ランチボックス

「・・・ひーちゃん、どうしたの?」
昼休みというのに、ぼんやりした様子の青葉に、小蒔が声をかける。いつもなら、お弁当を持って早く屋上へ行こうよ、とか催促しそうなものなのに。
「ん・・・? あ、ああ、小蒔。なに? え? もうお昼?
 早く屋上いかないと、いい場所とられちゃうよ!!」
とたんに椅子を蹴倒すように立ち上がり、ばたばたと慌ただしくお弁当を持って駆け出す青葉に小蒔が首をひねる。
「どうみたって、オカシイよねえ、葵」
傍らの葵に向かってそう問いかけると、葵も心配そうな顔で頷いた。
「何か、悩みでもあるのかしら・・・」
青葉の悩みとなれば放ってはおけない。何か一人で思い詰めているのなら。なんといっても、彼女の背負った宿命はとても重いものなのだから。
心配する友人を後目に、自分が一番ぼ〜っとしていたくせに青葉は教室の入り口で二人を催促する。
「早く早く! 場所なくなっちゃうってば〜」
すっかりいつもどおりのその様子に小蒔と葵は顔を見あわすと首をかしげて青葉の後に続いた。
結局、来た時間が少し遅かったので、日当たりのいい場所はとられてしまい、給水塔の影でひっそりと弁当を広げる。いつもと同じといいつつ、場所が日当たりが悪いと、どうも考え方も陰になるのかもしれない。あいかわらず何か考えてる様子の青葉に、小蒔と葵がちらちらと様子を窺いながら昼食を口に運んでいると、脳天気な声がした。
「なんだよ、えらく今日はこじんまりとした場所で食ってんじゃん。
 もう少しいい場所取っといてくれよなあ」
「こら、京一、お前、言うことがあつかましいぞ」
お気に入りの焼きそばパンを抱えた京一と醍醐が、ほれ、つめてつめて、とばかりに3人の側に座り込む。「少しは感謝しなよね、いつもちゃんと場所とってるんだからさ」
小蒔が箸で京一を指しながらむくれると、醍醐がまったくだ、と深く頷いた。それを見て、京一はけっとばかりに顔をそっぽむけて
「は〜〜〜・・・毎日毎日味気なく購買のパンを食ってる俺に、少しはあったかい場所を探しておいてやろうとか、そういう心が欲しいって言ってんじゃん」
大げさによよ、と涙を拭う真似までしてみせる。
「いいよなあ、手作り弁当。まあ、小蒔のは味の保証がないとしても
 美里やひーちゃんの弁当は美味そうだよなあ」
「うるさいよ、悪かったな、不味そうで! 京一になんか間違っても弁当作ってやろうなんて思わないからいいよ!」
とは小蒔。
「あら、男の子でもお料理できれば困らないんだから、京一くんも自分で作ればいいのに」
さりげに防波堤をつくってしまうところが葵。これはやんわり弁当作ってなんかやらないという断りのセリフだろうか。青葉はといえば、しばらく考えていたようだったのに、京一の言葉を聞いて、ふいに顔を上げた。
「・・・お弁当かぁ・・・!」
「お! なになに、ひーちゃん、弁当作ってくれんの???」
とたんに、嬉しげな顔ですり寄る京一に、青葉はしかしすかっと肩すかしを喰らわす。
「手作りのお弁当ってそんなに嬉しいものかな?」
聞いてる相手は、京一ではなくて小蒔と葵。これはますますおかしいと小蒔と葵は顔を見あわせた。
「そりゃあ・・・普通は嬉しいものじゃないかしら」
当たり障りのない答を返す葵に、そうか〜、と青葉が頷く。
「なんだよ、ひーちゃん、俺に弁当作ってくれるんじゃねえの?」
すがる京一に青葉が
「材料費だしてくれるんだったらやってもいいよ、弁当屋」
とさらりと返す。それを聞いて醍醐も京一を諫める。
「そうだぞ、京一、緋勇は一人暮らしなんだから、お前のような大食漢の弁当なんぞ作らせて
 生活に負担をかけるんじゃない」
「そうそう、だからさ、お金だしてくれるんだったら、作ってもいいよ、お弁当。
 アルバイトみたいなもんだもんね」
と軽く返す青葉に、京一ががっくりと肩を落とす。
「は〜〜〜〜・・・俺ぁ、愛がほしいぜ・・・」
それはどっか他のところでもらってきてね、と流されて結局焼きそばパンをほおばる京一なのだった。
青葉はというと、先ほどまでの考えこんでいた様子はどこへやら、すっかりご機嫌になってぱくぱくお弁当を食べている。小蒔と葵はやっぱり、不思議そうにそんな彼女を見ているのだった。

退屈な午後の授業が終わった放課後。ラーメンでも食べて帰ろうといういつもの提案に、青葉がちょっとすまなそうな顔をした。
「ゴメン! ちょっと買い出しがあるから。今日は帰る。」
「お買い物? 一人で大丈夫?」
葵が心配そうに言うのに、青葉は笑って答える。
「やだなあ、子供じゃないんだからさ、買い物くらい一人でできるって。
 冷蔵庫の中身を買いにいかないとね、何もないからさ」
でも、今日はずっと様子がおかしかったし・・・と葵がなおも心配そうに呟くのに、そんなことないよ、と答える。
「そうか、一人暮らしは大変だな」
醍醐が感心したような顔で頷きながらそう言うと、青葉はちょっと照れたような曖昧な顔で笑った。
「いつもは週末に一週間分まとめて買うんだけどね・・・」
その言葉にピンときたように小蒔の目が光った。葵と目を見交わして小さく頷きあう。これは、絶対何かある。しかし、そんなことに気づかない青葉はそそくさとかばんを取り上げると帰る支度を始めた。そして、なるべくさりげなく聞こえるようにと注意しながら、葵に向かって言う。
「あのさ・・・明日、朝ちょっと寄るところがあるから、午前中休むし・・
 上手くごまかしといてくんないかなあ・・え〜と、ほら、歯が痛くて病院に行ってるとか」
それはいいんだけど、寄るところって・・・と尋ねようとした葵の言葉も待たずに、青葉は教室を出ていった。
「なんだよ、今日はひーちゃん、こねえの?」
遅ればせにやってきた京一がその後ろ姿を見送って不思議そうに問いかける。小蒔と葵は二人で顔を見合わせて、あいまいに頷く。
「なんかね・・・ひーちゃん、今日はおかしかったよね。昨日、何かあった?」
「ん〜?? 何もねえだろ、みんな一緒だったじゃん」
京一が訳がわからないといった顔で見返すのに、う〜ん、と首をひねるのは葵も小蒔も醍醐も同様なのだった。


明朝。
早くから起き出して準備をしていた青葉は、会心の出来にちょっとばかり嬉しそうにそれを見る。我ながらずいぶんと奮発した。なかなかイイ出来ではないだろうか。
時計を見ると時間があんまりない。
「いけない、早く行かないと・・・!」
手早く包んで可愛い紙袋に入れて家を飛び出した。


それからしばらくの後。
青葉はとある場所で人を待っていた。約束をしていたわけではないので、いわば待ち伏せといったところである。待ち伏せというには、いささか目立ちすぎているという感もあるが。
まるでどこかの屋敷の庭へ続く門のような豪華な校門のわきで、彼女の背よりもずっと高い塀にもたれて彼女は彼を待っていた。かなり、几帳面そうだからもしかして、ずいぶんと早くに登校してしまってるかな、と次々に登校してくる学生たちを横目に見ながら考える。彼女の傍らを通っていく学生たちは、じろじろといささか無遠慮な視線を投げかけていく。たしかに、ここで真神の制服は目立つだろうな。そんなことを考えて、ちょっと早まったかな、と思う。
お礼がしたかっただけなんだけど。
いや、よくよく考えるとお礼をするのも変かもしれないけれど。
昨日一日悩んだ末の行動とはいえ、いざこの場に立ってみるといささか自分に冷静さが足りなかったような気がする。これを手渡したときの彼の反応を想像すると、これは手段を間違ったような気がする。頭に血が足りなくなりそうになって、青葉はがっくりと背後の塀にもたれかかる。やっぱり、帰ろうかな、と思ったそのとき、声をかけられた。
「なぜ、あなたがこんなところにいるのですか?」
その声を聞いて青葉の心臓が跳ね上がる。低くてよく通るその声の主こそ、彼女が待っていた人物だったからだ。
「あっ・・! ああ、御門くん・・・」
びっくりしたせいか、鼓動がいつもの1.5倍ほど早くなってそのうえ、顔に血が上る。あまりに上りすぎて目眩がしそうだ。事実、御門の登場にもたれていた塀から身体を起こすとふらついてしまった。
いけない、とバランスをとろうとする彼女を御門の腕が支える。
「ごっ、ごめん!!」
慌てて身体を離す青葉に、微かに御門の香りが感じられた。
(あ・・・この香り・・)
香を焚きしめたようなすっと落ち着く香り。ようやく、息を整えて、あらためて御門を見上げる。あいかわらず、表情の読めない顔をしている。
「で、こんなところで何をしているんですか? また、何か問題でも?」
青葉の登場に、また東京で何か事件でも、と思ったらしい。東日本を束ねる陰陽師としては、問題が起こっているのであれば、見過ごせないというところだろうか。
「あ、違うの、あの・・・え〜と、御門くんに用事だったんだけど、そういう用事じゃなくて・・・」
いざ、本人を目の前にするとどう言っていいのかわからない。
一昨日、みんなと一緒に彼の屋敷へ押し掛けた。一足先に、彼の屋敷へ着いた青葉は、通された座敷で眠り込んでしまった。そして、そのとき、彼女の心は屋敷の庭に迷い込み・・・帰れなくなりそうだったところを、御門に助けてもらった。いうなれば、迷子になったのを助けてもらったということなのだが。
それで、お礼をした方がいいかなと思ったわけだが。
なんでそんな風に思ったかというと、そのとき、差し出してくれた御門の手が温かかったとか、かけてくれた上着がいい香りがしたとか、ふっと彼が漏らした微笑がなんだかとてもキレイだったとか、とにかく、ものすごく嬉しくて、はしゃいだ気分になって、舞い上がっていて。
しかし、いざ、こうやって本人を目の前にするとそういう舞い上がっていた気持ちが現実へ着地する。いったい、なんだってこんなバカげた真似をしたりしたんだろう? 御門も呆れるんじゃないだろうか?
御門はというと、青葉の次の言葉を待っている。
「で、私に用事とは?」
ヒマじゃない、というのが口癖の彼のこと、はっきりしない青葉の様子にいささか苛ついた様子が見えなくもない。もうやぶれかぶれとばかりに青葉は、手に持っていた紙袋を御門の目の前に突きつけた。
「これ!! こないだのお礼とお詫び! おっ・・お弁当! つくったから」
顔をまともに見れなくて地面を見たまま、紙袋を持った手だけを御門に差し出す。ところが、うんともすんとも返事がないうえに、いっこうに手にした紙袋を受け取ってもらえる気配もない。おそるおそる、青葉が顔を上げると、御門がいつもの扇を口元にあてて、いささかとまどった顔をしていた。それを見て青葉の血がさ〜〜〜〜〜〜っとひいていく。
(大失敗っっっっ!!)
「・・・・お弁当、ですか・・・うちは給食なのですが・・」
困惑したような御門の声に、今度は恥ずかしさのあまり顔に血が上る。
「ごっっ、ごめん!! 迷惑だったね、あの、その・・・やっぱりいい、持って帰るから・・」
思わず泣きそうになるのをこらえて、駆け出そうとするその腕を御門の手が捉えた。
「せっかくですから、いただきましょう」
「っっ、いいよ、無理しなくてもっ」
「不要なものを無理して受け取るほど、優しくはありませんよ、私は」
そういうことを冷静な声で言うな、と青葉は内心思うが、彼ならそうだろうと思って大人しくもう一度、彼に向き直る。校門の前の椿事に、通る学生たちの好奇の視線が痛いと、そのとき初めて青葉は気づいた。御門の方はというと、彼らしいというかそういうものは一切気にならないというか気にしない性質らしい。 さっさと渡して帰ってしまおうと紙袋を手渡す。ぐずぐずしていたら、自分も恥ずかしいが、御門だって後で例えばクラスメートとかに何か言われたりするかもしれない。そう、京一みたいに、「朝からおやすくないねえ、ひゅーひゅー」とかとか言う人間もいるかもしれない。もちろん、彼にそんなことを言う怖いもの知らずがいるとは想像もできないけれど。
御門に紙袋を手渡すと青葉はまわれ右をして帰ろうとした。が、その手を再び御門が引き留める。
「な、なになに・・・」
驚いた青葉が振り向くと、可笑しそうに御門がその紙袋を青葉に差し出した。
「まわりが給食なのに、一人だけ教室でお弁当を食べるというのも何ですからね
 これを食べ終わる昼まで付き合いませんか」
その言葉の意味をしばらく青葉は考える。それから、お弁当の入った袋と御門の顔を何度も見る。
「あの、えーと、それって」
「まあ、サボリというのは、私はあまり推奨しないのですがね」
どうしますか?と促す御門に青葉はもちろん、頷く。では、と御門は校門から逆方向へと歩きだす。その後を青葉も追いかけていく。さっきまでのひやひや、ずきずきした心臓に悪い気分も、すっかりどこかへいってしまって、今はなんだか、ふわふわどきどき、わくわくした気分だ。そっと前を歩く御門の顔を盗み見るように見上げると、相変わらず何を考えてるのかわからない顔をしていたけれど、その口元が微妙に笑っているように見えて、青葉もふふっと微笑んだ。
そうして、ふいに、気が付く。
---そうか、そうだったんだ・・・
もう一度、御門の顔を見てそれから自分の鼓動がちょっとばかり早まるのを確認して、どきどきした気分が少しばかり暖かいものだと気づいて、納得する。
---そっか・・・・御門くんのこと、好きだったんだねえ、私って
それがわかると、なんだか可笑しいような気がして、青葉はへへっと笑った。それに気づいたのか、御門が不思議そうな顔をして振り返る。
「あっ、なんでもない、なんでもない」
慌ててそう言う青葉に、御門は苦笑しながら
「・・・あいかわらず、不思議な人ですねえ、あなたという人は」
と言うと、青葉が隣に並ぶまでしばらく歩みをとめて待った。どこへ行くの?という青葉の問いかけに、どうしましょうか、とさして何も考えていなさげに答えつつ、並んで歩く。
この際、どこへ行こうとも二人で行けるんだったらそれで満足、と青葉は思っていた。


心配で後を付けていた小蒔と京一にいろいろと吐かされる羽目になるのは、また別の話。





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