カリスマに片思い





「望美、見たわよ!」
その日、学校へ行くと友人たちが開口一番、望美に向かってそう言った。どうやら昨夜放映された旅番組を何人かのクラスメイトは見ていたらしい。男子からは、あのカリスマの妹と友達なのか、紹介してくれ、と頼まれ、女子からは、どうりでカリスマ主夫のファンだって言ってたよね、と言われ。多少は覚悟していたものの、かなり慌ただしい1日となってしまった。休み時間になると、皆が机に寄ってきて、どうだったとか、なんだかんだと話を訊かれるのだ。
昼休みのチャイムが鳴った途端、将臣までやってきてお土産を請求してくるので、譲と二人にキーホルダーを渡す。
「で、夜はどーだったんだよ」
にやにや笑いながら小声で言ってくる将臣にグーでパンチをお見舞いして望美はお弁当を持って屋上へ逃げ出した。
日影の目立たない場所にフェンスを背にして座り込み、お弁当を広げる。京から戻ってきて、母や朔や譲に教えてもらって随分と料理は上達したと思う。今では自分のお弁当は自分で作っているほどで、母親からは感涙される始末だ。『これも梶原さんのお陰なのね、本当にいい人だわ〜』と暢気に言ってくれるのは、まあ嬉しい。自分がちゃんとしていれば、交際だって反対されないということがわかってほっとしてもいる。しかし、母親にも口止めしていることはある。『絶対、外で言っちゃだめだよ、私が景時さんとお付き合いしてるって。迷惑かけちゃうから! お母さんだって、ウチにワイドショーのカメラとか来て欲しくないでしょ?』 口がむずむずするわ〜と言いながらも、母親はその約束を守ってくれている。もっとも、昨日の番組のおかげで『ね〜、これで娘のお友だちのお兄さんなのよ〜っていうくらいは言ってもいいわよね? パンフラワー教室で自慢してこようっと』と鼻歌を歌いながら朝見送ってくれたのが少し気にはなるが。
(自慢、か〜……)
里芋の煮っ転がしに箸を突き刺して望美は溜息をついた。『ゲーノージンと知り合いだからって自慢しちゃってさ』そんな風に言っている人間もいるのは望美も知っている。そんな風に言う人もいるだろうということは、ちゃんと最初からわかっていたから別にいい。ただ、自分が自慢したいのは「カリスマ主夫と知り合い」なことでもなければ、「カリスマ主夫が恋人」なことでもない。もし、何か自慢したいことがあるとすれば、「自分の恋人はこんなに素敵な人なんだ」ということだと思う。優しいことや、手先が器用なことや、知恵と勇気がある人だということや、命を賭けて自分を護ってくれた人だということや。そんな素敵な人が自分の好きな人なのだということなら自慢したいと思う。
(でも、言えないんだよね)
テレビ画面で見る自分は、まるで景時に片思いしているみたいだった。自分が景時にまとわりついて、それに困惑している景時みたいに見えて。もぐもぐと里芋を口に入れながら、ぼんやりと望美は考える。
(景時さんは、どんな風に思ったかなあ)
我ながら美味しいと思ったお弁当なのに、口から漏れたのは小さな溜息だった。


「え? 景時さん、まだ見てないの?」
帰りに、いつもと同様景時の家に寄った望美は、朔の口から景時が例の番組を観ていないことを告げられ、声を挙げた。
「そうなのよ、なんだか変にしょんぼりしちゃって、そのうち観るよ、とか何とか言っちゃって。
 もっと嬉しがってはしゃぎ廻るかと思っていたのに」
景時が差し入れで貰ったという濡れ煎餅を食べながら朔がそう言うのに、望美も同じく濡れ煎餅を囓りながら、再び考え込んでしまった。テレビ画面では景時が土鍋の便利な使い方なんてことを説明したりしている。相変わらず、女子アナウンサーがべたべたと肩に手を置いているのが望美の目に映り、一瞬リモコンをぶん投げようかと思ったものの、溜息をついて濡れ煎餅を銜えたまま机につっぷした。
「…………もしかして、困ってたかなあ〜……邪魔しちゃったのかなあ」
はしゃいでいた自分に自己嫌悪である。あんな風に、テレビ番組で一人で景時にじゃれついていて、本当は迷惑していたのかもしれない、と思ってしまう。あの困惑した表情は本気だったかもしれない。
「あら、兄上は一人で観る勇気がないだけよ。
 よっぽど自分が鼻の下伸ばしてたって自覚があるんじゃないかしら」
朔は望美の味方で景時には辛辣なのでそういう評価だが、望美にしてみればいささか自信がない。
「じゃあ、今度望美が兄上に一緒に観ましょうって言えばいいんじゃないかしら?
 兄上、ビデオにはちゃんと録画していたもの」
「一緒に観てくれるかなあ」
朔の提案に、望美は少しだけ顔を上げて顎を机につくと煎餅を囓りながら問いかける。もう、お行儀悪いわね、と朔が苦笑しながら頷いてくれるのを上目遣いに見上げて、望美は小さく溜息をつく。テレビの中では景時が『それでは、また明日〜!』なんて言いながら手を振っていて、やっぱり自分はテレビの中の人に片思いしているみたいだ、と思った。机からテレビまでの距離は1メートルもないけれど、隔てるものは案外強力で分厚くて目に見えなくて、悔しいなあと思う望美だった。


「景時さん! ビデオ一緒に観ましょう!」
珍しく、週末仕事が入っていないという景時に、望美は玄関先でビデオを突きつけてそう言った。当の景時は、目を白黒させて「え、でも、や〜、どうかな、望美ちゃんはもう観たんでしょ」と後ろ向きな返事をしてくる。それを構わず、手をとって望美は景時を引きずるようにリビングへと向かった。
「あら、望美、いらっしゃい。ビデオを観るの? じゃあ家にいてくれるのね。
 私、少し買い物に出てきても良いかしら。留守をお願いね」
「さ、朔、買い物って、冷蔵庫にはまだいろいろ残っているんじゃないかなあ」
縋るような視線で、景時が朔に呼びかけるが、振り向いた朔は冷たく景時を一瞥するとにっこり笑って応えた。
「あら、必要なのは食料だけとは限りませんのよ。
 兄上のおかげで、私もシュレッダーが必要になりましたの」
ぐっと黙ってしまった景時に朔は「それでは」と言い置いて部屋を出ていった。望美が不思議そうに景時を見上げると、頬をかきながら応えてくれた。
「いや、あの〜……朔宛てににね、手紙がオレ経由で届いたりしてさ……
 オレが捨てちゃってもいいんだけど、一応朔に渡そうかなーと思って。
 朔は興味ないからって、でもそのまま捨てられないし、シュレッダーにこう、かけてね……」
「あ〜! ファンレターかあ、すごいですね、やっぱり朔だなあ」
いや、全部は渡していないし、望美ちゃん宛てのもあったけど、それは責任持って廃棄させてもらおうと思っているんだけど、とは景時の内心の声。景時自身は、自分宛のものは一応目を通し、定期的に寺で供養してもらいつつ焼いてもらっているのは望美も知っている。朔はそんなにするほどでもないから、普通に処分するという返事だったんだよ、と景時が言うのに、案外に朔の方がドライなんだよねえ、と望美は可笑しげに笑った。
「やっぱり、朔みたいにおしとやかで落ち着いている方がいいよねえ」
そんなに気にしていないつもりではあったのだが、思いのほかに声の調子が沈んでいたようで、景時がもの凄い勢いで
「そんなことないよ! 望美ちゃんはいつだって前向きで強くて優しくて、
 頑張りやさんで、可愛くて、そんなの、誰とだって比べるものじゃないでしょ」
と望美の肩を掴んで言うので、呆気にとられて勢いに押され、望美は頷いた。景時は赤い頬をして
「ほんとに……誰かと比べて自信無くすことなんてないんだよ、望美ちゃんは、今のままで
 十分なんだから」
と更に強く言うので、望美もまた赤い顔になって何度も頷いた。その拍子に、胸に強く抱きしめていたビデオに顎が当たって、その存在を思い出す。
「そ、そうだ、景時さん、これ、観ましょう。ね?」
少しどきどきしながら望美はそう言うと、勝手知ったるビデオデッキにテープを突っ込んだ。
諦めたのか、大人しく望美と並んでいる景時だが、番組が始まった途端に挙動がおかしくなる。やたらもぞもぞして、落ち着かない様子なのだ。これまでも、景時と一緒に彼が出演している番組を観たことはあるが、こんな反応をしているのは初めてで、やはり望美は、観ていられないほど悪い内容だったのだろうかと落ち込んでしまった。やっぱり、やることなすこと迷惑だったかもしれない。困惑した表情は本気のものだったかもしれない。望美もなんだか画面が観ていられなくなって、リモコンを手にとると、ビデオを止めてしまった。
「の、望美ちゃん?」
慌てて景時が顔を覗き込んでくる。なんだか悔しくて、望美は膨れっ面になってしまっていた。もやもやした気持ちが晴れなくて、自己嫌悪と八つ当たりな気分が入り交じっている感じで、口を開けば景時に怒ってしまいそうだった。ところが
「ご、ごめんね……オレ、格好悪くて観てらんなかったでしょ……」
意外な景時の言葉に驚いてしまって、頭の中が真っ白になってしまった。格好悪い……誰が? 本気でわからなかった望美が景時を見上げる。それをどう誤解したのか、景時が赤い顔で顔の前で両手を合わせて望美を拝み倒すように謝りながら言葉を続けた。
「ホント、オレ、望美ちゃんと一緒だし、仕事だって自分に言い聞かせても浮かれちゃって
 手ひとつ繋ぐにも全然スマートじゃなくて挙動不審だし、いちいちおろおろしちゃってるし
 なんだか、望美ちゃん好きすぎて怪しい人になってるみたいで、ほんっと格好悪くてゴメン!」
その言葉に、望美がぽかんとした表情になってしまっているのを見て、景時は再度拝み倒す。それを見ていた望美は、可笑しくなって笑い出してしまった。そして、景時に抱きつく。
「の、望美ちゃん?」
訳がわからないという表情の景時に、望美は笑いながらぎゅっと強く抱きついた。
「……同じこと、考えて落ち込んでました!」
「……同じこと……?」
「私、景時さんのこと好きすぎて、変なことしてて、困らせてたんじゃないかなって。
 景時さんのお仕事の邪魔だったんじゃないかなーって。
 それで、景時さん、ビデオを観れないのかなって
 なんだか、テレビの中の景時さんに私が片思いしてるみたいだなって」
「そ、そんなことないよ! すごく評判良かったよ、スタッフからも視聴者からも!
 望美ちゃんと朔が可愛くて良かったって、ファンレターとか届いてて
 そんなの見せたくないから困っちゃって……」
と言いかけて景時は慌てて口を押さえた。しかし、時既に遅く。望美は景時を見上げる。
「……私にも、手紙、来てたんですか?」
しょんぼりした顔で景時が頷いた。
「……ごめんね、オレ、預かっててさ……でも、見せたくないなーって」
「……なんで?」
責める風でもなく、望美は首を傾げて景時を見上げる。この表情には弱くて、景時は逆らえないのだ。
「……だってさ……、オレの望美ちゃんだもん。他の男からの恋文なんて……」
恋文だなんて大げさな、と少し笑って
「だって、景時さんもファンレター、貰ってるでしょ?」
と言うと、景時がぐっと黙ってしまった。その表情がとても済まなそうだったので、望美は笑って固まってしまった景時の頬に口づけた。
「……ごめんなさい。景時さんはお仕事ですものね。受け取らない訳にはいかないし。
 それに、読んで楽しいものばかりじゃないこともちゃんとわかってます。
 景時さんが自分とこに来る手紙を読んでいたら、朔や私への手紙の内容心配になっちゃうことも」
こくこく、と景時が頷いた。それから溜息をついて言う。
「……ごめんね。そんな、カッコイイ理由だけじゃないんだ。そういう理由も少しはあるけど。
 でも、本当は望美ちゃんにオレ以外の男からそんな手紙が届くなんて、嫌だったからなんだ」
つまりヤキモチというか、独占欲というか……、と決まり悪げに頬を掻きながら言う景時に、望美は嬉しくなってしまった。
「いいんです! 私、別に仕事しているわけじゃないし。
 だから、手紙受け取らなくちゃいけない理由もないし。
 そういう手紙は、景時さんからしか欲しいとは思いませんから」
ね? と笑って見上げると、もう溜まらない、とばかりに景時に抱きしめられて。
「望美ちゃん、片思いなんかじゃないんだからね!
 オレと望美ちゃんは何時だって両想いなんだから。
 オレ、テレビの中からだってずっと望美ちゃんのこと思ってるんだからね!」
強く言われて、腕の中で望美は頷いた。きっとこれからだって、テレビの中の景時に近づく相手にヤキモチ焼いてしまうだろうけれど。テレビを通してさえ、景時の視線は自分のことを見ていてくれるとそんな風に思えるから、偶にこうして抱きしめてもらうだけで、普段は我慢してあげよう、と望美は思った。
「……でも、それも卒業するまでだからね」
小さく望美は呟く。今は望美が高校生だからこそ、景時が気を遣ってくれているとわかっている。だから高校を卒業したら、絶対、景時との付き合いもオープンにするもんね、と言うことで。良く聞き取れなかったらしい景時が訝しげな顔になるのに、望美はにっこり笑う。その笑顔につられたように、景時も笑顔になり、
「……じゃあ、照れ臭いけど、残りのビデオ、見ましょうか」
そういう望美に頷いたのだった。
その後の二人ときたら、それまでとうって変わってきゃあきゃあと「このとき、ホントに望美ちゃんが可愛くて、オレ、危なかったんだよ」とか「このときの景時さんがかっこよくて、ずーっと見とれてたの」とか言い合いながらの観賞となり、帰ってきた朔に呆れ返られたのは間違いない話である。



END OR CONTINUE?





カリスマ京都編の番外編っぽく。望美メインで。
わかってはいたけれど、バカップルだー!
望美はそのうち、絶対テレビで「景時さん大好き!」とか言いそうな気がします。



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