選んだ未来




 鎌倉から戻った後、京邸はかつてと変わらぬ様子を取り戻していた。相変わらず景時は六波羅に通って忙しい日々を送り、譲は台盤所の手伝いに手腕を振るい、望美は剣や舞いの稽古で時間を過ごす。変わったのは、戦が終わったため、もう望美たちが戦場に出る必要がなくなったこと、景時たちの仕事が西国の統治となったことだった。戦で荒れた京を建て直すことは簡単ではなく、景時たちは以前に増して忙しい日を送っており、望美たちも、これからのことをどうするか話しそびれていた。白龍の力は満ちていて、望美が望めば元の世界へ戻ることは可能だという。だが、それと言い出せず日は過ぎて行った。
 桜の蕾も色付いてきたある日、京邸を九郎が訪れた。
「あれ、九郎さん。
 景時さん、もう出かけられてますよ。六波羅で会いませんでした?」
 ひと目を忍ぶかのように庭先から現れた九郎に、縁で着物を畳んでいた望美は驚いて声をかける。もしや、景時に何かあったのかと一瞬嫌な予感が過ぎった。九郎は、望美の顔色が変わったのに気付いたのだろう、慌てて手を降った。
「いや、違う、景時ではない。お前に用があって来たのだ」
「え? 私、ですか?」
うむ、と小さく頷いた九郎の顔は、それでもしかし、些か固く厳しいものだった。一瞬表情を緩めかけた望美は再びその顔を引き締める。景時に用ではなくとも、景時のことで用なのだとわかったからだ。
「ここで、大丈夫ですか?」
望美がそう問いかけると、九郎はあたりを見回し、そして頷いた。九郎のことだから室に入って二人きりというのが落ち着かないのだろう。そうした潔癖さを持ち合わせているところも九郎らしいといえばらしい。
「望美、お前はこれからどうするつもりだ?」
前置きもなくそう問われて望美は九郎を見上げた。彼の真意がつかめなかったからだ。
「……どう、って……」
 こちらに居たいと思うのは間違いだろうか、景時の傍に居たいと思うのは迷惑だろうか。そう望んでいたが故に答えを先延ばしにして今までずっと京邸に留まっていたのだが、それを諭されるのだろうかと望美はぎゅっと手を握って俯いた。帰れともし言われるのであれば、それはかなり辛いことだ。この世界のこともとても好きになっていたし、自分が関わったことで、自分の知るものと違う歴史を刻もうとしているこの世界の行く末を見たくもあったから。
「白龍の五行の力は満ちていて、お前が望めば元の世界に戻ることができると聞いた」
「……そ……そうなんですけど、でも、あの……わたし……」
ここに居たい、と望美が言うより早く、九郎が望美に向かって深く頭を下げた。
「どうか、元の世界に戻ってくれないか」
その言葉に望美の世界が凍りつく。やっぱり……という絶望感が身体を突き抜け目の前が真っ暗になった。が、続けられた九郎の言葉に違う驚きが望美を貫く。
「……景時を連れて、元の世界に戻ってくれないか」
「…………はい? って……ええっ!?」
「……しっ、静かにしろ!」
 望美の声に九郎が慌ててあたりを見回す。誰も姿を現さないのにほっとしたように顔を戻し、九郎はもう一度望美に向かって言った。
「お前の世界に、景時を連れていってやってくれ」
真剣なその表情に、望美はそれが冗談でもなんでもないと察した。望美はずっと庭に立ったままだった九郎に腰掛けるように自分の隣を指した。
「景時さんや弁慶さんは、このこと、知っているんですか」
静かに問いかけると九郎はむっつりとした表情のまま中途半端に首を横に振った。
「……弁慶は、知っている。景時は知らん」
「じゃあ、弁慶さんと話し合って?」
「俺が、弁慶にそうした方がいいんじゃないかと、言ったんだ」
首を傾げる望美に九郎はぽつりぽつりと話し出した。
「……景時が、兄上の命を受けて意に沿わぬ暗殺に手を染めてきたことを俺は知らなかった。
 俺は仲間を裏切るということは好まぬが、綺麗ごとでは世は成り立たぬともわかっている。
 むしろ、俺がこのようであったから、
 俺の代わりに景時や弁慶が手を汚すこともあったと思う」
 壇ノ浦で景時が一芝居を打ち、その後仲間を助けるために単身奮迅したことは仲間も良く知っている。そして、景時が頼朝から何を命ぜられていたかも。兄を尊敬し、敬愛していた九郎にとってはそれはなかなかに辛い事実でもあった。自分の兄が、自分の友人を苦しめていたこと、自分を疎ましく思っていたこと。景時が主君を裏切ってまで仲間を護ろうとしてくれたこと。
「俺が不甲斐ないばかりに、景時には辛い思いをさせてきたと思っている。
 だが、今のままではやはり西国と鎌倉の間で景時には、また辛い役目を背負わせてしまうかもしれん。
 お前は景時と意を通じ合わせていることだし、西国が落ち着いたら景時をお前の世界へ連れていってやってくれないか」
「……九郎さんは、それで、いいんですか?」
そう望美が問いかけると、九郎はひどくつらそうな顔になった。随分と九郎も考えての結論だったのだろう、と望美には思われた。確かに、望美とて景時がこの世界に留まることに不安がないわけではない。それでも自分もここに留まるなら、二人なら何とかなると信じることができたから、当然のように自分は景時の傍にいようと思っていたわけで。まさか九郎から……仲間からこんな風に帰れといわれるとは思ってもいなかった。
「それが、景時のためだ。俺が景時に報いるにはこれくらいのことしか、してやれん」
「……九郎さん」
ぽつりと最後に呟かれたその言葉に、望美はかける言葉を失ってしまった。


「はぁ〜〜、疲れた〜! 今日ってば九郎が頭痛がするとか言って休んじゃうし大変だよ」
日がすっかり暮れてから戻ってきた景時は、夕餉を前にしてそう言った。しかし、言葉とは裏腹に表情がにこやかなのは気のせいではないだろう。戦が終わってから、景時が以前のような昏い表情を見せることはなくなっていた。疲れた、という言葉も何処か充実した響きを持って聞こえる。
「お疲れさまでした。西国の方はどうですか?」
ご飯を盛った器を手渡しながら望美はそう尋ねてみる。嬉しそうに笑った景時は(大盛りのご飯が嬉しかったのか、望美の言葉が嬉しかったのか)ご飯を頬張りながら答える。
「うん、まだもうちょっと時間はかかるかもしれないけれどね、大分落ち着いてきたんじゃないかな。
 あとは要所要所に人を遣わせて、関を置いたり。道も整えないといけないね」
その表情に望美の胸が少し痛む。九郎の願いに頷いた望美だったが、今の景時はかつてと違って伸びやかで楽しげで忙しくとも幸せそうでもある。不安がないとは言えないけれど、景時にとって『満ちた』生活がここにあるのではないだろうか。景時のことだからきっと、望美たちの世界に行ったとしても興味を惹くものも多く見つけるだろう。事実、望美たちの世界の話をしたときは随分と興味津々だった。だから、きっと、向こうの世界へ行くことを嫌がることはないだろう……とは思うのだが、望美の中で何かもやもやとした気持ちがありまとめられなかった。
 それでも帰るとなると準備も必要だし、譲と話をすることも必要で。望美は迷う気持ちを持ったままではあったが、譲に九郎からの話を打ち明けた。
「そうですか、九郎さんが……。先輩はそれで、どうするつもりですか?」
「私は……良く、わからないの」
「帰りたく、ないんですか?」
そう改めて問われて、懐かしく元の世界を思い出した。けれど、この世界にも愛着がある。帰りたいかと問われて即座に頷くことができないのは、きっと一度はこちらの世界を選んだからだ。この世界を、仲間を助けるためにこの世界に戻ることを選んだ。この世界も既に望美にとって異世界ではなく、現実になっていたのだ。
 景時にそれと告げられることはなかったが、望美がまだもやもやとした気持ちのままではあっても、九郎から告げられた話は譲から朔や将臣、九郎から弁慶やリズヴァーン、弁慶からヒノエ、敦盛……と徐々に伝わっていった。事情が事情だけに誰も反対を唱えるものはなく、別れを惜しむように京邸を訪れる仲間も増えていった。
 一方、不審に思うのは景時で、来客は歓迎する景時もそれが楽しげなものではなく、どうも些か湿っぽい雰囲気なのが不思議で仕方なかった。しかも、いつも口うるさい朔がこのところ優しい。九郎や弁慶までもが、どうも優しい、というか、自分の仕事が少なくなっている気がする。邸に早く帰ることができるのは嬉しいが、望美との仲を思いやって早く帰らせてくれているわけではないような気がする。
(……オレ、何かしたかな〜? それともオレって役に立ってないんだろうか)
「景時さん?」
ぼんやりと夕餉を食べていたら望美が心配げに見上げてくる。慌てて景時は笑顔を作った。早く帰ってこれるようになったというのに、未だに中途半端な望美との関係も景時を悩ませるものだ。
(……やっぱり、オレの背を押してるのかなあ? ちゃんと望美ちゃんに思いを伝えろってことなのかな)
なんとなくお互い心が通じ合っている雰囲気があって、改めて気持ちを伝えようとすると照れくささが先に立ってしまうのだ。しかし、九郎たちに何時までも気を遣わせるわけにもいかない、ちゃんと望美との関係を明確にしよう、望美に求婚しよう、と心を決める。その勢いで夕餉を平らげ、それを下げようとする望美に声をかけようとして……早速、挫けた。
(……そういえば、食事も最近、豪華というか譲くんが腕を奮いまくりって感じだし……
 これもオレに頑張れってこと、なのかなあ??)
台盤所へ下がった望美を見送って、室から縁へ出た景時は暗い庭を眺めて溜息をひとつついた。
「よう、景時!」
「わっ! 誰!」
突然暗がりから声をかけられて驚いた景時の前に現れたのは、将臣だった。表向き京ではお尋ね者の将臣だが、結構自由に京邸にも出入りしていた。平家の残党を殺すことが目的ではなく、京を治めることが目的である景時たちも平家の残党をまとめて南へ落ち延びるという将臣の方針は支持していたし、鎌倉には内密でお互いに協力している部分もあった。
「なんだ、将臣くんか〜びっくりしたあ。どうしたの?」
「ああ、そろそろ京を引き払おうかと思って、挨拶に。
 西の方もかなり落ち着いてきたみたいだし、お前らもそろそろだろう?」
「ん? ああ、そう、うん。そろそろひと段落かなあ。
 でも、将臣くん、もうしばらくこっちにいなよ、望美ちゃんだって寂しいだろうしさ〜
 それか、年に何度かは顔を出すとかして欲しいな」
望美との婚儀の折には居てほしい、と思いつつ、いやでもまだ全く望美にそんな話もしていない状態でそう口にするのも先走りすぎていて恥ずかしい、と景時は思いなおしてそう言った。
「ああ? ん〜、そりゃまあ、もうしばらく居るのは構わねえけどよ。
 湿っぽいのは苦手だし、譲にはまた文句言われそうじゃん、戻らないなんて、とか」
「? 譲くんに? ああ、そりゃまあ兄弟だし、遠くに行くのは心配だろうね、せっかく会えたのに」
「まあ、気持ちはわかるけどな。お袋には上手く言っておいてくれって頼んどいてくれよ。
 あ、そうだ、俺の代わりに景時、お前が俺の家に行けばいいぜ。どうせ部屋だのなんだの余ってるんだし」
「…………?」
「俺の服とか、着れるのあったら使えよ。白龍がなんとかしてくれるかもしれねえけど
 何もわからない世界で、いろいろ入用なものもあるだろうしな」
「………………???」
全くわかっていないような景時の表情に、将臣の表情も訝しげになる。しばらくの後、京邸に景時の声が響き渡った。
「な、な、なんで〜〜!? オレの知らないところで、なんでそんな話になってんの〜〜〜?!」


 疲れきったような景時の前で、望美は小さくなって座っていた。天井を放心したように見つめていた景時が俯いたままの望美に視線を戻して静かに語りかける。
「……ごめんね、望美ちゃん。オレ、すっかり、君が残ってくれるものだと思い込んでて。
 そりゃあ、やっぱり、帰りたいよね」
その言葉にがばっと望美は顔を上げた。
「そ、そうじゃないんです! そうじゃなくて……みんな、景時さんのことが心配で。
 また、一人で辛い仕事を抱え込むんじゃないかって」
「望美ちゃんは?」
「…………私は……私は、景時さんが居てくれるなら、どこでも、いいんです」
そう言いきって、望美はああ、そうだ、と納得する。自分はどちらの世界でも、景時のいてくれる世界がいいのだと、景時が居たい世界に時分も居たいのだとわかったのだ。
「……そっか……えと、その、ありがとう。オレもね、望美ちゃんの居てくれる世界が、いいな。
 だから、望美ちゃんが、どうしても帰りたいっていうなら、それもいいかな、って思ったりもしたけど……」
そう言って、景時は頬を掻いた。
「なんか、皆に心配かけちゃって、オレって情けないな〜。
 頼朝様を煙に巻いてさあ、オレにも皆を守れた、ってちょっと舞い上がってたけど、やっぱりダメだね〜」
あはは、と軽く笑う景時だが、内心はかなりショックだったのだろうと望美の目には見えた。
「景時さん……みんな、景時さんが情けないなんて思ってませんよ。
 ただ、今までずっと景時さん一人にいろいろ背負わせて、頼朝さんにも一人で対決させちゃって
 そのせいで、また危険な目にあったら、って」
「うん……」
しばらく考えていた景時は、向かい合った望美に膝でにじり寄ると、その手をぎゅっと取った。そして静かに語りだす。
「ね、望美ちゃん、壇ノ浦から鎌倉に、二人きりで旅したときの夜のこと、覚えていてくれている?」
強く握られた手に、景時の熱を感じて望美の鼓動が跳ね上がる。
「……お、覚えてます」
仲間を助けなくては、という切羽詰った思いと裏腹に景時と二人きりという状況に浮き立つ気分が入り混じっていたことも確かで。これから二人で挑む敵の大きさに緊張のあまり眠ることができず、二人で語り明かした夜もあった。辛い景時の過去を聞いた夜もあった。お互いを良く知る旅だったのは間違いないものだった。
「あのとき、東国の武士のこと、オレの父親のこと、暮らしのこと、話したと思うんだけど……」
鎌倉という町のこと。東国のこと。それらを語るとき、景時の目は武士になる、と望美は思ったものだ。鎌倉に放たれた怨霊を止めるために皆で旅をしたときもそう感じた。景時に流れる血は、脈々と受け継がれてきた東国武士のものなのだと。
「オレは、頼朝様の方法は賛成できなかったけれど、やろうとなさっていることは支持していた、って言ったよね。
 それは、今も変わっていないんだ。
 東国から新しい世が始まって、ずっと苦しい思いをしてきた東国の者たちが世を作っていく。
 そんな時代が本当に実現したんだ、っていうことがすごく嬉しいんだ」
荼吉尼天を怖れて頼朝に付いた御家人たちばかりではない。むしろ、東国を解放する頼朝には神の後ろ盾があるのだと歓迎する者たちだっていた。軍に身を置いていた望美には源氏の軍が頼朝への恐怖ではなく忠誠……東国を平家の圧政から解放したことへの忠誠心に団結していたことも感じている。恐怖だけでは軍を統制することはできないのだ。
「……オレは、ずっと自分は何もできない、ダメな人間だって思ってきた。
 でも、望美ちゃん、君と出会って。仲間と出会って。こんな世が本当に実現して。
 オレにも出来ることがあるんじゃないか、って思うようになったんだ。
 ……ううん、違う、オレも、やらなくてはならないことがあるんじゃないか、と思うんだ」
「……やらなくてはならないこと?」
「うん。……たくさんの犠牲の上に作られたこの世を、より良いものにすること。
 もう、誰も悲しまなくても良い世を作ること。そのためにオレは出来る限りのことをやらなくちゃ、って。
 オレは今まで、自分には無理だからって逃げてばかりいたけれど
 逃げないで、自分がしなくてはならないことを、やり遂げたい、って思うんだ」
戦が終わってから、ずっと、忙しくても景時は何処か嬉しそうだった。
「父上にも褒められたこともない、ダメな跡継ぎだったけれど
 ここで遣り遂げたら、いつか父上に褒めていただけるんじゃないか、なんて」
父だけではない、戦場で失った多くの兵たちにも。彼らの礎の上に築かれたこの世が、彼らが望んでいた世が続くように、生き残った者は尽くさねばならないと思う。
「……だから、オレはここに残りたいと思うんだ。
 確かに、頼朝様は怖いけどさ〜、でも、頼朝様と九郎の間に立てるのってオレくらいだと思うしさ。
 それにね、もう一人では抱え込まない。一人では無理でも、君となら乗り越えられるってわかったから。
 だから、望美ちゃんには、隠し事はもう、しない」
かあ、っと望美の頬が熱くなった。真剣な景時の表情と言葉に胸が高鳴る。惚れ直す、というのはこういうことなんだ、などと思ってしまう。こんな風に考えて頑張っていたんだと思うと、望美はもう、景時を自分の世界へ連れていこうという気は起きなかった。
「だから……ね、望美ちゃん……」
景時はそこで大きく息を吸った。ここで言わなくては、と心を決める。ここで言わなければ、もうきっと絶対言えない。それにしたって、どうして、戦場で名乗りを上げる以上に緊張するものなのだろうか、もう、相手の気持ちは自分にあると間違いなく確信しているというのに。
「……だから、ね、望美ちゃん。オレの我侭だと思うけれど……でも、君にオレの傍に居て欲しいんだ。
 元の世界に帰ることができるっていうのに、こんなこと言うなんて酷いヤツだって思うけど……
 でも、望美ちゃんに、残って欲しいんだ。ここに居て欲しい。
 オレの、傍に居て、オレと一緒に生きて欲しいんだ」
ぎゅっと掴まれたままの腕と、真剣なその瞳に望美は景時から目を離すことができない。声を出すことも出来ない。けれど、ただ、頷くだけで十分だった。景時の言葉に頷くだけで、望美の思いは十分に景時に通じたし、景時は嬉しげな顔で笑い、強く望美を抱きしめた。



「……だから、悪かった、と言っているだろう」
散々景時から愚痴を言われた九郎は、決まり悪そうな顔で景時に向かって怒ったようにそう言った。だが、その表情が嬉しそうなのは見間違いではないだろう。本当を言えば九郎だって友人である景時が何処かへ行ってしまうより、傍にいて自分の片腕として働いてくれるほうがずっと心強いのだ。
「ま、九郎がオレのこと、そんなに心配してくれてたなんて、ちょ〜っと嬉しかったかもね。
 でもさ〜、弁慶が賛成していたなんて意外だったな〜」
オレってそんな役にたってなかった? と言う景時に、軍師はにこやかに笑いながら答える。
「九郎が思い込んでいるんですから、止めたところで無駄でしょう?
 どうせ君は行くつもりはなさそうでしたからね、放っておいても大丈夫かなと思ったんですよ」
「べ、弁慶!」
その言葉に驚いたのは九郎の方で。
「いいじゃないですか、おかげで景時とも忌憚なくいろいろ話すことができたでしょう?
 これから鎌倉を相手にしても西国を相手にしても一緒にやっていってもらわなくてはならないんですから
 どこか遠慮を抱えたままの関係で居てもらっては困りますからね」
弁慶はさらりとそう言ってのけ、九郎は何処か納得いかない顔でいながらも同意する他にはなかった。その様子に笑う景時だったが、弁慶は景時に向かっても言う。
「君も同じですよ、景時。望美さんとちゃんと話をしましたか?
 仕事も少なめにして時間を作ってあげたんですから、そろそろ良い日取りを決めてくださいね」
笑っていた景時が目を白黒させて黙り込んだのは勿論のことだった。何処までいっても、この軍師殿に頭が上がる者はいないらしい。
 その後、遠くない日に京邸で祝言の儀が執り行われることとなるのも間違いのないことだった。




キリバンのニアピンで春菜さまにお送りさせていただきます。
ご期待に沿えているかどうか些か自信がありませんが(^^;)
でも、こういうときに突っ走りそうなのはやっぱり九郎かな〜、なんて。
八葉全員出せなかったのは残念です。


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