「よっしゃ、どっか広いところで昼にしようぜ〜!」 京一が大きく伸びをしながらそう声をあげる。待ってました、とばかりに青葉が飛び上がって喜ぶ。 「あっちに広い野原があったから、そこで食べようよ! ね、ね!」 真っ先に駈けていく。かなり大きなリュックを背負っているにもかかわらず、元気である。後に続く一行は、お互いに顔を見合わせて、やっぱり色気より食い気なんだよなあ、などと頷きあったりするのだった。 銘々、親しいものどうし隣り合ったりして、腰を下ろすと、青葉はもったいぶってリュックから大きな包みを出す。タッパーに入れられたそれをみなの真ん中に置くと、蓋をあけた。 「じゃ〜ん! スイートポテトと、パンプキンタルトだよ〜! 昨日がんばって裏ごしして焼いたんだ♪ あとで食べてね!」 「わ〜い! ひーちゃん、すごいや、いくつ作ったの〜」 小蒔が目を輝かせてのぞき込む。お弁当よりも先に手を出しそうな勢いだ。 「あ、甘いのだめな人も大丈夫なように甘さ控えめにしたけど、 苦手な人は無理しなくていいからね〜」 「そんな奴の分は俺が食べてやるぜっ!」 とはいえ、そういう人間はこの中にはいそうもなかったが。で、お弁当を広げることとなったのだが、そこにはやっぱりそれぞれちょっとしたミニドラマ(?)があったり。 「あ、醍醐くん、ボクおにぎりたくさん作って来たから、食べてよね」 「お? お、おお、す、すまんな、桜井」 「よおよお、醍醐、胃薬用意しとけよ〜、小蒔の作ったもんじゃどうなることやらわかんねーぞ」 「うるさいよ、京一に食べろって言ってないだろ!」 「あら、京一くん、私の作ったお弁当もそれじゃあイヤかしら。一応、作ってきてみたんだけど」 「うおお〜! 神様、仏様、葵さま〜!!」 「ノーノー! アオ〜イ! キョーチなんかに食べさせるの、もったいないネ!」 「うるせ〜! ひっこんでろ!」 「あら、たくさんあるからアランくんも、どうぞ(にっこり)」 「OH〜! カンゲキで〜す、アオ〜イの手料理〜!」 「てめえに食わす分なんぞあるか!」 「やれやれ、見苦しいな、あいかわらず・・・(溜息)」 「あの、如月さま、いつもお世話になっておりますので、さしでがましいとは思いましたが 私どももご用意させていただいたのでございますが・・・」 「え? や、これは申し訳ない・・・」 「ふっ・・・さすがに如月さんは余裕といったところですか・・・」 「止せよ、壬生、そんなじゃないさ」 「・・あの、壬生さん、サンドイッチなんかお好きですか? 舞子ちゃんと一緒に作ってきたんですけど・・・」 「どうした、壬生、君もなかなかやるじゃないか」 「・・・ありがとう、いただくよ、比良坂さん」 「はぁ〜い! 舞子のぉ〜サンドイッチ、劉くんも食べてね〜 そのかわりぃ〜、今度、ひよこさん、見せてくれる〜?」 「えっ、いや、ワイに? くぅ〜!!! ええお人や〜!!」 「なんだい、なんだい、うらやましそうに見てんじゃないよ、情けないねえ! ほら、あんたたちにだってちゃんと当たるようにたくさん作ってきてやったから!」 「ふ、藤崎・・・おまえってけっこうイイ奴だったんだな・・・」 「一言余計だよ!」 「・・・・村雨、おまえ、その弁当はどうしたのですか」 「芙蓉のに決まってるだろ」 「・・・・いつの間に・・・芙蓉にもよくよく言っておかねば・・」 「固いこと言うなよ、お前の弁当作らなくていいとなったら 芙蓉も暇だろうと思ってよ、親切なんだぜ」 「・・・勝手なことを・・・素直に食べたいと言う方がよほど可愛げがあります」 「いいじゃねえかよ、ほれ、お前の弁当が届いたぜ」 あちこちで弁当を巡ってやりとりが繰り広げられているどさくさ(?)にまぎれて、青葉も御門のところへ弁当を持ってきたのだった。 「え〜と、いちお、作ってきたんだケド・・・」 なんだか妙に気恥ずかしいのはなんでなんだか。御門は無感動にそれを受け取る。その背中を村雨が思いっきり叩いた。 「何か一言くらい言ってやれよ、先生によ!」 しぶしぶ・・といった風情で御門が青葉に言う。 「ありがとうございます、いただきますよ」 えへ、と青葉はうれしそうに笑うと、女の子の集団の方へと戻っていった。 「御門、あいかわらず素直じゃねぇなあ、嬉しかったら嬉しいと言えよ、ん?」 にやにやと笑いながら村雨が言う。御門は思いっきりの仏頂面でそれに答えた。 「お前にそんなことを言われる筋合いはありませんよ」 だが、今回の勝負はやや村雨が優勢なように見えた。 それぞれがお弁当に舌鼓を打っていたとき。京一がこそこそと鞄の中から何かを取りだした。それを見とがめた醍醐がちょっとドスを利かせた声で問いかける。 「京一・・・それは何だ」 「え? いやあ〜、へっへっへ、言ってみれば、これは卒業祝いのイベントみたいなもんだろ? 祝い事にはコレが付き物かな〜・・・なんてな・・」 花見の折りにも持ち込もうとして失敗したアレである。そう、アルコール。(未成年の飲酒は法律で禁止されています。まねしちゃいかん) 「・・・京一・・・・お前という奴は、本当に懲りない男なんだな・・・持って帰れ」 低く言う醍醐に、京一は舌打ちしながら「バカ、こんなけの人数でたったこれだけだろ、酔うもんかよ」と小声で言う。さらに、醍醐の耳をつかんで引き寄せてささやく。 「第一だな、俺が酔わせたいのは、決まってるんだよ 御門だ、御門、あらいざらい吐かせてやりたいだろ? お前だってよ。 出し抜かれたまんまで終われるか!」 いや、それは自業自得というか、こっちのやり方が悪かったからだろう、と醍醐は思ったのだが、いつも取り澄ました顔の御門が酔うとどうなるか、というのには確かに興味があった。ちょっとはおもしろいかもしれない・・・と思い、ふむ・・・・と考えこむ。だが、さすがにまじめな醍醐のこと、ぶんぶんと頭を振ると、いかん、いかん、と思い直し、「やっぱり持って帰れ」と京一に言おうと振り向いた。が、すでにそこに京一の姿はなかった。 「京一!!」 声をあげるが時すでに遅く、京一は紙コップを希望者に配ってしまっていたのだった。 「よお、御門の旦那、お前も飲まねえ?」 にやっと笑って京一がコップを御門に差し出す。御門はしれっとした顔で弁当を食べつつ答えた。 「御遠慮致しますよ」 「なに、お前、もしかして飲んだことないクチかよ? お固いねえ」 挑戦的に笑う京一に、御門はこれまた受けて立つとばかりに鼻先で笑うと 「安酒は悪酔いするので、飲まないことにしているんですよ」 と言ってのけた。 「・・んだ〜? 酒は酒だろうが、そんなすげえ違いなんてあるのかよ」 御門は、おやおや、と言いたげに息をつくと 「神撰田で採れた米と、富士の霊水で精進潔斎を済ませた杜氏が創る神酒を そのあたりの量販店で売っているものと同じにしては困りますよ。 そもそも、私たちにとっての神酒とは大地と水をつなぎ、体内の気の流れを整えるための 一つの道具のようなものであるのですから、正体なく酔うなどもってのほかなんですから」 と答えた。困ったものだとでも言いたげなその様子に、京一は 「無理に飲めなんて言わねえよ、まったく・・・」 と御門に差し出したコップをひっこめた。おいおい、御門に飲ませるのが目的だったんじゃないのか。が、京一はターゲットを変えたらしい。 「ひーちゃん、どうだ、飲んでみるか?」 先ほどから、ちょっと興味津々な顔をしていた青葉を振り向いて言う。こくこくこく、と青葉が頷く。 「ちょっと、ひーちゃん、やめといたほうがいいんじゃない? 飲んだことないんでしょ?」 小蒔がそう言うが、食べ物、飲み物、とにかくそういうものについては、未体験なものは何だって試してみたい青葉なんである。 「ちょっとくらいなら、いいよね、ね?」 と同意を求められて、小蒔も、結局はう〜ん、少しくらいなら・・と押し切られてしまう。 「・・・青葉・・」 御門が顔を顰めてそう呼び掛けると、青葉は 「う・・・だ、だめ?」 と上目遣いに御門を見た。目線で青葉をたしなめる御門だったが、それ以上は何も言わない。結局、青葉は好奇心には勝てず、初めてアルコールを口にしたのだった。 「んにゃ〜、な、なんか喉が灼ける〜・・・でも、おいしいかも」 思いきり、ごっくん、といってしまった青葉が顔を顰めつつもそう感想を漏らす。んっく、としゃっくりが出るが、そのうちなんだか気分よくなってきたらしく、えへへ〜と顔が緩みっぱなしになってしまった。ふわふわ〜と気分よく、楽しくなってきて、こんないっぱいの友だちと出会えて良かったな、などといろんなことを思い出したりする。大変なことも多かったけど、でも、やっぱり楽しかった。うん。 「ひーちゃん、だいじょぶ? 顔が真っ赤だよ〜」 小蒔が心配そうに言う。青葉は、へへへ、と笑うとダイジョブ、ダイジョブ、と手を振る。 「お水、飲んだらぁ〜? はい〜」 高見沢がミネラルウォーターを注いでくれた。それをくい〜っと飲み干して、おいし〜、と笑う。それから、青葉は 「ん〜・・・ちょっと、お手洗い〜・・・」 と立ち上がるとフラフラと売店のある建物へと向かっていった。 「ひーちゃん、大丈夫? 一人でいける?」 葵が声をかけるが、青葉はダイジョブだよ〜、と答えてふらふらと歩いていってしまった。 「ちょっと、もう〜、どうすんだよ、京一〜! ひーちゃん、真っ赤だったよ!」 「そんなに飲んでねえってば〜、ひーちゃん、弱すぎだぜ、まったく」 「初めてなんだから仕方ないだろ! 酔いつぶれたりしたらどうすんだよ!」 「大丈夫だって、おぶって帰るかなんかすりゃいいんだろ!」 そこで、なんとなくみんなの視線が御門に集まったりするんだが、所詮、ここに集まってる仲間の中で、青葉を背負って歩く御門なんてものを想像できる人間などいないのであった。いわゆる、想像の域を越えているというものだ。御門はといえば、表情もかえずに、綺麗に食べ終わった弁当をきちんと包み直し、水筒から茶をコップに注いでたりする。 そこへ、青葉がふらふら〜とまた戻ってきた。 「ひーちゃん、大丈夫?」 小蒔が声をかけるのに、青葉は 「ん〜・・・」 と返事を返し、そしてそのまま元の場所には座らずにとてとてと歩いて御門の隣にすとん、と腰を下ろした。そうして、御門の顔を見上げて、えへへ〜と笑う。キている。かなり酔いがまわっているらしい。御門の方は、そんなことは一切頓着せず、青葉が隣にいるのも振り向きもせずに茶をすすっている。 「えへへ〜・・・」 青葉はそんな御門の肩にもたれると、きゅ〜っと御門の身体に抱き着いた。シン・・・・・・と空気が固まる。居心地の悪いような、目をどこへやればいいやら困ったような緊張感とか、とにかく、いろいろと思惑の絡まった空気が流れて、なにやら全員、動きも止まってしまったようだ。が、御門だけはあいかわらず、渦中の人物だというのに、一人だけ我関せずとばかりに、茶を飲んでいる。 「御門くん〜・・・いい匂いがする・・・・好きなんだ〜」 酔っぱらった青葉は、もちろん、ごきげんだ。 「あとね、あとね〜、背中も好き・・・細く見えても男の子なんだな〜って 抱き着いたとき、気持ちいいの・・・・」 一瞬、どよどよ・・・と空気が動く。どうすんだ、オチは誰がつけるんだ。このまま聞いてていいのか、悪いのか。いや、なんか他人の寝室覗いたみたいでとっても居心地悪いんだが。ちょっと冷や汗が全員の額に流れそうになったとき。 「やれやれ、これだから安酒は悪酔いしていけない・・・」 茶を飲み終わった御門が、こともなげにそう言う。違うだろ、みんなが思ってるのはそういうことじゃなくてだな。 「ほえ〜?」 青葉は不思議そうに御門を見上げる。 「青葉、眠くなってきたでしょう」 御門が青葉に有無を言わせぬようにそう言う。 「ん〜?・・・そうかな・・・よくわかんない・・・」 「眠いはずです。寝なさい。」 「ん〜・・・お昼寝するの? うん、じゃあ、そうする・・・」 何故か青葉は素直にそう言うと、こてん、と目を閉じてしまった。さてはなにか術でも使ったか、とみな思いはしたが、とりあえずほっとしたのも事実だった。 「・・・蓬来寺くん、このお礼はいずれ、また・・」 にっこり笑う御門の姿に、一同ちょっと背中に冷たいものを感じずにはいられなかったのであった。 食後の休憩時間の間、それぞれに景色を見に行ったり売店をのぞきにいったり、なぜかトランプなんか持ってきていて遊んでいたりと和んでいる間。御門は寝ている青葉の隣で本を読んでいた。 「よっ、御門」 そこへ村雨がやってくる。 「なんです、あちらでゲームをしていたのではないのですか?」 「ああ、俺の一人勝ちじゃつまんねーだろ、抜けてきたのさ」 にやにや笑って村雨が御門の隣にしゃがみこむ。 「なあ、御門、俺はちょっと安心したぜ〜、お前もやっぱり男なんだってなあ」 「何をバカなことを・・・お前、今まで私の性別に自信が持てなかったんですか? まったく、どうしようもないですね」 「ああ、ああ、なんとでも言いなよ。 なんだかんだ言っても、先生とうまいことやってるんじゃねえか 見直したぜ・・・や〜、オトナになれて良かったな!!」 にやり、と笑ってそう言う村雨は、もちろん御門に対するいやがらせで。これでいつも澄ました顔の御門の表情を変えてやろうとか思っていたりするわけなんだが。御門はそれを聞いて、思いきり小馬鹿にしたような表情で村雨を見返すと、余裕ありありな笑顔でこう返した。 「あの折は村雨、たいへん、ごちそうさまでしたよ。 おかげさまで、おいしくいただけましたからね」 一瞬黙ってしまった村雨は、ちっと低く舌打ちすると 「か〜!! やってらんねえや。ちくしょう!」 と言って立ち上がった。それへ向けて御門が続ける。 「おや、私が何も知らないとでも? 村雨、お前また悪い癖を出しているでしょう。 人をダシにして、賭事に使っているくせにその言い種ですか」 そう言うと、にやり、と村雨は笑って答えた。 「ああ、それについてだけは礼を言っておくぜ、御門。 たんまり儲けさせてもらったからな!」 村雨が戻っていくと、賑やかしい声に眠りから覚めたのか、青葉が起き上がる。 「む〜・・・・なんか、頭痛い・・・・」 すっかり酔いは覚めたようだが、どうもすっきりはしないらしい。 「当然ですよ、まったく・・・・あなたが人前でアルコールを摂取することは禁じますからね」 ちょっと厳しい声で御門に言われて、青葉はその顔をおそるおそる見返す。 「・・・・なんか、失敗・・・・した?」 御門、無言。青葉はえと、えと・・・と冷や汗をかきつつ思い出そうとする。がどうもぼんやりしてて思い出せない。そのことにもまた冷や汗が出る。 「・・・み、御門くん・・・怒ってる・・・・よね?」 「当然です。」 眉間にしわが寄っている御門の顔を見て、青葉はしゅん、とうなだれる。 「も、もう、酔っぱらったりしないからね」 「当然です」 「ごめんなさい! 反省します」 「当然です」 ちっともちゃんと返事してくれてないみたいな御門に、青葉はちょっと、うるうるしそうになるが、おずおずと付け加える。 「き、嫌いになったりなんか、しない・・・よね?」 そこで御門はちょっと溜息をついてしばらくの沈黙のあと、答えた。 「当然ですよ」 そんなわけで、途中ちょっとしたアクシデントもありつつも、夕方またまた元気に一行は山を降りていったのだった。その一行の中には、勝ち組、負け組がいたらしいともっぱらの噂でもある。懐があったかくなって帰ったもの、あいもかわらずすっからかんにされてしまったもの、誰がどうだったかはとりあえず公式にはなっていないが、自分を対象としてまたまた賭事が繰り広げられていたと知ったら、青葉のおかんむりは、もちろん、治ることはなかっただろう。 が、今のところ、それは秘密になっていて。 「は〜・・・! 楽しかったあ〜! みんないっぱい集まってくれたし、ほんと、嬉しかったよ〜! 準備とか全部させちゃって、ごめんね、ありがとう! 京一、村雨くん!」 無邪気に笑って礼を言う青葉に、胴元は少しばかり心を痛めたとか何とか。 一部の還元金が御門の手にわたって、その後、如月骨董品店において青葉へのプレゼントになったとかならなかったとか、それはまた別の話である。 とりあえず、おわり。 |