時 鳥





久しぶりに一緒に外へ出ようと誘い出してみたのは、少し気になっていたからかもしれない。
一緒に青龍の札を探して以来、朱雀の札も順調に探し出したと聞いている。
だが、今、3枚目の白虎の札を探しているというのだが、どうも様子がおかしいと、そう思った。
朝早くに藤姫の館へ行ってみると、少しばかり疲れた顔のあかねが、天真を迎えた。
「なんだよ、ぼーっとした顔して。そんなじゃ、先行きが思いやられるぜ」
軽く冗談のつもりで言ったのに、一瞬泣きそうな顔になったので慌てた。
「おいおい、お前らしくないな、どうしたんだよ」
「・・・なんでもない。大丈夫、そうだよね、がんばらなくちゃ」
すぐに、いつものように笑顔になったが、とてもそうは思えなかった。たぶん、自分や詩紋は元の世界から一緒に来たから・・・気が緩んでふとさっきのような顔を見せてしまったのだろう。
「仕方ねえなあ、今日は一日付き合ってやるから、のんびりしろよ」
そう言って、外へ連れ出した。


春めいた空は青く澄み渡り、白い雲がのんびりと漂っていた。見上げる空は、元の世界とまるで変わることがなくて。一瞬、自分たちが全く異なる世界に来てしまっていることなど忘れさせられてしまう。この空は、どこへ続いているというのだろう。
あかねが行きたいと行った先は、河原院だった。
今はもう住む人もない荒寺となったこの場所を、あかねは物寂しい場所だと言っていた気がする。
「お前、ここ、好きじゃなかったんじゃないのか?」
天真としても、うら寂しく、草の生い茂ったこの場所は取り立てて好んで来たいと思う場所ではない。
「ん〜・・・ここなら、あんまり誰もこないかなと思って」
それはどういう意味だ、と一瞬考え込んでしまった天真だったが、もちろん、あらぬ期待などしてはいない。
「あのね、天真くん、あたしって、やっぱ頼りないかなあ」
思い切ったように、天真の顔を見上げてあかねが突然切り出す。突然の言葉に、天真はあかねの顔を見返して一瞬言葉をなくす。
「・・・頼りがいがあるって自分で思ってるのかよ」
つい、そんなくだらない言葉を返してしまう。あかねが言っているのはそういうことではないとは、もちろん自分でもわかっているのだが。
思った通り、あかねはとたんにむっと膨れた顔になる。
「そうじゃないけど。ほら、ここに来てさ、龍神の神子とかって言われて・・・
 自分なりに一生懸命やってるつもりだけど、廻りの人から見たら、やっぱりまだまだ
 神子なんて言っても頼りないのかなって思って。
 龍神の神子っていうからには、本当はもっとみんなが安心して見ていられるくらいに
 何でもできて、しっかりしていないといけないんじゃないかな・・・・あたしってまだまだダメだよね」
だんだんと声に力がなくなっていくのがわかって、天真はあかねが悩んでいたことを知る。彼女の悩みはいたしかたないことだ。突然、わけもわからずに龍神の神子だなどと祭り上げられて、どうしていいかもわからないままに、戦いの表舞台に立たされている。それはいきなり八葉などという役目を背負わされた自分も同様ではあるが、神子という分、あかねの方が廻りの期待も大きく、背負わされた責任も重い。
「なんだよ、そんなこと、仕方ないだろ。
 お前なんて、神子になりたてなんだし・・・この世界のことだって何も知らなかったんだから。
 だいたい、元々おっちょこちょいでどんくさいお前が
 龍神の神子ってだけで、突然何でもできるようになったら、俺はそっちのがよっぽどこええよ。
 それになあ、お前がそんなだったら、八葉なんてのもいらなくなっちまうだろうが」
なぐさめになってないなあ、と思いつつ、そんなことを言ってみる。あかねは、そりゃそうなんだけど・・・と口の中で呟いて溜息をついた。
「なんだよ、白虎の札探し、うまく行ってないのか?」
そう尋ねると、黙り込んだ。よりかかったら折れてしまいそうな木の橋の欄干に手をかけて、あかねはもう一度溜息をついた。
「・・・友雅さんがね・・・」
その名の人物を天真は知っている。地の白虎、少将橘友雅。いつも、考えの読めない微笑を頬に浮かべて余裕をかましたようなすました男だ。まるで子供扱いされているようで、いけすかない。しかも、その男の名前が、あかねの口から出てくる割合が増えているのが尚更気に入らない。
「あいつがどうしたよ」
つい、聞き返す口調も不機嫌そうになる。一瞬、不思議そうな顔をしてあかねが天真を見上げる。天真は咳払いをしてそれをごまかすと、先を促した。
「友雅さんがね、鬼の女の人と話をしていてね・・・
 鬼の味方についたら、欲しいものも力もすべてやるって言われて・・・
 あたしが頼りなかったら、友雅さんは鬼の方に行っちゃうのかな。
 鷹通さんも、はっきり断らなかったのって、あたしがしっかりしていないからなのかな」
「ばっ・・・!」
ばかやろう、と言いかけて、その言葉を飲み込む。その言葉をぶつけたい相手はあかねではない。
「何考えてんだ、あのおっさん!」
怒りも露わに拳を握りしめて欄干に叩きつける。ぐらついた欄干は乾いた音をたてた。その振動にあかねが驚いて身体を欄干から離して後ろに下がる。顔を見ると、何かいいだげだったので
「悪い、驚かしたか」
と言うと、首を横にふった。それでもなお、何か言いたげだったので、なんだよ、と聞き返すと、ちょっと不満そうな声が返ってきた。
「・・・友雅さんは、おっさんじゃないよ」
へなへなとその場に崩れ落ちそうな脱力感。この期に及んで言うことがそれか。
「あのなあ! お前、あいつのせいで悩んでるんだろうが、言うことが違うんじゃねえのか?」
つい声も大きくなる。だが、あかねはそんな天真の声に負けじと声を張り上げて答える。
「違うもん、友雅さんのせいで悩んでるんじゃなくて、自分のことで悩んでるんじゃない。
 どうしたらもっとちゃんと出来るのかな、って。自分がしっかりしたいって思ってるんじゃない。
 ホントは、考えないようにしてたけど、どこかでずっと不安に思ってたことなんだよ。
 このままでいいのか、ちゃんとできてるのかって。
 友雅さんは、考えることから逃げてたあたしに、それを突きつけて見せただけ。
 ずっと、本当は思ってたことなんだもの」
「なんだよ、えらくあいつのことかばうじゃないかよ」
つい、憎まれ口をきいてしまう。が、とたんにあかねの顔が真っ赤に染まったのを見て、天真は頭を抱えたくなってしまった。
「・・・そういうことかよ、馬鹿馬鹿しい・・・そんなことは俺に相談するんじゃねえ・・!」
「違うもん、それは関係ないの、それはあたしの勝手な思いで、そうじゃなくて、
 ほんとに、どうしたら神子としてしっかりできるかなって、それだけ・・・」
欄干に顔をうつぶせて天真は溜息をついた。本当にそうなのだろう。やれることを全力でがんばってみせる、不器用だけれどそういうヤツなのだ。だから、つい、面倒を見てやりたくなってしまう、どうにかしてやりたくなってしまうのである。得な性分をしてるヤツだ。そして、自分はなんと損な性分なのだろう。
「大丈夫だよ、お前、十分がんばってるって。
 あのおっさん、食えねえところあるからな・・・どうせ面白がってるだけだ」
「・・・そうかな・・・・そうだよね、友雅さん、鬼についたりしないよね。
 きっと、何か考えがあるんだよね・・・」
半ば自分に言い聞かせるように、あかねが呟く。その横顔を眺めつつ、天真はあかねに言う。
「・・・おまえさあ・・・あんなおっさんのどこがいいわけ?」
とたんに、真っ赤になった顔をしつつ、あかねが怒ったように天真に言う。
「もう! 友雅さんはおっさんじゃないってば! どこって、どこって言われても・・・困るんだけど・・
 なんだろう・・だって、友雅さんって違うんだもの・・・」
何が違うんだよ、と内心思いつつ、天真はちょっとばかり痛む胸を隠しておどけたように言ってみせた。
「悪いことは言わねえから、やめとけ? あいつはお前みたいなお子さまの手に負えるようなヤツじゃないって。
 だいたい、お前なんかすぐに食われるに違いないや、結構やり手らしいからな」
「友雅さんがオトナであたしが子供だってことくらい、わかってるよ。
 だけど、気になるのは仕方ないでしょ。
 それにね、友雅さんに噂が多いことくらい、あたしだって知ってますよ〜だ。
 でも、そんなことは気にしないもん!」
嘘つけ、思いっきり気にしてるくせしやがって。と天真はあかねの顔を見て思う。どうやら結構本気らしいところが、やりきれない。だが、かといって自分の気持ちを言う気持ちにもなれない。たぶんあかねを好きなのだろうけれど、それはまだあまりに仄かな感情で、彼女を自分のものにしたいとか、どうとかいうほどに激しいものではなく、有る部分、なくしてしまった妹の代わりのように彼女を守ってやりたいと思っているのかもしれないと自分でそう感じているところもある。このもやもやした気持ちに答が出るのは、まだ先のことのような気がするのだ。
「あかね、わかってると思うけどな、俺たち、ほんとはここの世界の人間じゃないんだぜ?」
だから、この世界の人間を好きになったところで、辛いだけだ。それは、あかねもわかっているのだろう。そう言うと、顔を伏せてしまった。その頭をぽんぽん、と軽くなでてやる。
「ま、お前ってどっか、後先考えねえで突っ走るところがあるからな。
 神子の役目にしたってそうだ、自分でやれることをやるしかないだろ。
 答ってのは、自ずと後からついてくるもんだ。
 自分と、仲間を信じるしかないだろ?」
そう言うと、あかねは、顔をあげて天真を見上げると笑いながら言った。
「信じることは、諦めないこと・・?」
「ああ、そうだ」
うん、そうだよね、とあかねは頷いた。そうして、天真に向かって、ありがとうね、と言った。
「なんかね、こういうこと気楽に話せるのって天真くんと詩紋くんしかいなくて・・・
 やっぱり、元の世界からの友達だし。愚痴になっちゃうけど、ごめんね」
いいよ、そんなこと、と天真は返す。
「かわりにね、天真くんの愚痴はあたしが聞いてあげるからね!」
現金なもので、言いたいことを言ってすっきりしたような顔であかねが言うのに、天真は
「ば〜か、俺はお前と違うの、そんなくだんねえことでくよくよしねえよ」
と言い返す。あかねは、それを聞いてむくれた顔になると
「よく言うよ、頼久さんとのことであんなにむくれてたくせにさ・・・」
と口の中で呟く。聞きとがめた天真がうるせえよ、と軽くあかねの頭をゲンコでこつん、と触れた。

「そろそろ帰ろうか、藤姫が待ってるしさ」
あかねがそう言うのに、天真は、
「おお、お前、先にちょっと行ってろよ、俺、ヤボ用すましてからいくから」
と言った。
「うん、わかった〜。仏さまに怒られないようにね〜」
ばか、誰が立ちションだよ、と天真はあかねを見送って溜息をつく。その姿が消えてから、
「立ち聞きってのは、あんま、趣味が良くないぜ?」
と声をかける。
「おや、存外鈍いってわけでもないのだね、わかっていたのかい?」
そう言って姿を現したのは、先ほどの会話で話題に上っていた人物、橘少将であった。
あいかわらず、どこか人を食ったような微笑みを浮かべている。むっとして天真は彼に向かって言う。
「話、聞いてたんなら言うことがあるだろうが」
その言葉に、しばらく少将は考えるようなそぶりを見せて、それから天真に言った。
「そうだね、おっさんというのは、ちょっとひどいんじゃないかな」
「・・そうじゃねえだろ!!」
あいかわらず、食えねえ野郎だと天真はムカムカしながら怒鳴った。おやおや、とその剣幕に少将が驚いたような顔を見せる。だが、本当には驚いていない。そういうポーズなのだ。それがわかるところが、また苛つく。可笑しそうに、少将が天真に向かっていう。
「先ほどの話について、私が君に言うことがあるとすれば、それくらいかな?
 神子どのには、また違うことも言うことがあろうけれども」
その余裕を崩さない態度が気に入らない。
「お前、あかねのこと、どう思ってるんだよ」
つい、そう聞いてしまう。聞いたところで、どうするつもりもどうなるわけもないというのに。少将は、ふっと笑うと天真に向かって言った。
「それは、私が君に言わねばならないことかな? そんなに神子どのが心配?
 それとも、自分のことが心配なのかな?」
ああ、だからコイツが嫌いだ、と天真は思った。まるで見透かしたかのような言い方。
「ああ! ムカつく! あんた、ほんとにムカつくおっさんだぜ!
 あかねのこと、泣かしてみろ、タダじゃおかねえからな! お前なんかあかねに近づけさせねえ!」
それを聞いて、少将はなおさら可笑しそうに笑った。
「本当に、天真、君は若いのだねえ、うらやましいくらいだよ。
 神子どのも、さぞや心強いことだろうねえ。」
まったく相手にされてないことに、なおも天真が何かを言い募ろうとしたとき、少将が少し真面目な顔になって言った。
「そろそろ行った方がいいよ、天真。神子どのをあまり一人で出歩かせるものじゃない」
言われて、先に帰したあかねのことを思い返し、天真は低く舌打ちをすると、少将を一瞥して駆け出した。
『だって、友雅さんってオトナなんだもん』
ああ、まったく。憎らしいほどに大人だ。自分がいかに子供かを思い知らされる。天真はあかねの後を追って駆けながら、そう考えて顔をしかめた。だが、負けない、負けたくない。走る天真の目にあかねの後ろ姿が見えた。


天真の姿が見えなくなると、少将は、裏寂れた庭の様子に目をやる。
人生とは夢幻のようなもの。いずれはかなく消えてなくなる泡沫の夢。
この庭はそんな思いを少将にもたらすものだった。
その儚く退屈なはずの人生に、突如として現れた一人の少女。
彼女がそこに立つだけで、なんと此の庭の趣も変わるものだろう?
その少女の面影が思い浮かんだのか、ふと顔に浮かぶ微笑が深くなる。
「今朝来鳴き いまだ旅なるほととぎす 花たちばなに宿は借らなむ」
思い浮かんだ和歌をふと吟じ、少将はなおも可笑しそうに笑うと、その庭を後にした。


END





いやあ、書いてみたかった少将VS.天真(苦笑)
後半を地の八葉で行ったときに、天真と一緒に闘うのを少将にしたときの会話が
  結構イカしてて好きなのです(笑)
天真ってお兄さんみたいな、友達みたいな、気楽に話せる相手って感じじゃないかな。
神子にとって。そういう存在も大切な気がする。




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