北へ




「望美ちゃん、ごめんね」
険しい山道を歩きながら、オレは後ろに続いている望美ちゃんに声をかける。道が険しいだけではなくて、木々の間を吹き抜けてくる風の冷たさが身に沁みる。彼女も襟元をぎゅっと手で閉じていて寒そうだ。
「景時さん、謝らないで」
もう何度目かになるそんな会話。でも、オレはそんな風にしか君に言えない。こんな風に逃げることでしか、君を護ることができないオレで、ごめんね。


頼朝様からの書状がオレにとって良いことを運んできた試しはない。オレは本当に、バカだからいつも忘れてしまうんだ。仲間がいて、戦の中にも笑いや安らぐ一瞬もあって、大変なこともあるけど、なんだかこんな日が続くのも悪くないなんて、そんなこと有るはずないのに、忘れてしまうんだ。大切な人や仲間が増えていくなんて、オレなんかには似つかわしくないのに、忘れてしまうんだ。気を許して、語り合って、仲間になって、そして気が付く。オレはいつか、そんな仲間を裏切らなくちゃいけないかもしれない、って。
オレ、部下の兵たちから「裏切り者」って呼ばれていたの知ってるんだ。良く見抜くなあって思うよ。本当のことだものね、裏切り者って。多分、オレが君を連れて逃げたことにだって驚かない奴もいるんじゃないかな。
『やっぱり、裏切り者は何処へ行っても裏切り者だ』
って言われちゃってるかもね。でも、いいんだ。本当のことだ。オレは誰からも信頼される価値のない裏切り者なんだから。仲間の顔をしていても、本当はそうじゃなかったんだから。九郎だって弁慶だって、オレが軍奉行だっていうのを純粋に自分たちの補佐のためだって信じていてさ。オレもね、そう信じ込みそうになったよ。九郎はイイ奴だし、力を貸してやって手柄を立てさせてやりたいって。でもさ、そんなこと、思っちゃいけなかったんだ。オレはそんなこと、よくよくわかっていた筈なのにね。今までだってそんなこと、十分見てきていたのに。

オレは頼朝様を怖ろしい方だとは思うけれど、あの方が暗殺を指令してくる理由を理解することはできるんだ。あの方が目指している新しい源氏の世の中も、そのために粛正が必要な場合もあることも、冷酷なだけの方ではないことも。いっそ、憎んで嫌ってしまえるなら、その方が良かった。そうしたらオレこそが粛正される側になれたのにね。そうしたら……でも、そうしたら自分は満足でも朔や母上は護れなかっただろうなあ。やっぱり、オレは裏切り者でなくちゃいけなかったのかな。なぜ、こんなことになっちゃったんだろうね。
でも、もう本当は諦めていたんだ。オレはずっともう、暗殺者として仲間を裏切るようにしか生きていけないって。別にそれでいいじゃない、と思ってた。オレみたいな人間にはお似合いの人生だって。でもさ、君に出逢っちゃった。驚いたよ。朔が黒龍の神子だってわかったときも驚いたけどね。オレがまさか白龍の神子の八葉なんてさ。嘘だろって思ったよ。清浄なる神子を護る八葉がオレみたいに穢れた人間でいいの、ってね。
それで、オレは本当にバカで、また、忘れちゃったんだ。オレが、誰かを護ることができるような人間じゃないってことを。

君のね、笑顔を見たかった。いつも、戦いの時って厳しい顔してるでしょ。本当だったら綺麗な衣や甘い菓子のことばかり考えてたり、歌や書を読んだりして、何の心配もなく過ごしていていい年頃なのに。君のいた世界のことも、いろいろ話をしてくれたけど、こことは全然違っていろんなものがあって、でも、戦はなくて、多分、ここでしなくちゃならないような苦労は何ひとつしなくても良い世界で。なのに、愚痴のひとつも零さずに一生懸命な君にね、笑顔でいて欲しかった。君のね、八葉で良かったなんて思ったりしたよ。君の近くに居られて、君のこと守ってあげられて。そんな風にね、舞い上がっちゃってた、自分が本当はどんな人間なのかってこと忘れて。
生田の森で君を見失ったときは、どうしようかと思った。後先考えることもできなくて、馬を走らせたな。君を助けることができて本当に良かった。あのときね、君は言ってくれたでしょ。『私が笑顔でいられるかどうかは、景時さん次第です』ってさ。オレ、そのときに改めて気付いたんだよ、君のことを好きなんだって。それで、君もオレのこと、気にしてくれてるってわかって、照れくさくて、でも嬉しかった。ほんとに、このまま色々なことが上手く行くんじゃないかって勘違いしてた。平家との戦も終わって、そしたらきっと、頼朝様も今みたいに、疑心暗鬼にかられることもなくなって、九郎も源氏の功労者として頼朝様を補佐するようになって、君だって源氏に勝利をもたらしてくれた神子なんだから、きっと頼朝様から労ってもらえるだろうし、オレも、もう平和な世の中になったら、仲間の血で手を染めることもなくなって……いろんなことが上手く行くんじゃないかって勘違いしていた。
でも、頼朝様は、そんな単純な方でも楽天家でもなかった。
鎌倉で書状を受け取ったとき、やっと、オレは思い出したんだ。そして、オレはまた、自分が間違ったってわかったんだ。

屋島で死にたかった。あれがきっと、最後の機会だったと思うから。君はオレに『死んで英雄になりたかったんですか』って言ったけど、そうだね、それが理想だったかもね。オレ自身の名誉なんてどうでもいいけどさ、源氏の英雄として死んだなら、朔も母上も立つ瀬があるし。仲間に迷惑をかけることもなかっただろうしね。君を殺すくらいなら、自分が死にたかった。オレが死ねば、頼朝様だってすぐには次の暗殺者なんて手配できない。その間に情勢も変わっていくかもしれない。身内に裏切り者がいなければ、他の八葉がきっと君を護ってくれる。もう、仲間を偽るのは苦しかったんだ。何も考えなくて良いよいように、死にたかった。生きていくために、嘘をついて、誰かを裏切って、人を殺して、そして、君を殺さなくちゃいけないってことが死ぬことよりもつらかったんだ。全部、終わらせてしまいたかった。でも、君はオレに死ぬことを許してくれなかった。源氏は勝ち続けて、そして、オレに残された時間は無くなっていく。
オレはどうしたら君を殺さなくて済むかずっと考えてた。頼朝様に考え直していただくことはきっと無理だ。どうすれば君を護ることができるかずっと考えてた。でも、どんなに考えても源氏にいる限り、オレも君も頼朝様から逃れることなんてできない。そうとしか考えられなかった。源氏にいる限り、逃れられないなら、源氏から逃げればいい。そう思ったんだ。
君を守るためなら、君の命を永らえさせるためなら、オレはもう後はどうでもいいと思った。今まで、何一つやり遂げたことも、守り抜いたこともないオレだけど、君だけは。
オレは、さ。家族を守らなくちゃって、せめて家族だけは守らなくちゃって思っていたけど、本当は、オレなんかが梶原の跡継ぎじゃなかったら、って思ってもいた。父上にとっては期待外れの跡継ぎで。朔の幸せだって守ってやれなかった、本当に、家族のことさえ碌にちゃんと守ってこれなかった。そんなオレが、君の事を守ろうなんて、本当に大それたこと、よく考えたなって思う。でも、頼朝様にたてつくことはできないけど、頼朝様から逃げて逃げて、君を逃がしてしまうことくらいならオレにだって出来るって、そう、思ったんだ。

――オレと一緒に、逃げて。
そう言ったオレに、君は『いいよ』って言ってくれた。情けない男なのにね、オレ。でも、君はそんなオレの願いを聴いてくれた。一緒に、逃げると言ってくれた。君は、自分が頼朝様から命を狙われているなんて知らない。ただオレのために、オレの願いを聴いてくれるためだけに、頷いてくれた。それが嬉しかったよ。
『もう、十分苦しんだんだから……もう、苦しまなくてもいいよ』
そう言ってくれたことが、嬉しかった。でも、オレはいいんだ。オレは君が生きていてくれるなら、もう、どんなに苦しくてもいいんだ。オレは本当なら屋島で死んだ人間なんだから。頼朝様はオレたちを見逃してくださらないだろう。西国が一段落したらきっと、追っ手を北に向ける。でも、君だけは絶対に捕まえさせない。オレはどうなったとしても、君だけは頼朝様の手の届かないところまで逃がしてみせるから。オレにも一生にひとつくらい、守り通せるものがあったって思いたいんだ。それ以外の全てを裏切って、捨てて、何一つやり遂げることができなくて、それでも、ただひとつ、ただひとり、君だけは。


望美ちゃん、こんな風に、逃げることでしか君を守れないオレでごめんね。でも、必ず逃げ切るから。逃げ切ってみせるから。君のことだけは最後まで守るから。
だから……





遙か3より、景時×望美です。
景時の逃亡EDネタです。あのEDはあのEDでアリなんじゃないかと思ってるんですけどね。
どっかの山に結界でも張って誰も入れないよーにして天狗の夫婦として暮らせば? なんちて。
景時って、ただ、こういうEDだとすごく思いつめてしまいそうで、そこが傍にいる望美も辛そう。
でも望美が前向きなら、きっと逃亡EDでも未来が開けるんじゃないかと思うんですよ。
しかし、北じゃなくて南方面へ逃げた方が良かったんじゃ。


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