「ただいまー!! 朔! 望美ちゃんはっ!!」
騒々しく帰ってくるなり居間に駆け込んできてそう言う景時に、朔はもはや小言を言う気も失せた表情で答えた。
「30分ほど前に帰りましたわ。玄関に靴もありませんでしたでしょう?」
わかりきったことを、と言いたげな妹の言葉に、景時は深く溜息をついた。わかっていても、確認せずにはいられなかったのだ。それからはっと気付いて顔を上げる。
「30分ほど前って、一人で? こんな夜に危なくないの?」
「……兄上がいらしたら良かったんですけれど。生憎、いらっしゃいませんでしたわよね?
門限ぎりぎりまで、望美は兄上を待っていましたのよ」
自分が悪いと言われればそれまでのことで、景時は再び深い溜息をついた。今日も、これ以上ないくらいに急いで帰ってきたのだ。いまだこちらの世界には慣れたとはいえ慣れきってはいない景時は、車の免許も持っていない。そもそも運転などできない。近々、免許を取りにいくぞ、とは思っているのだがその時間をどう作るかが今となっては難しい。とにかく、そういうわけで、今も移動はもっぱら電車とバスだ。カリスマ主夫なんて呼ばれていても、どこかの事務所に所属しているわけでもなし、マネージャーがいるわけでもなし(敢えて言うなら朔がそれに近いかもしれないが)尤も、本人はその方が気楽で良いと思ってはいるのだが、いかんせん移動に時間がかかるのが悩みだった。別に現場から現場の移動はどうでもいいのだが、家に帰るのが遅くなるのは許せない。撮影が押して時間が予定より遅くなるのもいつものことで、おかげでここ10日以上、望美とちゃんと顔を会わせていないのである。いい加減、景時としては限界を超えそうなのだった。
「ああああ、今日も望美ちゃんに会えなかったなんてなあ〜……もう、オレ、駄目かも……」
床に座り込み、テーブルにつっぷす。そんな兄に朔は特に同情もせず、かといって冷ややかに突き放しもしなかった。とりあえず、温かいお茶を淹れてテーブルに置く。その気配を察した景時は、顔を上げて朔に尋ねた。
「望美ちゃん、元気だった? 寂しがってなかった?」
「ええ、元気でしたわよ。兄上に会えないのはとても残念がっていましたけれど。
でも、兄上のお姿はテレビで見てましたし。兄上の身体のことを心配していましたわ、忙しすぎないかって」
その言葉は本当のことで、しかし、一部省略もしてある。望美と一緒に景時の出ている番組を見ていると、いろいろと騒がしい。どう騒がしいのかとか、望美が落ち込みかけることとかは、兄に告げない朔だった。何故なら、望美自身がそういうことを景時に知られたいと思っていないであろうからだ。
「そっか……望美ちゃんが元気ならいいんだけど……でも寂しがってるんだろうなあ〜、本当は。
望美ちゃんってさ、心配かけないようにって頑張っちゃう子だしさ」
そして、兄も思いこみなのかなんなのか、望美のことについては目ざといので、朔が何か言うよりも案外いろいろ察していたりもするからだ。
メールだけでも打っておこうかな、と慣れない手つきで携帯取り出し、「の、ぞ、み、ちゃ、ん、へ」と口に出しながら確認しつつ文字を打つ景時に、朔は
「望美から伝言がありましてよ」
と手紙を差し出した。打ち掛けのメールをほっぽりだして、景時はその手紙を受け取る。可愛らしいピンク色の紙に桜の花びらが散る模様の便せんに、丁寧に書かれた望美の文字。(達筆な景時に並ぶと恥ずかしい、と望美は子どもっぽい文字を卒業したいと書の稽古に励んでいた)
「えーと、なになに……
『明日は校外学習で景時さんの仕事場近くに行く予定です。
会えたら嬉しいんだけどなあ。
忙しいみたいだけれど、無理しないでね。朔と二人で夕ご飯作ったので食べてね』
……朔、朔ー! 望美ちゃんの作った夕食ってなに、どれ、どこっ」
騒々しい景時を後目に、朔はお盆に手鞠型の可愛らしいお握りが幾つか乗った皿と味噌汁、煮物と焼き魚を載せて現れた。
「望美が心を込めて握ったものでしてよ、兄上の好きな具ばかり、本当に兄上は幸せ者ですわね」
目を輝かせて感動も露わにそれを眺めていた景時は、しかし、それより先にこの感動と感謝を望美に伝えたいと思ったのだろう、さきほど途中になっていたメールをぽちぽちと再び打ち始めた。未だけして早くはないその打ち方に
「兄上、冷める前にお食べになってくださいね」
と朔が言う。
「大丈夫だよ、望美ちゃんが作ってくれたものは冷めたって美味しいんだもんね」
もちろん、そう言いつつも、彼女の思いがこもった夕食だ、温かい美味しい状態で口にするのが一番の礼儀だと景時もわかっているのだった。
「ということで、梶原さん、今日の収録の後、少しお時間いただけませんか?」
そわそわと辺りを見回していた景時は、相手のその言葉を半分は聞いていなかった。
「えっ? はい? 今日、何ですか?」
すっかり挙動不審な景時だが、視線が泳いでいるのはもちろん、望美が何処かに来ているのだろうかと探しているからである。
「ですから、今度うちの雑誌でちょっと記事を掲載させていただきたいなと。
若い男性で家事が出来て、主婦のことを良く考えたアイディアが豊富って
梶原さん、うちの読者から人気高いんですよ。プライベートが今ひとつ謎っていうのもいいみたいで」
「や、あの、今日は駄目です。早く帰りたいんで」
さすがにそろそろ限界なのだ。いい加減、生身の望美を見たい、触れたい、抱きしめたい。只でさえも望美が中心の世界観を持っている景時だが、このところの望美不足で、このままでは夜中に望美の家まで押し掛けてしまいそうな勢いである。しかし、今日は望美が校外学習で近くへ来るというではないか。早く収録が終わればもしかしたら、一緒に帰ったりすることもできるかもしれない。今日こそは、と固く固く心に誓っているのだった。
「今日、何かご予定があるんですか?」
「はい、ありますんで。っていうか、最近ほんっと忙しくて家に早く帰れないんで参ってるんで。
またにしていただけると、ほんっと、有難いです」
ぺこり、と頭を下げた景時は相変わらずキョロキョロと辺りを見回しながらその場を離れていった。もちろん、その取材を申し込んだ記者の目がキラリと光ったことなど知るよしもない。
(だいたい、オレの出番なんて1コーナーなのにさあ、ずっと待機してる時間が長いのが
ほんっと、効率悪いっていうかさー。ああ、この時間分早く帰って望美ちゃんに会いたいよ……)
スタジオの片隅でぼんやり座り、景時は内心で愚痴を吐いていた。普段なら控え室で待っているのだが、今日ばかりは別だ。望美がもしかして何処かで通りかかるのか? とか、スタジオ観覧者の中に混じるのか? とか、いろいろ気がかりで仕方がない。
そこへ景時を探していたらしいテレビ局のADが通りかかった。
「あっ! 梶原さん。なんか、知り合いって言う人が来てましたよ。
何か、心当たりありますか? もし、知らないなら追い返しますけど……
時間あるときに、ロビーに来て欲しいって高校生らしい……」
「えっ! ホント? 髪の毛の長い高校生の子?」
「えっ? ええ、まあ、確かに長いかな」
うっひゃー! と飛びあがらんばかりに目を輝かせて景時は立ち上がると、スタジオを駆け出した。
「あっ! 梶原さん! あと30分くらいでコーナー収録ですから! お願いしますよっ!」
もちろん、そんな声は聞いてはいない。
……望美ちゃん! 来てくれたんだ! ああ、無理したんじゃないのかな、大丈夫なのかなあ……
周りのことが目に入らないほどの勢いで景時は階段を駆け下りてスタジオのロビーへ向かった。息せき切ってロビーの喫茶コーナーへ駆け込んだ景時は
「望っ…………!!」
「……よお、景時ー!」
暢気なその呼びかけに、その場に倒れそうになった。そこで景時を待っていたのは、将臣だった。
(…………確かにね……確かに、将臣くんは高校生だし、男にしてはちょっと長髪だよね……
ていうかさ、京にいたころと違うんだし、なんで将臣くん、散髪しないの……)
いろいろと走馬燈のように脳裏に様々な思いが駆けめぐったものの、景時はなんとか立ち直った。確かに、望美の学年が校外学習ということは、将臣だって校外学習なのだ。
「な、俺の知り合いだっただろ」
将臣は一緒に連れ立っていた数人に向かってそう言う。恨めしげにその様子を景時は見ていた。
「将臣く〜ん……なんなの、ホントにさあ」
がっくりしたのがあからさまにわかるその声音に、さすがに将臣は悪いと思ったのか片目を瞑って景時を拝んだ。
「わりぃ、つい、口が滑っちまって。そしたら本当かどうか会わせてみろってさ」
そう言う将臣の後ろから乗り出すように、その連れが顔を出す。
「俺のおふくろがファンだって言ってましたー! サインくださいよ、サイン!」
その連れの額に軽くゲンコツを喰らわせた将臣は、しょげかえった景時に小声で耳打ちをした。
「望美のヤツも多分、このテレビ局の見学に来ているぜ。
ただし、アイツらはお前のスタジオじゃなくて、アイドルの出ている番組の収録を見学に行ってるかもな。
なんたって班行動で個人行動じゃねえから、仕方ないんだけどよ」
しかし、それだけで景時は、ほんとっ? と目を輝かせて顔を上げる。近くに望美が来ている、それだけで上機嫌になる。望美のことだから、きっと景時を探しているに違いない。すれ違いになってはいけないから早くスタジオに戻らなくては、と景時は慌てた。
サイン、サイン、と騒ぐ将臣の連れに、筆ペンでさらさらと色紙に立派な花押を書いて投げるように渡すと景時は再び階段を駆け上ってスタジオへ急いだ。背後で将臣が「またなー!」と手を振っているのにもおざなりで手を振り返すのみだった。
スタジオに滑り込んだ景時を、待ちわびていたらしいADが手を振り回して呼んでいる。
「梶原さんっ! 早く早く! お願いしますっ!」
慌ててその指示に従うものの、視線はスタジオの中に望美の姿がないかを探していた。自分の出演部分が終わった後なら、望美が顔を出したら少しくらいは話ができるかもしれない。
(あ〜〜……頼むから、リテイクなしの一発撮りで、それが終わった後で望美ちゃんが来てくれますように〜!)
「望美〜! 早く早く、こっちのスタジオだってば」
「うん、わかってる」
そう言いながらも望美の視線は違うスタジオを探していた。
(景時さんが出ている番組の名前は……)
スタジオの扉に貼ってある番組名をひとつひとつ確認して行くために、同じ班の友人たちと少しテンポが遅れがちだ。それでも小走りに遅れすぎないように歩いていった望美は目当ての番組名を見つけた。
「あっ!」
その声に少し先を歩いていた友人が立ち止まる。
「なに、どうしたの?」
「ね、ちょっと覗いてもいいかな、ちょっとだけー!」
「なに? 撮影中じゃないの? 邪魔しちゃいけないんじゃない?」
「何の番組、望美がそんな覗いてみたいなんてさー」
わいわいとやってきて、スタジオ前の貼り紙を見上げる。そして、しばらくの沈黙の後、物珍しそうに望美の顔をまじまじと見つめた。
「この番組ってさー、おばちゃんに人気あるやつじゃないの? うちのおかーさんがなんか必死に観てるんだけど」
「……つまんないじゃん、それより、ほら、早く行こうよ」
腕をひっぱられて望美は慌てて声をあげた。
「でもっ、でもほらっ! 今、人気のあの人出てるじゃないっ!」
望美の腕を引っ張っていた友人の足が止まる。これはちょっといけるかしら、と望美が期待すると、どうやら彼女は名前を思い出そうとしているらしい。
「ああ、えーと、あの男の人でしょ。なんだっけ……カリスマとか言われてる人」
「あー、知ってる知ってる、チャラい男だよね、あたし、嫌い。だいたい男のクセに主夫ってなよなよしてそうだし」
そのまま引きずって行かれながら、望美は声も出せなかった。もちろん、怒りのために声を出すこともできなかったのである。
(チャラい男って、チャラい男って、景時さんのこと何も知らないくせに言うんじゃないわよっ!
あんたの好きなアイドルだって十分チャラいっつーの!! 景時さんはすんごい生真面目なんだからねっ!!)
声が出せたらこの10倍以上を叫びまくっていただろう。怒りゲージが振り切れていて助かったかもしれない。それでも、(望美にとって)心無い言葉を吐いた友人に一言言おうと思って振り向いたものの……そこで望美は景時のことを思い出した。
『……うーん、まあね、皆がオレに好意的ってわけでもないよ? やっぱりほら、オレは素人なんだしさあ
それに、なんだろうね、京でもオレが洗濯好きっていうとやっぱりあれこれ言われたみたいにさ、こっちでもそうなんだね。
でも、別にいいんだ。望美ちゃんはわかってくれてるし。オレのことを知らない人にどう思われたって平気だよ。
オレのことをわかっていてくれる人がいるんだから、オレを知らない人が何行ったって気にならないよ。
だって、そういう人はそもそもオレを見てなんかいないんだしね。』
景時はきっと自分が原因で望美がケンカするなんてこと喜ばないだろう。友人にとっての景時は「テレビに出ているタレント」であって生身の人間ではない。望美にとっての景時とは出発点が違うのだ。
「でも、私は好きだな!」
望美はやっと声を出してそう言った。
「なに?」
先を歩く友人が振り向く。
「私はね、あのカリスマ主夫って人、好き。男で主夫でもいいと思うし。カッコイイし優しいし!
チャラく見えるかもしれないけど、私は大好きだな!」
「やっと終わったよ〜」
ぐったりして景時は控え室に戻ってきた。なんだかんだで何度録り直しがあっただろう。焦ると失敗するという自分のクセはこちらの世界にやってきても全く治っていなかったらしい。
(……ああ〜望美ちゃん、来てたかなあ。将臣くんが来てからこんなに時間経った後じゃ望美ちゃんも帰ったよね)
溜息ばかりが口から出てくる。口を開けば『会いたい、会いたい』と呪文のように言葉がこぼれてしまいそうだ。
西日が窓から差し込んでくる。この時間では学校の授業はとっくに終わっていて間違いない。
それでも早く帰れば、望美が今日も家に立ち寄ってくれるかも、と思って早々に帰る支度をする。
鞄を開けたときに、ちかちかと携帯が光っているのに気付いた。
慌てて携帯を取り出すと、メールが何件か着信している。望美からだった。
『景時さん、お仕事ご苦労様です。中は見れなかったけど、景時さんがいるスタジオの前を通ったよ。
きっと、今、頑張っているんだろうなあって思ってちょっとドキドキしました。
出演中の景時さんを見れなかったのはすごく残念です。時間ギリギリまでロビーとかでうろうろしていたんだけど
やっぱり会えないよね。今日はあと、駅で解散なのでしばらく近くの喫茶店で待っていようかな』
その文字を見た瞬間に景時は携帯を手にしたまま鞄をつかんで控え室を飛び出した。エレベーターと階段とではどっちが早いだろうと考えるといつも景時は階段を選ぶ。なんたって自分が動かないと落ち着かないのだ。エレベーターが地上に着くまで待つ間がもどかしいのだ。
その間にも次のメールを景時は見る。
『駅前のカフェでお茶をしています。皆は先に帰っちゃったけど、ちょっと用事あるからって残っちゃった』
駅前のカフェ……かふぇってなんだっけ、ああそうそう、茶屋だね、茶屋。考えながら景時は駅へ向かう。
「あっ、梶原さんっ! もう収録終わりですか!」
取材したいとか言っていた雑誌社の記者が呼びかけるのも耳に入らないままで景時は駆け去っていった。
駅に向かう道すがらも望美のメールを読み進める。前を見たり信号を確認したり車を避けつつだったりな上に、走りながらなのでなかなか先が読めないのだ。どれくらい待っているのだろう、退屈していないだろうかとそればかり気になる。
『ここのカフェのケーキ、結構美味しくって当たりでしたv 私もこれくらいケーキ上手に焼けるといいのになあ。
来年の景時さんの誕生日は手作りのケーキに挑戦しますね!』
一人でケーキを食べながら、景時のことを考えてくれている望美を思うと、とにかく会いたい、会って抱きしめて、ありがとうと言って、ごめんねと言って、大好きだよと言って、髪に瞼に頬に耳に唇に、口付けたい。
駅のホームが道を渡った向こうに見えた。カフェは何処だろうと見渡しつつ、次のメールを見る。
『そろそろ帰らないと、お母さんに怒られちゃいそう。昨日も遅かったから……あーん、残念!
景時さん、お仕事本当に忙しいみたいだけど……無理だけはしちゃ駄目だよ? 今度のお休みがいつなのか教えてね。
力が出て元気になるスタミナ料理を作りに行っちゃうから!』
走り続けていた景時は、そのメールを読んでその場でへたり込みそうになった。脱力感が襲ってくる。
(ま、間に合わなかった…………)
がっくりと膝をつきそうになって、思いなおしてメールの送信時間を確かめる。まだそんなに時間はたっていない。
(え、駅で追いつけるかもっ!!)
力を振り絞って景時は再び走り出した。一生懸命力の限りに走る。多分、望美に会う前の景時であったなら、『一生懸命』に走る前に諦めてしまっていただろう。どうせ自分は間に合わないと思っていただろう。
けれど今は違う。望美については違う。たとえ無理かもしれないと思っても、諦めたくない。最後の最後まで可能性に賭けたいと思うのだ。だから、それこそ必死で景時は走り続けた。
電車というものには随分と慣れた景時だが、人の多さはどうにも慣れない。動きづらいのではないだろうかといつもいつも思ってしまう。
急いでいるというのに、人を避けつつでは急ぐスピードにも限りがある。それでも見切りをつけて人の間を縫って走るのはかなり上手いほうだと自負はしているが。
息せき切ってホームへ続く階段を駆け上がろうとしたときに、耳に発車ベルが届いた。
「ま、待って〜〜〜!!!」
もちろん、そんな声も虚しく、列車が動き出す音が響く。
(……そ、そんなぁ………)
今度こそ景時はその場で倒れそうになってしまったのだった。
つり革につかまってゆらゆらと揺られながら、景時はぼんやりと窓の外を眺めるでもなく眺めていた。駅で次の列車を待つ間に、望美に向けて待っていてくれたのにごめん、とメールを打った。会いたくて会いたくてたまらないよ、とも続けたかったのだがさすがにそれは止めた。
そんな風に言葉にしてしまったら本当にそれこそ我慢できなくなりそうで。それに、望美だって同じ気持ちなのに違いはないのだから。
(はぁ〜〜〜望美ちゃんは明日も学校で……オレは明日も午後から仕事? すれ違ってばっかりだよ……
待てよ、オレ、すんごい早起きして望美ちゃんが学校行くときにちょっと会うとかどうかな……
ああ、駄目だよ、そんなの望美ちゃんだって朝は慌しいのに迷惑だよね。明日ー、明日、早く終わったら何時に帰れるかなあ
あーもー、オレ、なんでこんなに忙しいんだ? おかしくない??)
それは平日夕方の帯番組にも出るようになってしまったから、なのだが本人それに気付いていないのだった。いつもより疲れが倍増した状態で吊革に半ばぶらさがるように立っていた景時は、無造作にポケットにつっこんでいた携帯がまたピカピカ光っているのに気付いた。
慌てて優先座席付近を離れると携帯を取り出す。
『景時さん、お仕事お疲れ様でした! 今、私は駅についたところ。景時さんは次か、その次の電車かな?
じゃあ、駅前のファーストフードでちょっと時間潰して待ってます。
お母さんに怒られるかもだけど、そのときは景時さん、一緒に謝ってくれますか?』
画面に向かって景時は何度も何度も頷く。そりゃもう何回だって謝るとも、という心持だ。そして列車が駅に着くのをもどかしく待った。それこそ、少しでも早く到着するというのなら列車の中を先頭車両まで走って行きたい気分である。
そんなはずはないとわかりきっていても、自分の足で走ったほうが気も紛れるし速いんじゃないのかと思わずにはいられないのだった。
一駅前からもう出口の間近に陣取ってそわそわとしていた景時は、駅のホームにつくなり列車を飛び出した。危ないとわかっているのだが、逸る気持ちは抑えられない。駅を抜けるまでを走ったところでそんなに時間が変わるはずもないのはよくわかっているのに、それでも望美の姿を見るまではどうあったって急ぐ気持ちも身体も止められないだろう。
改札を抜けて、駅を出て、ロータリーを渡って、その先にあるのがファーストフードの店で。
電車の時間をちゃんと見ていたのだろう、望美が店からちょうど出てくるのが見えた。景時を見つけて嬉しそうに笑って手を振る。
景時はこんなに走っているのに、望美の姿がそこに見えているのに、どうしてそこへたどり着くのにこんなに時間がかかるんだろうと思いながら望美に向かって手を伸ばした。
「景時さん……」
望美の声がやっと、景時の耳に届いたと思うと伸ばした手の中に望美がいた。
思い切り抱きしめて景時は腕の中の望美を確かめた。
「望美ちゃん……望美ちゃん、望美ちゃん……やっと会えた…………」
『カリスマ主夫 路上で女子高生とアツ〜い抱擁』
そんな煽りの入った写真が話題を呼ぶのはその少し後のことだった。
END OR CONTINUE?
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