つながる想い




「本当にもう……祝勝会の主役、なんて言っておきながら、買出しに行かされちゃうなんて」
夕方のスーパーは混雑していて、レジも長蛇の列だ。祝勝会というには買い置きが少ないからと、料理を作っている間に飲み物やお菓子を買いに行くことになり、誰が行くかというのでくじを作ってひいてみたら、見事に景時が当たったのだった。とはいえ、景時ひとりでは、どんなものを買ってくるかわかったものではない、ということで望美もつきあって買い物に来ている。
 慌しい一日で、ほんの数時間前は迷宮の奥で荼吉尼天と戦っていて、死ぬか生きるかの問題に直面していたとは思えない。賑やかな夕方のスーパーには、生活が溢れていて、現実が転がっていて、確かにあの迷宮も望美たちにとっては現実であったけれど、こちらに戻ってきてみれば、夢だったかのようだ。……自分の生まれ育った地とかけ離れたこの世界にいる景時たちも、この世界のことをそんな風に、夢のようだと思っているのだろうか。すっかり慣れた様子でカートを押している景時をそっと望美は見上げた。
「あはは、まあ、オレたちは料理作りにはあまり役に立たないから買出しでいいんじゃないかなあ」
 景時は棚に並んだ商品を興味深げに眺めつつそう言う。
「……そりゃ、私は料理が壊滅的にダメですけど……」
 少しばかり唇を尖らせて望美は景時が眺めている棚を同じく見遣った。色とりどりの箱に入った紅茶にハーブティーに、珈琲。キラキラした目が今日はどれにしようかと迷っているのを表している。
「景時さん、まだ家にモカの豆は残っていたし、紅茶もアールグレイの葉があったと思いますよ。
 それから、玄米茶とほうじ茶もあったし」
「あ、あはは、そうだねー」
 考えていたことがばれた景時が決まり悪そうに頬をかく。まだまだ景時にとって珍しいものばかりがこの棚には並んでいるのだ。望美にしてみれば、例えばインスタントコーヒーは、どれも良く似たものにしか思えないけれど景時にしてみれば、黒いラベルのものと赤いラベルのものと青いラベルのものとは、なにがどう違うのか興味津々なのだろう。
「……でも、冬はやっぱり、ココアがいいかなあ。ココア買って帰りましょう!」
「ココア? へえ〜、それってどんな飲み物?」
 つい、望美もそんな景時には甘くなってしまう。11人もいれば、この前買ったコーヒーだって、紅茶の買い置きだって、じきになくなってしまうだろう。新しいものを買っても残ることはないだろうし、朔もココアを気に入りそうな気がする。景時の妹だけあって、朔も案外に新しいもの、珍しいもの好きなのだ。
「どんな飲み物かは、あとでのお楽しみです」
 それから、また菓子の棚に向かえばこれまた景時の興味を惹くものがあったり、つまりはどのコーナーへ行っても景時の面白がるものばかりということなのだが、それだけにあれもこれもとカートに入れるものは増えてしまった。思いがけず荷物が増えて、景時は両手に袋を抱えて歩くことになった。
「景時さん、重いでしょう、ひとつ持ちますから」
「いいのいいの、ほら、酒はオレたちが飲むものなんだから、オレが持ったほうがいいでしょ」
「だからって私だけ、軽いお菓子の袋っていうのも……」
「いいのいいの」
 心なしか少しふらふらしながらも景時は重い荷物を両手に望美の前を歩いていく。
「それにしても、本当にいろいろなものがあるね。食べ物もだけど、それ以外の小間物とか、飾りものとか」
 雑貨屋やアクセサリーの店が同じ店舗内にテナントを出しており、その店先を覗いたりもしていたのだ。水晶やガラスで出来たアクセサリーは、望美たちのお小遣いで十分買える値段だが、それらも景時たちのいた京では十分に高価なものだった。
「可愛い雑貨屋さんが多いでしょう? 学校の帰りに寄ったりしますよ。
 友達とお揃いで何か買ったり……ノートや文房具とかも、可愛いの欲しかったりするし。
 そうだ、今度、お揃いで、その……ストラップ……携帯電話の飾り、買いませんか?」
「えっ、お揃いって、オレと、あの、望美ちゃん?」
「……嫌ですか?」
 景時は思い切り横に頭を振った。振りすぎてさらに足元がふらつくほどに力いっぱい振ってみせる。
「そ、そんなことない! 絶対、そんなわけあるはずないでしょ。
 望美ちゃんこそ、オレとお揃い、いいの?」
「景時さんと、お揃いがいいです」
 にっこり笑ってそう言う望美に、景時は思い切り照れた顔になる。いつもならここで頬を掻いて誤魔化すはずが、今日ばかりは両手に荷物を持っていて無理で、赤くなった顔のまま望美から少しだけ顔を逸らせて空を見つめ
「すごく、嬉しいよ、ありがとう」
と言う。望美はその声が良く聞こえるようにそっと景時に肩を寄せて近づくと
「……でも、皆には、内緒で、ね?」
と囁く。景時は望美を見下ろすと、照れた表情のまま笑った。望美のその言葉がクリスマスのときを意識してのものだとわかったからだ。
「……うん、内緒、二人だけの秘密でね」
 それからスーパーを出ようと出口に向かったのだが、おもむろに景時が立ち止まる。
「? 景時さん、どうかしたんですか?」
 望美もつられて立ち止まり、景時を振り返る。何か考えるように立ち尽くしていた景時は
「ごめん、望美ちゃん、オレちょっと買い忘れたものを思い出しちゃった!
 だから、少しここで待ってて! すぐに戻ってくるから!」
と言うと荷物を抱えたまま走り出そうとする。
「景時さん! 荷物! 置いていってください、重いから見ていますから!」
「大丈夫、ごめんね、すぐ戻るから!!」
 そう言って景時は荷物を抱えたまま走っていってしまった。さっきまで荷物の重さに足元があぶなっかしかったとは思えないくらいにしっかりした足取りで駆けていってしまったその背中を見送って望美は、通路の端へ移動した。カバンの中からメモを取り出して見直すが、頼まれたものはすべて買ったはずだった。
(……何を買い忘れたんだろ? 何か食べたかったものでもあったかなあ)
 待っている間も少し手持ち無沙汰なので、ふと顔を上げると目についた、入り口横にある和風雑貨の店先を見ていることにする。前はあまり和雑貨に興味はなかったのだが、京へ行ってから、和の可愛らしさが好きになっていた。縮緬で出来た小さなウサギの人形や、組紐で出来た腕輪、小さな陶器の人形がついているストラップ。それらの中で、望美はひとつに目を留め手に取ると、しばらく考えた後にレジへと向かった。

「望美ちゃん、ごめんねー!」
 両手に荷物を抱えて、景時は行ったときと同じく走って帰ってきた。入り口横の壁にもたれて待っていた望美は、景時の持っている荷物が増えていないのに、首を傾げる。
「買い忘れたもの、あったんですか?」
「うん、あったよ。ごめんね、待たせちゃって」
 何かということを景時が言わないので、聞いてはいけないのだろうかと望美は思ってしまい、そっと探るように景時を見上げるのだが、景時はといえば何を思った様子もなくいつもの優しげな笑顔のまま望美を見返してくるので、望美はまあいいか、とそのまま、歩きだした。ただ、さっき買ったアレを、いつ景時に渡そうかと、それだけ少し心配していた。有川家まで帰ってしまうと、皆もいるからそっと景時に渡すのは難しいかもしれない。しかし、どうやって景時に切り出せばいいのか、きっかけがつかめない。取りとめもなく会話を交わしながらも、内心少しドキドキして望美は家路を歩いていた。
「大丈夫? 望美ちゃん、重くない?」
 少しばかり上の空になっていたのに気付かれたのか、景時がそんな風に望美を覗き込むのに、慌てて望美は首を振る。景時はといえば、重いはずの荷物をものともせずに歩いているが、その歩幅は望美に合わせてくれているのが良くわかった。皆で一緒にいるときは、ことさらに『疲れちゃうよね〜』とか『そんなの大変だよ〜』とか言う景時なので、面倒なことが嫌いなのかとか、疲れるのが嫌なのかとか思われがちだけれど、本当はそんなじゃないということに望美は気付いていた。望美や朔や、そういう体力や力がない仲間を気遣って、自分が真っ先にそう言ってみせてくれているのだ。布団干しでもクリスマスパーティーの後片付けでも、面倒なことや重いものは景時が率先して片付けてしまって、望美にはほとんど何もさせてくれなかった。
「景時さんこそ、大丈夫ですか? 重いでしょう?」
「大丈夫大丈夫、オレだってこう見えても武士の端くれだよ〜。
 ……でも、そうだね〜、車っていうの? 乗れたら望美ちゃんも楽できたのにね。
 なんだっけ、乗るのに免許? っていうのが必要なんだよね〜」
「乗ってみたいですか?」
「そりゃもう! どうやって動いているのかも興味あるし!」
「景時さんだったら、きっとすぐに免許取れますよ」
 勘のいい景時のことだから、コツを掴めば車の運転だってすぐにできるようになるだろう。問題は……車を買ったらその仕組みを知りたくてエンジンを触りまくってしまうかもしれないことかもしれない。そんな風に考えて望美は思わずくすり、と笑ってしまう。
「そうだね〜、そのうち、そういうことも考えないとね」
 さらりと、そんな風に景時が言って。望美はそれを聞き逃しそうになってしまった。しかし、その言葉の意味に気付いて思わず、立ち止まってしまう。
「……景時さん」
「……あーっと……うん、あはは、いや、白龍の力も戻ってきたし、帰れるんだけどね、だけど……」
 景時も立ち止まって望美を振り返る。赤い頬をして困ったような顔をして。
「でも、こっちの世界は、本当に面白いものがいっぱいあって、やってみたいことも多くて……」
 じっと望美は景時を見上げる。景時はその真剣な表情に口をつぐみ、それから一度目を閉じて、それから望美をじっと見つめると一歩、望美へと近づいた。
「……望美ちゃんと、一緒に、いたいんだ。君の傍に、いたい。
 元の世界に戻るより、君とともに生きていきたいんだ」
真摯な声は望美に伝わって、望美は声も出せずに、ただ、頷いた。嬉しくて。そのまま望美も景時に近づいて、その胸にそっと俯いた頭を預ける。
「……オレ、こっちの世界にいても……君の傍にいても、いいかな」
どこか不安そうに、そう景時が問いかけてくる。望美は何度も何度も頷いた。そして、嬉しくて泣きそうになるのを何とか堪えて、顔を上げると笑顔で応えた。
「……景時さんが、そう言ってくれなかったら、私が、お願いしようかなって思っていました。
 こっちにいてください、って。九郎さんや朔にも、景時さんをください、って」
その言葉に、景時も笑顔になる。それから、ちょっと恥ずかしそうに、決まり悪そうに言う。
「……嬉しくってさ、望美ちゃんのこと、抱きしめたいのに、両手の荷物のせいで、そうできないな〜
 残念……!」
やっぱり、オレって何処か決まらないよね、と笑う景時に望美もくすり、と笑った。じゃあ、代わりに私が景時さんを抱きしめます、と言いたいところだが望美も両手に荷物を抱えていて。そんな望美の心持ちがわかったのだろう、景時も望美を優しく見返し、二人顔を見合わせて笑い合った。
 人通りが少ないとはいえ、往来でこれはちょっと怪しいだろうと気付いた二人は、そそくさと離れ、また並んで歩き出した。嬉しい気持ちと照れ臭い気持ちが入り交じり、不思議にはしゃいだ気分で話をしながらの道は早く、角を曲がればもう有川家、というところで、景時が立ち止まった。
「? 景時さん?」
「あのね、えーと。ちょっと待って……」
 荷物を持ったまま、景時は何やら苦労してコートのポケットに手を入れると、小さな包みを取り出した。
「えっと、家に着いちゃったら、なんだか渡しそびれちゃいそうだから……」
 望美は景時の顔と、差し出された小さな包みを何度も見比べる。
「あのね、あのー……お揃いのストラップっていうのが、すごく、嬉しくてさ。
 なんだか待ちきれなくて、買っちゃった……あー、その、勝手に買っちゃってごめんね!
気に入らなかったら、また、その一緒に買いに行こう、でも、なんか、オレ、嬉しくって……」
 ああ、さっき慌てて買いそびれたって買いに行ったのは、これだったのだ、と望美は気付いて思わず顔がほころぶ。望美はその包みを受け取ると
「……嬉しいです、景時さん、ありがとうございます!」
と言ってその包みをそっと開けた。中から出てきたのは、石がついたストラップが二つ。付いている石の形は、小さいけれどちょうどあの心の欠片のようだった。石は、薄いピンク色のローズクォーツのものと、緑の翡翠のものとで、二つ。
「え、とね。心の欠片みたいな形だなって思って。
 あれみたいに、青いのもあったけれど、望美ちゃんなら綺麗な花の色なんじゃないかな、なんて」
望美はしかし、緑色の石の方を手にとった。景時が少し首を傾げて望美に問いかける。
「……心の欠片みたいだから。景時さんの心の欠片を持っていたいな、なんて思って」
だから、景時さんの色の石がいいな、と言う望美に、景時は顔を赤くした。
「景時さんには、私の色のを持っていて欲しいな」
大きく景時は頭を縦に振って残った一つの……ローズクォーツのストラップを受け取った。
「ありがとうございます、景時さん。これで、お揃いですね。
 ……でも……」
嬉しげな顔の割に少し歯切れの悪い望美に、景時がまたまた少し心配そうな顔になる。望美は受け取ったストラップを大切にポケットに入れると、もう一つのポケットから、これまた少し苦労して小さな包みを取り出した。……そう、景時を待っている間に、和雑貨のお店で見つけて買ったものだ。
「……えーと、実は、私も、お揃いで、買っちゃってたりして……」
「ええっ」
驚いたように景時は差し出された包みを受け取って、望美の顔を見つめた。
「えっとね、景時さんを待っているときに、かわいいな、って思って」
恥ずかしそうにそう言うと望美は小さく「タイミング、悪かったですね」と言った。しかし、景時はとても嬉しげな顔になると
「すごい! 望美ちゃんとオレ、気持ちまでお揃いだったんだね、すごく嬉しいよ!」
と言い、そっとその包みを開けた。中から出てきたのは、小さな陶製の魚が二匹ついたストラップ。赤いのと黒いのが並んで揺れている。
「あの、ほら、迷宮での景時さんの式神を思い出したから……」
「……思い出してくれたんだ〜」
景時は掌にその陶製の魚を乗せて眺めた。
「……あの子、どうなっちゃったのか、心配だったから……」
「大丈夫! 式神は死なないから、大丈夫だよ。ちょっと怪我したかもしれないけど。
 もうきっと元気だから」
「ほんとに? 良かった〜景時さん、悲しそうだったから……」
すごく大事にしていた子だったのかなって思って。そういう望美に景時は、ありがとう、と囁いた。
「おそろいのストラップ、二個になっちゃったね。両方つけちゃおう〜」
おどけたようにそう言う景時に望美も頷く。
そうして二人出かけた時よりも間近く寄り添いあって、皆の待つ有川家へと続く角を曲がった。その二人の頬がほんのり赤く染まっていたのは、もちろん、夕陽のせいだけではなかった。



 帰りが遅いと、皆が今にも外へ迎えに出そうになっていたとか、二人のストラップがお揃いだということは、早々にばれてしまうこととか、景時が有川家のキッチンの流しに水を張って、例の式神を呼び出して望美に見せたはいいが、家主(この場合、台所責任者の譲)に怒られたとか、それらはまた別の話。





迷宮ED後、祝勝会の前ということで。
やっぱり、景時は現代に残りそうな気がします。京へ戻るのが気が進まないというより
望美にとってはこちらの世界の方が良い、という風に考えて
望美を連れて行くより自分が残る、と考えそうです。



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