命やは





「友雅さん!!」
神子は声をあげた。怨霊の攻撃が友雅の身体を包み込む。肉体とともに、精神をも蝕む怨霊の強い思念。低く舌打ちをして友雅の端整な顔が歪められる。
よけようものならよけられたものを、自分がその攻撃を避ければ神子に及ぶと想ったのだろう。神子の手が回復符に伸びるのを、友雅は目で押しとどめた。
神子の眉根が寄せられるが、結局彼女は友雅の思う通り、回復符を使うことはなかった。
武官としての自負などというものではなく、友雅は戦いにおいて回復符を用いられることをあまり好まなかった。それを使うことをよしとしない、ということではなく、自らのために用いられることを好まなかったということである。
怨霊を封印して後、神子が不満そうに友雅に向かって述べた。
「友雅さん、どうして自分からわざわざ危険な目にあおうとするんですか。
 回復符だって使えるものなら使えばいいじゃないですか」
「心配してくれるのかい? 神子どの。
 嬉しいね」
軽くかわしてそう笑ってみせる。神子は、その友雅の言葉に赤く頬を染めながらも、今日ばかりは引き下がろうとしなかった。
「そんなふうに冗談にまぎらわそうとしたって駄目です。
 いつもいつも、私がどんなに心配してるか・・・」
「おや、心配してくれるのだね、大丈夫、こう見えても私は丈夫なのだから」
「違います! そりゃ、怪我だって心配ですけど・・・
 私がもっと心配なのは、友雅さん・・・怖くないんですか?」
「? なにが? 怨霊が、かい? それとも鬼のことかな?」
そう友雅が問うと、神子は、憂いに満ちた瞳で友雅を見上げた。その瞳に友雅の顔から一瞬微笑が消える。神子がこのような顔をするときは、本当に心を痛めているときだ。他人のために自らの心を痛めることができる優しい少女。
「怨霊や鬼のことじゃありません、友雅さん、死ぬかもしれないってことが
 怖くないんですか?」
神子は真剣な顔でそう友雅に尋ねた。自らがこの京で果たさねばならない役割を藤姫から聞いたとき、神子はまた、戦いに敗れるということが何を意味するかをも聞いていた。昨日まで思いもしなかった、自分のすぐ隣に「死」があるということ。自分を守ってくれる人々がいる、ということは神子にとっては、あまり意味のないことであった。自分のかわりに彼らが死ぬのであれば、同じことなのだから。だから、友雅の死を恐れないような行動は彼女には不安なのだ。同じように「死」をも厭わぬ人間もいる。頼久などもそうだ。だが、彼の理由はなんとなく理解できる。歓迎できることではないが、彼は「主のためなら」命を捨てることも厭わぬ人間だ。それはけして神子にとって嬉しいことではないが、理由があるのだと理解することができる。だが、友雅は。
彼は「主のために」とか「誰かのために」何かをする人間ではない。まるで死ぬことに憧れてでもいるかのように、暗い何かが彼を連れていってしまうかのように。神子は友雅が危地へ好むかのごとく向かう様をそのような不安な気持ちでいつも見ている。
「神子どのは、死ぬことが恐ろしいのだね?」
「・・・・誰だって、普通はそうじゃありませんか?」
それが友雅の常套手段である、問いに対して問いで答えるその行為。神子は、彼がそう振る舞うことによって自らの本質から神子を遠ざけようとしているかのように感じた。けして、その心を見せてはくれない人。
「誰もがそうとは、限らないよ、神子どの。
 誰かにとっては、死は甘美な誘惑であるかもしれない」
そう友雅がこともなげに答えると、神子はぎゅっと友雅の衣を掴んだ。そうしてどこか必死な様子で彼を見上げる。それに気付いた友雅が笑いながら答えた。
「ははは、心配せずともよいよ。私のことではないから。
 ただ、そのように「死」に憧れ甘美な誘いをその永遠の眠りに感じる人もいるであろうということさ」
「じゃあ、友雅さんは、死にたいと思っているんじゃないんですね。」
少しばかりほっとした顔をして神子がそう言った。くす、とその顔を見て友雅が笑う。 「そうだね、どうでもいい、というのが私の正直な思いかな」 「・・・どうでも、いい?」 「そう、生きていようが、死のうが、どうでもいいということだよ。  儚くなるならそれもよいし、何ごともなく生き延びてしまうならそれも仕方のないこと。
 望んで何かをなそうとは思わないということかな。」
そう言うと、神子はまた難しい顔をして考えこんでしまった。
「神子どの、そんな風に難しい顔をするものではないよ。
 お気に召さないようであれば、次からは回復符もありがたく使わせていただくから」
自分のことに、このように心を痛めていたのかと思うと少しばかり胸が痛む。かように幼い姫君にそのように感じさせていたとは、自分もまだまだ至らぬ。あるいは、彼女が聡いのかもしれないが。
「友雅さん、自分の命だけそんなふうに軽く思うのやめてください。
 私にとっては、友雅さんが生きていてくれることが大切なんです。
 死のうともどうでもいいなんて、考えないでください」
「神子どのは優しいのだね、生きるということには意味があると信じているのだろう?」
「・・・そう、思います。生まれてきたものには、何か意味があるのだって。
 私がこの京に呼ばれたことにだって意味があるように、この世に何か意味をもってすべてのものは
 生まれてくるのだって、信じてます。」
「若いのだね、そして優しい。
 生きることに意味などないし、死ぬことにも意味などない。
 私はそう思っているんだよ。
 ただ、ここに在るというだけ。そのことに何の意味もないのだと」
「・・・それは、違うと思います!」
いささか強い調子で神子が答えた。友雅は少し驚いて神子を見つめる。
「友雅さんが、ここにいるってことにはちゃんと、意味があるんです」
「それは、八葉としての務めを果たすため、という意味かい?」
そんなつまらない答えを望んでいるわけではないよ、と最初に釘を打つように友雅が言うと、神子は首を横に振って答えた。
「違います。友雅さんが、一緒にいてくれると、私が嬉しいです。
 それだって、ちゃんとした友雅さんがここに在るっていう意味だと思いませんか?」
頬を染めながら、一生懸命に神子は言い募った。
「私だけじゃなくって、きっと、他の人だって一緒だと思うんです。
 鷹通さんだって、友雅さんのこと、きっと内心では頼りにしてると思うんです。
 天真くんだって、口は悪いけど友雅さんのこと、凄いって思ってると思うんです。
 友雅さんが在る意味って、そういうことじゃないんですか」
神子の言葉よりなにより、彼女が真摯に語るその姿に友雅は心を打たれた。
「わかったよ、神子どの。
 もう、神子どのに心配をかけるような無茶はしないよ。
 私ももう若くはないのだしね。それに、儚くなるには少し残念な気もするからね」
「ほんとですか?」
些かに疑い深い視線で神子が友雅を見上げる。
「ああ、神子どのに信じていただけないのなら、これぞ生きることに意味の見出せぬもの・・・」
少し大袈裟にそう言うと、とたんに神子は「信じます、信じますから!」と慌てて言った。その様子が微笑ましくて友雅は声をあげて笑った。
「ああ! また、からかったんですね!」
とたんに膨れっ面になる神子を友雅はやはり、笑いながら見つめていた。
それは、どこか心地よい笑いだった。


あの日から月が満ち、また欠けてゆき、神子は、神子としての役目を終えようとしていた。
辺りを覆っていた瘴気は薄れていきつつある。葛折れるように倒れこんだ神子を支えて、抱きとめると、友雅はそっとそのまま柔らかな草の上に神子を横たえた。気を失ってしまった神子に向かって友雅は問いかける。
「神子どのは、覚えているかな」
あの日から友雅にとって「生きる」ことの意味は、「神子」にこそあった。彼女のために、自分はあるのだと。
「私に、情熱を与えてくれたのも。
 生きる意味を見つけてくれたのも、あなただった。
 この私が、何かに本気になることがあるなんて、思いもしなかったことなのに」
ふと、自嘲気味にそう呟いて笑う。だが、と心に思う。
「神子どのゆえに我が命 儚くもなりぬべし、というところかな」
何にも執着せぬがゆえに、かろきものと思えた我が命。しかし、誰かに、何かに自分以上に執着すれば、また我が命などかろきものと思えてしまう。神子のためなら、と。そう言うと、神子はまた困ったような怒ったような顔をするのだろうけれど、と想像して微笑む。けしてそれは痛く辛い思いではなく、友雅はそういう自分の心情の変化を楽しんでいた。眠る神子が目覚めたら---
「君が私の側に留まってくれるというのなら、その思いを遂げたあくる日に儚くなってもかまわないよ」
『そんなこと、言っちゃダメです!』
彼女ならきっとそんな風に答えるのだろう。
---だがね、神子どの。恋などというものは古来から愚かしい思いで成り立っているものなのだから。
 どうか私のその言葉を愚かと思わずに受け止めておくれ。
真摯な気持ちでそう願う自分に、友雅はふと笑みを漏らす。けして自分には理解できまいと思っていたかくも激しい恋の思いの境地へ、自然の理のごとく立ち入っている自分。だが、こういうのも悪くない気分だ、と友雅は思った。
眠る神子の目蓋が小さく震え、やがて彼女が目覚める時がくる。


---恋しきに 命をかふる物ならば しにはやすくぞ あるべかりける

END





ラブラブってなに?(涙)
一応、少将お誕生日週間第一弾なんですが(汗)
あとは、現代EDネタと、もう一本くらいなにかとか
思っていたりしますが、予定は未定(汗)




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