迷い家

「御門くん! 遊びに来たんだけど、いい?」
御門は玄関先に現れた少女の姿を常と変わらず冷静な顔で迎えた。
「遊びに来た? 困ったものですね、私はあなたと違ってヒマなわけではないのですよ。
 突然に来られても困ります」
さして困った様子でもないのに、そう言い放つ。
「だって、如月くんに御門くんの家にある珍しいもの見せるって約束してたんでしょ?
 一緒に見せてもらおうと思って来たんだけど・・・迷惑だった?」
困ったような顔をして玄関先に立ちつくす少女に、御門は仕方なさげに苦笑すると、
「まあ、幸い、今日はそういうことで元々お客様を迎えるつもりでしたからね、
 あなたがご一緒でもかまいませんよ。
 第一、迷惑だったらここまで通しません」
といい、少女を促すようにして家の中へと戻っていった。慌ててその後を追うように、靴を脱いで家にあがり、小さく「お邪魔します」と言うと少女はあちこちを探るように見回す。
「何もそんな所には珍しいものなどありませんよ。
 で、他の方々はいつ来られるんですか」
その言葉に、あはは、わかってたの、と苦笑いを返すと
「京一と醍醐は居残りなんだよね、後で来るって。美里は生徒会が終わってからで、小蒔も部活が終わってから。
 大勢で突然っていうのもなんだから、先に来て予告しとこうかなって思ったんだけど、
 御門くん、何も言わなくてもお見通しなんだもの」
と少女が言う。
「蓬莱寺くんあたりが、如月さんから聞きだしたに違いないとそう思っただけですよ。
 まったく、思いがけず今日は賑やかになりそうですね・・・・。
 あまり、繊細なものは出さない方がよさそうです。
 そうでなくても、発する気が強い人がそろうわけですし
 下手に共鳴されても困りますからね・・・」
「あ、ごめん、そうだよね、御門くんの家にあるものだもの、
 いろいろ曰くとかもありそうだし・・・そういうこと、考えてなかった。
 ごめんね」
代々、東日本の陰陽師を束ねるという役職を継いできた御門のことを、少し珍しいお宝が家にある、ちょっと由緒ある家系の友達、くらいにしか思っていないのだろう。今更のようにそう言う。
「まったく、あなたときたら、自分がどういう人間かわかっているんでしょうかね。
 のんきなものですよ」
少女は生まれながらに大地の力を秘めた黄龍の器としての運命を背負っていた。今、この東京の街を覆う破壊の力を封印するという重い宿命をこの少女は背負っているのである。しかし、そんな重苦しさをみじんも感じさせず、普通の高校生と変わらぬ屈託なさを、彼女は自分の運命を知ってからもなくすことはなかった。自らのもって生まれた力に負けないだけの輝きを持った人間。だからこその、黄龍の器なのだろう。ときどきは、いったいこの少女のどこにそんな力が隠されているのかと疑いたくもなるが。
「芙蓉!」
「晴明さま、こちらに」
御門がその名を呼ぶと、どこからともなく黒髪の美女が現れる。美しくも妖艶な雰囲気を漂わせる彼女は、しかしながら人間ではない。御門が使う式神なのだ。
「にぎやかしいお客人が数名もうしばらくしたら来るそうです。
 迷わぬように案内してやってください」
「御意」
御門の屋敷は外敵を遮断するために結界を張った中にある。招かれざる人間は玄関にたどり着くことさえままならないし、誰かが結界の中に入ってきたらそれはすぐに御門の知るところとなるのである。
「あ、そっか。私が来ることも、御門くん、知ってたんだ」
「あなたほどわかりやすい気を発して結界の中へ入ってくる人もめずらしいですよ」
「ふ〜ん。御門くんにはどういうふうに、感じられるの、私の気って」
「さあ・・・、口で言ってもわからないでしょうからね。
 ただ、あなたは他の人間とはまったく違う、とだけ言っておきましょう」
畳の座敷に通されてそこに座った少女は、ぐるりと周りをみまわす。廊下との間の障子は開け放され、外へと続く窓を通して庭が見えた。式台に草履がおいてあるところを見ると、そこから庭に降りることができるのだろう。その庭は、華やかなものではなく、まるで自然のままにほおっておかれたかのように、草が茂っていたが、そういう庭らしくないところが御門らしいとそう思えた。少女は、窓から見える庭の景色に見入っていた。季節はもう秋も深くなっているというのに、その庭には季節など存在しないかのようだった。名もないような草花が、あちらにひと群、こちらにひと群というように、小さな草むらを成し、可憐な花を咲かせている。
あれは、なんという花なのかと御門に尋ねようとした少女は、しかし、振り向いて見た御門が書物に目を落としているのを見てそう尋ねるのをやめた。邪魔をしては悪いと、そう思ったからだ。再び、窓の外の庭を眺めながら、頭の中で自分の知りうる限りの花の名前を思い浮かべてみるがどうもぴったりくる花が思い浮かばない。
「あれは、おみなえしですよ」
御門の声がした。驚いて振り向くが、彼は書物から目線をあげもしていなかった。それでも少女は嬉しそうに笑った。

しばらくはそうして熱心に庭を見ていた少女だったが、少し退屈したらしく、そっと御門の方を盗み見ると彼が書物に没頭していることを確認してから廊下に出て、式台から庭に降りた。
みんな、来るの遅いな・・・まあ、でも、いいか。
そんな事を考えつつ、見慣れない草花に顔を近づける。
これが、おみなえし。
さっき、御門に教えてもらった、小さな黄色い花を扇のようにつけている草をしげしげと眺める。薔薇とか、蘭とか、そういう華やかさとは無縁の花だが、どこか飄々とした雰囲気が感じられるようで好もしいとそう思った。点々と咲く花を見つつ庭を歩いてまわっていると、小さな花の一つ一つにも個性があるようで、おもしろかった。そうやって、草花を見て回っているうちに、ふと気が付くと、ずいぶんと庭の奥の方まできてしまっていたようだ。振り向いて家を探すが、何も見えない。
「あ、あれっ???」
慌ててもう一度周りを見回すが、やはり、家がない。庭で迷ってしまったなどと、そんな恥ずかしいこと、と思いながらも、野原のようなその庭で少女は自分がどちらから来たかもわからなくなっていた。
「こ、困ったな・・・どうしよう」
きっと、この庭にだって御門の結界とかが張ってあったに違いないのだ。ということは、見えないだけで、どっちかの方向に家はあるはずなのである。しばらく考えこんでいた少女は、意を決したように、顔をあげると、思い切りよくはいていた草履の片方を飛ばした。ぐるぐると変な回転をしながら飛んでいった草履が地面に落ちたのを見計らってそこへ、片足でけんけんしながら向かっていく。そうして、落ちた草履をしげしげと眺めると、そのつま先が指す方向へむかって歩き出した。
「だってね、どうしたってわかんないんだし、そしたらここは運を天に・・・っていうか草履に任せて・・・っていうのも悪くないんじゃないかなってね。」
と言いつつ、どこか楽しそうなのは、実はそんなにまだ本気で困っていないからかもしれなかった。
が、結局行けども行けども家に帰りつけなかったので、再び少女は立ち止まってしまった。しばらく、頭を抱えて考えこむが、またまた今来た方向へむかってえいっとばかりに草履を飛ばす。そうして、またつま先の指す方向へ歩き出して・・・という行為を何度か繰り返し、さすがに彼女も疲れてきたようだった。
う〜ん、なんだか本気でちょっと困ってきたかな。
少し休憩、と草むらに腰を下ろす。夕方の風が少し肌寒く感じられたがそれも歩き続けてきた彼女には気持ちよかった。
あ、なんか、眠くなってきちゃった・・・・どうしよう。ここで眠ったら死ぬかな。
それは雪山、と自分で内心つっこみつつ、立ち上がるのもおっくうになってきたなあと考えている。
しかし、まあ、仕方ないか、ともう一度立ちあがり、歩きかけたそのとき、背後から声がした。
「まったく、あなたという人は、困った人ですね。」
驚いてふりむくと、御門が立っていた。
「御門くん、ご、ごめんね〜、だって、迷うなんて思ってなかったから・・・」
厳しげに寄せられた眉根に、彼の不機嫌さが表れているようで、彼女はなぜか後ずさりしつつそう答える。ため息を一つつくと、御門は彼女に近づいてきた。
「少しも目が離せない。こんなにふらふらと出歩く人は初めてですよ。
 はやく、こちらへ。帰れなくなりますよ」
はい、ごめんなさい、と小さくつぶやいて、少女は御門の元へと歩いていく。
「だってね、庭がきれいだったから、見たかっただけなんだってば。
 まさかこんな広くて迷うなんて」
「思っても、こんな風に奥まで入り込む人はいませんよ。
 ほら、いらっしゃい」
手を差し出されて、びっくりする。
「え〜と、あの、あれ?」
「また迷いたいんですか?」
ああ、そうか、はぐれちゃいけないものね、と頷いて御門の手をとる。思いの外、彼の手が温かかったので、変にくすぐったい。すべるように歩いていく御門の歩調に合わせて彼女も歩き出すが、どこまでも続くように見えるこの庭のどこに家へ続くところがあるのか不思議で、ついつい視線はあちらこちらをさまよってしまう。しばらく歩いた後に、御門が立ち止まり、困ったような顔で振り向いた。
「・・・困りましたね、本当にあなたという人は、発する気が強すぎる。
 庭を見るのはおやめなさい。」
「え? 見るなっていわれても・・・」
そう問い返そうとしたとき、御門の手が彼女の目を覆った。そうして、ふわりと頭から彼の上着に包まれる。あんまり驚くと人は反応がなくなるらしい、とそのとき彼女は自分の身をもって体験したのだった。
「あの、あれ、えっと御門くん!!!」
もう彼女の目を覆う御門の手はないはずなのに、目をあけることができない。暗い闇の中で温かい御門の手が彼女の手を取り、彼女が歩くのを先導する。自分にかけられた御門の上着からは、香を焚きしめたようないい匂いがした。こういうところも、御門らしい、と思える。どこを歩いているのかもわからず、ただ彼に手をひかれるままに歩いていくと、しばらくして、遠くに聞き慣れた声が聞こえてきた。


「お〜い、御門の旦那、遊びにきてやったぜ」
京一の声が玄関の方から聞こえてくる。
「こりゃ、晴明さまに失礼な口を訊くでない!」
芙蓉が案内してきたのだろう。少女はその声に目を覚ました。
あれ? 庭に出てたんじゃ・・・・あれ??? 眠ってたの?
驚いてがばっと身を起こすと、眠り込んでいた少女の肩には御門の服がかけられていた。
「ああ、戻ってきましたね。
 不用意にふわふわと思いを飛ばすものではありませんよ。
 特に、ここではね。帰ってこれなくなりますから」
 客人を迎えにいこうと立ち上がった御門がそれに気づいてそう声をかける。
「あ・・・じゃあ、あれって夢じゃなかったんだ。
 御門くんが迎えにきてくれたんだね」
彼は口元に苦笑を浮かべつつ、答えた。
「本当に、あなたという人は興味深い人ですよ。
 目を離すとどうなるかわかったものではない」
「う・・・ご、ごめんね」
恐縮しつつ答えると、玄関へ向かう御門は部屋を出る際に笑いながらこう言った。
「まあ、退屈はしませんからね、悪くはないですよ」
彼のそういう顔が珍しくて、少女はなんだかトクしたような気分になってしまった。そして、自然と自分の顔が緩んでしまうのに気がついて、どうしちゃったんだろう、などと考える。なんだか、うきうきしちゃったりして、どうしちゃったんだろう???
でも、まあ、いいか。
肩にかけられた御門の服からは、やっぱりいい匂いがした。




※御門×女主。女主の名前は、青葉としました。
あまり深く考えていませんでしたが、兄弟子の壬生の「紅葉」と対っぽくなってて
まあ、それはそれで良いかという気がします。





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