居るべき場所




(景時さん、いるかな〜)
望美はうきうきした気持ちで玄関の扉を開けて外へ出た。土曜というのに補習授業があって、今日は会えないと思っていたというのに運良く昼までで補習が終わったのだ。大急ぎで帰ってきて荷物を置いて出かける用意をしたのだった。玄関を出たところで、空を見上げる。青い空に強い日差し、もうじきに夏がやってくるだろう。夏になったら景時の好きな江ノ島のプールに行こうと誘わなくては、と考える。
景時がこちらの世界に来たのは冬の最中、クリスマス前のことだった。そのとき一緒だったのは、景時だけではなくて八葉の仲間たち皆が揃っていたのだけれど。荼吉尼天を倒した後に現れた迷宮の謎を解いて。冬の数日はめまぐるしく、それでいてとても暖かい思い出を残してくれた。そして、全てが終わった後、本当なら元の世界へ戻るべき人にここへ留まって欲しいと願うほどに熱い思いも。
白龍の助けもあって、景時はこちらの世界での居場所と生計を得た。望美の家からも程近いところにあるマンションの3階。日当たりのいい角部屋で、天気のよい日には洗濯物を干せるベランダがある。ふかふかのベッドとぴかぴかのキッチン。景時の人柄を表すように居心地のいい部屋を思い浮かべると、出かけるのもいいけれど部屋でDVDだっていいような気もしてくる。夕食は外で食べるのもいいけれど、二人で作るのだって楽しい。
そんなことを想像しながら歩いていると、じきに景時のマンションにたどり着いてしまう。マンションの入り口が道の向こうに見えて景時の部屋を見上げる。天気がいいにもかかわらず、今日は窓が閉まっていた。
(あれ? どこか出かけているのかな?)
こんな日なら洗濯物を干して、クーラーが苦手な景時は窓を全開にしているだろうに。今日は土曜日なので景時の仕事は休みのはずで。だから家にいるはずだと思い込んでいたのだけれど、景時がどこかに出かけることだって勿論、有り得るのだ。半ばしょんぼり足を止めかけたとき、マンションから出てくる景時が見えた。
「あっ……!」
ちょうど、出かけるときだったのだ。良かった、と声をかけようとして望美はその声を飲み込む。それは、景時の表情がどことなく固いものだったせいでもあるし、彼の手にあったものが意外なものだったせいでもある。それは花、だったのだが、例えば女性に送るような豪華な花束ではなかった。そうではなく、控えめな花の取り合わせで。もちろん、それは望美へのプレゼントであるはずもなく、けれど、景時が花を贈る相手がいるとも思えず、望美は景時に声をかけて疑問をぶつけるのを躊躇い、そのまま景時を見送った。景時は望美に気付くことなく、望美とは反対方向へと歩き去っていく。その背中がだんだん小さくなっていくのに、望美ははっと気付いてその後を追いかけた。
何処へ行くのかと予想もできずにその後を、何故か距離を置いて見つからないように望美は追いかけた。やがて、その方角が鶴岡八幡宮の方だと気付く。鶴岡八幡宮は迷宮が現れた場所でもあって、だから何かをまた景時が察知したりしたのかもしれないと思ったり、けれどあの花には理由がないと思ったり。別に景時が一人で何処へ出かけようとも自分が何か咎めることができるわけがない。望美だって偶にはクラスの友だちと遊びにだって行くし、景時にもこちらの世界でできた関係だってあるだろう。そんなことをぐるぐる考えている間も、景時は迷いなく歩いていく。思った通り、若宮大路を八幡宮へ向かって歩いていくので、やはりそこが目当てなのだろうと望美は半ば安心した心持になった。花だって特になんの意味もないのかもしれない。
 しかし、景時は八幡宮には立ち寄らなかった。そのまま道を横に曲がり歩いていく。望美はだんだん自分が緊張してくるのがわかった。
(もしかして、この先って……)
その道をさらに景時が曲がったのを追いかけた望美は、けれどその先をまた歩いた後、景時が石段を登っていくのまでは追いかけなかった。やっぱりそうなのだとわかったからだ。きっと、降りてくるとき彼の手に花はないだろう。その場で景時が降りてくるのも待たずに望美は踵を返して走り出した。あの先に何があるか、望美は知っていた。頼朝の墓、だ。こちらの世界の人物と同じではないにしても、源頼朝と呼ばれた人が景時にとって主君であったことに違いはない。その人物の墓があるとなれば、景時が参りに行っておかしいわけもない。けれど、望美はとても嫌な気持ちだった。
(だって、だって頼朝という人は……)
頼朝は、けして優しい主君ではなかった。むしろ、冷酷で景時に苦しみしか与えなかったような人だった。望美は頼朝が嫌いだった。景時だけではない、実の弟である九郎にも冷たかった。他人を利用することしか考えていないような人だった。ただ、妻である政子を除いて。
走って走って、家の近くまで戻ってきてやっと足を止める。景時は石橋山で頼朝に出会い、家族を人質にとられ従ったと聞いた。無理やりに結ばれた主従関係であるのなら、もう今は何の関係もないその人の墓に何のために参ることがあるのだろう。
(……景時さんは、頼朝さんを本当はどう思っていたんだろう)
本当は尊敬していた? 本当は頼朝のために役立ちたいと思っていた? 本当は無理やりに従わされていたわけではなかった? ……本当は、頼朝の元へ帰りたかった?
『オレは帰れなくても構わない』
迷宮の謎が解けない中で、景時が皆に向かって放った言葉。いつもにこやかな彼の表情が全く違っていた。武人であり軍奉行である彼の冷静な顔がそこにあった。仲間に対して、あんな風に冷静に自分の主張を繰り広げるのを初めて見た。それは望美のためを考えてのことだったと後で知った。……嬉しかった。優しい人だと思った。そして、あのときの言葉はその場限りのことではなくて、今も変わることのない本気の言葉だと言われて、とてもとても嬉しかった。だから、そのまま自分の世界に留まって欲しいとお願いして。でも本当に、それで良かったのだろうか。
「望美?」
不意に声をかけられて、驚いて望美は振り向いた。
「なにやってんだ、お前」
今日の補習もサボってバイトに行っていた将臣だった。勘のいい幼馴染は望美の表情を見て、眉を顰める。それ以前に、自宅の玄関前で中に入ろうともせずにぼんやりしている姿を見たら普通に心配するであろう。
「な、なんでもないの。やだなー、今日補習で疲れちゃったのかも。ごめんね」
「って、補習は昼までで終わっただろ。もう夕方じゃねーか」
自分は補習に出てもいないのに、情報だけはなぜか良く知っている。どうやって言い逃れしようかと目まぐるしく望美が考えていると、将臣が溜息をついた。
「……なんだよ、景時となんかあったのか?」
「……なっ」
「なんでって、お前がそーゆー冴えない顔するのって、それ以外に一体何があるんだ?」
なんで、と聞くより先にそんな風に言い切られて、望美は不満げに頬を膨らませた。恋の話は女友達と、というのがきっと普通なのだろうけれど、景時とのことは将臣や譲の方が相談しやすい。過ごしてきた時間や経験してきた思い出があるからだ。けれど、今回のこのことばかりは、将臣にも言えそうもなかった。しばらく考えて、望美は将臣に問いかける。
「……将臣くんは、やっぱり、平家の人たちのこと、心配?」
彼が異世界では還内府と呼ばれ、平家の中心となっていたことを望美は知っている。そして彼が異世界で自分に良くしてくれた平家に恩義を感じていたことも。彼は、荼吉尼天を追ってこちらの世界に戻ることがなかったら、もしかしたら自分が生きる地を異世界に定めていたかもしれない。将臣はくい、と片眉を上げて突然の望美の質問にしばし考えた。
「……そりゃまあ。全く気にならねえって言ったら嘘んなるな」
じゃあ、戻れるとしたら、戻りたい? と望美が問おうとするとそれより早く将臣は少し懐かしげに笑いながら答えた。
「ま、でも、大丈夫だろうさ。オレが出来ることはみんなやり尽くしてきた。
 あとはあっちの世界の人間の仕事だ」
懐かしげで、いとおしげで、そして少し寂しげで、けれどすがすがしい笑顔だった。そうか、と望美は思う。将臣はこちらの人間だから。そうやって思い切ることもできたのだろう。景時は? 将臣と同じとは限らないのではないだろうか。彼の気持ちは、彼に聞かなくてはわからない。うじうじ考えているのは自分らしくない。ぐっと望美は拳を握り締めて顔をあげると、
「ごめん、ちょっと景時さんとこ行ってくる!」
と言うと走り出した。将臣は驚きもせず、肩を竦めて「おーおー、頑張ってこいよ」とその背中を見送った。前までは、思ったまま奔放に駆けていく幼馴染を守ってやらなくちゃ、と思って心配ばかりしていたけれど、今はその役目は生まれた世界も家族も全てよりも望美を選んだ男のものだ。もっとも、将臣にとっては、心配する対象が望美一人から、望美と景時の二人に増えたということのように思えるのだが。


走ってきた道をまた走って景時のマンションまで戻る。エレベーターが降りてくる間を待つのももどかしくて3階までの階段を駆け上る。おかげで景時の部屋の前にたどり着いたときには、かなり息が上がっていた。呼吸を整える間ももったいなくて扉にもたれそうになりながらインターホンを押す。
『は〜い』
と、いつもの間延びしたような明るい声がして扉が開いたが、景時はそこでへたばりかけた望美を見つけて驚いて声をあげた。
「のっ、望美ちゃんっ!? ど、どーしたのっ!」
「かっ、かげとっ……、景時さっ……ね、……ない?」
必死の形相で景時に縋りついて何かを問いかけてくる望美に、景時は驚きながらもその言葉を聞き取ろうと努力する。そして宥めながら家の中へ望美を入れて戸を閉めながら、彼女がやっと『後悔していない?』と尋ねていることを聞き取る。その言葉に景時はまた驚く。何故、彼女がそんなことを考えるに至ったのか、その原因がわからない。自分は何か彼女がそんな心配をするようなことをしただろうか? しかし、そんな原因を探すより先に景時はそっと望美を抱きしめた。そしてその背中を落ち着かせるようにゆっくりと撫でさする。
「……望美ちゃん、落ち着いて。まず、ほら、ちゃんと息を整えて。ね、大丈夫、慌てなくても時間はあるからさ」
それでやっと望美も自分が急ぎすぎていたことに気付いたように、小さく頷いて深く何度か深呼吸を繰り返した。荒く上下していた望美の肩がやがてゆったりと落ち着くと、景時はそっとその髪を撫でて導くように玄関から上がらせる。そのままリビングへと誘うとソファに座らせ、それから「ちょっと、待っててね」と言い置いてからキッチンへ行って、グラスに水を注いで戻ってきた。
「はい、冷たいお水。走ってきたんでしょ、喉渇いたんじゃない?」
手渡されたグラスを手にとって、小さく「ありがとうございます」と答えた望美は、それをごくごくと半ばまで飲み干した。それを見て、ほっと息をついた景時は望美の隣に腰を下ろした。そして再びその髪を優しく撫でながら先ほどの望美の問いに答える。
「……ね、望美ちゃん。どうしてそんな風に思ったかわからないけど、オレはここに来たこと、少しも後悔していないよ。
 むしろ、とても幸運だったって思ってる。だってさ、本当なら出会えるはずもない異世界の神子姫と出会って
 そして、その神子姫とこんな風に触れ合って、幸せに暮らせるなんて。月の姫君との恋を、月で叶えたようじゃない」
最後は少しおどけて言ったけれど、景時を見つめる望美の瞳の真剣さに、景時も正直に自分の心情を語る。じっと望美の瞳を見つめて語りかけると、彼女の瞳が揺れるのが見えて、本当に訊きたいことは違うことのようだと感じた。
「……望美ちゃん?」
「……将臣くんはね、あっちの世界の平家の人たちが心配だけど、でも自分はできることをやり尽くしてきたから、って言うの。
 将臣くんは、もともとこっちの世界の人間だから。そうやって思い切ることができたのかなって思うけど。
 景時さんはどう? 自分の居た世界の人のこと、心配じゃない?」
それは、どんなに言い繕っても「心配じゃない」と言っても信じてはもらえないだろう。望美自身だってあちらに帰った仲間のことを想わない日はないだろうから。それに、望美に対して自分を偽りたくはない。
「……そうだね、そりゃあやっぱり、心配かな。でも、信じてもいるよ。
 皆元気でいるって。九郎や弁慶は、きっと国づくりのために奔走してるんだろうなあ。
 頼朝さまと上手くやってくれてるといいけど。オレだけなんだか楽してるみたいで、そこは申し訳ないけどさ。」
ぴくり、と望美の肩が動いた。どうやら、このあたりに何かあるらしい、と景時は考える。けれど、ときに意地っ張りな望美から本心を引き出すことはしばしば難しい。そして、そういうときは大概、景時のことを心配しているときだ。
「望美ちゃん?」
低く囁いて額を近づける。帰りたいと思うことを心配しているのだろうか。懐かしい故郷、懐かしい家族、懐かしい友人。思い出せば、胸に迫る想いは、確かにある。ある、けれど。
「……景時さんは向こうの世界でやりたいことは、ありませんでしたか? 私は、それを景時さんから奪ってしまったんじゃないですか」
「……そうだなあ、向こうの世界でやりたいこと、か……。うん、ない、かな」
あっさりそう言った景時に、望美が信じられない、とばかりに唇を不満げに尖らせる。思った通りの反応に景時は思わず笑ってしまって、尚更に望美に膨れっ面をされてしまう。
「嘘じゃないよ。オレが叶えたかったものは、もう、あっちの世界では全て叶っちゃったんだ。
 望美ちゃんが、叶えてくれた。戦の終わりと、新しい武家の世の始まりと、仲間が安心して暮らせる世の中。
 オレが守りたかったものは、あっちの世界では全部叶ったから。オレはオレの一番の願いをこっちで叶えたいんだ。
 望美ちゃんを守りたい、望美ちゃんと幸せになりたい、ってね」
望美の顔が耳まで赤く染まる。それを、こんなときだというのに景時は可愛いと思った。望美の膝にそっと乗せていた景時の手を望美の手が撫でる。そしてそっと手を重ねて握る。
「……本当に、心残りはないんですか? ……頼朝……さんのことも?」
言いにくそうに俯いて望美がそう言って、それで景時はやっと気付いた。
「……もしかして、今日、見てた?」
「ごっ、ごめんなさい! 今日早く学校が終わって、景時さんが出かけるところで、気になって……」
「そっか〜」
少し困った表情で景時はそう答えた。困った顔なのは、望美が納得するように自分の頼朝への思いを説明できる自信がないからだった。望美が頼朝を嫌っていることは、なんとなく感じていた。そして、それも仕方のないことだと思う。弟である九郎への仕打ちも、荼吉尼天の力でもって時に人を従わせたことも、潔癖で正義感の強い望美には相容れないものだろう。
「……景時さんは、頼朝さんのこと、好きだったんですか」
どう説明したものかと考え込んでいる景時に、望美のその問いは突拍子ないものに聞こえた。
「すっ、好き??? オレが、頼朝様を? こ、怖いと思ったことはあっても好きだなんて思ったこともないよ〜!」
本気でそう答えた景時は驚きのあまり声が裏返ってしまう。しかし、望美の顔を見てみると、じゃあ、何故? と書いてあるようで、ますます景時は困ってしまった。
「……好きとか嫌いとか、そんなこと考えたこともなかったよ〜っていうか、考える意味がないっていうか。
 ただただ頼朝様は絶対的な存在だったんだよ。もちろん、恐怖もあったけれど、でもそれだけじゃない。
 オレは、どこかで頼朝様が為そうとしていることに共感していたんだ」
思ったとおり、景時の言葉に望美が驚いた顔になる。
「だ、だって、頼朝さんは――」
「うん。冷酷な方だよ。平家との和議が成らず、荼吉尼天がまだあちらに居たら――きっとオレや九郎たちの運命は変わっていただろうね。
 冷酷で、政子様以外誰も信用なさらず、オレのことも使える道具としか思ってらっしゃらなかっただろうけど。
 でも、一人で流浪の身の孤独に耐え、力をつけ、世の中を変えた方なんだ。
 ずっとずっと、東国の者が望んでいながら為しえなかったことを為した方なんだよ」
そういう意味で東国の者にとって頼朝は絶対者なのだ。そして冷酷果断な頼朝でなければ、東国の者の願いは叶えられることはなかっただろう。
「望美ちゃんは多分、理解できないだろうけど。オレたちはずっと長く京に支配されてて、そういう暮らしから解放されることを願っていたんだよ。
 平家を名乗るのも、そう名乗っていれば京の平家からの締め付けもいくらかマシになるかも、なんてことだったりしてさ。
 だから、頼朝様が平家に対して兵を挙げたときは、表向き平家に従いながらも内心は頼朝様を味方していた者も多かったんだ」
「景時さんも?」
「オレは……オレはさ、どっちでも良かったんだけどね。戦なんかなくて、ただ穏やかに暮らしたかっただけでさ。
 でも、ちょっとだけ頼朝様に同情してた。どんな方か知らなかったからさ、配流の身で長く不遇な扱いを受けた方なんだろうな〜って」
そして巡り合った石橋山。あの日味わった恐怖を忘れることはないだろう。この世の地獄を見たと思った。そして異国の神を従えて、血の海に表情ひとつ変えず立つ頼朝は魔王かと。
「……そうだね、オレはもしかしたらやっぱりずっと頼朝様を怖いと思いながらもどこかで可哀相な方だと思っていたのかもしれないな」
あの頼朝と「可哀相」という言葉があまりに結びつかなかったのだろう、望美がきょとんとした表情になる。それに景時が笑いかける。
「恵まれない方だと思っていたんだと思うよ。あんな風に冷酷になったのも父上である義家様に捨て駒にされた上のことかと思ったり
 だから九郎がいくら慕っても肉親の情を信じることがお出来にならないのだろうとか。
 オレはやっぱり頼朝様のことが怖くて、でも、いつかわかってくださるといいと思ってたし、変わってくださればいいなと思っていたんだと思うよ」
好きとか嫌いとか、そういう気持ちを超越した存在で、けれど、おそらくは「嫌い」ではなかっただろうと思う。その方法にはどうあっても共感できず苦しかったけれど、その為そうとしていることには自分にはない王者の風格も含めてただただ圧倒された。
「こちらの世界の歴史を読んでね。こちらでは頼朝様と九郎は和解することがなかったんだな、と思ってね。
 向こうの世界では、まだ間に合うでしょ。頼朝様に気付いて欲しいんだ。
 家族や仲間を思う無償の想いは確かに存在するってことをさ。そしてより良い世の中を作って欲しい。
 こちらの鎌倉を見ていたら、頼朝様が作られた鎌倉がどれほど素晴らしい街となっていたか良くわかってすごく嬉しかったんだ。
 九郎と一緒に、そんな素晴らしい街を、新しい都を作ってほしいと思って。だからかな、頼朝様のところにお参りに行くのは、さ」
望美はわかってくれるだろうか。帰りたいわけではないし、心乱れるほどにあちらのことを心配しているわけでもない。けれど、祈りはいつも胸にあって、そして、その中には頼朝に託すものもあるということを。
ふう、と望美が小さな溜息をついた。それから顔を上げて景時を見つめる。
「……私、頼朝さんのこと、嫌いです」
ストレートな物言いに、景時は思わず苦笑する。
「うん」
「……でも、景時さんの頼朝さんへの気持ちもわかるつもりです。
 …………正直に言うと、あんまり良くわかってないかもしれないけれど、わかりたいと思います」
怒ったように口をへの字に曲げてそう言う様子がとても可愛くて今度は思わず景時の口元が綻ぶ。しかし、ぎっと強く望美に見つめられてぎゅっと顔を引き締める。
「……でも、すごくイヤなんです」
「……うん」
正直な気持ちをぶつけてくる望美を景時は不快だとは思いはしなかった。
「なんだか、頼朝さんに嫉妬してるみたいで、すごく自分がイヤなんです!」
「はぁ〜?!」
けれど再び望美の口から出た意外な言葉に景時の声がまたまた裏返る。嫉妬? 誰が、誰に?
「なな、なんでー? なんでそうなるの」
しかし望美が答えないところを見ると、どうやら理屈ではないらしい。女心の難しさに思わず呆気にとられてしまうけれど、どこまでも真剣な望美の顔に、不思議にやっぱり可愛いなどと思えてきて思わず笑ってしまう。
「……望美ちゃんに焼きもち焼いてもらえるんなら、頼朝様に感謝しなくちゃかなあ」
「もうっ! 景時さんってば! 私、真面目なんですよ!」
怒って手を挙げ、景時の肩を軽くはたこうとする望美の手を簡単に掴んで景時は望美をぎゅうと抱きしめた。
「オレだって真面目だよ? もし、さ、またそんな風に焼きもち焼くことがあったら、今日みたいに正直に言って?
 何度だってどれだけだって、オレが選んだ自分の居場所は、望美ちゃんの隣だってことを教えてあげるから」



そして望美を景時が家まで送り届ける帰り道。望美は景時に向かって言った。
「今度、一緒に頼朝さんのお墓に行きましょう」
「望美ちゃん?」
景時が驚いたようにそう言う。望美は嫌だったのではないかと思ったからだ。けれど望美はにっこり笑うと景時に言った。
「景時さんが頼朝さんにお願いしたいことがあるように
 私も、頼朝さんに言いたいことがいっぱいあるって思ったから」
景時が望美に遠慮して二度と頼朝の墓に行くことがなくなるのではないかと思っての言葉なのだろうけれど、望美らしいその解決案に笑みが零れた。
「あっちの世界で頼朝様が頭痛を起こすんじゃないかな。
 望美ちゃんのお説教、すごく効きそうだもの」
「あーっ、景時さんってば、そんな風に思ってたんですかー。ひどーい。
 ……んー? でも頼朝さんがそれでいろいろ考えなおしてくれるんなら、そのほうがいいのかなー」
生まれ育った世界の違いはときどきこうやって二人の間に思いがけない出来事を運んでくるけれど。しっかりと繋いだ手と手が、お互いを想う気持ちを伝えてくれるから、きっと大丈夫。




キリバンのニアピンで春菜さまにお送りさせていただきます。
またまたリクに沿っているかどうか微妙ですが(^^;)
書いてて自分でも景時って頼朝をそう考えてたの〜? なんて思ったり?
京EDで実物頼朝と望美の対決、とかもコメディでやったら楽しそうですね。


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