「いつ来ても綺麗な場所だね」
今日は朝から友雅さんが迎えにきてくれたから、神泉苑に連れてきてもらった。別にね、誰かもう一人、呼んでもらって土地の浄化しに行っても良かったんだけど・・・久しぶりにのんびりしようかな〜なんて思って。明日は・・・青龍と戦うことになるし、ちょっと緊張してるっていうのもあるんだけど。
四方のお札を集めたら、それで終わるんじゃないかって思っていたから、そんなスゴイ聖獣と戦うことになるなんて思ってもいなかったもの。本当のことを言うと、ちょっと困ってるかもしれないなって思う。
「神子がいた世界というのも、美しい世界なのだろうね」
友雅さんは池をじ〜っと見てる私の傍らに立ってそんなことを言う。私は、ここの風景が綺麗だって思って見てるんだけど、友雅さんは、この風景を見てるようで違うものを見てる気がする。なんだろう、この風景の向こうにある、違う世界・・・とか? なんてよくわかんないけどさ。
「ん〜・・・そんなこと、ないよ。 綺麗なところもあるけど、そうじゃないところもある。
自然が残ってるっていう点では、京の方がずっとステキかな」
これはね、結構お世辞じゃなくて本音。たしかに道も舗装されてないし、デパートもないし、オシャレなお店もないし、見渡す限り田舎の風景〜って気もするけどさ、空は高くて青くて水はきれいで、目に入る風景が横に長くて・・・広いんだな〜って、すごくのびのびした気分になるもの。
「おや、それは喜ぶべきかな、神子に京を気に入っていただけたということは」
真面目に答えてるのに、そんな風に軽く返してくる。ちょっとね、子供あつかいされてるなって思うと悔しいんだけど。でも、仕方ないかなって思う。友雅さん、オトナだしね。でもね、こっちの世界じゃ、私の年でもそれなり大人だと思ったりもするわけ。だから、も少し一人前に相手してくれてもいいのにな、とか思ったりもするんだけど、でもでも、私より年上の鷹通さんでも、友雅さんにかかったら子供扱いだしなあ。友雅さんと対等に渡り合えるのってやっぱり、もっと大人の人じゃないとダメなのかな。う〜ん、でも友雅さんって誰が相手でも関係なさそうだしな・・・
「・・・さっきから何を考えているの? 黙ったままでもくるくると表情が変わるんだねえ」
面白そうに友雅さんが言う声で、私ははっと気が付いた。う、恥ずかしい。
「な、なんでもないです。ごめんなさい」
慌ててそう答えて、何の話をしてたっけ、と思い出す。ああ、そうそう、京が綺麗なところだって話だったよね。だからね・・・・って話を続けようとしたら、友雅さんが言った。
「物思いにふけるなら、ぜひ私のことを思い煩ってもらいたいね」
思わず、私は友雅さんの顔を見上げる。にっこり笑って見返してくるその表情は、さっきの言葉が本気なんだか冗談なんだかちっとも教えてくれない。・・・ホントに友雅さんのこと考えてたんだけど、って言ったらどう返してくるのかな。・・・・しばらく考えてたんだけど、やっぱり言わないことにした。だって、やっぱり子供扱いされそうなんだもの。
「・・・友雅さんって、そんな冗談ばっかり言ってる」
む〜。うまい切り返しができなくて、やっぱり顔が熱くなってるのがわかる。自分でもわかるんだから、友雅さんにだって私が赤くなってるのわかってるだろうな。・・・やっぱり悔しい。思うツボにはまってるんじゃない? これって。
「おや、冗談だっていうの? つれないねえ、神子は。
私は君にこんなに夢中だというのに」
ほら、やっぱり本気で相手されてないし。友雅さんが本気になるものって何なんだろ。八葉の役目も、不真面目ってわけじゃないけど、でも、頼久さんみたく打ち込んでるって感じじゃない。楽を奏でるのが得意だって聞いたけど、でも、それもなんだか、のめりこんでるって感じでもないっていうし。そういう人に、「君に夢中」なんて言われても、どこまで本気なんだかわかんないよ。そりゃ、ほんとだったら嬉しいけど。でも、そういうのを無邪気に信じられるほど私も子供ってわけじゃないんだよね、複雑な乙女心ってところかなあ。
「夢中って・・・ホントに本気なんですか?」
疑わしげに私が言うのに友雅さんは、やっぱり笑って答える。
「そうだよ、神子といると退屈するヒマがないからねえ」
ほらね、ほらね、私って友雅さんにとっては、珍しい生き物か何かみたいなものなんじゃないかしら。それか、ペットにしたいような小動物とかさ。は〜〜〜っと溜息ついた私に、友雅さんがおやおやって顔をする。
「何か悪いことを言ったかな? 気分を害したのならあやまるよ」
「あ、ううん、そうじゃないんだけど、え〜と・・・そうだ、そう、ほら、ね、青龍と戦うとか、大変だろうなって思って」
「心配なの?」
ちょっと友雅さんの声が低くなった気がしたから慌てて首を横にふる。
「いえ、みんなのこと、信じてるし、出来ることを頑張るしかないし、何とかなるって思ってるけど・・
ちょっと、考えだしたら緊張しちゃうっていうか・・・」
「なるほどね、だから、今日は息抜き?」
友雅さんは、細くて長い指で、綺麗な髪をもてあそびながら、納得したよと言うように深く頷く。見抜かれてるなあ、やっぱり。
「確かにねえ、天真じゃ不安かもしれないねえ」
って、友雅さんってばまたそんなことを。天真くんが聞いたら怒ると思うな。私が言ったのは、そういう不安じゃないんだけど・・・っていうか、たぶん、そんなことは、もちろん友雅さんだって十分承知の上でからかってるんだろうけど。でも、続けられた言葉は私にとってはものすごく意外な言葉だった。
「だからね、神子、天真ともう一人の八葉には、私を連れていきなさい」
「えっ!?」
びっくりして、聞き返そうと思ったのに、友雅さんは、にっこり笑って、約束だよ、と言うと
「さあ、神子、それじゃあそろそろ帰ろうか」
と言う。待って待って、もう一度言ってよ。私は慌てて友雅さんに駆け寄って歩き出す。もう一度、言って。それってそれって、ホントに天真くんが頼りないって意味? それとも・・それとも違う?
でも、聞き返しても絶対二度は言ってくれないってわかってるから、いいんだ。だって、いいの、一緒に闘おうっていうことだものね、意味はともかく。
「おや、神子、緊張は解けたのかな、楽しそうだね」
「うん、元気元気! やっぱりね、きれいな景色見ると落ち着くよね♪」
並んで歩きながらそう言う。言わないけど、心の中で(好きな人とね)って付け足しておくけど。
「そうだね、普段通りの神子が一番だと思うよ。 気を楽にしていきなさい」
うんうん、と頷いて私は友雅さんの隣を歩く。今は、こうやって役目だからでも一緒に歩いてもらえるだけでいい。でもね、いつか、友雅さんにちゃんと対等に相手してもらえるようにがんばるんだ。いつか、ほんとうの心を、本音を聞かせてほしいって思ってるから。友雅さんの本気を見たいって思ってるんだよ? これが、私の本気なんだもの。だから、そのためにも、今できることを精一杯がんばる。
・・・なんかおかしいよね、どんな時代でも、どんな世界でも、女の子ががんばる力ってやっぱり、誰かを好きって力なのかな。思わず笑っちゃいそうになったけど、我慢した。だってね、また友雅さんに「神子はおもしろいねえ」・・・なんて言われそうだったし。でも、たぶん、友雅さん、そう思ってたんじゃないかな。だってね、目が合ったとき・・・笑われちゃったから。でも、その顔見て、やっぱり笑顔が好きだなあなんて考えてる私って、もう終わってるよね。
END
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