ユー ガッタ メール

はあ〜〜・・・
冬空に溜息が一つ。病み上がりの身体にこの寒さは結構身に沁みる。
『ひーちゃん、せっかくのクリスマスだろ、デートしたいヤツがいたら俺が呼び出してやるぜ』
京一の申し出はとってもありがたい。
『なあんてな、ひーちゃん、皇神のスケジュールは既にちゃあんと押さえ済だぜ、
 安心してな! あとはあの陰陽師を誘い出してやるからよ』
その根回しも大変に行き届いている。だがしかし。みごとに玉砕。いわく、
『申し訳ありませんが、その日は既に先約がありますもので』
京一は、すまなそうに
「ひーちゃん、気を落とすなよ、ラーメンおごってやっから」
といってくれた。それも、とってもありがたい。友達冥利につきると思う。
しかし。青葉はここで、御門の現れるのを待っている。御門の言う「先約」を、青葉は知っているからだ。 青葉はもう一度冬空に向かって溜息をついた。
よもやこんなことになるとは思ってもいなかった。自分のライバルが自分ってどういうことだろう。最初はほんの少しの悪戯のつもりに近かったのだ。
---御門くんが来たらどうしよう・・・
いや、御門が現れるのを待ってはいるのだが、彼が現れたら現れたでどうしていいか困っている。だから、待ち合わせの場所からちょっと離れた建物の影からその場所を覗いている。このまま、彼が現れても姿を見せずに、彼が帰るまで隠れていようか。
何度目かの溜息を漏らす。自業自得ってこういうことかな。
軽い頭痛を覚えつつ、青葉は事の発端を思い出していた。


御門は皇神学院高校の電脳部に所属している。パソコンならお手の物という実は理系の人間なのである。いや、文系科目だってお手のものなのではあるが。つまりは、頭脳明晰、成績優秀、そういう人種なわけだ。それはまあ置いておくとして、とにかく、御門は電脳部部長とかだったりするわけで、家にももちろん、パソコンを持っている。それも一台というわけではない。
たまたま・・・というわけではないが、とにかく、とある日、御門の家に遊びに行ったとき(もちろん、みんなで一緒になのだが、なぜかこの日も青葉だけ先に着いていたのだ。これはつまりは、青葉が帰宅部だからというせいでもあるが)みんなを待つ間にちょっとばかり彼のパソコンを見せてもらったのである。
「すごいね〜、これ、全部、御門くんが使うんでしょ?」
ちょうどパソコンで作業中だったらしい御門は、青葉の存在など意に介することなく、キーボードを叩いている。
「用途によっても使い分けていますからね。ビジネス用と、プライベ−ト用となどね」
ああ、御門くんにもプライベートな時間とかってあるわけね、と変に感心したりする。
「でも、メールアドレスっていくつももらえないでしょ?」
「今は、フリーメールなど、無料でアドレスを使用できるものもあるんですよ。
 こういうことにあなたが興味があるとは意外ですね」
なにやら画面に打ち込んでいる御門に向かって、青葉は答える。
「あのね、私も買ったんだよ、パソコン」
その言葉を聞いて、御門が青葉を振り返る。それこそ意外そうな顔をしているのを見て、ちょっと青葉は照れくさそうに笑った。
「って言っても、ほら、昔の型落ちので、安くなってたの。
 実家の両親がね、パソコンを始めて、メールだったら好きなときにやりとりできるだろうからって。」
実家を離れて一人暮らしの青葉だが、両親は心配しているのだ。もっとも、彼女は自分が巻き込まれている事件や宿命などといったことについて、何一つ知らせてなどいないが。それでも、彼女の出自を知る両親は不安を感じているのかもしれない。
その言葉に御門が苦笑する。
「せめて基礎知識くらいは身につけておくべきですよ、確かに最近はパソコンも誰でも簡単に使えるようになってきてはいますけれどもね」
「うん・・・」
しばらく考えていた青葉だったが、ここで思いきって言ってみる。
「でね、御門くんのメールアドレス、教えて?」
返事がない。
「え〜と・・・御門くん?」
恐る恐るといった感じでもう一度言ってみる。
「・・・言っておきますけれど、メールでパソコンの設定がわからないとか、
 ソフトの使い方がわからないとか泣き言を言ってこられても、対処しませんからね?」
とっても冷静で的確なお言葉。そういうつもりもちょっとはあるけど、違うよう〜と青葉が口の中でもごもご言う。御門は、「ちょっとお待ちなさい」と言うと、またまた画面に向かって何やら打ち込み、しばらくしてから青葉に一枚のメモを渡した。
「これを渡しておきますよ。まあ、あんまり無駄なメールは送ってもらっても困りますけれど」
彼らしい几帳面で整った文字で書かれたアドレス。
「わ、ありがと! ほんとはね、メール送ったりする友だちってあんまりいなくて。
 早速、家に帰ってからメール送るね!」


その日の夜、早速、御門のアドレスにむかってメールを打ち込む青葉の姿があった。

---御門くん、こんばんわ。青葉です。
  今日はどうもありがとう。
  せっかくなので、いろいろなホームページなんか見たいなあと思っているのですが
  御門くんのお薦めってありますか? 

メールを打ち込みながら、青葉はちょっとわくわくしていた。だって、これって御門くんが読むんだよ? ちょっと嬉しくない? もしかして、返事とか来たらどうしよう。って返事くれるといいなあと思うからお薦めのホームページとか聞いてるんだけどさ。
あくる日、青葉がちょっとどきどきしながらメールをチェックしてみると、着信が一通。

---初心者のあなたなら、こういうところでいろいろと勉強した方がいいでしょう。
  あなたのような初心者から、かなりの上級者までがいろいろ語り合っているフォーラムですよ
ものすごく簡潔でほとんど用件のみのようなメール。それでも、青葉はちょっと嬉しかったりした。
早速、御門の言うサイトへ飛んでみる。

---ふむふむ、誰かの質問に誰かが答えたり、いろいろパソコンのことがわかるんだ。
  御門くんも良く来るのかな。

そう思って、そのサイトの書き込みを見ていると、御門らしい書き込みを青葉は発見した。そっけない簡潔な口調といい、ハンドル名の「HAL」といい、どうみても御門らしい。

---御門くん、こんばんわ。早速、お薦めのサイト、いってみたよ。
  「HAL」さんって、御門くんのこと?

その日のメールはそんな質問を送ってみる。あくる日の御門の返事はこうだ。

---そうですよ。あなたも、もしわからないことなどあれば、あのサイトに書き込みをしてごらんなさい。   詳しい方が答えてくれることでしょう。

それは親切なのか、御門が自分が被るかもしれない青葉の質問攻撃を避けたのかはいかんとも答えがたいところではあったが。しかし、青葉はといえば、御門がこういうところで「陰陽師 御門晴明」以外の顔を持っていることがなんだか意外な発見だった。電脳部部長というのも、やっぱり好きだからなんだろうな、と妙に納得する。そうして、彼のそういう一面をかいま見たことがちょっとばかり嬉しくなってしまう。だが、自分が相対するのは、あくまでも「御門晴明」である彼で。それが何となく、物足りないような悔しいような。そのとき、青葉はひらめいたのだ。御門が「HAL」であるように、自分も青葉ではない「誰か」であったら? そうして御門ではない「HAL」と話せたら?
メールアドレスは、無料で設定できるというところがあると、御門は言っていた。
そうして、青葉はもう一人の自分を作ったのだった。

---青葉だから・・・え〜と・・・みどり、うん。みどりにしよう。

ものすごく単純に、かつ軽い気持ちで青葉はそうして「御門」ならぬ「HAL」に「青葉」ならぬ「みどり」からメールを出したのだった。

それが発端。青葉は空を見上げて溜息をつく。御門と青葉、HALとみどり、奇妙なメール交換が何度かあって。御門とHALの間に大きな違いはなかった。というよりは、青葉でもみどりでも、御門の態度が変わることなどなかった、ということなのだが。しかしながら、それが青葉にとってはちょっとばかりショックだった。少なくとも、青葉は御門と友達だと思っていたし(友達以上だったらもっと嬉しいけど)なのに、いきなり突然メールで失礼します、といった「みどり」と同じ扱いってどういうこと??? もしかして、自分は御門にとってあんまり意味のない知り合いの一人だったりするんだろうか。
折りしも時は12月。そうして、「みどり」から「HAL」にメールが打たれる。

---クリスマスイブの日に、お会いしませんか?

はあ〜・・・・と青葉は深い深い溜息をついた。
まさか、いいですよ、という返事が来るとは思ってもいなかったのだ。かくして、「みどり」と「HAL」は今日、逢う約束をし、青葉は御門から「先約があるので」と逢うことを断られたのである。
本当のことを言うべきだろうなあと思いながらもその勇気と踏ん切りがつかずにいる青葉は、いっそ御門が来なければいいのに、と思いながら頭を抱える。怒るだろうか、呆れるだろうか、嫌われるだろうか。やっぱり、このまま帰ってしまって、もう「みどり」はいないものにしてしまおうか。でもでも、それはあまりに卑怯なことのような気がして。
やっぱり、素直に謝るべきだ、そうだ、きっとちゃんと謝ったら、御門だって許してくれるかもしれないし。友達でなら、いてくれるかもしれないし。とりあえず。
そうしてなけなしの勇気を奮い立たせて、よし、と顔を上げたとき、そこで青葉は固まってしまった。
「お待たせしましたか? 待ち合わせ場所は確かもっと向こうだったかと思っていましたが」
涼しい顔で青葉の前に立っているのは、待っていたけれどもできれば逢いたくないなどと思っていた彼本人だった。
「・・・・・み、御門くん????」
青葉は訳がわからず、御門の顔を見上げたまましばらく何も言えずにいた。そうして、彼が青葉に向かって言った言葉をよくよく考えてみる。
---お待たせしました??? ちょっと待って。
青葉の約束は断られたはずで。御門が今日会うのは、「みどり」のはずで。それに間違いはないはずで。呆然としたままの青葉に向かって御門が言う。
「どうか、しましたか? 今日、お約束していたと思いましたが」
ますます訳がわからずに、青葉はやっとのことで御門に向かって言う。
「き、京一は、御門くんは今日は用事があるって言ってたって・・・」
その言葉を聞くと、御門は苦笑しながら青葉に言った。
「ええ、蓬莱寺くんにはそう言ってお断りしましたよ。
 それより先に、あなたとの約束がありましたからね?」
それより先に? 京一が言ってくれるより先に? まだわからないのか、と言いたげな御門の苦笑が深くなる。
「あなたに教えたメールアドレスは、あのときに取った新しいものなんですよ。
 そして、あなたにしか、教えていなかったものです。
 あなたが、誰かに教えないかぎりは、
 あのアドレスにあなた以外の誰かからメールが届くことはありません。」
それを聞いて、青葉は小さく「あっ!!」と声をあげた。みるみる顔が赤くなる。
「し、知ってたんだね!!」
それを聞いた御門が薄く笑いながら頷いた。
「最初から、わかっていましたよ、あなたが「みどり」さんだとね」
そう、青葉は自分が教えてもらったアドレスに「みどり」からもメールを送っていたのだ。御門は最初から全部、お見通しだったわけである。
「・・・怒ってる? もしかして、こんな小細工わかってるって言いにきたの?」
なんだか泣きそうな様子の青葉に、御門はあいかわらず涼しげな顔で答える。
「呆れるなら、最初から無視しますよ。
 私は、そんなことを告げるためにわざわざ出向くほどに、ヒマではありませんからね。
 あなたが「みどり」さんだとわかっていて、それでも
 今日、逢いましょうという申し出を受けた意味を汲んでみたらどうです?」
そう言われても、青葉はどう考えていいのかわからない。
「そんなこと言われても、わかんないよ・・・」
やれやれ、と言った様子で御門は溜息をついた。
「わからなければ、いいですよ。
 それで? これからどうするんです?」
「どうするって・・?」
「逢いましょう、と言ったのはあなたでしょう?
 食事でも一緒に行くつもりじゃなかったんですか?」
「・・・いいの?」
「だから、そのつもりがなければ無視する、と言ったでしょう。
 どうするんです。もう、帰るんですか?」
「行く! 行く、御門くんがいいって言ってくれるんなら行く」
思わず、立ち上がってしまう。そうして、やっと御門が言ってくれた事の意味をおぼろげに理解する。
「それって、それってね、私とデートしてもいいなって御門くんが少しでも思ってくれたってこと、だよね?」
恥ずかしくてしどろもどろになりつつも、そう尋ねてみると、御門はいつもと変わらない調子で答えた。
「そうだ、と先ほどから何度も言っているつもりなんですけれども」
「・・・あ、あのね、あの・・ありがと!」
「礼を言われるほどのことはないでしょう。
 さあ、それじゃあ行きますよ、どこか目当てのところでもあるんですか」
そんなことなど何も考えてなかった青葉は、えとえと、と御門の後をついていきながら答につまる。立ち止まって青葉を待つ御門が
「そんなことだろうと思っていましたよ。では、私が良く行く店を案内します」
そう言って手を差し出した。なんだかんだと言って、どうして御門くんって手を差し出すタイミングが絶妙なんだろう、などと考えながら青葉はちょっとどきどきして彼の手を取る。それから、今日、彼に言わなくちゃと思っていた言葉をまだ言ってなかったことに気づいて彼に向かって言う。
「あのね、あの・・・ごめん!
 試すみたいな真似したよね、ごめん・・!」
御門はそんな青葉を一瞥して苦笑すると
「ま、いいですよ、私も楽しませてもらいました」
と答えた。
なんだか、もしかして、ものすごく性格悪いんじゃない? と青葉は一瞬思ったけれど、もう手遅れ。好きになってしまったものは、仕方がない。だって、やっぱり、今、とっても幸せだったりするし。
えへへ、と青葉は笑うと御門の手をきゅっと握った。

御門に連れていってもらった店が、自分が行きなれた店と桁違いなのに青葉が目を回すのはまた別の話。





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