カリスマの告白





『……というわけで、この部分をこう折り曲げてこんな風にして使うと、すんごく便利なんだよね〜』
『わあ、本当にすごいですね! これなら隅の方までラクラクですね〜』
テレビでは、笑顔の可愛らしい若い女性アナウンサーが『簡単便利な暮らしの知恵v』を紹介されて、大げさに驚いてみせている。最近、主婦の間で話題のこの番組を、望美は全く面白くなさそうな顔で眺めていた。確かに少なくとも望美の年齢でこうした番組を熱心に見ることは珍しいだろう。だが、チャンネルを変えることはせずに、ある意味熱心に望美はテレビを見つめている。
「望美、お茶を淹れたわ、飲みましょう。この前、兄上がいただいてきた、栗どら焼きもあるのよ」
お盆に湯呑みと茶菓子を乗せた朔がそう言いながらやってくる。テレビを見ている望美の憮然とした表情を見て、朔は苦笑した。
「なあに、望美ったら……」
テレビでは女性アナウンサーが「暮らしの知恵」を教えてくれる『先生』に笑いかけ、その肩に手を触れていた。
『「カリスマ主夫」なんて呼ばれてますけど、本当はまだ独身でいらっしゃるんですよね?』
『え? カリ……スマ? いや、うーん、確かにオレ、まだ仮住まいっていうか、
 一家の主っていうには頼りないかなーなんて思うんで、独身も仕方ないかなあ、なんて……』
『やだ、仮住まいじゃなくて、カリスマですよ、カ・リ・ス・マ。
 こういうおちゃめなところも人気なんですよね、梶原さんってば』
望美が今にもテレビ画面にリモコンを投げつけそうになったのを見て、朔はテレビのスイッチを切った。
「なになになになに……! なにあれ! 見た? 景時さんの肩に触ってたよ! 肩に!
 なーにが「人気なんですよね」って、ぜーーったい、景時さんのこと狙ってるんだよ、なにあれ!!」
「……はいはい。いいじゃないの、どうせ兄上は望美のことしか見てないから気付いてないわよ」
朔は冷静にそう言うと望美の前に湯呑みとどら焼きを置いた。むんずとそのどら焼きを掴むと望美は憤然と口に頬張る。
「このどら焼きだって、差し入れですって貰ったって言ってたじゃない! 絶対、景時さん狙いの人からだよ!
 ふんだ、景時さんの口に入る前に私が食べちゃうんだから!」
そう勢い良く言った後で、がっくりと肩を落として溜息をついた。
「ああ〜……そりゃ、景時さん、顔はハンサムだし、人当たりもいいし、カッコイイかと思えばカワイイとこもあるし、
 モテるだろうな、とは思って心配してたけどさ……テレビの人気者にまでなっちゃうなんて……
 こんなことなら、あんなこと言わなければ良かったよ……」
テーブルにつっぷして泣き言を漏らす望美に朔は苦笑しつつ言う。
「望美が『やめて』って言ったら、兄上はすぐにテレビに出ることなんて止めると思うけれど?」
「駄目だよ! 私の我が儘でそんなこと言えないよ……だって景時さん、自分で決めたんだもの。
 『仕事と私、どっちが大事なの?』なんて訊くような真似、したくないよ。
 景時さんが、やりがいあるって思ってるなら、それに打ち込んで欲しいんだもん」
でも、あんな人気者になっちゃうと心配なんだもん……と望美は眉を顰めて溜息をついた。
 事の起こりは、異世界・京から龍神の力でもって元の世界へ戻ってきたことから始まる。五行の力を取り戻した白龍のおかげで、京からこちらの世界へやってきた景時たちも、なにげにこの世界での存在が不自然ではなくなってはいた。いわく、旧家の名家で、早くに亡くなった父親の保険金や財産で特に苦労なく生活できている一家ということになっていた。いろいろこちらの世界についての知識も深まってきたら、仕事を探そう、という話になり。望美は景時に似合いそうな職業をいろいろ想像して楽しんでもいたのだった、そのころは。書を熱心に練習していた景時なので、家で書道教室を開く、とか、陰陽道を活かしてマジシャンとか(マジックといえるのかどうかはともかく)、いくつか想像していた中には、確かに、カッコイイから道を歩いていてスカウトされてモデルになっちゃうかも、などというものもあった。しかし、意外なところからカリスマ主夫は生まれたのである。
 こちらの世界にきた景時は、まず、様々に便利なものがあることに驚いた。そして次に、発明好きの血が騒いだ。電気製品を分解して組立直したりは日常茶飯事だったが、その他にも家事を行う朔や手伝いに来てくれる望美のために、何か工夫したり新しくモノを作ったりするのが楽しくて仕方ないようだった。見るもの全て珍しい景時にとって、発明のタネが至る所にある、という状態なのだ。そうやっていろいろ作ってくれる景時に、望美は言ったのである。
『ね、景時さんの自信作の便利グッズ、テレビに応募してみたら?
 グランプリとったら、賞金いっぱい貰えるよ?』
それは人気の高い生活応援番組のコーナーのことだった。望美のその言葉を聞いた景時は早速、番組に応募してみたところ、見事グランプリを獲得。その後も熱心にあれこれ送ってみると、何時の間にやら常連投稿者。取材がやってきてテレビに出てみたら反響が大きく。コーナーを持ってみませんか、などと打診があって、考えた末に景時は頷き、あれよあれよと言う間に、主婦と主夫のカリスマになっていたのであった。その端正な容貌と優しい性格、リアクションがテレビ向きで話術も巧み、でも擦れていなくて純情っぽい……ときては世の奥様は放っておかなかった。その上、景時の発想力と器用さは、暮らしの便利グッズの発明からおばあちゃんの知恵袋まで(それは京での常識も含まれていたが)幅広く発揮され、番組からは『梶原さんちの●●シリーズ』などというタイトルで番組オリジナル商品を売り出しましょう! などという企画も持ち上がる始末だ。そのうえ、違う番組、違うテレビ局からもお誘いがかかる。お昼の情報番組、夕方の情報番組、夜の暮らし情報講座、引く手数多とはこういうことだろう。
 そんなわけで、カリスマ主夫は望美の一言から生まれたといえるのではあるが、今となってはかなり望美は後悔していた。
「だいたいさーー! 景時さん、結婚してないんだから主夫じゃないじゃん!
 それにさーー! 主夫っていうのは、家にいるから主夫なんでしょー! 景時さん、家にいないじゃんーー!」
往生際悪く、そんな悪態をついてみる。
……直接会うより、テレビの中の景時さん見てる方が長いなんてサイアクだよ……
そんなことを思いながらも口はもぐもぐと栗どら焼きを頬張っていた。もちろん、景時の口に入れさせないためでもあるが。とても元龍神の神子とは思えないほどに、望美が凹んでだらだらしているところへ、玄関から声がかかる。 「たっだいま〜! 靴があるってことは、望美ちゃん、来てるんだー!!」
浮かれまくったその声とともに、先ほどまでテレビの中に映っていた景時がどたどたと足音も高くリビングへ走ってくる。
「兄上! お行儀悪いですわよ!」
あいかわらずぴしゃりと厳しい朔の声音に、景時は「ごめんよ〜」と言いつつも悪びれない。リビングのテーブルにつっぷしている望美を見つけると、望美の隣に座り込みその身体を抱きしめた。
「望美ちゃーん! ただいま! どうしたの? 何処か具合でも悪いの?」
望美は少しばかりばつが悪そうに目をあけると、景時の顔を見つめた。
「おかえりなさい、景時さん。今日はもう、お仕事おわり? 一緒に居られる?」
その表情が景時には最高に甘えられているように見えたらしく、途端に顔が真っ赤になってぎゅむぎゅむと望美を強く抱きしめてきた。
「うん! 今日はもうゆっくりしちゃうよ〜! 望美ちゃんは? 門限10時で良かった?
 今何時だっけ、わーもう4時だ、あと6時間しか一緒にいられないよ〜」
大げさなリアクションを見せる景時だが、半分くらいは見た目ちょっと凹んでいる望美のために戯けた調子を演じているのだとわかって、望美はくすり、と微笑んだ。そしてテーブルにつっぷしていた頭を起こして、ぎゅっと景時の背中に腕を廻し、その肩に顔を埋める。朔はといえば、景時の分のお茶を淹れるためと、二人のいちゃつきっぷりを回避するために台所に引っ込んでいた。
「やっぱり、テレビの中の景時さんを見てるよりも、こうやってほんものの景時さんをぎゅってしていたいなあ」
小さく呟く。こうやって触れあえば、心配ごとなどまるでなくなってしまうというのに。
「ん? なに、どうしたの、望美ちゃん?」
聞こえなかったらしい景時が望美の耳元で囁く。望美は肩に埋めていた頭を離して、景時の顔を両手で包み、じっとその顔を見つめる。
「……今日、景時さん、テレビでモテてた! アナウンサーの人が景時さんに触ってた!
 …………なんか、すっごいヤキモチ焼きみたいで、自分のことが嫌になっちゃう」
唇を尖らせて視線を落とす。景時の方はといえば、望美の言葉に大慌てだ。
「ええっ?? オレ? モテてた? いつ? 触ってた??? なに?」
朔の言う通り、サッパリ気付いてもいなかったらしい。こんな景時だから、望美がやきもきするのも無駄といえば無駄と言えるのだが。朔がやってきて景時の前に湯呑みを置くと
「夕飯の買い物に行ってきますね。兄上、じっくり望美とお話なさいませ」
と意味深に言ってリビングを出ていった。無言でその後ろ姿に黙礼すると景時は望美に視線を戻す。が、望美の方はというともう一度景時にぎゅっとしがみつくと、ぱっと身体を離し、そのときにはもう表情は何時もと同じ、明るい笑顔だった。
「なんてね! ちょっと言ってみただけ! まさかこんな風に、景時さんが皆の人気者になっちゃうなんて思ってなかったから
 ううん、景時さんってばカッコイイから、モテるだろうなーって思ってはいたけど、
 テレビに出ちゃう人になるなんて思ってなかったから。やっぱり、景時さんって、すごい人だったんだなあって。
 テレビで景時さんのこと見れるけど、やっぱり会えないとちょっと寂しいなあって」
「お、オレ、全然すごくないよ? 望美ちゃんがオレの発明すごいすごいって褒めてくれたから……
 それに、テレビ出てても、良くわからないし。だって、いつも見てます、とか、好きです、とか応援してます、とか
 言われてもさ、会ったこともない人だし、オレは知らない人だし……良くわからないよ。
 んーーー……あれかな、戦のときにオレの配下になった雑兵とかが
 『梶原さまの評判はお聞きしてます、梶原様の下につけていただけて嬉しいです』
 とか言ってくれるのと同じなのかなあ? アレもでも、ホントはオレ、駄目駄目なのにごめんねーって思ったものだけどさ」
本当に当惑して困っているらしいその表情に、望美も苦笑する。
「でも、望美ちゃんにヤキモチ焼かせちゃってごめんね。オレ、カメラ目線で話してるときは
 いっつも、望美ちゃんがそこに居るんだって思って話してるんだよ。だってオレも望美ちゃんに会えないの寂しいしさ。
 望美ちゃんが其処に居てくれるって想像でもしなくちゃ、テレビ、嫌になっちゃうもの」
「……テレビ出るの、嫌なの?」
意外な言葉に望美がそう聞き返す。むしろ、望美の言葉に驚いたような表情になって景時は答えた。
「えー? だってさあ、よくわかんないし。時間かかるし。なんか、偉い人とか会ったとき、その人のこと知らないと困るし。
 望美ちゃんに会える時間減るし。あれこれめんどくさいし。本当は家でもっといろいろ発明考えたりしていたいよ」
景時が好んで今の仕事をしていると思っていた望美は驚いてしまった。じゃあ、テレビの仕事辞めちゃったら? と口にしようとして思いとどまる。それでもこの仕事を、景時は自分から受けたのだ。断っても良かったはずなのに。
「でも、テレビに出てみたかったんじゃないの?」
「えー? そうでもないよ。テレビってどういう仕組みなのかはすっごく興味あったから、
 撮影しているところとか、見に行きたかったけど」
「……テレビに出てみませんか、って言われて嬉しかったんじゃないの?」
「や、ほら、望美ちゃんがね、オレの発明とか工夫とか、すっごく便利だから送ってみたらって言ってくれたでしょ?
 そしたら、本当に賞とか貰えてさ、なんか、望美ちゃんの言う通りだったってことが嬉しいっていうか
 やっぱり、望美ちゃんはすごいっていうのがわかって嬉しかったっていうか」
「……そうなの?」
こくり、と景時が頷く。
「それにね、お金くれるって言ったからさあ」
ぽつり、と景時が付け加える。言いづらそうなその台詞に望美は首を傾げた。「お金」などという言葉が景時の口から出ることに少しばかり違和感があった。景時は浪費家でもないが、けちでもない。お金というものに執着するタイプではないからだ。
「や、ほら、やっぱりこの世界では一応、食うに困らない財産があるっていうことになってるけどさ
 ちゃんと自分の力で稼がないと、望美ちゃんを幸せにはできないって思ってさ。
 この世界じゃ、まだ望美ちゃんは祝言を挙げるには早い年齢だから、待たなくちゃ駄目だって将臣くんたちも言ってたけど
 オレ、それで良かったと思って。望美ちゃんが祝言挙げても可笑しくない年齢になるまでに
 ちゃんと望美ちゃんに相応しいだけの禄は貯めておきたいって思ってさ。
 でないと、望美ちゃんのご両親にも顔向けできないし」
いや、望美ちゃんは祝言のことなんて、まだまだ考えてなかったと思うけどね、と顔を赤くして景時が言い募る。望美も無言でただ頷いては熱くなった頬を両手で押さえた。本当に、ヤキモチなど焼いている自分が馬鹿馬鹿しくなるほどに望美基準の景時に、堪らなくなってしまったのだ。堪らなくなってしまって、景時の首に両腕を廻して抱きつく。
「そんな気持ちで頑張ってくれてたんだーって思ったら、すっごく嬉しい。
 でもね、無理しないでね、景時さん。今より忙しくなったり、今より会えなくなっちゃったら嫌だし。
 今より、景時さんが人気者になっちゃったら、それもやっぱり寂しいもん。……ごめんね、私の我が儘かもしれないけど……」
「そ、そんなことないよ〜! オレこそごめんね。寂しい思いさせちゃって、ほんと、独りよがりでさ。
 望美ちゃんに寂しい思いさせるくらいなら、テレビの仕事なんて全部辞めちゃっていいんだ。
 発明だって、工夫だって、望美ちゃんや朔が喜んでくれたらそれでいいんだし……」
「駄目!」
顔を上げて望美がそう言う。間髪入れずに発せられたその言葉に景時は目をぱちくりさせた。
「だって、景時さんの考えることが、皆の役に立ってるんだもん。それは私もやっぱり嬉しいんだもん。
 景時さんだって、自分が考えたものが皆に認められて喜んでもらえてるって嬉しいでしょう?」
ゆっくりと考えるように景時は頷いた。それを見て望美がにっこりと微笑む。
「だからね、良いことも悪いこともあるから、上手に遣り繰りしていこう!
 またヤキモチ焼いちゃうかもしれないけど、景時さんがぎゅって抱きしめてくれたら、そんなのすぐにどっか行っちゃうよ?」
その言葉で景時は早速望美をぎゅっと抱きしめる。くすぐったそうに望美は声を挙げて笑った。
「……それにね、きっとカリスマ主夫がプロポーズしてくれたって言ったら、お母さんはすぐに結婚許してくれそうな気がする!」
「……そ、そうかな?」
「そうだよ。絶対!」
「……じゃあ、今度、望美ちゃんの家に挨拶しに行ってもいい?」
「ええっ!」
あまりの望美の驚きに景時が、やっぱりだめ? と困ったように苦笑する。慌てて望美はぶんぶんと首を勢いよく横に振った。
「や、結婚させてくださいって言いに行くんじゃないよ、さっきも言ったけど、
 まだ望美ちゃんの年齢じゃ早いってオレも今じゃわかっているからね。
 でも、ちゃんとそういうことも考えてお付き合いさせてくださいって、言いに行きたくて。
 本当はもっと早く、そうしたかったけど、やっぱり、仕事してませんって身分じゃ駄目だって思ってたから」
どうかな? と尋ねるように景時が首を傾げると、望美は今度は大きく首を縦に振った。
「どうしよ……なんだか、すごくびっくりで、すごく嬉しくて……どうしよ?
 今日、家に帰ったらすぐにお父さんとお母さんに自慢したくなるくらい嬉しいんだけど、どうしよ?」
そんな望美と額をこつん、と引っ付けて、景時は笑った。
「うん、じゃあね、自慢しちゃってついでに、今度のお休みにおうちに伺わせていただきますって伝えてくれる?」
「うん、そうする!」


その後、カリスマ主夫の便利な発明品が梶原邸のみならず春日邸でも大活躍するようになったのは、勿論のことである。


END OR CONTINUE?





すみません、ギャグです……というか、カリスマって景時から遠い言葉だなあ
アットホームダッドって、でも景時に似合いそうな気もしないではない。料理はどうかしら?
現代捏造EDネタはまた書きたいと思いますが、カリスマ主夫かどうかはわかりません(^^;)



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