらの暦での誕生日を私の誕生日って言っていいのかなーとか、
 まあ、そもそも太陰暦と太陽暦の違いっていうのもあるし、じゃあ私の誕生日って一体何時? っていうか
 こちらの暦での私の誕生日をめんどくさいから誕生日にしちゃえっていうと
 私の17歳の1年は、長いか短いか、そりゃもう長さに関わらず内容が濃いってことは間違いないんですけどね」
「……ええと、太陽暦? とか太陰暦って何かなー、とか聞いちゃダメかな」
ぽりぽりと頭を掻きながら景時が申し訳なさそうに望美に言う。やはり、向こうの世界の話題となると、興味はあっても望美の言うことをひとつひとつ説明してもらわなくてはならないので、こういう悩み事となれば、譲や将臣の方が自分より役に立つのだろうなあ、と少し寂しく感じたりもする。
「あ、いえいえ、んーと、別に細かいことはどーでもいいんですけどね。
 とにかく、私がいたところでは、誕生日っていって、生まれた日にその人が生まれたことをお祝いする風習があって
 でも、こっちに来たら、向こうと暦も違うから何時が自分の誕生日かわからないなーっていうことです」
「そっかー。でもさ、確かにきちんとした日はわからないのかもしれないけど、望美ちゃんの言う日? に合わせて
 お祝いすればどうかな。神子殿のお祝いの日となったら、兵たちだってきっと喜んで……」
「ちょ、ちょっとちょっと、景時さん! 兵たちって、そんな大げさな」
びっくりして望美は両手を大きく振った。ちょっとした呟きであって、何もそんな大規模にあれこれしたいわけではない。が、実際、景時が言うように迂闊に事を言えば兵たち皆で……なんてことも有り得なくはない、のが今の自分の立場かもしれない。何と言っても「白龍の神子」である自分は源氏に合流して以来「源氏の神子」でもあるようだからだ。
「ちょっと、そんなことを考えただけなんですって。別に、だからどうってことはありません、本当に。
 そういえば、こっちは誕生日なんていって、生まれた日にお祝いってないんですね」
強引に話を変えて振ってみる。だいたい、誕生日を祝う風習のないところへ来て、自分だけ誕生日を祝ってもらうなんてできるはずもない。
「うーん、そうだね? 正月に皆一緒に年を数えるからね」
「結構、合理的でいいかも! 誕生日が何時か、なんて思わなくてもいいし。
 じゃあ、お正月に皆でお祝いしましょう」
にっこり笑ってそう言うと、その笑顔をじっと観ていた景時が頷いて言った。
「やっぱり、お祝いしよう、望美ちゃん。皆に祝ってもらうのが心苦しいとか、日が良くわからないとかいうなら
 オレがお祝いしちゃう。何か贈り物をすればいいんだよね? とびきりの何かを考えるよ」
「え、ええっ。景時さん、でも……」
突然の言葉に望美が慌てる。しかし、内心はもちろん、非常に嬉しい。胸がいっぱいになるくらいに嬉しくて、言葉が出てこないというのが本当だった。
「……それとも、オレなんかのお祝いじゃ、ダメかな?」
望美が言葉を詰まらせたのに、景時は少し自信なさげな顔になってそう尋ねてくる。望美は精一杯首を大きく横に振った。
「そ、そんな! とんでもないです、すごく、嬉しいです。
 だって、やっぱり、好きな人からプレゼント貰えるっていうのが……」
「ぷれぜんと?」
景時は聞き慣れない言葉を望美に尋ね返したが、望美は自分がうっかり口を滑らせた言葉に真っ赤になっていた。
「あう、いえ、あの、だから、景時さんから贈り物いただけるなんて、最高に嬉しいっていうことです……」
何やら小さな声になってもじもじと言う。景時の方はといえば、気付いていなかったのか、望美の嬉しい、という言葉にのみ反応して、破顔した。
「ほんとに? いやあ、嬉しいなあ。じゃあ、張り切って作るよ。って、もうだいたいのことは考えてるんだけどね」
先ほど、ずっと紙に何かを書き付けていたものを景時は指して言う。何か絵と文字が書いてあるのだが、絵はともかく、文字は望美には全く読めない。
「何かひらめいちゃってねえ、上手く行ったら望美ちゃんに見せてあげたいなって思っていろいろ考えてたんだよ」
「そうなんですか!」
「うん、なんか足止め喰らっちゃって暇だし、でも手の打ちようがなくて皆も落ち込んでる感じだし
 望美ちゃんも元気ないかなーって思ってたから、なにか元気の出るもの作れないかなーってね」
その言葉に望美は微笑んだ。景時のこういうところが好きなんだな、と思うのだ。周りの人のことを良く観ていて、自然に気遣っているところ。朔は意気地がないとかお調子者とか言うが、望美にはそうは思えない。自分のことより、周りの人のことを気にする人なんだ、と思う。
「楽しみに、してますね」
心からそう言う。何よりも景時が自分を力づけるために考えようとしてくれていたもの、ということが嬉しかった。自分も何かお返しが出来ればいいのに、と思う望美はふと尋ねてみる。
「じゃあ、景時さんは自分の生まれた日って知らないんですか?」
「いや、そんなこともないよ。オレは弥生の生まれだって母上に聞いたし。節句のすぐ後だったって言ってたなあ。
 朔が生まれた時のことは、オレも覚えているしね」
「弥生……ええと、3月、春生まれなんですね」
雪解けの後の温かな季節は、景時にとてもぴったりだなどと考えて望美は思って知らず微笑む。 「じゃあ、そのときには私が何か景時さんに贈り物します。というか、景時さんが生まれてくれて嬉しいから
 是非、何かさせてくださいね」
じっと景時の顔を見つめてそう言う。景時が思っているよりもずっと長く、自分は彼のことを見てきた。今と違う運命も見てきた、だから余計に、彼が生きていてくれることが大切に思える。しかし、景時の方は違うことを考えていた。望美は、見上げた景時の微妙な表情に不思議そうな顔をする。自分の言ったことは、何か景時に不都合なことだっただろうか? そんな望美の不安に気付いたのか、景時は途端にまた笑顔になった。
「いや、その気持ちだけですごく嬉しいよ、望美ちゃん。オレの誕生日なんて、まだまだ先のことだしさ、
 望美ちゃんが、そうやってオレのこと考えてくれてるっていうだけで、うん、ほんとに感激だよ。
 だから、あんまり、ほんとに気にしないで」
望美はまだ訝しげに景時の顔を見上げている。
「……その頃にはもう、戦も終わっているかもしれないし、そしたら望美ちゃんは元の所へ帰れるんだし
 あんまり、こっちのこと、気にしないでもいいんだよ」
ああ、そういうことなのか、と望美は景時の言葉に思った。不思議と、その言葉に対して『私がいなくなってもいいんですね』などというような僻んだ気持ちは湧いてこなかった。むしろ、景時らしいな、と思えて優しい人だな、と改めて思う。源氏のために戦えとか、民衆のために戦えとか、景時は言わないだろう、望美が元の世界へ戻るためには戦うことが必要だから。そうでなければ、戦わなくてもいいんだよ、ときっと言う、そう思えた。
「やだ、気にしますよ。だって、私、もう帰りませんから」
だから望美は自分がもう既に決心していることを、初めて言葉にした。誰にも話してはいないけれど、それが自然だと思うようになり、心に決めていたこと。
「……ええっ! いや、だって望美ちゃん、君はその、元の場所に戻るために怨霊を封印することが必要で
 だから、そのために源氏に協力してくれて……」
「最初は、そうでした。でも、今はもう違うんです。自分のためだけの戦いじゃありません」
じゃあ、と景時が口を開くより先に望美は更に言い募る。
「じゃあ戦に出なくても、って言わないでくださいね。こっちに残るって決めたんです、怨霊が居るんじゃ
 暮らしにくいでしょ、だから、やっぱり怨霊を封印しなくちゃ」
にっこり笑ってそう言う望美に、敵わないというような顔になって景時は溜息をつく。
「本当に、君って子は……どうしてそんな、強いんだろうね。
 オレなんてほんと、形無しだよ」
「違いますよ、私が強い、なんて景時さんに思ってもらえるなら、それは私が本当に強いからじゃなくて
 皆に支えて守ってもらっているからです。ひとりで大丈夫な訳ないじゃないですか。
 皆がいるから、頑張れるし、皆がいるから、こっちに残ろうって思ったんですから」
だから、と望美はにっこり笑って景時に言った。
「景時さんのお誕生日、何か贈り物させてくださいね。
 そのときも、傍に居させてください」
言ってしまってから、ちょっと意味深すぎただろうかと赤くなる。
「も、もちろんだよ、そんなの、望美ちゃんが居たくないって言ってもオレは居て欲しいっていうか、
 何言ってるんだろうね、ごめん。いや、でも、ほんと、嬉しいよ、君がここに居たいって言ってくれること……」
お互いに見つめあって、それぞれ自分の言葉に照れて赤くなる。そのまま、しばらく沈黙が訪れて、お互い気まずそうに目をそらし、それからもう一度顔を見合わせて、どちらからともなく笑い出した。
「……だから、とにかく、楽しみにしていてくださいね。……ってあんまり期待されたら困っちゃうかな。
 でも、本当に、そのころにも景時さんの傍に居ますから」
そう言うと望美は立ち上がった。心なしか顔が赤いのは気のせいでもないだろう。
「ありがとう、楽しみにしてるよ。望美ちゃんも、コレ、期待してて」
景時はそんな望美を眩しそうに見上げ、考えていた図面を指した。にこっと嬉しそうに上気した頬のまま笑うと望美はぱたぱたと縁を駆けて行ってしまった。その姿を見送って景時は微笑み、そして少し辛そうな顔になる。
望美の言葉は嬉しくて、その気持ちも嬉しくて、彼女がずっとここに居てくれるということが幸せで胸がいっぱいになると同時に不安も濃くなる。彼女も知らない自分の本当の姿、それを知っても彼女は仲間だと、傍にいると言ってくれるだろうか? 何よりもこのまま彼女や仲間を裏切ることなくいられるのだろうか?
(……オレなんかが考えたって無駄なことだよね……頼朝様の胸先三寸でオレのことなんか決まっちゃうんだし)
自嘲気味に溜息をついて。
(それでも、オレは出来る限り君を護りたいって思うよ)
次の自分の誕生日、とやらは余りにも遠い先のことのように思えた。そのとき、自分が彼女の隣で笑っていられるように、と願わずにはいられなくて。また、彼女が自分の隣で笑っていてくれるように、と。
「さ〜て、望美ちゃんに予告しちゃったしね、もう一頑張りするかな!」
声を出して自分を励ますようにそう言うと、景時は再び、新しい発明に没頭し始めた。




遙か3より、景時×望美です。
一応、誕生日ネタってことで……景時、誕生日オメ!
暦を言い出すと景時の誕生日だって太陰暦なんだか太陽暦なんだか
とか言い出すとワケわからなくなるのでとにかくまあ、3月5日ということで
しかし、景時の誕生日ネタというより、望美の誕生日ネタくさいんですが。
しかも、三草山の戦いが実は2月5日ということで
熊野参詣って景時の誕生日と……かぶってる?? と思いつつ
そこは目を瞑って景時の誕生日が過ぎちゃった後、ということにしておいてください(^^;)
だから次の誕生日はかなり先、ってことで(花火を景時からの贈り物ってことにしたかったのです)
しかし、三草山の一年後は屋島あたり……
壇ノ浦が3月末……来年の誕生日もまだ戦中ではないか、景時。
しかも、壇ノ浦直前、誕生日なんて浮かれていられない、苦悩の時期だよ、景時(^^;)


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