「なんかさ・・・もったいないよねえ」 突然の青葉の言葉に、隣にいた小蒔は「は?」というような顔をした。 最近の青葉はどうも言うことが突然で小蒔にはわからない。例の、陰陽師のことが好きらしい、と青葉から聞かされたのは去年の冬の始めのころだが、多分、それくらいのころからどうもおかしいような気がしている小蒔である。まあ、だいたいがあんな嫌味な(いや、顔は申し分なくハンサムだとは思うけど)人のことが好きっていう青葉の趣味が小蒔にはまずわからなかったりするんだけれど、それはまあ、人の好みってものだからあんまり深くは追求しないものとして。 「・・・何が、もったいないの、ひーちゃん」 一応、尋ねてみる。折しも今は、体育の授業中。チームに別れてのバレーボールの試合中だ。青葉と小蒔は同じチームで、先程まで試合をしていた。今は、他のチームの試合の審判をしている。二人で点数をつけているのだ。葵は今、コートの中で一生懸命ボールを追い掛けているが、いかんせん、運動が苦手なので、苦労している。がんばれ〜と、二人して声援を送っていたのだが、そこへもってきての先ほどの青葉の発言である。もったいないって何が。 「うん・・・だってねえ、体育祭も文化祭も終わっちゃったし、 プールの季節でもなけりゃ海の季節でもない。 もっと早く、御門くんと知り合ってたらさ、皇神の文化祭とか体育祭とか見に行って 高校生らしい(ここ強調)御門くんとか、見れたかもしれないのにさあ・・・・ もったいないでしょ?!」 あんた、体育の授業受けながら、そんなこと考えてたのか。と小蒔は内心頭をかかえそうになったが、高校生らしい御門、というのは確かにちょっと見てみたいような気もしたのでとりあえず、黙っておく。まあ、どちらかといえば、怖いもの見たさ、に近い気がするが。 「・・・しかしさあ・・・青葉って御門くんの何処が好きなワケ?」 それだけはどう考えても理解不能な小蒔がつい、そう尋ねてしまった。青葉は、えへへ〜と顔を赤くして笑いながら答える。 「だってさ・・優しいしさ・・・・・・なんか、ちゃんといつも見ていてくれるっていうか・・」 もちろん、小蒔が激しく後悔したのは間違いのないことで。『優しい? 優しいって? ひーちゃんの、優しい人っていう基準は、間違ってるんじゃないかなあ・・・』などと本気で悩んだのは秘密の話。 「なんだ、先生、そんなら球技大会、見に来ればいいじゃないか」 軽くそう言ったのは、村雨。京一が凝りもせずに村雨に麻雀勝負を挑んであいもかわらず、すってんてんにされた帰りのこと。いつものメンバーに何故か村雨も加わってのラーメン屋での会話である。ジリ貧になってしまった京一の分は、醍醐が出してやっていた。げに麗しきは男の友情である。で、こちら村雨も然り。 「先生が見にくるっていやあ、御門もはりきるだろうさ」 しかしながら、村雨の場合はどうも、面白がっているとしか思えないフシも多分にあるのだが。 「球技大会なんてあるの? 見に行っていいの??」 青葉はもう乗り気だったりする。当の御門には了承を得なくていいのか、と思うのだが、多分、御門に見に行っていいか、と聞いたら即時却下されるに違いなさげなので、村雨が共犯ならそっちのほうが都合いいような気がするので、それで済ましてしまおうという魂胆らしい。 「なあに、他校生が2、3人混じっていたところで、バレやしねえさ」 「俺! 俺も見に行く!」 そう言ったのは京一。 「へっへっへ・・・御門っていつもすましてやがるからな、 見てみてえっていうひーちゃんの気持ちがよ〜くわかるぜ!」 いや、そういうわけでもないんだけど、まあ、近いところかなあ・・と青葉は思った。なんというか、いつもいつも陰陽師・御門晴明ばっかりしか見てなかったりするから、学生・御門晴明も見てみたいとかそれだけだったりするんだけど、っていうか、まだ、何度か一緒にデートしたりしたけど、何があったってわけでもないし、好きって言われたわけでもないし、そう言えば、自分でもそれらしいことは態度でばりばり表してるとは思うんだけど、そうと言った覚えはないような気がするし、だから、ホントのことを言うと、周りは青葉の気持ちを知ってて、すっかり青葉は御門とカップルな扱いをしてくれるんだけど、まだまだ全然、そんな関係じゃなかったりして、今も青葉の気分としては、片思いの彼のことをもっと知りたいの、っていうような、乙女な気分だったりするのだが。 「村雨くんも、球技大会、でるの?」 ふとそう気付いて青葉が尋ねると、村雨は笑いながら答えた。 「そんなものに俺が出るわけないだろう、先生。 その日は、朝からこいつで一儲けしに行くさ」 もちろん、その手に握られていたのは花札である。 「皇神の球技大会ってなんで休みの日にするのかなあ。まあ、都合はいいけど」 青葉は傍らの小蒔と葵に向かってそう言う。結局、小蒔も葵も青葉に付き合って皇神くんだりまで行くことになったのである。もちろん、京一や醍醐も一緒。青葉のことが心配半分、興味半分というところが正直なところだろうが、まあ、持つべきものは友人なんんである。 「・・・でもさあ、真神の制服はちょっとマズかったんじゃないかなあ」 小蒔が少し心配そうに言う。そりゃそうであって、皇神の学校行事に他校の制服を着た人間がやすやすと入り込むことができるとは思えなかったりするのだが。かといって、皇神の学生に変装するなんて器用なことがこの五人にできるワケがないんで。 「なあに、紛れてしまえば大丈夫だろ、堂々としてりゃあ、意外と誰も咎めたりしねえもんだぜ。 いざとなったらだな・・・逃げる! これでオッケーだ」 相変わらず、お気楽な京一があっさりとそう言う。青葉も結局どこか呑気ものだったりするので、そうだよね、と頷きつつ張り切って作ったお弁当を手に歩いていくのだった。今日は元々が休日だから、皇神も給食が出ないと村雨に聞いたので、ちょっとまた奮発したのである。 しかしながら、さすがに皇神の校門までくるとちょっと気後れする五人だった。さすがに屈指の名門校、元貴族の師弟が集まると言われるだけに、校門の作りからして違う。ど〜〜ん!とそびえるそれはホントに校門なのか。 「・・・ちっ! 校門からしていけすかねえ!」 低く京一が舌打ちをして、ええい、とばかりにその校門をくぐった。いや、別に校門の中に入るくらいそんなに気張ることではないのだが、気分の問題だ。続いて、醍醐、青葉、小蒔に葵も校門をくぐる。 「・・・球技大会ってどこでやってるのかな。やっぱり校庭? 体育館かな」 「ヤケに静かだしな、体育館かもしれないな。」 「どれが体育館なんだろ。」 「なあんかドームみてえにでっけえ建物があっちにあるじゃん、あれじゃねえ?」 まるでお上りさんの集団のようにあれこれ言いながら奥へ進んでいく。それでも小声で話しているのは、多少は見つかってはマズイという思いがあるからで。真神の体育館の三倍はありそうな大きな建物に近付いてこっそり耳をすましてみると、中でダムダムとボールの跳ねる音がする。どうやらこれが正解らしい。 「どうやって中に入るんだ? やっぱ目立つんじゃないか?」 「あ、ほらほら、あそこ窓があるじゃない、あそこから覗くってどうかな」 「それじゃあ、なんかホントに悪いことしてるみたいだよ〜」 あれこれ話をしている割に、どうしたものかまとまらない。そこへ突然、 「こら! 貴様たち、どこの生徒だ!!」 と大声が響いた。「ひゃあ、見つかった!」逃げるか、誤魔化すか、どうする、と五人の間に緊張が走る。 「その制服、真神の生徒だな、何の用だ!」 体格のいい、どう見ても体育会系の教師がずんずん近付いてくる。これがまた、京一が嫌いそうなタイプの教師だったりして、これはもしかしなくてもただで済みそうもないかも、と青葉が天を見上げたとき。 「・・・先生、すみませんが、その五人は私の知り合いなんですよ」 ちっともすまなそうではない、むしろ不機嫌そうな声が体育館の扉の影にいた人物から発せられた。その声に教師がそちらを振り向く。青葉たちもその人物を見上げる。 「・・・なんだ、御門君の知り合いなのか、彼等は。」 『御門君』だと? と京一がやってられないとばかりに苦虫を噛み潰したような顔をしてみせる。それをちらりと横目で見た御門は、何でもなさげに受け流して教師に向かって言う。 「ええ。ちょっと用件がありましてね、申し訳ないですが、ここまで呼びつけてしまったのですよ。」 「そうか、それは失礼したな。 まあ、今日は遊び半分のような学校行事だしな。 他校生が校内に入っても問題はないだろう。そのように他の先生にも伝えておくよ」 そそくさと体育館の中に戻っていく教師に向かって、京一がざまあみろ、と舌を出してみせた。が。問題は教師よりも、こちら。御門ではないだろうか、と青葉は思っていたりする。もちろん、大変不機嫌そうな顔をしている御門を見上げてのことだが。 「で。こんなところまで何用ですか」 「あ〜・・・えっと、村雨くんにね、今日、球技大会だって聞いたからね・・・」 「ああ、では村雨に用事なわけですね、それは良かった。私とはなんら関係のないことですからね」 「こらまて! そんな言い方ないだろうが、せっかくひーちゃんがだなあ!」 京一が声を荒げるが、御門はぎっと鋭い視線で京一を黙殺する。 「さきほど、助け舟を出しただけでも感謝してもらいたいですね。 私はあなたたちをここへ招待した覚えなどありませんよ」 そりゃそうなんだけどさ、と青葉は心の中で思う。だが、本当のところは御門の不機嫌な声も半分くらいしか聞いていない。それというのも、球技大会なのである。御門の今日のいでたちときたら、高校生らしい(笑)体育服なのだ。なんだかとっても新鮮に見えて青葉はそっちにちょっと心を持っていかれてたりする。 「御門くん、ごめんなさい、急に尋ねてきたりして。悪気があったわけじゃないの。 ただ、村雨くんからそう聞いたものだから、応援しに行こうかなって盛り上がっちゃって・・・」 葵がそう取りなしてくれるのを聞いて、青葉が我にかえったように御門にむかってコクコク、と頷いてみせる。 「あのね、あのね、ほら、お弁当も持ってきたから!」 この男を食べ物で釣ろうというあたり、かなり無謀なのだが青葉は御門に向かって紙袋を差し出してみせる。御門は 「今回限りにしていただきたいですね、こういうことは!」 そう言い捨てると体育館の中へと姿を消す。ありゃ、これはかなり怒らせてしまったか、と青葉の顔から血の気が失せようとしたとき、芙蓉が現れた。 「皆様、こちらへどうぞ。晴明さまの仰せでございますれば、御案内いたします」 いつものように丁寧に挨拶をしてくれる芙蓉だが、またまた青葉たちは言葉を失ってしまっていた。というのも。球技大会なんである。芙蓉だって体育服なのだ。なんだか、芙蓉にそんな格好させちゃイカンだろ、五人が思ったのはいうまでもない。 「よう、先生!」 体育館の中に入るとそう声をかけられた。村雨である。 「あれ? 今日はサボるって言ってたのに」 そう言ってから、青葉は村雨の体育服の似合わなさにぷっと吹き出す。 「なんだよ、笑うなよ、先生。ひでえな。 いいぜ、次、俺の試合だからな。いいとこ見せて見直させてやるよ」 「何、何に出るの」 「バスケだよ。見てなよ、先生。」 「どこでやるの?」 「ああ、三年はこっちの三コートを使ってるのさ。二年があっちで、一年が向こうだ。」 「・・・・ただものじゃなく大きいねえ、この体育館」 「いいとこの坊ちゃんが集まってるだけあって、金だけはあんだよ」 ニヤリと村雨が笑ってみせる。 「みなさま、こちらへどうぞ」 傍らでしばらく立ち止まって会話の終わるのを待っていた芙蓉が待ちかねたのか、そう声をかける。 「あ、うん。ごめんね、ありがとう、芙蓉」 青葉はそう答えると、 「応援してるから頑張ってね!」 と村雨に声をかけて手を振った。 「おお、出るからには負けねえさ。まったく、本当ならこんなめんどくせえことは御免なんだけどな。 御門の野郎がうるせえからよ」 へえ、御門くんが学校行事に熱心なのって意外・・と青葉が思いつつ、芙蓉の後をついていくと、憮然とした表情で椅子に座って観戦する御門がいた。 「あ、え〜と。ごめんね、ありがと」 そう青葉が言うと、そちらをちらとも見ようともせずに、御門は 「このあたりにいてくださいよ。またうろうろされて面倒を起こされても困ります」 と言った。ああ、こりゃだいぶん、怒ってるなあ、と青葉は冷や汗をかく。やっぱり謝っておくべきかもしれないけど、これがまた「謝るくらいなら、最初からしなければいいでしょう」とか言われそうで。小蒔と葵はなんとなく『やっぱり帰りましょうか』なモードに入ってたりするし。 京一はというと、もう御門なんか眼中になくて、皇神のカワイコちゃん(京一談)を物色中だし、醍醐はそんな京一を見張るのに精一杯という面持ち。青葉は、振り向いてもくれない御門の後ろの椅子に腰掛けて、なんだかどうしようと途方に暮れてしまっていた。 「先生〜! 見てなよ、俺のいいところをなあ!」 そこへコートの中から村雨の声が響く。ニヤリと笑って手を振る村雨がいた。バスケットの試合が始るらしい。思わず、青葉は手を振りかえす。 「そいえば、村雨くん、今日はさぼるって言ってたのに、どうしたの?」 そう御門に尋ねると、黙殺されるかと思ったが、答えは返ってきた。 「さあ、村雨のことなど私は知りませんよ」 そっけない答えに、がっかりしつつも、まあ無視されないだけマシかな、と青葉は胸をなで下ろす。試合が始り、村雨の活躍・・・を楽しみにしていたのだが、村雨ときたらゴール下で腕なんか組んでちっともゲームに参加する気がなさげな様子。ところが、一旦カウンターがかかったら、ゴール下の村雨の手にボールが易々と渡り、あとはお決まり。軽くひょいとボールを投げると、さくっとゴールに入ってしまう。投げればゴールに入るという有り様で、一緒に見ていた小蒔と葵も顔を見合わせて考えてしまった。 「あれはさあ・・・どう考えても・・・・」 「運がいいんだよねえ・・・・」 改めて村雨の強運について思い知ってしまう青葉なのだった。あれは便利だよなあ、とちょっとうらやましかったり思う。 「ねえ、御門くんは、出ないの?」 むっつり椅子に座りこんだままの御門にむかって青葉は尋ねる。いや、確かにバスケットする御門とかも考えにくいんではあるが、一応体育服を着てるってことは何かに出るんだろうとは思っているんだが。 「私は午後からですよ。真打ちは最後に登場するものです」 なんだか、嫌そうな顔をしていたわりには随分とやる気はありげな言葉に、青葉はちょっと笑ってしまう。 どんなことでも負けず嫌いだったりするのかな? とそんな他愛のないことが嬉しかったりする。 結局、村雨の活躍(?)で村雨のいるチームが勝ってゲームは終了した。その後、村雨はというと、自席へ戻らず、こちらへやってきて椅子にどかっと腰掛ける。 「・・・村雨、あなたの席はあちらでしょう」 心底嫌そうに御門が言うのに 「うるさいよ、俺はほんとだったら今日は今頃歌舞伎町で一発ヤマを当ててるところだったんだぞ。 それをだなあ、お前が・・・」 「おや、それは村雨が私の了解も得ずに真神のみなさんを呼ぶからでしょう。 私が招待したわけでもない客の接待など私には責任持てませんよ」 「その割には、朝から心配そうに入り口に詰めてたクセしやがって・・・」 「当たり前です、こんなところでいらぬ面倒を起こされてたまりますか」 聞いていて面白いのではあるが、それが自分たちが原因ともなるとそう気楽に聞いてもいられない。 「あの! あのあの、ごめん、御門くん! ちょっと、ちょっと見てみたいなって、私が言ったからなんだからね、 ホントに迷惑だったら、すぐ帰るから・・・だから、あの、あんまりケンカしないでね」 思わず二人の間に割り込んでそう言う。御門は、青葉の顔を見てやれやれと溜息をついた。 「・・・本当に迷惑だったら、とっとと追い返してますよ。 それだけ気を使うつもりがあるんなら、もっと早くに気を配ってもらいたいですね」 「だって! だって・・・御門くんが学校でどんなか、見たかったんだもん!」 思わず、青葉がそう言ってしまうと、御門は一瞬黙り込んでしまった。その迫力に負けたというより、その言葉に虚を突かれた様子であった。 「・・・・まったく、あなたときたら、本当に趣味が悪いですよ」 深く溜息をついて御門がそう漏らす。青葉は、一瞬驚いた様子だった御門の姿が見れてなんとなく嬉しくなってへへへ、と笑うと答えた。 「うん、なんか、最近よくそう言われる」 その台詞に、ヒヤヒヤしながら見守っていた小蒔と葵が頭を抱える。それは言っちゃいけないだろう。なんたって、『御門くんのこと、好きなんだよね』と言った青葉に向かって発せられたのが『・・・ひーちゃん、趣味悪くねえ?』という台詞だったのだから。 とにもかくにも、御門のお許しも出たらしいと、青葉は御機嫌だった。 「御門くんが出たら、応援するね!」 「結構です、できれば大人しく見ているだけにしてください」 噛み合ってるんだか、噛み合っていないんだか、よくわからない二人だが、端から見れば、なんとなくそれはそれで、カップルらしく見えなくもないかもしれないよね、と興味津々見守る真神の四人と村雨だった。とにかく、球技大会はまだプログラムの半分も終わっていなくて、お楽しみはこれからだったりするんである。(いや、ほんとかどうかはわからないけど) 続くのだ。意味はないけど。 |