春まだ浅いとある日、奇妙な一団が小高い山の山頂遊園を目指して歩いていた。 青空もさわやかで、ふくらみ始めた桜の蕾も春めいて、どことなくうららかな気分で人々はハイキングを楽しんでいたのだが。その山のハイキングコースを歩く若者の集団はすれ違う人々がついちょっと避けてしまうのに相応しいような集まりだった。 背中に木刀を背負っていたり、金髪を逆立てた上にこれまたどう見ても武器にしか見えないものを背負っていたり、何か格闘技をやっているとしか思えないような筋肉隆々たる体格だったり、目つきが悪かったり、とにかくどこかどうも普通と違うというかんじなのだ。とはいえ、一緒にいる女の子たちは、どう見ても普通っぽいところもまた謎めいていたりするわけだが。 そういう周囲の視線にはまったく頓着しない青葉とそのご一行は「卒業記念ハイキング」に来ていたのだった。これは、「卒業旅行」の仕切りなおしのようなものである。せっかくみんなで一緒に旅行に行こうという計画を立てたにも関わらず、京一始めの陰謀により、御門と二人の旅行となってしまったあげく、実はその跡をつけられていた、ということがわかった青葉はすっかりお冠だった。もちろん、戻ってからは皆、青葉に平謝りだったわけだが、ご機嫌斜めの青葉に、今度こそ正真正銘、みんなで一緒に遊びにいこう、と計画されたのがこのハイキングだったのである。 近場でしかもハイキングなどという若者らしい(笑)健康的なイベントに、毒気を抜かれた者やため息ついた者やらいろいろいたらしいが、そこはそれ、みな所詮は黄龍たる青葉には勝てないというか、ついつい、まあ、いいか、という気分になってしまうんである。 そんなわけで、ハイキングだったりするのでありますが。結局のところ、集まってしまえばタダでは終わらないのがこの集団だったりするわけで。青葉は知らないことながら、やっぱりこのハイキングにも思惑はあったりするのだった。つまり。卒業旅行で御門と青葉はいったい何処までいったんだ??? ということだったりする。何処って地名のことじゃないのは、もちろんのことなわけであって。村雨を胴元になにやら賭まで行われているような様子だったりする。 「は〜、お昼ってまだだよね、なんだかちょっとお腹減ったなぁ」 青葉はてくてく歩きながらそんなことを言う。もちろん、朝御飯はしっかり食べてきたのではあるけれど、育ち盛り(?)なんである。麓から歩いてきたわけだし、誰もお腹空いたと言わない方が青葉にしてみたら不思議だったりするのだが。 「もう少しで山頂なのですし、しばらく我慢してはどうですか。 こういうところでモノを食べるとゴミも出るでしょう、マナーですよ」 隣を歩く御門にそうたしなめられて、ちょっとしゅん、とする。お腹が減った、と思ってしまうと、とたんに気になってしまうものなのだ。それほどとは思ってなかったのに、食べちゃいかん、と言われると急激に空腹が襲ってくるような気がする。ちょっとばかり歩く速度の落ちた青葉を、もちろん、振り返りも気にするそぶりも見せず、御門はマイペースで歩いていく。だいたいからして、御門は何が今更ハイキングなんだか、とかなり参加を渋っていたのだ。が、青葉に「御門くん・・・来ないの?」と下斜め20度の角度からちょっと悲しそうに見上げられて、溜息ついて来ることにしたとかなんとか。まあ、そういうわけで今日のところも、あんまりご機嫌は麗しくなかったりするのである。 だいたいからして優しく手をひいてくれるなんてことは期待してなかった青葉であるが、ちぇ〜っ、と口を尖らせると、御門に遅れまいと少しまた歩く速度を高めたのだった。 そんな青葉に小蒔が後ろから駆け寄ってきて頭をぽかり、と軽くこづく。 「ひーちゃん、どしたの、元気ない顔してるゾ!」 「小蒔〜・・・お腹減ったよう」 つい泣きついてしまう青葉である。 「あはは、わかるよ〜、ボクも早くお弁当にしたいや。 でも、まだちょっと早いものね〜。そんなときは、はい、これ。」 そう言って、ケースに入った飴を青葉の手のひらに乗せる。 「ゴミも出ないし、これならいいでしょ。 少しくらいなら、お腹空いたのまぎれるしね」 思わず、小蒔にひし、と抱きついてしまう青葉であった。もちろん、御門はもうとっくにすたすたと歩き去ってしまっている。あいもかわらず、冷たい態度に、青葉はその背中に向かって思いっきりあっかんべーをして見せたのだった。 「な〜んて顔をしてんのよ、あんたってば」 そんな青葉にマイペースで歩いてきた藤崎が追いついてそう声をかける。 「あんたのためにねえ、めんどくさいし疲れるっていうのに、山登りにつきあってやってんのよ? なのに、なに、さっきのあの顔ったら」 「藤崎さん、ごめんね〜、でも来てくれてうれしいや♪」 さっそく小蒔にもらった飴をなめつつ、青葉が答える。 「それにしても、けっこうな荷物抱えてるのねえ」 大きなリュックを背負った青葉にちょっとあきれたように藤崎が言う。青葉はえへへ、と笑うと 「おべんとが入ってるから〜。」 と答える。 「そういえば、藤崎さんは荷物ないねえ、どしたの?」 「ほほほ、重い荷物なんて持ってられるわけないじゃない、 体力有り余ってそうな図体のでかいのに持たせてやったのよ」 高笑いするその姿がいかにも藤崎らしい。藤崎の荷物持ちという役目を背負ってしまったのは、どうやら紫暮らしく、荷物を二つ背負っている。だが、紫暮にかかると軽々持ってるように見えて、まあ、それならそれでいいんじゃないの、とちっとも気の毒に思えないあたりが気の毒かもしれない。藤崎は、それよりねえ、と自分のことはおいておいて、に〜っこり、と笑うと青葉の肩に手を回し、小さい声でひそひそと尋ねてきた。 「その大きさからして、あんた一人の分の弁当じゃないんでしょう? 誰の分を作ってきたのよ」 おおむねわかっているくせに聞いてくるあたりがちょっと意地悪だったりするのだが、青葉は照れたようにえへへ、と笑うと素直にその質問に答える。 「あのね、自分の分と、あと御門くんのとあるんだけど みんなの分のデザートも作ってきたんだよ。昨日の夜、がんばって作ったんだ♪」 そうそう、御門ね、と藤崎が頷く。わかっちゃいたんだけど、あらためて聞くと不思議な取り合わせよね。と思ってそのまま口に出すあたりが藤崎らしいのだが。 「ふうん、御門ねえ・・・あんたの趣味も変わってるわね。ま、顔はイイと思うけどさ。 で、どこまで行ったのよ?」 さすがに核心をずばっと衝いてくるあたり、経験豊富(?)な藤崎である。が。青葉は至って素のままで答えを返す。 「どこって・・・え〜と、お土産渡したでしょ、あそこの水族館と近くの温泉と、 あと帰りにお城も見てきたんだけど・・・」 故意にはぐらかしている訳ではなくて、まじめにそう答えている青葉に藤崎は苦笑した。 「ほぉんと、あんたらしいわねえ。でもまあ、一緒に旅行、行ったんだ。ふうん」 「あっ、違うの、あのね、ほんとはみんなで行くはずだったんだけどね、 京一たちがさ・・・」 思い出すとまだちょっとむっとするらしくて少しばかりふくれっ面になった青葉がそう言う。 「いいじゃないのよ、それで御門と仲良くなれたんでしょ?」 え、そりゃまあ、うん・・・と青葉は口の中でもごもごと答える。 なにやら思い出したらしく、ちょっとばかり頬を赤く染めたりして、思わせぶりな様子だったりする。うふふ〜ん、とわかったような顔をして笑った藤崎は、頷いた。 「なるほどね〜、で、弁当ってわけなのね、うまくいってるんじゃない」 「え、う、う〜ん・・・まあ・・・?」 案外自信なさげな答えの青葉だが、それに構わず藤崎が続ける。 「で、さあ・・・御門って・・・上手なの?」 「へ?・・・御門くんは、お料理なんて、しないよ?」 「誰が料理の話なんかしてるのよ。二人で旅行に行って、 何もなかったなんて言わせないわよ?」 にっこり笑うがただでさえ、迫力のある藤崎なんである。青葉はその言葉を聞いてぱくぱくと口を開けて何か言おうとしたが、みるみる赤くなってしまった。 「そ、・・・・そんなの、わかるわけないじゃん・・!! く、比べる相手なんていないもん!」 そのままだっ・・・・と走り出してしまった。ちょっとあきれ顔でその後ろ姿を見送った藤崎だが、やがておもしろそうに笑い出す。 「ふう〜ん、なるほどね・・・賭けて良かった〜♪」 どうやら、純粋なる興味もあるが村雨の賭けに一口のっていたらしい藤崎である。友達がいがあると言っていいのか悪いのか。 御門は後ろからだ〜〜〜っっっと走ってきた青葉がびゅんっっ!!と自分の横をすり抜けて走り去っていくのを呆れ顔で見送った。通り過ぎるときに起こった風で、御門の長い髪が流される。 「・・・・・」 何か一言いいたげではあったが、彼はそのままペースを崩さすに歩き続けた。 だ〜〜〜っっと走り続けていた青葉は、しっかり前も足下も見ていなかったので、石につまづいて派手にすっころんだ。しかしながらそこはそれ、一応、武道家(?)のはしくれ、見事な受け身で、ていっっ、と何事もなかったかのように起きあがったりするわけだが、それでもちょっとばかりすりむいてしまっていたりする。 「あぁ〜ん、もう、だいじょぉぶ〜?」 間延びした声で絆創膏を差し出してくれたのは、看護婦見習いの高見沢だ。のんびりした性格に反して先頭集団付近を歩いていたらしい。 「いたたた・・・うん、ごめんね〜、舞ちゃん」 青葉は受け取った絆創膏をすりむいた膝にはりつつ答える。 「山頂についたらぁ、きっとお水もあるだろうからぁ〜、傷口、ちゃ〜んと洗ってねぇ〜。 もう一度ちゃんと手当してあげるからねぇ〜」 友達に看護婦さん(見習い)がいると安心するなあ、などと思いつつ青葉が起きあがろうとすると、 「大丈夫かい、君は意外なところでそそっかしいんだな」 と言いつつ如月が手を差し出した。 「うわ、見てたんだ、やだなあ、如月くん・・・」 青葉は素直に差し出された手をとりつつ、よっこいしょ、と立ち上がる。おいおい、御門が見てたらどうする、と思わないでもないが本人はちっともそんなことは気にしない性質らしい。そのくせ、たぶん、御門が自分以外の女の子に優しくしてたりしたらかなり気にするに違いないのだが。 ぱんぱん、と服についた土を落としながら、青葉は荷物の中のお弁当はひっくり返ってないよね、と心配そうに確かめる。どうやら大丈夫らしい、とわかってほっとした顔になった。 「なんだい、かなり大切なものが入っているらしいね」 そんな青葉を見て、笑いながら如月が言う。てへへ、と青葉は笑いながら 「お昼のお楽しみ、如月くんの分もちゃんとあるからね」 と答えた。だから、それはちょっと誤解を招く言い方ではないのか。本人ちっとも自覚がないのは問題かもしれない。が、まあ、如月は青葉が御門を好きだ、というのは知っているので軽く受け流しておく。いつだったか、二人で如月の店に買い物に来たことがあったからだ。あの御門が、青葉に、プレゼントを買っていた。顧客についての守秘義務は店主の務めとして口にはしなかったが、ちょっと・・・いや、かなり驚いたことを覚えている。 ふと目を留めるとそのときの見覚えのある髪留めを青葉がしていたので、如月は 「やあ、その髪留め、気に入っているようだね。 いいものだから大切にしたら長く使えるよ」 と言った。骨董品店店主としては売られた商品が大切にされているのを見るのはうれしいものだ。 「あぁ〜、ホントだ〜、かわいい髪留め〜、どうしたのぉ〜?」 高見沢が改めてまじまじとそれを見て青葉に尋ねる。 「え? え、え〜と、あのね、もらったの」 「え〜・・・誰にぃ〜? いいなぁ〜」 「だ、誰って・・・その・・・・・みかどくん・・・」 うれしそうだがちょっと恥ずかしそうに青葉がそう答える。高見沢はへぇ〜、ふぅ〜ん、あの、ちょっとコワそうなひと〜?と頷く。青葉は、やだなあ、こわくなんてないよ〜と答えつつ荷物を持ち直して歩き出した。如月はその様子を見つめつつ、プレゼントもらったことくらいであんなに照れるとは、まだまだかわいいおつきあいの程度か、などと内心考えていたりする。どうやら、こちらも村雨に一口のったクチらしい。意外にギャンブラーな素質のある忍者だったりする。 「わ〜! やっと着いた〜!」 山頂の展望台に着いた青葉はさっそく見晴しのいい場所へ駈けていくと下を見下ろした。 「綺麗だよねえ・・・遠くに山と山が重なってさ・・・なんだっけ、なんとかっていう和歌を思い出すんだよね〜」 それじゃちっとも思い出してないだろうに、青葉が口の中でもごもごとあやふやに5・7・5と言葉を並べていると、何時の間にかペースを崩さずに(もちろん、呼吸も乱さずに)上ってきた御門が横に立って言う。 「倭はくにのまほろば、たたなづく 青垣 やまごもれる 倭し うるはし」 「そう! それ! さっすが御門くんだ〜 うん、なんだかね、いいよね。 こういう景色。人の住んでるところの景色は変わっちゃったかもしれないけどさ、 きっと山並や空や雲の流れなんて・・・昔の人と同じものを見てるよね」 だからさ、どこかで見たような気がするよね、遠い昔にさ。 そんなことを呟く青葉に御門は何も応えず、ただ、隣で一緒にしばらく景色を見つめていた。それだけで、青葉はしかし、満足そうに笑った。そんな二人を、実は遠巻き〜にして他の仲間が眺めていたりするんだが、それは青葉は気付かず、御門は無視していたのであった。 「・・・・なんかよ〜、信じらんねえもんを見てる気がするぜ、オレはよう」 嘆息まじりに雨紋が傍らのアランに言う。しかし、アランは何やらうっとりした様子で 「オォ〜ウ、アミーゴ、いいネ。ラヴ イズ ミラクル。 ステキなことネ。 ボクもステキなヤマトナデシコとフォーリンラヴしたいネ!!」 などと呟いている。またまた悪い病気か〜、と雨紋が思う間もなく、アランはくるり!と振り返ると葵の姿を認め両手を広げて叫んだのだった。 「アオイ! ボクのハートに飛び込んでキテちょーだいネ!」 思わず、目がテンになっている葵に構わず、駆け寄ろうとするアランの脳天に雨紋のヤリと京一の木刀が降り下ろされるのと、その声に我に帰った青葉がみんなを振り向くのとが同時だった。 「な〜にやってんの〜! もう!! さあ、お昼にしようよ、お腹へっちゃった!!」 皆の所へ歩きだそうとした青葉は一歩踏み出してから立ち止まり、御門を振り向いた。そして、にこっと笑うと 「いこっか、御門くん!」 そう言って、手を差し出したのだった。その手をまじまじと見つめた御門だったが、一言、そうですね、と言うとそのまま歩き出してしまった。出した手のやり場に困った青葉は、しばし自分の手を見つめていたが、御門を追い掛けて歩き出し、その横に並んだ。 「手、つなぐの嫌? もし、そうだったら・・・ゴメン」 つい、そんなことを聞いてしまう。いや、一応聞いておかないと、これからのこともあるし。ほら、デートとかで手をつなぐとかね。 「・・・・・・」 しばし黙っていた御門だったが、しばらく考えるように眉を寄せ、それから隣の青葉の手を自ら取ったのだった。ちょっと驚いて青葉の方がびくっとしてしまう。 「嫌い・・・というわけではありませんよ。 ただし、あまり見せつけるのも、周りに気の毒、という気になりますからね」 そう言ってすぐに手を離してしまった。あいかわらず、どこまで本気かまったくわからない御門の言葉に、後半は冗談なんだろうけど、冗談なんだろうけど・・と青葉は照れ照れと赤くなりつつ自分に言い聞かせる。でも、頬が緩むのは否めない。単純に舞い上がってしまう青葉であった。 が。 この高揚しちゃった気分がその後の失敗につながってしまうわけで。そう思えば、青葉を舞い上がらせてしまった御門にだって責任はあるわけなんだけれど。 つづくんだな、これが |