夢路より

「青葉」
声をかけられて青葉は振り向いた。
「御門くん」
「何を、見ているのですか」
「・・・桜」
ひらひらと、幻の浜離宮に桜の花びらが舞う。ここは、浜離宮であって浜離宮ではない場所。御門が作り出した幻の空間。
「・・・きれいだね。」
「美しい場所であるようにと作り出したのですから、きれいなのは当然のことですよ」
「うん」
この場所は、御門が秋月マサキのために作り出した場所。その心が安らけくあるようにと、浜離宮のもっとも美しい季節を写しているのだ。
「桜は、木々の中でも霊力の高いものでありますしね」
「・・・うん」
青葉は御門の言葉に頷きながら、舞い散る桜を見つめていた。
御門は座り込んでうっとりとしたように花びらを見つめる青葉の隣に腰を下ろした。そうして、青葉と同じように散る花びらを見上げる。
「御門くん・・・」
「なんです?」
「ここの景色は、美しくあれと思って御門くんが作り出した風景なんだよね。
 ・・・なら、この場所は、御門くんの心を映し出した場所なんだね」
「私の?」
「うん・・・御門くんが美しいと感じたものを映し出した景色なんだよね・・」
少し嬉しそうに青葉はそう言うとにこっと笑って空を見上げた。吸い込まれるような空。果てのない。この景色に溶けてしまいたい。そうしたらもっと御門の心に近くなれるかもしれない。
「青葉」
御門の手が、青葉の頭を抱く。その手に誘われるように青葉の頭がそっと御門の肩に寄せられた。青葉の好きな、御門の香り。
この場所が自分ではない、他の誰かのために作り出された場所であっても、御門と同じものを見て同じように美しいと感じられるのなら、それでいい。御門の作り出したこの世界は美しくて。言葉少ない御門の心の近い場所に自分はいるだろうか。ときどき不安になる。切ない気持ちに心が占められるときもある。だが、ここの風景を見つめていると不思議に安心できる。きっと、この景色が御門の心を映したものだからなのだろう。
「・・・何を、考えているのですか?」
御門が常と違って口数が少なく黙ったままの青葉にそう尋ねる。青葉はそんな御門に小さく笑みを漏らすと
「何を考えてるか、あててみて」
と答える。御門はしばらくの沈黙の後、静かに答えた。
「・・・私のこと、でしょう」
その答えに、青葉は声を出して笑った。
「・・・御門くん、自信家・・!」
「違うのですか?」
「・・・・・・」
「青葉?」
「へへ、当たり。御門くんのこと、考えてたんだ」
薄く、御門の唇に笑みが宿る。
「・・ね、御門くん、何か話してよ」
「何を?」
「何でもいいけど・・御門くんの声、聞きたいんだもん」
「・・・困った人ですね・・・」
そういいながらも御門が言葉を捜しているのが青葉にはわかった。
「御門くん、今日は優しいね・・・」
きゅっと腕を御門の身体に回して抱きつく。細身に見えて、やはり御門は男の身体なんだなと感じる。
「いつだって私は優しくしてさしあげてると思っていますがね」
「えへへ、うん・・・いつも優しいよね・・」
でも、今日はいつもよりずっと優しいよね。この場所のせいかな。二人だけ、だからかな。青葉はそんなことを考えながら御門に身体を預けたまま、目を閉じる。
「・・・散ればこそ、いとど桜はめでたけれ・・・
 世の昔から桜は散るからこそ美しいとそう思われてきたのですよ。」
御門の声が耳にやわらかく響く。やっぱり、この声が好きだな、と青葉はうっとり思う。
「・・・青葉、聞いているんですか。
 人に話をせがんでおいて、眠っているんではないでしょうね?」
青葉はそれでも目を閉じたままでいた。御門の腕が青葉の肩を抱くのを感じた。
「・・・仕方のない人ですね・・・」
ため息まじりにそう言う御門の言葉が聞こえる。だが、その言葉もどこか優しい響きを持って聞こえて。青葉は嬉しくてそのまま眠ったふりをしていた。


「・・・っていう夢をね、見たの」
青葉は、話を聞いているんだか聞いていないんだか机に向かって書物を読んでいる御門にむかってそう言った。肩越しに御門の読んでいる本を覗き込むが、青葉には何がなにやらさっぱりわからない内容だ。青葉のほうをちらとも見ようともせず、御門が
「それはよかったですね」
と答える。
「うん! 起きてからもしばらく幸せだった〜」
えへへ、とテレ笑いを浮かべて青葉がそういう。
「でね、でね、せっかくだから、正夢にしてあげよう、とかって思わない?」
青葉が少しだけ遠慮がちに言うのに、御門は速攻で答える。
「夢でそれだけ堪能したならもう十分でしょう」
「・・・ケチ」
「誰がですか。私はあなたと違って暇じゃないといつも言っているでしょうが」
そりゃそうだけどね。こうやって傍にいさせてくれるだけでも特別なことだとわかってるんだけどね。
ちょっとばかりぶーたれた青葉が御門の背中にもたれて座り込む。
「あたしは御門くんのこと、夢に見るのに御門くんはあたしの夢なんて見てくれないんだろうな。
 あたしばっかり、御門くんのこと好きみたいでちょっと悔しいや・・・」
そう呟く青葉に、ため息をつきながら少し身体を起こした御門が言う。
「・・・知っていますか?
 平安時代の人はね、自分の夢に好きな相手が現れるのは、
 相手が自分のことを想っていてくれるからだと思っていたんですよ」
「・・・そうなんだ〜。今の夢占いからすると、逆だね。」
青葉はちょっと感心したように言う。御門くんってやっぱりそういうことに詳しいよね、と感心して頷いたりしていたものだから、もう少しで御門の次の言葉を聞き逃すところだった。
「・・・あながち、私は平安人の言うことも間違いではないと思いますね。あなたの夢の話を聞くとね」
その言葉の意味をずいぶんと考えこんだ青葉が、気付いてがばと身体を起こすのと、御門が書物をぱたりと閉じるのが同時だった。
「御門くん、それって・・・」
「同じことは二度とは言いませんよ。」
「うん、いい、ちゃんと聞こえたからいいよ!」
そう言って青葉が御門の首に抱き着く。その身体を御門が抱きとめ、青葉は夢の中と同じ、御門の香りに包まれて
『・・・やっぱり、正夢になったかも・・・』
などとちらりと考えながら目を閉じた。





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