目覚め





「神子どの、ご機嫌はいかがかな」
ゆったりとした足音とともに常と変わらぬ調子でその人は現れた。
「友雅さん、来てくれたんですね」
あかねは声の主の名をそれは嬉しそうに呼んだ。
「幼げな姫君だとばかり思っていたのに、こんな洒落たお誘いをできるなんて
 嬉しかったよ」
声の主、左近衛府少将・橘友雅はそう言葉を続けながら部屋の中へと入ってきた。あかねはそれを聞いて少し頬を染める。銀色が好きだというのは、以前に聞いて知っていた。橘の花を添えたのはなんとなく、その花と同じ姓のかの人に自分がどんな思いを寄せているかわかってもらえそうな気がしたからだった。その目論見はかの人がこのように喜んでくれているのを思えば、上手くいったといえるかもしれない。いつもいつも子供扱いされて悔しかったから、こんな風に言われると嬉しい反面、すこし恥ずかしい気もする。
「物忌みも何度か過ぎたけれど、体調は大丈夫かい?」
そうやって心配してくれるのが面映い。あかねとしては、物忌みの日だからといってさして気分が悪いとか、頭が痛いとかそういう経験はない。ただ・・・時々不思議な鈴の音が身体の中から沸き起こるような感覚がある。それが物忌みのせいなのかどうかはわからない。藤姫や八葉のみなが言うような、あかねの力を削ぐ「穢れ」のようなものとは思えない。むしろ、不思議な力を感じるのだ。ただ、その感覚はあかねの意識を違うところへ運んでいってしまうようで、言ってみれば四方の札を探したときに何度か経験した、お告げを聞いたときと同じように、心がここではないどこかへいってしまっているようなのだ。だから、そのときそばにいる人には不安な思いを与えてしまうらしい。物忌みの時にそばにいる人といえば、この人、友雅が多いのであるが。
「ええ、元気ですよ、大丈夫。友雅さんも元気ですか?」
そのあかねの言葉に、友雅が苦笑する。今日、物忌みなのはあかねであって、友雅は何も関係ないのだが、自分のことを問われて相手を気遣うあかねの心が可愛いと思えた。それが、彼女のもって生まれた性質なのだろうが、それは友雅にはとても好もしいものに思えていた。不思議と心が温かくなるようなその感覚を友雅はどう名づけるべきか迷っていたのだが。
「私は常と変わらないよ。神子どのさえお元気なら私などどうあってもかまわないものだよ」
「それは違いますよ、友雅さん。
 だって、友雅さんも元気でいてくれなくちゃ、困りますよ。」
「八葉の務めが滞るから?」
彼女がそんなことなど考えるよしもないとわかっているのにわざとそう言ってみる。
案の定、あかねはぷうっと頬を膨らませて拗ねたような顔を見せた。
「そんな風に思ってません! 心配するって言いたかっただけです。
 友雅さんや八葉のみんなや藤姫が病気だって聞いたら、心配ですよ」
くすくすとそんなあかねを見て友雅は笑った。それを見てあかねはますます膨れる。
「・・・わざと言ってますね、友雅さん」
「ああ、すまないね、神子どの。
 あんまり君がかわいいから、ついついその顔を見たくなってしまうんだよ」
頬を紅く染めながらも、あかねは「またそんなことばっかり言って・・・」と呟く。どこまでが本気かわからない言葉に一喜一憂するのはやめようとそう思ってはいるのだが、やっぱり赤くなってしまう。嬉しいけれど、きっと本気じゃないと思うところが少し悲しい。
「私は、本気だよ?」
それを察したわけではないだろうが、友雅がそう言った。あかねはちょっと驚いて友雅を見上げるが、そうしてみた彼の顔はいつもと変わらない表情で、やっぱりどこまでが本気かわからない。
ので、あかねは、まあ、いいかと思って笑った。
「そういうことに、しときます」
その方が自分も嬉しいし。
「おやおや、どうも私は信用がない」
そういって笑う友雅だって、別にどうあってもそれを信じてほしいなんて思ってない様子だ。くるくると表情の変わっていくあかねを見ていることが楽しいのだ。つい、その表情を変えてしまいたくなる。照れたり、笑ったり,怒ったり、そうやってひとときもとどまっていない彼女を見ていたいのだ。
「友雅さんって、そゆことには熱心なんだから・・・」
「どういう意味だい?」
意味ありげなあかねの言葉に、友雅はちょっと心外そうにそう尋ねた。
「友雅さんはね、自分は情熱なんてものとは縁がないんだ、なんていってたでしょ」
それは四方の札を探していたときのことだが。本音がつい漏れてしまったのだ。よく覚えていたものだな、と思った友雅だが「そのとおりだよ」と答える。それを聞いて、あかねが深く頷いてしみじみと言う。
「私ね、あのときに、情熱にもいろんな形があるんだなって思って、いろいろ考えたんですよ。
 それでね・・・友雅さんも情熱を持ってる、と最近思うようになりました」
その言葉に友雅が少し目を丸くする。
「それはどうしてそう思うの、神子どの。言っただろう? 私は、そんな風を装っているんだって」
しかし、あかねはそんな友雅を見上げると、にこっと笑った。
「あのですね、私、考えたんですよ。
 情熱って、きっと激しいものばかりじゃないんじゃないかなって。
 静かに長く続くものもあるし、なんだってそんなことに熱心なの〜っていうのも
 きっと情熱なんです。うん」
何やらもっともらしく語るあかねに、友雅はとりあえず言葉をはさまずにいた。というよりは、そう語る間も頷いたり、彼を見上げたり、首をかしげたりというあかねの表情を見るのを楽しんでいたといえるだろうが。
「それでですね。
 いろいろと考えた結果、ですね、私はこういう結論に達したんです。つまり・・・・
 私のことをからかうために、わざと言葉を選ぶ友雅さんは、ですね・・・」
そこであかねが言葉を切る。
「わたしをからかうことに情熱を傾けている、と言えるワケですよ」
と言って友雅を見上げる。大まじめなその顔を見て、友雅はつい吹き出した。そのまま声をあげて笑いだす。それを見て、あかねはまた頬を膨らませた。せっかく、まじめに言ったのに・・・という顔である。
「いや、すまない、神子どの・・・・ははははは、だけど・・・はは・・
 そうだねえ、そうも言えるかもしれないね・・・・はっははは」
あんまり友雅が思いきり笑うものだから、あかねは御立腹の様子だ。彼女は彼女なりにいろいろと考えての言葉だったのだが、友雅にしてみればその一生懸命さが、微笑ましい。
「む〜、もういいです。せっかくいいことに気付いたって思ったのに〜」
あかねは、まだ笑い続ける友雅からそっぽを向いてしまった。やっと笑いがおさまった友雅が、そんなあかねの腕をとってこちらを向かせる。
「いやいや、神子どのはさすがに御考えが違うよ、私も少し目を開かせられた気がするな」
喉の奥で笑いながら友雅があかねに向かってそう言う。あかねはもちろん、そんなふうに友雅はちっとも思ってなどいないと感じているから、
「だって、ですね、そうでもないと、友雅さんはどうしてそんなに私のことからかいたがるか、わかりませんよ。
 それがまた、飽きないのだって不思議でしょう。」
とまだ言い募る。苦笑しながら友雅は
「ああ、そうだね、神子どのは私の情熱を呼び覚ます人だよ」
と答えた。「いいですよ、もう・・・またからかうんだから〜」不満そうに答えたあかねは、話題を転じた。
「ところで、友雅さん、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


夕刻、左大臣家を出た友雅はあかねの言葉を思い出してくすり、と笑った。
『情熱は、激しいものとは限らないでしょう』
そう語る彼女。
『友雅さんは、私をからかうことに、情熱を傾けている、と言えるワケですよ』
もっともらしく頷く彼女。その姿を思い出し、心に描くとふと微笑ましく柔らかな気持ちになる。
その思いをどう名付けるか、友雅はずっと迷っていた。だが、今日のあかねの言葉を聞いて思ったのだった。
そう、神子どのの言葉はある意味、正しいのだ。私のこの想いは『情熱』と名付けてもかまわないものなのだろう。
激しく燃えるでもなく、狂おしく心悩ますものでもなく。しかし、それは静かにゆっくりと燃え続け、心を暖めてくれるものだ。そういうものもまた、情熱と呼べるのだろう。
「そうだね、神子どの。私は、君に情熱を傾けているのかもしれない・・・・いや、君こそが私の情熱なのだろうな」
ふと苦笑を漏らしつつ、友雅はそんなことを呟く。そのことをあかねに告げたなら、彼女はやっぱり、嘘ばっかり、と膨れっ面を見せるだろうか。それとも、頬を染めて彼の瞳を見つめるだろうか。どちらの顔を見せてくれるにせよ、それはそれで自分は満足なのに違いない、と思い、友雅はかなり自分が重症であることを初めて自覚したのだった。



END





どうも、ほのぼのから発展しない二人ですな(汗)
少将、どうよ。これじゃあ、少将の名が廃りますな。もっとがんばらんと。
  でも、神子はきっと天然だろうからな、とか思う私。
今回の反省は、神子に魔人の女主のテイストが入ってしまったことっす〜とほほ。
なるべくキャラはかぶんないようにとは思っているんですけどね(-_-;;;)
次こそはラブラブになるといいなあ(苦笑)




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