球技大会へ行こう!・2

午前の試合が終わったところで、青葉たちは学食へ移動した。
「へえ、ここで給食食べるんだ?」
ホールのように広い食堂は白い長テーブルが整然と並べられていて、美しいがどこか堅苦しい雰囲気もぬぐえなく思えた。
キョロキョロと辺りを見回す青葉たちを、御門はほとんど無視するようにどんどん先を歩き、村雨は苦笑まじりに皮肉っぽく青葉たちに説明をした。
「みんなが一列に並んで同じものを食べるんだぜ、
 ムショみたいな気分になって、オレはあんまり好きじゃねえんだ」
「好き勝手に集まってわいわい食べるって感じじゃないんだ、それはちょっとイヤだね」
「食事中くらい、わいわい楽しくやりたいよ」
「辛気くせえ顔して食うんじゃ、飯もまずくならあな」
青葉たちが村雨の言葉にうんうん、と頷く。
「食事中くらいは、誰にも邪魔されず静かにしていたいですよ、私は」
窓際のテーブルに席を取りながら、御門がそう言った。
「あはは、御門くん、忙しい人だもんね、食事中くらいしかゆっくりできないんだ」
わかってるんだかわかってないんだか、青葉が御門の言葉にそう応える。ありゃ、どう考えても嫌味じゃないの?と小蒔が葵に向かって目で尋ねるが、葵もどうしたものかと首をかしげるだけだった。
みんなが席につくと、青葉は少しばかりもったいをつけて、紙の手提げ袋からお弁当を取り出す。
「えへへ、ちょっと頑張っちゃったんだよ、食べてね」
小蒔や葵も自分の分は持参してきている。京一たちはといえば、取り出したのはいつもと同じくコンビニの焼きそばパンだったり。
「そんなことだろうと思ったよ! ほら、ボクたちもおべんと余分につくってきたからね!」
小蒔と葵は醍醐と京一にそれぞれ弁当を手渡した。涙にむせんで拝み倒す京一が微笑ましい。で、青葉の弁当を前にした御門は、無言だった。メニューがお気に召さなかったか、と青葉がちょっと首をかしげる。それへ、にやにやと笑いながら村雨が言った。
「遠慮すんなよ、御門。芙蓉が作ってきた分は、オレが食べてやるからよ」
それを聞いて、青葉は「あ・・・」と小さく声をあげた。
「ご、ごめんね! 芙蓉! あの、そんなつもりじゃなかったんだけどさ・・・」
あせあせとそう芙蓉に向かって言うが、もちろん、式神である芙蓉は別に気を悪くしたりはしないのである。芙蓉が出した美しい二段重を、村雨がさっと取り上げて自分の元へ抱え込んでしまった。
「いいよな? 御門」
あいかわらずのにやにや笑いに、御門はじろりと視線を走らせると
「もう箸をつけているくせに、いいよな、も何もあったものではないでしょう。
 お前などに食べさせるには、いささかもったいない気がしますよ。
 よく味わって食べることですね」
と言い放った。
「ごめんね、芙蓉さんの作ったものに比べたら、手も足も出ないかもしんないけど・・・」
おずおずと差し出された青葉の弁当を御門は受け取ると
「仕方ありませんね、ではいただきます」
と言った。「仕方ないんかい!」と京一たちはツッコミを入れたそうだったが、村雨はあいかわらず、笑いを堪えるのに大変だという様子だ。つまり、なんだかんだと言っても、御門は一言も青葉に向かって「そんなものはいらない」とは言っていないからだ。芙蓉の作った弁当があるから、いらない、と一言言えばすむものを、それを言おうとはしなかった。村雨にしてみれば「先生の作った弁当、食いたかったんじゃねえのかい?」というところなのである。そう村雨が言いたがっているのがわかるだけに、御門はまったく不機嫌そうな顔で青葉の弁当に箸をつけていた。
「お、おいしくない?」
あんまり眉間に縦皺が深くできちゃっているものだから、青葉は心配そうにそう尋ねる。御門仕様で和食中心、味も薄めで上品に作ってきたのだが。もっときちんと好き嫌いをリサーチしておけば良かっただろうか。
「・・・そんなことはありませんよ、この程度のものが作れるなら、十分ではありませんか?」
御門は眉間に皺よっていたのにやっと気づいたかのように、いつもの表情に戻るとそう青葉に答えた。
「ホント? よかった〜!」
御門の言葉を聞いたとたんに、嬉しそうな顔で笑った青葉は、自分もやっと弁当に箸をつけたのだった。
「おや、あなた、自分は食べていなかったのですか、私に毒味をさせたんですか?」
それを見て、御門がそう言う。とたんに青葉は慌てて首を振る。
「ちっ! 違うよ、そんなじゃなくって・・・」
「・・・わかっていますよ、冗談です」
お前が言うと冗談に聞こえねえって、と青葉と御門と芙蓉以外の同席者が思ったのは言うまでもないことだった。

食事も終わり、会場へ戻る道すがら青葉は御門に向かって尋ねる。ここに及んでやっと御門のご機嫌も通常に戻ったかのようだった。
「ね、御門くんは何に出るの? やっぱり、バスケット?」
「まさか」
御門は涼しい顔でそう答えた。
「私が、あんな当たりの激しいスポーツに好んで出るはずがないでしょう」
「ん〜・・・野球・・・って感じでもないよねえ。・・・・わかった!! 卓球!!!」
青葉は、これは絶対バッチリ、と思ったので大きな声で叫ぶ。が、その答を聞いた面々の反応はといえば、芙蓉は無表情、村雨以下真神勢は爆笑もしくは笑いをこらえるのに必死。そして、当の御門はといえば、大変不愉快そうだったのだった。
「・・・個人競技という点では確かに私好みの球技ではありますが
 卓球は球技大会の競技にはありませんよ」
冷たく言われて、青葉は頭をかく。
「そっか〜、いい線いってると思ったんだけどなあ。・・・テニスって感じでもないしねえ」
「ですから、球技大会というものは協調性も大切なものなのですよ。
 個人競技はありません」
言われて青葉はむ〜と考えこむ。眉間に縦皺を寄せて考えこみつつ歩いている青葉に、御門はため息をついて答えた。
「・・・バレーボールですよ。どうしてチームプレーの代表的な球技を思い出せませんかねえ」
言われて青葉はぽん、と手を打つ。
「そっか〜! バレーボールね!
 あのね、あたしもこないだ授業でやったよ、アタック打つの、得意なんだ〜!」
「何でも前に出たがるあなたらしいですよ」
「えへへ、ほんと〜?」
そりゃ、誉められてないって、と思ったのは、御門と青葉と芙蓉以外の以下略。
体育館に戻ったところが、まだ午後の試合まではしばらく時間が有る様子だった。青葉は、先ほどから少し気になることがあって、御門の顔をちらちらと見る。その視線に気がついた御門は、しかし、どうせロクな話ではあるまいと黙殺する。が、そうは問屋が卸さないのが村雨だったりする。
「なんだい、先生、御門のことで何か気になるのかい」
余計なことを、と御門が村雨をにらみつけるが、もちろん、そんなことちっとも気にしないのが村雨である。
「あのね、御門くん、バレーボールに出るんでしょ?」
「先ほどからそのように言ってますが」
「髪の毛、邪魔じゃない?」
「別に邪魔ではありませんよ」
「ホント?」
「嘘を言ってどうするんですか、そんなこと。不自由しておりません」
「でもさ、髪が乱れちゃうでしょ」
「気にしません」
「邪魔にならない?」
「別に邪魔ではありません」
・・・どうにも先へ進みそうもない会話に終止符を打ったのはやはり村雨だったりする。
「先生、どうしたいんだい、御門の髪をよ」
「結んであげる!!」
青葉がそれはそれは嬉しそうに言うのに、間髪いれずに御門が答える。
「けっこうです」
が、面白がった村雨・京一連合軍が御門を椅子に押さえ込む。
「いいじゃねえか、せっかくの先生の親切を無下にすんなよ、御門」
大事な主人に危険が迫っていると感じ取ったか芙蓉が攻撃態勢に入ろうとするのを、御門が視線で止める。さすがにこのような場所で派手にやらかすのは御門の主義に反する。その代わり、後で覚えていなさい、と心のメモに書き込んでおくことは忘れない。
御門の後ろにまわった青葉は御門の髪を手に取る。さらさらと滑らかで細い御門の髪を青葉はちょっと羨ましそうに見つめた。
「御門くんの髪ってきれいいでいいなあ・・・あたし、髪の毛硬いしさ・・うらやましい・・」
「・・・・・」
御門は無感動な顔で黙ったまま椅子にふんぞりかえっている。内心は、どう答えろというのかとやけくそなのかもしれないが。青葉は御門の髪を手にとると手で梳いて三つにわけると、器用にそれを編んでいく。御門は何やら自分の髪がただ一まとめにされるだけでは済まないのを感じてまたもや不機嫌そうな顔になってしまったが、両脇でにやにや笑っている村雨と京一の顔を見て、面白がられているのが我慢ならず、すぐにいつもの涼しい顔に表情を戻した。これくらいのことで、面白がられてたまるものか、というところである。
青葉は御門の髪を末の方まできれいに編み上げると、胸のポケットから予備のゴムを取り出した。きれいな水色のゴムを出すと御門の髪をくるくると止める。
「できあがり!」
会心の笑みで胸を張る青葉に、御門は少しも感動した様子もなくやっと開放されたかという顔をした。
「へへっ、似合うよ!」
言われてもちろん、御門が大変、嫌そうな顔をしたのは言うまでもない。村雨も京一も、醍醐でさえも、何か一言、言いたそうだったのではあるが、さすがに本人を目の前にして口に出すほどの愚か者はいないのであった。イヤならイヤで、自分でさっさとほどいてしまえばいいものを、それもまた大人げないと思ったのか、結局御門は、髪を結ったまま、バレーボールの試合場へ向かったのである。

御門がバレーボールのコートに入ると、何故か会場がざわつき始めた。良家の子女らしく控えめながらも、青葉はその中に「御門せんぱ〜い!」という声援が混じっていることを聞き逃さなかった。気になることに対しては、地獄耳なんである。
俄然、対抗心が芽生えてきて、青葉としてもそりゃもう大声で声援したいところなのだが、コートへ向かう前の御門に、「絶対に騒がないように」ときつく釘を刺されたのでうずうずしながらも黙っている。
「ね、ね、村雨くん、御門くんって・・・人気あるの?」
やっぱり気になるのでそんなことを聞いてみる。
「名門の御曹司であの面だからな。
 オマケに、下級生には性格まではわからねえときたもんだしよ」
なんか、それに似たセリフをどっかで聞いたぞ、などと思いつつ青葉はそっか〜、とうなずく。ライバル(?)が多いのはちと心配だが、やっぱり人気あるんだよね、そうだよね、と納得する。
「ま、オレほどじゃあないけどな」
とうそぶく村雨のことは、さらりと流して青葉は御門を目で追う。大人しくしているかどうか、心配したのか、御門の視線がこちらへ向いたのをいいことに、青葉は声援を送るかわりに、御門に向かって両手を大きく振った。もちろん、冷たい視線を返されたのは言うまでもないが。でも、青葉は御門の結んだ青いゴムが嬉しかったりするので、ご機嫌だったりする。
御門のバレーボールの試合について言えば、華麗なる動きを期待(?)していた青葉に反して、御門は最小限の動きで最低限ボールを返すという、ある意味たいへん難しい芸当をしてのけたのだった。というか、御門の周りにはあまりボールが飛んでこないというか。あれはやっぱり、何か結界でも張ってるんじゃないだろうかと、疑ってしまう青葉だった。
でもまあ、傍目に見ている分には、それなりに活躍してるし、ミスもないし、上手だよね、と関心する。内心、惚れ直しちゃった〜とか思ってたりするあたりが、救われない。隣で見ている葵たちは、御門よりも、御門を見て目がはーとになりつつある青葉を見てるんじゃないかというような有様だ。

戦いすんで、日が暮れて。
結局、なんだかんだで最後まで見ていてしまった青葉たちである。で、結局どこのクラスが勝ったの?という青葉に
「勝つことが目的ではないので、勝敗はないのですよ」
と御門が言う。「オレだったら勝ち負けもねえのに、ど真剣に試合する気にもなんねえなあ」とぼやく京一を、村雨が鼻で笑う。
「勝負事はいいけどよ、博打はセンスがねえからやめときなよ」
あとはHRが簡単にあって終わり、ということなので、それじゃあそろそろ帰ろうかという話になった真神チームだったのだが。
「今日は楽しかったよ、急に押し掛けちゃってごめんね。」
そういって帰ろうとする青葉に、御門が声をかける。
「お待ちなさい、仮にも御門家の者がささいなものであれ、受け取ったままで済ますわけにはいきません」
は? 何のこと? と青葉が首をひねっていると、御門は手に青葉の水色のゴムを持っていた。
「あ、それ。別にもういいんだけど、それじゃ返してもらうね」
と手を伸ばすと、御門はその手をひっこめる。
「一度使ったようなものを、返すなどという失礼なことはできません。
 たとえ不本意なことであれ、身につけたのは私ですから」
いや、そんなこと全然気にしないっていうか、かえってそのほうが嬉しいんだけど、とか思う青葉なのだが、さすがにそれは口には出さない。
「同じようなものを買って返しますから、もうしばらくお待ちなさい」
「え? あ、うん」
あまりよくわからないけど、待ってろ、ということらしいから青葉は頷く。じゃあ、校門のところでね、と約束して御門と村雨と芙蓉は教室へ戻っていき、青葉たちは校門へ向かった。門を出たところで、京一が言う。
「さあて、それじゃあ俺たちは一足先に、帰るとするか」
「え? なんで、帰っちゃうの??」
「御門くんが用事があるのは、ひーちゃんだけだもんね、ボクたちお邪魔虫だし」
小蒔がへへへ、と笑いながら言う。青葉の頬にか〜〜っと血がのぼる。
「ははは、まあ、相手が御門だからな、さして色っぽいことにはなりはせんだろうが
 せっかくだから、二人で楽しんでこいよ」
と醍醐。
「うふふ、がんばってね」
という葵の優しい励ましまで受けて、青葉は結局一人で御門が出てくるのを待つことになったのだった。
冬の短い日が暮れていき、あたりを赤く染め上げる。一人こんな時間にこんなところで誰かを待っていると、なんだかうら寂しい気持ちになったりするからおかしなものだ。ちらほらと、HRが終わったのだろう、皇神の学生たちが門を出ていきはじめる。そういや、前もこんなして御門くんを待ってたな、などと青葉が流れていく人を見るともなし見ながら考えていると
「お待たせしました」
という声とともに、御門が現れた。もちろん、もう体育服は着替えて、いつもの学生服だ。なんだか、やっぱり、こっちの方が落ち着くなあ、などと思ってついみとれてしまう。
「どうか、しましたか」
「あ、ううん、なんでもない。村雨くんは?」
「・・・さあ、村雨のことなど、私は知りませんよ。
 それとも、村雨にご用ですか?」
「あ、そうじゃないけど、一緒に帰るのかと思ったから。」
「私は、あなたにお返しするものがあるので、あなたとともに帰ります。
 村雨は、村雨で帰るでしょうから心配には及びませんよ」
いやまあ、そうなんだろうけど、と青葉は苦笑する。実を言うと村雨には悪いけれど、御門と二人っていうのが、かなり嬉しかったりする。
「さて、では参りましょうか。」
そう言って御門が歩き出すのに
「ね、御門くん、ああいうゴムとか売ってるお店って知ってるの?」
と青葉が尋ねる。はた、と立ち止まった御門が
「・・・・もし宜しければ、案内していただけると助かりますね」
と言うのに、青葉は嬉しそうに答えた。
「うん、まかせて! それじゃあ、駅前のお店に行こう!」

その後、御門が彼自身のセンスとも暮らしともまっっったく接点が見つからない、ファンシーショップに連れていかれ、眉間にまたまた深い縦皺を刻むことになったのは、想像に難くない出来事であった。
青葉がいいと言ったところで、御門が自分が買うにふさわしいと思えるものをその店で見つけられず、結局のところは、如月骨董品店で、髪飾りを買うに落ち着いたのであった。
顧客の信用をモットーに、守秘義務を守る若き骨董品店の主は、二人の客が何を買っていったかについては、誰にも漏らさなかったということである。


オチてないけど終わり。





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