春来たりて





春ごとに花のさかりはありなめど あひ見む事は命なりけり


数日前までの寒さが嘘のように春めいた日射しが暖かい。膨らみ始めた花の蕾は、まるで今日という日に春が訪れることを知って準備をしていたかのようだ。
春という季節は嫌いではない。
花が咲くからだ。花は、ひととき、まだ自分が生きていることを感じさせてくれる。
まだ、花を美しいと思い、心なぐさめられる自分を感じさせてくれる。
それは、微かな慰めでしかなかったけれど、それでも何もないよりはましともいえる。
自分には何かが欠けているとそう思ったのはいつのことだっただろう。ただ、気がつけば、自分にとって生きるということは、さして価値あるものと思えなくなっていた。
左近衛府少将。悪くはない役職だろう。現に、同僚の中には妬み半分に誹る男もいる。
だが。そんな肩書きも仕事さえも、どうでもいいことに思えた。
もし、今ここに、心慰められる花が一輪咲いていて。その花と引き替えに今の地位を捨てよと言われたならそれでもいいと思うほど。それほどの価値しかないように思える。
だから、自分を誹る男を、幸せな男だとさえ思う。
かように強く望むものがある人生とは、どれほどに幸せなものであることか。
思い悩み、人を憎み、あるいは焦がれ、手にいれたいと思う、それほどに激しい思いとは、どのようなものなのだろう。恋でさえも、そんな熱情を自分に教えてはくれない。
この世とは、所詮まやかしのようなもの。自分の表面を撫で通り過ぎていくばかりだ。
美しい花も、楽も、ひととき限りのもの。なぐさめさえも、空しい。
いずれ枯れると知りながら何故に花は我が身を咲かせるのだろう。
いずれ朽ち果てていくものと知りながら、なぜに人は多くのものを求めるのだろう。
いずれ消えゆくものに、なぜそれほどに心を奪われてしまえるものなのだろう。
いつか、自分にもそのように狂おしいほどに求める思いを、熱情を教えてくれるものが現れるのだろうか。
そのとき、人生は今と違ったものとなるのだろうか。
それさえも、だが、どうでもいいことのように思えた。
せめて、今年の春は退屈でなければいい。心なぐさめられる花が咲くといい。
まだ、自分の心は死んでいないと、まだ、花が美しいと感じられると。


屋敷へ戻る道をつらつらと歩いていると、駆けてくる使いの者の姿が見えた。
「殿!」
なにやら息せききってのその様子に苦笑を禁じえない。さほど急いで来たところで、さして時間にかわりがあろうか。
「さほどに急ぎの用事とはいったいなんなんだい?」
つまらぬことでなければよいがと思いつつ、もっともそれほどに面白いことなどこれまでも何一つなかったが、と考える。
「内裏よりお使いが来られましたので・・・お召しだそうでございます」
「内裏から?」
はて、何事かあったろうかと考える。帝がお召しとなると、また、鬼どもが現れたのやもしれない。
「ふむ、また鬼どもかもしれないね。近頃、とみに騒がしいからね」
まるでどこか人ごとのように言う主人に、使いの者が心配そうな顔になる。
鬼。京の町を脅かす者ども。彼らもまた、人を憎み京を支配せんとする熱情において、自分には理解しかねる者たちだ。移ろう世を支配することに、どれほどの意味があるものだろう。鬼もまた、かりそめの幻想を追いかけているにすぎない。
人と鬼は相容れぬもの、鬼は人を憎み、人は鬼を憎む。しかしながら、自分にはその思いすらも欠けているのだろう。鬼は鬼にすぎない。人であれ、鬼であれ、京を乱す者なれば、近衛府の仕事としてその者から京と、帝を守るにすぎない。京の町を守るということには、さして使命感もなければ感慨もない。ただ、鬼が日々の退屈を払ってくれるなら、それもよいかもしれないと思った。せいぜい、楽しませてくれればいい。
「咲く前に散らせてしまうには、まだ私にも花を惜しむ気持ちが残っているからね」
まだ春の日は浅く、膨らみ始めた蕾が花開くまでは数日がかかるように思われた。


龍神の神子を守る八葉としての役目を告げられたのは、その日のことだった。
さして、そのことに対しても感慨は持たなかった。龍の玉に選ばれた人間であるということ。だが、自分が自分であることに代わりはなく、変わった仕事が増えただけのことだと思った。
ただ、目新しさはある。
いまだ見ぬ、龍神の神子は果たしてどのような姫君なのであろう。
いささかの期待もある。
美しい花を守る役目というなら、少しは楽しめるような気がする。
八葉としての務めは、日々の退屈から自分を救ってくれるものであろうか。
願わくば、異界より訪れる神子が花の一輪のごとく、我が心を慰めてくれることを祈るのみ。


END





というわけで、少将の超ミニネタです。(^_^;)
とりあえず、全体のプロローグみたいな気持ちで書いてみました。
やっぱり、書いてみたいと思うのは、こういう少将の心が
神子と出会ってどう変化していくか、なのかもしれないなあと思います。
ラブラブは・・・・いずれそのうち(笑)
 


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