卒業旅行へ行こう!

だらだらだら・・・
緋勇青葉は、姿勢を正し、正座をして冷や汗をかいていた。膝の上で手をぐっと握りしめ、どうしたものかと内心しごく焦っている。彼女の正面には、一人の男がやはり、居住まいを正して正座している。温泉宿の浴衣をこれ以上ないほどにピシッと着こなした一人の男。御門晴明、その人である。彼は青葉とは対照的に、まったく普段の表情を崩してもおらず、涼しい顔をしていた。で。青葉と御門の間に横たわっているのは・・・・一組の布団だったりする。一組の布団に、枕が二つ。かわいく並んでいたりする。
だらだらだら・・・
青葉はどうしたものかと御門の様子を伺いたいのだが、その勇気が今一つもてない。
これは、どう考えてもあれだ。新婚さん仕様だ。御門はどう思ってるんだろう。普通なら、男が「じゃあ、俺は向こうで寝るから」とか言ってくれそうなものだが。それはあくまで普通の場合。御門だったら「なんだって私がそんなことを」とか言いそうで。いや、それより、この二つ並んだ枕の意味を彼はどう思っているんだろう。何も思ってないかもしれないけど。
これは、はっきり言って青葉だってはめられたのだ。
布団の前で青葉はすっかり固まってしまっていた。

ことの起こりはやっぱり京一だ。
『いよいよ、おれたちも卒業だよな。卒業しちまったら、みんなバラバラになっちまうだろ?
 やっぱ、最後はぱ〜ッと派手に、思い出ってやつをつくっておこうぜ!』
『想い出だったら、この一年でヘビーなのからダークなのまでいろいろできたよ』
『学生らしい、爽やかな想い出を!だ!!!』
『はいはい、京一は東京で相手にされなくなったから、地方巡業へ出るわけだね』
などとは言ったものの、仲間たちと一緒に旅行に行く、というような楽しいこと、青葉が反対するわけがないんであって。とんとん拍子に旅行の話はまとまった。
『ひーちゃんのためになあ、他校の奴らにもお誘いの手紙を出しておいたぜ!
 もちろん、皇神もだぜ!
 ま、旅行なんてものは、人数が多い方が楽しいしな!』
そんなわけで、皆で行く、一泊二日の卒業旅行、のはず、だったのだ。
それが。
旅行の日の三日前になって
『ひーちゃん、村雨が旅行、キャンセルらしいぜ!』
『ええ〜!? せっかく皆で行くのに・・・』
ここから始っていたのだ。青葉は全然気付かなかったが。すべては陰謀の中にあったのだ。
それ以降。
『悪い、午前中、部活の後輩の送別会でなあ、夜から合流する!』
だの、
『生徒会の引継が終わらなくて・・・朝一番に終わらせていくから、先に行ってて』
だのなんだかんだで朝から行く人数が減り。とどめは朝の駅のホーム(集合場所)で鳴った携帯電話である。
『ひーちゃん、ごめん! 弟が熱出してさあ、病院連れていかなくちゃいけないんだ、ごめん!!』
『ええっ!! そんな、小蒔〜!! ちょっと・・・』
やられた・・・・そう思ったときはもう遅い。駅のホームにポツンと立っていたのは、青葉と御門二人だけ、ということになっていた。
 それでも、たぶん、昼間は二人っきりっていう悪戯で、夜にはみんな集まってくるものだと思っていたのである。しかし。それは甘かったのだ。
 そんなわけで、二人の前には新婚さん仕様の布団が横たわっていたりする
---みんな・・・みんな、覚えてなさいよ・・! 帰ったらとっちめてやるんだから!
そう思ってみても、現状の打開策が思いつかない。どないせえっちゅうんじゃ、という気分である。
「寝ないんですか?」
おもむろに、ずっと黙ったままだった御門が口を開いた。青葉はわたわたと慌てて彼を見る。
「えっ、えっ!?」
どういう意味だ、どういう意味だ?? と焦る青葉を涼しい顔で見返して、御門は
「では、私は先に休ませていただきますよ。あなたも早めに寝たほうがよいと思いますがね」
というと、さっさと布団に入り込んでしまった。
ちょっとまて。青葉は目の前の布団とそこでもう眠る体制の御門をじっと見つめた。一応、布団の半分を開けておいてくれるのは、こっちで青葉に寝ろ、ということか。それでいいのか。いや、御門のことだからこういうのもアリかもとは思ったものの、これはあんまりといえばあんまりではないのか、と青葉は考え込んでしまう。積極的にではないけれど、多少は期待した自分の立場はどうなるんだろう。しばらくその場で固まっていた青葉だったが、やがて溜息一つをつくと、御門の隣に潜り込んだのだった。
さすがに恥ずかしいので、というか、どきどきして眠れそうもない気がして、なるべく気にならないようにと御門に背中を向けて身体を横むける。背中に触れるか触れないかのぎりぎりの線で御門の体温が伝わってきそうで、青葉は動悸がおさまりそうもなかった。しかし、耳に聞こえてくるのは規則正しい御門の寝息で。普通、好きな女の子が隣に寝ていたらそんなぐっすり眠れないよね、と思うと、青葉はちょっとばかりヘコんだ気分になってしまって無理矢理に目を閉じた。
どきどきするのも、自分だけなんだろうかと思うとちょっと悲しい。
このときばかりは、みんなを少しばかり恨んでしまった青葉だった。


そのころ。
御門と青葉の隣の部屋で。
こそこそと低い声で話し合う人影があった。
「・・・どうだよ、何か聞こえるか?」
「いんや、何も・・・どうなってんだ? いるのか、あの二人」
「いるって。部屋に入ったのを見たぞ。あそこまでお膳立てしてやったのに
 なんもなしかよ、オカシイんじゃねえのか、御門の野郎」
「なにやってんのさ、二人とも、趣味悪いよ!!」
いきなり背後から声をかけられて、京一と村雨は壁につけて耳を押し当てていたガラスコップを落としそうになった。
「ばっ! 小蒔、でかい声出すなよ、隣に聞こえたらどうすんだ!」
京一が小声で怒鳴るが、もちろん、迫力はない。
「だってさ、出歯亀みたいじゃん、青葉に悪いよ」
小蒔がそう言うのに、京一が何か言おうとしたそのとき、村雨が
「しっ! 静かにしろ!」
と真剣な面持ちで二人に言った。思わず、小蒔まで引き込まれてしまってどきどきしてしまう。もし! もしホントに隣の部屋で青葉と御門くんがそんなことになってたらどうしよう!!!! とかなりどきどきしていたりする。が、村雨は気を持たせたわりには肩を竦めた。
「ダメだな、なんも聞こえねえや。もう、ねちまったんじゃねえのか。
 ちっ。御門の野郎、どこまでも面白くねえ野郎だな」
それをきいてホッとしたような気が抜けたような小蒔なのだった。
「どうしたの、何かあった?」
葵がそこへやってくる。さすがに出歯亀ってましたとは言えない二人は、今日は御門も青葉も二人でデートが楽しめて良かったな、とかなんとかごまかしてしまったのだった。
「男子部屋と女子部屋の二部屋借りる予定が、二人のすいーとと、雑魚寝部屋の二部屋になっちまったものの、ま、ひーちゃんには、高校生活の最後を飾るいい想い出をやりたいもんな!」
と一人悦にいる、今回の仕掛人なのだった。その雑魚寝部屋に外から一匹の小さな蛾が部屋の中に入り込んできたことに気付いたものは誰もいなかった。その蛾は、ひらひらとしばらく部屋の中を舞っていたが、やがてまた窓の隙間から外へと出ていってしまい、やがて京一たちが伺っている御門と青葉の部屋の中へ消えていった。
結局、壁に耳をあてて聞き耳をたてていた二人には、何も聞こえる音などなく、多少(かなり)つまらなく思いつつも、そのうち自分の布団へと潜り込むことになったのだった。


「そろそろ起きないと、先に出立しますよ」
そう言われて、青葉は目を覚ました。昨晩、なかなか寝つけなかったのだが、何時の間にか眠っていたらしい。がばっと起き上がると、御門がもうすっかり身支度を整えていた。
「み、御門くん、おはよ・・・・もうそんな時間?」
なにもなかったとはいうものの、どこか照れくさい気がして青葉はそう答える。御門は相変わらずの顔で、青葉をまじまじと見つめていたが、ふっと溜息を一つもらして背を向けた。
「いいですけれど、早く身支度を整えなさい。朝食をとっている時間もなくなりますよ」
「あ、うん、ごめんね」
そう言って、青葉ははたと気付いて我が身を見下ろす。けして寝相が悪いわけではないが、浴衣を着て寝るなど慣れたものではないのである。胸元もはだけてあられもない格好になった自分の姿に、青葉は声にならない悲鳴をあげてしまった。
---み、見られた!!! 御門くんに! 見られた!!!
朝から泣きそうになってしまった青葉だったが、慌てて着替えて朝食の膳の前でこれまた居住まい正して待っていた御門のところへ行ってみると、彼の方は全く何とも思ってもいない様子で、一人だけ赤くなったり青くなったりしていた自分が、なんだか馬鹿みたいに思えてしまったのだった。
それでも、向かいあって朝食の膳をとっていると、自然に口元が弛んでしまう。
---なんだか、ほんとに新婚さんみたいだ〜
朝の清清しい空気と窓から差し込む光。黙々と行儀良く規則正しく動かされる御門の箸。なんとなく、見とれてしまった青葉だった。
「・・どうかしたのですか?」
訝し気に御門が青葉に向かって尋ねる。青葉は、慌てて自分もご飯を口に運ぶと
「な、なんでもないよ!」
と答えた。
「・・・ただね・・・ちょっと、嬉しいかなって思っただけ」
小さい声でそう付け足す。御門は訳がわからないというように肩を竦めると
「・・・あなたという人は、まったく良くわからない人ですね」
と言い、また黙々と食事を続ける。へへ、と青葉はその言葉に笑ってみせると、やっぱり御門に見とれてしまっていた。

食事を終えて、宿をチェックアウトした二人は今日はどうしたものかと地図とにらめっこをしていた。
「ん〜とね、予定では、この近くにある水族館に行こうってことになっていたんだけど」
青葉が地図を見ながらそう御門に言う。
「水族館ですか、ま、いいですけどね」
あまり興がのらなさげに御門が答える。
「だってね、だってね、ピラルクがいるの! すっごい大きな魚なんだってば、すっごいの!」
「・・・そんなに行きたいなら、ま、いいでしょう」
御門にちらりと横目でたしなめるように見られて、青葉はちょっと赤面しつつ、先に歩き出す彼の後をついていった。
その二人の後をこそこそとつかず離れず追い掛けるとある集団に、青葉は気が付かないままだったが。
『・・・手のひとつでも握ってやればいいのによう! なんだ、あの男は!』
『しー!! 気付かれたらどうすんだよ!』
『ねえ、もういいじゃない、そっとしておいてあげましょうよ』
『ばか、ちゃあんとひーちゃんがいい想い出作れるように、見守ってやらなきゃどうすんだ!』
『っていうかさあ、ボクたち、何してるわけ?』
『ま、おれたちも水族館を見学して帰るか・・・』
そこはかとなく空しい空気が漂いだした尾行集団なのだった。

「うう、やっぱり大きい〜、ちょっとコワイけど、でもなんか見ちゃうよね〜
 こんなのが川を泳いでるんだよ? 足に触ったりしたらどうしよう〜」
ピラルクの水槽の前で青葉が今にもガラスに顔をくっつけそうになって、悠々と泳ぐアマゾンの大魚を見つめていた。
「・・・そんなところで泳ぐ予定もないのに、取り越し苦労な心配などするんじゃありませんよ、
 くだらない。」
「そりゃそうだけど〜、想像しちゃうんだもん、コワイよね〜」
「なら、見なければいいでしょうが」
「でも、見たいんだもん、うう、目が離せない〜」
先程からずっとこの繰り返しである。べったりピラルクの水槽の前に張り付いて離れない青葉の横で御門が呆れたように溜息をついている。付き合っているこっちの身にもなれ、といったところだろうか。もっとも、彼にしてみれば、別段どの水槽を見ようとさして変わらないので、一つところに留まっていたところで先を急ぎたいとかいう気持ちはさらさらないのであるが。
「まあ、気が済むまで見ていなさい。」
「え、でも、御門くん、退屈じゃない?? もういいよ、先に行こうか」
「いいですよ、退屈はしません。 まあ、見ていて面白いといえなくもありませんからね」
「ほんと? じゃあ、もう少しだけね!」
そう言って、またまた水槽に夢中になる青葉だったが、御門の方はといえば見ていて退屈しないのは、魚のことなのか、青葉のことなのか、一歩引いた位置に立ってそれを眺めていたのだった。
やっとピラルクの水槽を離れ、お土産のショップに立ち寄った青葉たちだったが、御門はというと当然のことながら、こんな場所には用などないといった風情。
「御門くん、村雨くんにお土産買わないの?」
そう尋ねると、心底嫌そうな顔をして
「・・・何故わたしが村雨に土産など買ってやらねばならないんです?」
と逆に尋ねられてしまった。
「え、だって、ほんとは来る予定だったんだしさ、友だちだしさ、旅行のお土産って買ってかえらない?」
そういう青葉の手には、ピラルクキーホルダーだの、ラッコのイラストの入ったタオルだのが握られていたりする。それを見てとって御門は
「それは、真神のみなさんへのお土産なんですか?」
と尋ねる。
「うん、あと他のみんなにもだけどね、舞子ちゃんとか、藤崎さんとか、雛乃ちゃんに雪乃ちゃんに、マリイに・・・」
指折り数える青葉に、御門は
「まあ、他校のみなさんはともかく、真神のみなさんには買う必要ない気もしますけれどね」
と言い放った。
「え〜。そりゃ、御門くん、こんなことになって気を悪くしてるのはわかるけどさ・・・
 せっかくだし、お土産くらい渡してあげたいじゃない」
そういうことではないんですけどね、と御門が苦笑するが青葉は結局、お土産を選ぶことが楽しいらしくて、あといくつだっけ、と数えながら土産選びに戻っていったのだった。

来たときよりもお土産の分だけ少し荷物が多くなって、駅のホームに二人がついたのは、夕方だった。帰りの特急は指定席。前もってチケット自分の分だけ京一から渡されたのって、こういうことだったんだなあ、と改めて青葉は、事前にことに気付かなかった自分の鈍さにちょっと呆れる。
窓側の席に座って隣の通路側の席に御門が座る。ほんとだったら、一緒に来るはずだった京一や小蒔や葵や醍醐や村雨の席が空いていなくてはならないのに、ぎっしり埋まっているというのは、つまり最初から青葉と御門の二人分しかチケットとってなかったに違いない。
これはこれで楽しかったけれど、やっぱり帰ってから皆に会ったらとっちめてやらなくちゃ気がすまないな、と青葉はむ〜と考え込む。隣の御門は何か本を広げて読んでいるようだ。
そろそろ出発かな、と青葉が椅子を倒そうとしたそのとき、御門が青葉に囁いた。
「・・・青葉、降りますよ」
え? と聞き返す間もなく、発車のベルが鳴り響く中、御門が素早く荷物をもって青葉の手を引き電車をおりる。青葉はというと、何がどうだかさっぱり事態が飲み込めず、それより、御門に『青葉』なんて呼ばれたことにちょっとどきどきして、手をひかれるままに御門について駅に降りてしまった。
---青葉、だって! う〜〜〜〜! どうしよ、すっごくどきどきしてるよう!
だいたいが、「あなた」とか結構他人行儀に呼ばれることしかなかったような気がして。どきどきしている青葉に、御門が言う。
「ほら、せっかくですから、手の一つでも振ってあげなさい。」
は? 何が? なんのこと? と青葉が発車していく列車の窓を見ると。
「・・・き、京一〜〜〜!? なに、え? 村雨くんも、小蒔も・・・ってことは、え?
 葵も醍醐くんもいたの?? ええっ?!」
列車の窓に貼り付いた京一が何かを叫んでいるようだが、聞こえない。青葉はあっけにとられてしまって、走り去っていく列車をぽかんと口をあけて見送ってしまった。隣に立つ御門だけは、たいそう上機嫌な様子で、それを見送っていた。
「・・・・御門くん、知ってたの?」
しばらくして、青葉が御門にそう尋ねる。
「もちろんですよ、あなたは本当に気が付かなかったんですか? あんなにわかりやすかったのに?」
赤くなってしまった青葉は、しかし、やがて怒りがこみあがってくるのを押さえられなかった。
「・・・・みんな、酷いよね! なんかさ、こっそり後つけてきてたなんて!
 せっかく、みんなで楽しく旅行しようって決めたのにさ!!」
か〜っと頭に血が上っていく。しかし、御門はというと、涼しい顔でそんな青葉に向かって言った。
「おや、私は十分楽しませていただきましたけれどもね。
 騙された分も、出し抜いてしまいましたから、ま、これくらいでよしということにしておきますよ」
あっさりそう言われてしまうと、青葉も自分ばかり怒っているわけにもいかずに、納得いかないような気がしつつも、うん、とうなづく。
「・・・・・でも、御門くん・・・電車、いっちゃったけど・・これからどうするの?」
よもや、御門家の車がここまで来たりするんじゃ、とか考えてしまって青葉はまさかね、と苦笑する。しかし、御門の口から漏れた言葉は、それ以上に青葉を驚かせたのだった。
「せっかくですから、もう一泊して帰りましょうか。
 良い宿がこのあたりにはありますからね。」

そんなわけで、もう一泊して帰ることになってしまった青葉なのだった。
陰謀(?)がばれてしまった尾行組は、真神に帰った青葉の御機嫌をとろうと改めて日帰り「卒業ハイキング」が催したのであった。
ちなみに、もう一泊の間に何があったかは、とりあえず、秘密、なのだった。



とりあえず、終わっとく。





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