勝浦への道の途中で、将臣くんと出会った。もう3度目のことで、わかっていたこと。私や譲くんと離れ離れになっていた知り合いということで、皆すぐに打ち解けた。元々将臣くんはさばさばした性格で誰とでも馴染むのが早い人だから。お互いの立場を知らない今、九郎さんと将臣くんは青龍どうし、良いコンビに見えたし、譲くんと将臣くんは前と変わらない普通の兄弟に見えた。私だけが、将臣くんが平家の還内府だということを知っている。でも、それを告げることはできない。告げたところでどうにもならないから。結局、私は、その秘密を知っていたとしても、それをどうすることもできない。それはとても歯痒いことだ。
初めての勝浦の旅は、仲間がやっと揃って楽しかった。二回目の旅路も勇気を貰えた。でも三度目の旅路は、仲間が揃ったというのに、この先へ進むことに躊躇いがあった。今はこんなに打ち解けて仲間となっていても、互いの立場がわかったときには敵同士になってしまう。仲間たち皆を助けることは無理なんだろうか。私に出来ることはあるのだろうか。
川の増水で足止めをされて宿に留まる毎日。その原因を知ってはいたけれど、先を急ぐことができずに私も宿で日を過ごしていた。
「望美も何処か出掛けないの?」
朔が気を遣ってそんな風に言ってくれる。勝浦も3回目ともなると行った場所も覚えていて。朔にも心配をかけたくなかったので、私は一人で町に出かけた。京とは違う町の賑わい。源氏でもなく、平家でもない町。だからこそ、ここで仲間が揃い、ここでなら仲間として共に戦えたのかもしれない。町を抜けて海へ出る。この海の風景も何度も見た。京で戦が続いているなんて思えないくらいに、この町は豊かで賑やかで、ずっとこんな風に過ごせたらいいのにと思ってしまう。それは逃げなのだけれど。
「望美ちゃん!」
ぼんやりと海を眺めていたら、遠くから名前を呼ばれた。振り向くと、景時さんが走ってくる。長い陣羽織がひらひらなびいていて、あんな風に慌てて走っている景時さんって初めてかも、なんてことを考えてぼんやり眺めていたら、私の傍までやってきた景時さんが、荒い息を吐きながら膝に手をあてて
「よ、よかったー」
とやっとの様相で言葉を出した。その意味が良くわからなくて、私は首を傾げる。顔を上げた景時さんが苦笑して、身体を伸ばし、大きく息をついた。
「いや〜、朔がさあ、望美ちゃんの様子がおかしい、って言ってさ。それで、一人で宿を出て行っちゃったって言うから。
慣れない町で何処か迷っちゃったら大変だし、そうでなくても何かあったりしたら大変だし」
朔に心配をかけたくなくて出てきたというのに、結局、やっぱり朔に心配をかけていたのかと思うと気持ちを隠せない自分の弱さが少し情けない。でも、本当に心配してもらうことなんて何もないのだ。
「……大丈夫ですよ」
皆にとっては初めてだけれど、私にとっては違う。この時期にここで何か起こることはないとわかってるから。だから私はそう軽く言ったのだけれど。
「大丈夫じゃないよ!」
ちょっと強い調子でそういわれて、私はびっくりした。でも、言った景時さんの方もびっくりしたみたいで、すぐに両手で口を塞いで。それから
「ご、ごめんね! ごめん、びっくりした?」
と何度も言われた。
「でも、その、やっぱり望美ちゃん、あんまり元気ないし、普通って感じじゃないし。
先を急いで不安なのかもしれないけど、でも一人で何もかも抱えたりしなくっていいんだよ?
ほら、頼りないかもしれないけどさ、オレたちだってついてるんだし……」
その言葉を聞いて、景時さんのウソがわかった。朔に言われたから私のことを探していたわけじゃないのだ、きっと。きっと、景時さん自身が私のことを、心配して、探してくれていたのだ。
「……ごめんなさい」
そう言った私は、でも、次になんだかおかしくなってしまった。『大丈夫』って言葉の意味がわかって、そして私と景時さんがこの前と逆になってたことがおかしくて。
「……望美ちゃん?」
訝しげに景時さんが私を見下ろす。私はそんな景時さんを見上げてもう一度「ごめんなさい、心配かけちゃって」と言った。困ったように景時さんが頬をかく。悪いのは私なのに、きっと今、この人は私に強い言葉を放った自分を責めている。そういう優しい人なのだ。
「なんでもありません。ただ、熊野の海を見たくなっただけなんです。鎌倉の海と似てるかなって。
帰りましょうか。朔を心配させちゃいけませんしね!」
そう言って歩き出すと、景時さんが私の一歩後ろをついて歩いてくる。そんな気遣いも景時さんらしい。並んだっていいのに。そんな風に思って私は足を止めて振り返る。
「景時さん」
「え?」
ちょっとびっくりしたような顔の景時さん。そんな景時さんの肘を掴んで私は引っ張った。
「一緒に帰りましょう」
「ええっ、あ、ああ、うん。えーっと、うん、そうだね〜」
慌てたような声がおかしくて、私はより強く景時さんの腕をひっぱる。その先で景時さんの手が困ったようにひらひら動いていてそれが面白くて。大きな手が、所在なげに頼りなげに揺れている様がどこか可愛らしくて。そして、私は、頭を悩ませていたこの先のことをひと時、忘れてしまっていた。
「望美ちゃん、朔!」
それから数日後、宿で朔と話していたとき、景時さんがどたどたと部屋に駆け込んできた。
「今夜、見せたいものがあるんだ! 新しい発明が出来たんだよ」
嬉しそうにそう話す景時さん。もちろん、私は見に行くと告げた。勝浦でこんな風に景時さんから何かを見せてもらうのは初めてだ。運命が変わったかもしれないと頭に浮かんだ。そのときは気付かなかったけれど、私は景時さんから何かを見せてもらえる、そのこと自体をきっと嬉しく思っていた。
「ほんと、兄上ったら皆さんの前で失敗なんてしなければ良いのだけれど。
なんでも軽々しく大丈夫だなんて請け負うんだから……」
景時さんが出ていってから朔がそんな風に言って溜息をつく。
「……景時さんは、軽々しくなんてないよ」
私はそう朔に言った。軽々しく。そんな風に聞こえる景時さんの『大丈夫』は、でも、全然軽いものなんかじゃない。私はそう知ってた。大丈夫って言った言葉を本当にするために、景時さん自身が努力していてくれたことを、前の運命でちゃんと知っていた。知っていたのに、私は酷いことを景時さんに言ってしまった。私がこの前、景時さんに言った『大丈夫』という言葉は、全然、相手の気持ちなんて考えていない言葉だった。でも、景時さんが言う『大丈夫』は、いつだって相手のための言葉だった。何度も運命を繰り返して。皆を助けるため、って言いながら、私はやっぱり自分のことで手一杯でしかない。そんな私よりも、ずっとずっと景時さんの方が強くて優しい。
朔はそんな私のことを、なんだか不思議そうに見ていた。私はそれ以上何か言うのも変な気がして、黙り込んでしまう。手が変に汗ばんで。なんだか上手く言葉が捜せなかったせいもあった。
景時さんが見せてくれたのは、花火だった。私たちの知っている花火とはちょっと違うみたいなんだけど、見たところは全く変わらない。夏祭りでよく見た花火そのものだった。皆、空を見上げて大輪の花火に見惚れていた。私はその花火にもだけれど、花火に見惚れている皆を見て、それが嬉しかった。
「景時さん! すごいです! すごくきれい!」
私は景時さんの隣に立って、そう伝えた。景時さんは嬉しそうに笑って言う。
「成功してよかったよ〜。理論上では出来るってことになってるけどさ〜
本当に試してみたのって初めてだったから」
「なんだ、あんなに自信満々だったのに初めてだったのか?」
驚いたような呆れたような声で言うのは九郎さん。
「景時らしいですね。それでも成功させるところが景時の実力というところでしょうか」
にっこり笑って言うのは弁慶さん。
「ち、ちょっとちょっと〜、なんだか弁慶に言われると皮肉に聞こえちゃうじゃない、カンベンしてよ〜」
「しっかりくっきり皮肉だろ」
肩を竦めてそう言うのはヒノエくん。将臣くんも譲くんも笑ってた。先生も敦盛さんも楽しそうだった。私はそれが嬉しくて泣きそうだった。源氏で、平家で、でもそれ以前にやっぱり仲間だ。いつか敵どうしになるときがきても、やっぱり仲間だ。戦うことを選びたくて選ぶわけじゃない、壇ノ浦で敵となることがあっても、きっと何とかなる道があるはずだ。一緒にこんな風に空を見上げたことを、仲間として在ったことを皆も、私も、忘れるはずがない。
「景時さん、ありがとう」
私はどうしてもそう言いたくて。背伸びして景時さんの耳の届くように言った。
「えっ……、ああ、うん。元気出た? 良かった〜」
照れたような景時さんの表情で、私はまた気付く。ああ、この人は。いつだって。私のことを、見ていてくれたのだ、と。
そのことに気付いたとき、きっと私の中で何かが動き出したのだと思う。
そして将臣くんとは、また別れた。それももうわかっていたことだけれど、私はそれをどうにかしようとはもう思わなかった。将臣くんが平家の人だとしても。戦う相手だとしても。きっと何か道があるはずだ。源氏も平家もない世を作る道だってあるはずだ。私は一人じゃないんだから。仲間がいるんだから。きっと、そんな道を探し、選ぶことだってできる。そう、信じることができたから。
でも、そのときの私は自分が全く違う道を選ぶ日がくるかもしれないとは思ってもいなかった。
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